2020年2月 9日 (日)

第167回「言ってはいけないその一言 -終章-」

第161回から前回まで「言ってはいけないその一言」ということで、親が子どもと接するときの基本的な姿勢を述べてきましたが、まだまだ具体例を挙げればきりがありません。一応今回でまとめて、今後機会があれば改めて取り上げたいと思います。さて、何度か述べてきた子育てに対するカウンセリングマインドの基本的態度を覚えていますか?
『“技術よりも態度であり、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さ”です。そして親の役割は、“子どもが自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けること”であり、子ども自身が自分の力で成長していくことを見守るということです』
それには、「子ども自身の成長していこうとする力をまず信じること」が必要です。
これは、肉体的にも、精神的にも言えることです。この連載の第6回から第8回までで扱った娘の麻耶(まや)の腎臓病の時のことです。主治医の赤城先生は現代医学では治療法が確立していない麻耶の病状に対し、子どもの生命力を信じ、「お子さんの生命力にかけましょう」とおっしゃいました。この赤城先生の言葉は、子育てにおけるカウンセリングマインドとも通じるところがあります。医学的な治療においても、子育てにおいても、最も大切なのは、本人の持っている力を最大限信じることです。信じた上で大人が何をすべきか考えるということが重要です。「うちの子はどうにもならない子だ」「放っておいたらどうなるかわからない」という発想は絶対にやめましょう。
そして、子どもの心に耳を傾けましょう。お子さんとの関係がそこから始められれば、「言ってはいけないその一言」は、ほとんど発していないはずです。親が子どもの心に耳を傾けられないケースにはいくつかあります。親が子育てを放棄したいケース、大人の都合で子どもに自由を与えたくないケース、勝手に子どものためと思いこんで押しつけるケース、わがままを認めることを耳を傾けることと勘違いしているケース。だいたいこの4つくらいでしょうか。子育てにおいては、常に自分の言動がこういったケースに当てはまらないかを検証していくことが大切です。そして、子どもの心に耳を傾けるには、常に客観的事実を正しくとらえ、自分自身の心を真っ白な状態に置くこと、それができて初めてカウンセリングマインドで子どもに接することができるのだと言えます。
カウンセラーは、常に自分自身の中にある偏見との戦いをしています。「今、目の前で話をしているクライアントの言葉は真実だろうか」、「本当にクライアントは心を開いているだろうか」と。時としてカウンセラーは自分の能力を過信し、自己に甘くなり、クライアントは「私だけには真実を語る」「私だけには心を開く」と思いがちです。けれどもそれは、単なる思い過ごしでしかありません。カウンセラーの勝手な思い込みの中からは、カウンセリングの効果は望めないのです。
「子どもを信じる」ということは、「子どもの言うことを鵜呑みにする」ということとは違います。子どもの言うことや行動を、真っ白な心で聞き、真っ白な心で見、子どもの心を理解する、それがまさにカウンセリングマインドであり、子どもの心に耳を傾けるということです。
子育てにおいて重要なのは、心が無垢であることです。大人が社会の中で生きていると、社会の中から様々な影響を受け、なかなか無垢ではいられません。子どもを大人の社会に合わさせようとするのではなく、我々大人の偏見を取り除き、子どもを信じて、真っ白な状態で子どもの心に耳を傾けることができれば、お子さんは必ず「いい子」(自分の足で大地を踏みしめている)になるはずです。
カウンセリングマインドの子育てということから、長々と述べてきました。啓蒙的な文章は好きではないのですが、かなり啓蒙的になりました。あまり長い文章は避けようと、だいぶはしょったので、説明不足もあるかもしれませんが、今までの連載のほんの些細なエピソードの中に何度も述べてきたつもりなので、お時間があったら読み返してみてください。次回は、あまり啓蒙的でない文章にしようと思います。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2020年1月25日 (土)

第161回「言ってはいけないその一言 概論」

いやいや、翔(かける)は大変なことになってしまいました。どうやらおたふくで抵抗力が弱くなっているところへ溶連菌感染があったようで、結局土曜日から4日間40度以上の熱と吐き気で、何も食べられない日が続きました。アレルギー体質で、使える抗生物質が限られているため、点滴による水分補給と座薬による解熱が中心。主治医曰く「消去法で残ったペニシリンをいちかばちかで使ったら、副作用も出ずに効いてくれました」ということで、水曜日からはなんとか熱も下がり、「はら減った」を連発。病院の食事では足りないと、近くのコンビニで買ったおにぎりやお弁当を病院の食事の後に食べています。木曜日には血液検査をしましたが、“まだまだ”の数値だったようで、金曜日には退院をしたかった本人の希望はかなわず、この原稿がアップされる月曜日に退院ということになりそうです。
長男の努(つとむ)はアレルギー性紫斑病、次女の麻耶(まや)は腎臓病、そして翔が溶連菌感染症と、内科的な病気での子どもの入院は3回目。子どもの数が多いっていうことは、それだけ心配も多くなりますね。
23日から始まった高校の中間試験は、追試期間にも間に合わず、“どうなるんだろう”と心配していたら、試験期間に公欠ということはあったけれど、出席停止だったということは学校にも例がないとかで、現在保留中。どうやら、期末試験の一発勝負で今学期の成績をつけるということに落ち着きそうです。『出席停止』という意味を考えると、まあ妥当な線なのかなっていう感じ。当然のことながら、追試扱いだと何点取っても本試験の8割とか。推薦基準のこともあり、だいぶ気にしていた本人も少しほっとしたらしく、“2週間後の試合に向けて、どうやって体力を回復しようか”ということに意識が向き始めたようです。
さて、2ヶ月ほど前に、なっつんさんから“カウンセリングマインドの子育ての特集”というお話がありました。“主夫”という立場でなく、“教育カウンセリング研究所を主宰する者”として、少しお話をしたいと思います。
現在の日本のカウンセリングに最も影響を与えたのは、カール・ランサム・ロジャースという心理学者です。以前の日本におけるカウンセリング(相談)とは、お説教や説得という概念でしたが、ロジャースの唱える非指示的カウンセリング(後に来談者中心療法)によって、大きく変わることになります。
ロジャースは、カウンセリングに必要な要素は、技術よりも態度であり、そして、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さであると言っています。来談者中心療法でのカウンセラーの役割は、クライアント自身が自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けることと考えられます。それは、クライアント自身が自分の力でよくなっていくという考えに基づいたものです。
この考え方は、そのまま子育てにも当てはまります。そしてこれを基に、極端な言い方をすれば、親が何もしなければ、子どもはまっすぐ育つことになります。もちろん実際は、子どもに影響を与えているのは、親だけではないので、そうはいかないわけですが…。けれども、こういった発想は重要です。どこまで親が子どもに関わるかという、その距離感と、どういう関わり方をするかというその内容によって、子どもは大きく変わってしまいます。子ども自身の成長していこうとする力をまず信じることです。ですから、まさに技術より態度なのであって、その態度を学んで(学問的に学ぶというよりは、自分の感性を研ぎ澄まし、自分自身が謙虚になる。そしてその中から気づくこと)、実践することが、子育てのポイントなのだと思います。
次回は、具体的なことを述べたいと思います。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第160回「病院から」

いやいや、とほほっ。
こんなことになるなんて…。
今日は、病院からです。なっ、なんと158回のつづき。まさかつづきがあるとは思わなかったんだけど…。
すでに免疫を持っているかと思った翔(かける)がついにおたふくに。ちょうど前回の原稿を送ろうとしていた16日の朝、この日はゴルフの試合だったのですが、前日から身体がだるいと訴えていたので、試合が行われる狭山と川越の境にあるゴルフ場まで送っていってやることにしていました。
「なんか耳の下が痛くて、しこりがあるみたいなんだけど」
と言って翔が起きてきました。見てわかるほどではないのですが、触ってみると確かに耳下腺がしこっていて、さほどの力を加えていないのにかなり痛がります。
「んー、はっきりはしないけど、おたふくかもしれないなあ。だけど、今これくらいだったら、今日1日くらいは保つだろっ」
そうは言ってはみたものの、本当におたふくだったら、ちょっとうつむくだけでも、耳下腺が痛いから、いい結果を出すのは難しいだろうなと思いながら、帰りも私か妻が迎えに来てやるということにして、ゴルフ場で翔を車から降ろしました。
予定より1時間ほど遅れて翔から連絡があり、妻が迎えに行くことに。戻ってきた翔の顔は、明らかにおたふくの様相です。麻耶(まや)のことがあったので、小さい子どものようなわけにはいかないことは覚悟していました。思春期を過ぎた男性にとっては、無精子症の原因にもなる睾丸炎でも併発しようものなら、なおさら大変です。またまたネットを駆使していろいろと調べた結果、万一睾丸炎を併発したとしても、両方の睾丸が炎症を起こすことはまれで、世間でよく言われるように無精子症になることはほとんどないということがわかって一安心。
翔は麻耶とほぼ同じような経過をたどりました。月曜の晩から熱が高くなり、火曜日、水曜日と39度くらいの熱が続きました。それが木曜日になるとすっと引いて、36度台に。これで終わると思ったのに、金曜日のお昼からまた38度6分の発熱。土曜日になるととうとう39度を超えてしまいました。対処療法以外有効な治療法がないとは言え、一応火曜日に受診して薬を飲んでいたのですが、もらった抗生物質が合わなかったらしく、身体中に発疹ができたりもしたので、土曜日に再び受診しました。
「入院も考えないとね。隔離できる部屋を持ってないと受けてもらえないところもあるからね」と先生に言われ、そうならないように祈りつつ、自宅で様子を見ていたのですが、夜になるにつれ熱は上がるばかり。39度3分、6分、40度3分。もらった解熱剤で何とかなるようなレベルを遙かに超えてしまって、結局入院させることに。土曜日の8時過ぎに近くの公立病院に運んで入院させました。病院で計ったら40度9分。小さな赤ん坊ではないので、さすがにびっくりしました。
そして、今日は日曜日。今、私が一人で付き添っています。本来は付き添いは認められないのですが、熱がかなり高いので、付き添ってもいいとか。あまり歓迎すべきことではないですね。やや落ち着いてはきましたが。
こういうときにいつも腹が立つのは、学校と病院の対応。今までほとんど腹が立ったことのない翔の高校ですが、今回はちょっと。明らかにおたふくとわかった16日、23日(月)から中間テストなので、
「熱が下がってもすぐには学校に出られないから、家で勉強しなきゃね」と翔に言うと、教科書が学校だとか。担任とも懇談会で顔を合わせただけで話をしたことがなかったので、教科書を取りに行きがてら話をしてこようかなと学校まで出かけていくと、おたふくだという連絡はすでに入れてあったのに「具合はいかがですか」の一言がない。
「3年生は1学期の成績で評定平均を出すので、今度の試験は大事な試験ですから」
「はあ。本人もだいぶやる気になっていて、学校の勉強はおもしろいって言っています」
「なんとか受けてもらわないと。まあそう言っても、おたふくは学校に来てはいけないっていう病気なので、もう行ってもいいっていう証明をお医者さんからもらってもらわないといけないんですがね」
“何言ってんだ、こいつ。そんなことわかってるから、こうして1時間近くもかけて親がわざわざ学校まで教科書取りに来てるんだろうが!”。
さらに、「私もおたふくやってないので、うつされると困るんですがね」
“いったい早く来させたいのか、来させたくないのかようっ!”って感じ。
病院は、土曜日なので時間外になってしまうことも考えて、朝のうちにベッドさえ空いていれば入院は可能ということを確かめてはおいたんですが、夜になってしまったので、来院する前に改めて電話を入れて、これまでの経過と入院させたい旨を伝えると、
「とにかく来ていただいて、受診していただかないと。入院するかしないかを決めるのは、こちらの医者ですから」
“当たり前だろうが!”。何分ぐらいで来られますかというから、10分くらいと答えておいたのに、病院に着いてから30分も待たされる。そんなうちにも、熱はどんどん上がって40度9分に。
“時間を聞いたのはいったいなんだったんだよぉ!”
当直の医者は医者で、ほとんど立っているのが不可能なくらいの息子を、背もたれもない丸椅子に座らせたまま、長時間経過を聞いている。
「ベッドが空いていれば入院できるって誰が言ったんですか? 看護師? 医者? 医者がそう言ったの? そう言うことは医者と話さないとね」
“ふざけんじゃねえ! こんな総合病院の外来に電話をかけたって、電話口に医者が出るわけねえだろっ!”
みるみるうちに真っ青な顔になり、汗びっしょりの息子の様子に、妻が、
「外の待合いのベンチに横にさせていいですか?」
と聞くと、近くで様子を見ていた小児科の当直医が、
「汗びっしょりで、つらそうですね」
とやっとベッドで診察してくれることになりました。いったい、医者も何を考えているんだか…。
「熱もかなり高いようだし、ご家族も希望しているっていうことで、入院してもらうことにしますから。隔離しなきゃいけないので、個室になるのでちょっと高くなりますがいいですか?」
“だからぁ、最初からそうしてくれって言ってんだろっ!”
今のところ、何か重大な病気があるっていうことではないんだけれど、早くよくなるといいんですが。
翔の世代は、おたふく風邪の予防接種の有効性と副作用(髄膜炎になる可能性がある)が問題になっていた時期で、どちらかというといろいろなものにアレルギーが強く表れる翔は、予防接種を受けていませんでした。もう、今となっては手遅れ。私の判断でそうしたわけだけれど、翔には申し訳ないことをしてしまいました。ただただ、反省です。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月23日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第152回】「ゴミ、ゴミ、ゴミにタバコの吸い殻」

いよいよスギ花粉の飛散も本格化。
今年は早いうちから大騒ぎされていた割には、昨年暮れの暖かさが一転、年明けから寒い日が続き、なんだか例年より飛散時期が遅くなったようで、つい最近までは、比較的楽な日が続いていました。
“花粉の飛散量が例年の何十倍とか報道されているけれど、もしかすると花粉症対策グッズを製造販売しているメーカーとマスコミが結託してるんじゃないの? 11月の終わりくらいから、何となくいやな感じがして、抗アレルギー剤をもらって飲んでいたのが、効いてるのかな? いやいやアンテナが狂うはずがない。私の感覚では花粉をほとんど感じないし、街の中でもマスクをしている人の数がそう多くないので、やっぱりあんまり飛んでないんだよね“なんて、いろいろ考えながらいたわけだけれど、先々週くらいから、ドッときた感じ。目は痛い、くしゃみは出る、鼻水は垂れる、顔はかゆい…。とうとう肩こり、頭痛にノドの痛みまで始まっちゃって、“ああ、やっぱりきた~”。

先週の水曜日は、お昼前から孫の蓮(れん)と沙羅(さら)を私が一人でみることになりました。どこに行って遊ぼうかと火曜日の晩から相談です。
「蓮くん、明日はどこへ行く? そうだ、お魚釣り行こうか!」
「うううー、うん。お魚釣りに行く!」
昨年の夏、息子の努(つとむ)が、蓮と沙羅をマス釣り(もちろん釣り堀ですけど)に連れて行ったことがあるのですが、二人ともはねるマスが怖かったらしく、それ以来釣りにはあまり行きたがりません。けれども、怖いところに行くときには、おじいちゃんがいれば安心という意識が蓮と沙羅にはあるようで、「うううー」と迷いながらも、翌日は近所の釣り堀に行くことになりました。
私の実家の近くにある大きな釣り堀は、平日でもおじいさんたちでいっぱい。釣りがどういうものだか理解をしていない蓮と沙羅が周りを駆け回っては大変なので、子ども用の池が別に設けてあるところに行くことにしました。
蓮も沙羅も最初は釣れた魚にびくびくしていましたが、1匹、2匹と釣れるうちに、だんだん慣れてきて、
「今度は蓮くんが釣るう!」
「沙羅ちゃんもぉ、沙羅ちゃんもぉ」
と1本借りた竿が、とりっこ状態。
あっという間に1時間が過ぎ、釣れた魚は真鯉20匹に真っ赤な緋鯉が1匹。
よほど楽しかったらしく、車に乗ると蓮は、
「赤いお魚さんも釣れたね。楽しかったね。明日も来ようね」
おいおい、そんな毎日来ないよ。
あと3時間。どうしようかな?というわけで、まずファミレスでお昼を食べて、その後は見沼田んぼ(今は植木畑だけれど)で、ヨモギを摘むことになりました。
ヨモギなんてどこにでも生えてるもので、しょっちゅう摘んでいたものだから逆にあまり深く考えたことがなかったらしく、「あれ? ぜんぜん生えてない」と、改めて畑の周りにヨモギがないことに気づいたりして。結局、畑の周りではなく芝川の土手で摘むことに。ところが、ヨモギはあったにはあったのですが、周りがとても汚い。とにかくゴミの多さにびっくり。どこまで行ってもゴミ、ゴミ、ゴミ。どこのヨモギだったら摘めるんだろう…。
蓮と沙羅は、珍しいものなら何でも興味を示すので、次から次へとどんどんゴミを拾っては、見せにきます。せっかく興味を持っているものを頭ごなしに怒るわけにもいかず、
「うーん、これなんだろうねえ?」
けれども、5個、10個となると“なんだろうねえ?”も限界。危ないものもあるので、一生懸命、ヨモギに興味を移させて、何とかビニール袋に半分ほどのヨモギを摘んで帰ってきました。
久しぶりに孫に癒された一日でしたが、帰ってくると涙はぼろぼろ、鼻水はだらー。
どうやら蓮も花粉症らしく、目が真っ赤。
「あああ、花粉症は孫との楽しみまで奪っちゃうのかねえ」

20数年前、三室に住んでいたころは、あんなにゴミはなかったのに…。もっと大人はマナーをよくしないと。こんな自然の中からも大人のマナーの悪さから、安全な子どもの遊び場が奪われているんだなあと実感した一日でした。
とっても恥ずかしい話だけれど、うちの庭(マンション1階の専用庭)には、すごい数のタバコの吸い殻が落ちています。道路から投げ込めるようなところではないので、間違いなく我が家の上階に住む誰かがベランダから捨てたものです。明らかに火をつけたまま捨てたと思われるものまであります。とてもじゃないけど許せる範囲のことじゃない。孫たちにとってはとっても大切な遊び場なのに、まさか自分の家の安全な遊び場までが大人のマナーによって奪われちゃうなんてね。今度の日曜日はマンションの管理組合の総会。しっかりと意見を言ってこなくちゃね。
ベランダからタバコの吸い殻を捨てるなんて絶対に許さないぞ!

 


**3月22日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
「見沼田んぼ」「芝川」「三室」はさいたま市、特に浦和近辺に住み人なら誰でも知っているとてもポピュラーな場所です。

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2019年11月 9日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第134回】 「薬」

「大関さん、今日はどうしたの?」
「風邪ひいちゃったみたいで…」
「いつから?」
「昨日、一昨日でしょ、えーと3日前かな?」
「で、どんなふう?」
「のどが痛くて、だるくて、肩が張ってます」
「熱は?」
「熱、出ないんですよ。さっきあんまりだるくて熱っぽいんで、計ったんですけど、6度8分。いつもこうなんですよね」
「どうする?」
「まあまだ抗生物質はいいとして、とりあえずペレックスとトランサミン、それととにかくだるくて熱っぽいのでロキソニンも出してください」
「ちょっと鼻声みたいだけど、鼻はいいのかな?」
「まだダン・リッチ飲むほどじゃないです。のどがひどいんで、のどだけ塗ってもらえますか」
この日は、私が希望した3種類の薬を処方してもらって帰ってきました。
確かこのクリニックができたのは15年くらい前だと思うんですが、開業したてのころ私が交通事故にあってひどいむち打ちになりました。ほぼ1年くらい毎日のように理学療法に通ったことでとっても先生と親しくなり、ときには先生と看護師さん全員と一緒にコーヒーを飲んだり…。すごく空いてたんですよね。待ち時間がないというどころか、ほとんど他の患者さんに会ったことがないくらいだったから。今ではとんでもないことですけれど。そんな関係ができていく中で、私がひどいアレルギーだっていうこともあって”この薬は合うけど、この薬は合わない”なんていうことを繰り返しながら、私が薬を選ぶことが多くなりました。

薬って本当はとっても怖い物なんだけれど、なかなかその実感はありませんよね。かかりつけの先生とこんな関係をつくっていたもんだから、ちょっと薬を甘く見ていたっていうか、頭痛がとってもひどかったときにウチにあったセデス(病院からもらったもの)を飲みました。かなりひどい頭痛だったのでなかなか効かなくて、もうどうにも我慢ができない。もう1包飲もうとしたらセデスがない。たまたま薬箱にノーシンが入っていたので、「まあいいか」とそれを飲みました。30分ほどしたら、突然手足はしびれる、吐き気はする。目の前が真っ白になって立っていられなくなりました。1時間くらいそんな感じが続いたでしょうか…。これが薬の副作用かどうかははっきりしませんが、もう死ぬかと思うくらいだったので、その後の薬の服用はとっても慎重になりました。

ウチのカウンセリング研究所を訪れるクライアントさんの中に、精神科に通っていたけれど、あまり状態が改善されないと言っていらっしゃる方がいます。そういう方のお話を伺って驚かされるのは、処方された薬の種類が多いことと量が多いこと。睡眠薬、精神安定剤、抗うつ剤…。いろいろお話を伺うととても薬を飲まなくてはいけないほどの症状とは思えない。1番驚いたのは、自殺願望を持っているという高校生が1ヶ月も服用を続けられるほどの量の睡眠薬を持っていたこと。私もそれほど薬に詳しいわけではないので、その薬がどの程度危険なものかはわかりませんが、まあ素人の常識の範囲では危険なんじゃないのかなあということはわかります。それを”うつ”と診断した高校生の患者に直接渡してしまう危うさ。そうは思いたくないけれど、お金が儲かるなら患者の命はどうでもいいといった発想で薬を出しているのではないかと勘ぐりたくなります。多くの高校生から話を聞いてみると、うつのふりをして薬を手に入れ、みんなで譲り合っているらしいのです。なぜこんなことがまかり通るのか理解に苦しみますけれど、社会をあげて子どもを守ることが必要なのに、子どもに害をまき散らしている大人たちも多いのかもしれませんね。

突然の麻耶(まや)からの電話。
「ねえ、パパ! 机の上に何錠薬あったの?」
「? 3錠かな?」
「ほんとに3錠?」
「たぶん」
「たぶんじゃダメだよ。今、沙羅がパパの机の上にあった薬飲んじゃったかもしれないんだから」
「ええ! 確か、昨日4錠あって1錠飲んだから??? 3錠あって1錠空のやつがあったでしょ?」
「ああよかった! それなら大丈夫だ…。まったくー! あんなところに薬おいとかないでよ!」
「どうもすみません…」
いやいやよかったよかった! 危うく1歳の沙羅が私の薬を飲んでしまうところでした。
反省!!


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2019年11月 7日 (木)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第133回】 「学校の水」

「最近、お母さん方の中から学校に水筒を持たせたいという意見が出ているのですが、皆さんの学校ではいかがでしょうか? 中学校ではあまりないのではないかと思いますので、小学校が中心ということになるかと思いますが」
「ウチの学校では、水に限って運動会の日までということで認めています」
「ウチは認めていません。水筒をどこに置くかっていうことがけっこう問題で、まあ机に掛けておくと授業中に飲んだりする心配もあるので。そうなると歯止めがかからなくなっちゃいますから」
「ウチの学校でも運動会までです。お茶くらいはいいのではという人たちもいますが、ジュースを入れてくる子がいるかもしれませんからねえ。やはり“水のみ”ということで限定していますよ」
「ウチの学校は9月いっぱいです。9月いっぱいまでは暑い日もあるので。一応暑さ対策ということで…。学校の水はどうしても生ぬるいんでねえ」
地域のPTA連合会の会長・校長会でのことです。
わが家の地域では、他校との情報交換のために年に数回、地域のPTA連合会主催で会長・校長会が開かれます。会についての世話役である当番校が開催の日時・場所・内容を決め、2学期はじめと3学期の中頃に開かれるのが通例です。当番校を除いて各校出席者はおおよそPTA会長・副会長・校長で、学校とPTAのトップが集まる会合です。
「会長・校長会」という名前の順序が面白いでしょ?! もちろんPTA主催ということもあるけれど、保護者と学校とでは必ず保護者が先。こんな形式的なことだけじゃなくて、学校運営もそういう意識の上で行われるといいんですけどね。

(私と私の隣に座っているウチの学校の校長とのヒソヒソ話)
「なんであんなことを真剣に議論しなくちゃならないんですかねえ? ウチの学校はお茶も認めてますけど、ジュースを持ってきちゃう子なんていないでしょ?」
「そういうことはありませんよ。ほとんどの子は水です」
「もうちょっとおおようでいいんじゃないですか、ウチの学校みたいに。親だってわかってないわけないんだから。何か言わないとまずいでしょうねえ」

私が挙手をして、
「ウチの学校は一応夏だけですけど、特別期限も定めず、お茶も認めていますが、校長先生方のおっしゃるようなジュースを持ってきたり、授業中に飲んだりというような問題は一つも起きていません。基本的には子どもたちを信じて保護者に任せるということでいいのではないですか」

それまでどう規制するかでいろいろと発言をしていた校長先生方も「うっ」と詰まって、何も意見が出なくなってしまいました。司会者が、「自由に持たせているところでも、あまり問題は出ていないようですね」とまとめてくれたので、その話題はそれで終わりになりました。

10月30日の朝日新聞朝刊に「水筒持参登校 ダメ?」という見出しの記事が載りました。「学校の水は安全か」という観点で取り上げられていたようですけれども、「安全でないから水筒持参」というのはどうかな? 本当に安全か安全でないかの検証をする前の議論としてはふさわしくないような気もします。安全でないとしたら、まずやらなくてはならないのは、安全にすることのはずだから。もちろん安全が保証されるまでは水筒持参ということになるんでしょうけれど。
安全性の問題は、それぞれの価値観の問題なので難しい問題ではあるけれど、そこまでいうなら「給食も」ってなってもいい気がします。
私は基本的に「持っていきたい人は持っていったらいいじゃない」と考える方だけれど、水筒持参のことで問題にしたいのは、「水の安全」じゃあなくて、保護者や子どもを信用しない学校の姿勢。そこの部分が変わったら、学校の水に不安を持っている人たちも水筒が持っていけて“安心”ということになるんじゃないのかな?


**11月1日(月)掲載**

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【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第132回】 「秋、まっただ中!」

土曜日の地震は大きかったですね。あんなに大きな揺れが続けてきたのなんて経験がなかったので、ビックリしました。31階建てと7階建ての間にある2F通路にかかっている屋根がそれぞれの建物と擦れたらしくて、揺れが続いている間中すごい音を発していたので、恐怖心が増大されました。被害に遭われた新潟の方々には心よりお見舞い申し上げます。これを打ってるたった今も、地震がありました。新潟の方の揺れがそんなに大きくないといいのですが…。

さて、“秋、まっただ中!” 先々週東北へ紅葉狩りに行ってきました。毎年、高齢の義父(92歳)と義母(88歳)を連れて、八幡平周辺(秋田と岩手の県境周辺)をぐるっと回ってくるのが年中行事の1つになっています。若いころ(20代くらいのころ)は、紅葉の良さなんていうものを感じたことはなかったけれど、10年くらい前に初めて八幡平へ行ってからというもの、すっかり紅葉のすばらしさに魅せられて秋の訪れが楽しみになりました。
赤や黄色に染まる山々は、まさに“燃えるよう”という表現がピッタリ。咲き誇る桜の花もきれいだけれど、紅葉のスケールとその色彩のコントラストはさらに心を揺さぶってくるものがあります。たった1枚の葉の中で緑から黄、黄から赤と3色の鮮やかな色を持ったものがあるかと思えば、まるで火のように真っ赤に染まった葉っぱもある。思わず歓声を上げずにはいられません。
例年になく暑かった夏。そして記録を塗り替えた台風の数。やはり今年の紅葉はどこか変でした。例年だと麓が若干早ければ、中腹が見頃。麓が見頃ならば、中腹はやや遅い。そんな原則があるのですが、今年は麓がちょっと早くて中腹は落葉。麓と山の気候の違いが大きかったのか、例年に比べて見頃を迎えている場所が極端に少なく、ちょっとがっかりでした。
この時期の料理はなんといってもキノコ。山のあちこちでキノコを売っています。キノコ好きの私にとっては、もうたまりません。キノコのおいしさはなんといっても新鮮さにあるので、なかなか旅行の最中に生のキノコを買うわけにはいきません(といいながら、実はけっこう買ってくるのですが)が、ビン詰めをよく買ってきます。みそ汁に入れたり、炒めて食べたり…。
“ああ、秋だなあ!”なんてね。

秋になるとスーパーに並ぶものがあります。栗、イチジク、ザクロ、柿、梨…。
イチジクもザクロも柿も好きなんだけれど、どうしても買う気になれないんだよね。妻が柿を買おうとすると、
「そんなものスーパーでお金出して買うもんじゃないよ」
なあんてなっちゃう。
子どものころ、実家の庭にはいろいろ実のなる木がありました。柿の木は3本あったし、イチジク、ザクロ、ビワ、桃、梅、グミ…。どれもたくさんなって、全部食べるなんてことは全然無理。食べたくなったときに、先を割って小枝を挟んだ竹の棒(これ何のこといってるかわからない人の方が多いんだろうね? どう説明したらいいのかなあ? 見せてあげられればなんのことはないんだけれど)で採って食べるだけ。なるべく採って近所に配ったり、なんか工夫して保存したり、いろいろ無駄にしないようにはするけれど、全部無駄にしなくてすむような、そんなレベルの量じゃない。最後まで木に残っている柿を小鳥が食べたりしてね。もちろん熊はいなかったけれど。
果物を見ていると季節を感じるよね。昔は野菜でも季節を感じたでしょ? でも私くらいの世代までかなあ? 夏にはやたらとナス、キュウリ、トマトなんかが多くてね。冬になると白菜と大根。そんな季節感て、日本での子育てにはとっても重要だと思うんだけれど、最近は一年中ほとんど気候の変わらないハワイがいいなんていう人が増えちゃってね。ずいぶん多くのことを四季の変化から学んできた気がするので、それでいいのかなあ?なんてどうしても疑問に思っちゃう。
そろそろ、別所沼公園と大宮公園の銀杏(ぎんなん)が拾えるころだと思うよ。お子さんと一緒に出かけてみたら。ちょっとくさくて、手に汁が付くと手荒れの原因になるからちょっと注意してね。


**10月25日(月)掲載**

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【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第131回】「幼稚園決定!!」

蓮(れん)を入園させる幼稚園で悩んでいた麻耶(まや)。
「私が出た幼稚園てさあ、そんなに悪い幼稚園じゃなかったよねえ?」
「そうだね。この辺の幼稚園を全部見て回って決めたからね。大きく分けると2つに別れるでしょ。一方はやたらと幼児教育に熱心で、部屋からほとんど出ないで読み書きとか英会話とかばっかりやらせてる幼稚園。もう一方は昔風のっていうか、男の子・女の子っていうみたいなしつけにこだわってるような古い感覚の幼稚園。麻耶が通ってた幼稚園はその中間くらいかな?」
「ああああ、なんかわかる」
「園庭の広さとか、遊具の種類とか、子どもたちの様子とかを見て決めたんだけど、まあまあだったかな。主任の先生が園長先生のお嬢さんでまだ若かったからけっこう柔軟で、保護者の意見も取り入れようっていう感覚があったからね。まあ、それが逆に自信のなさに繋がって変なことになっちゃうこともあったけど」
「なるほどね」
「ただ給食のことにはかたくなで、とにかく残さないで食べるように指導してたよ。全部食べないとシールがもらえないの」
「ああ、覚えてる」
「おまえはレバーを無理やり食べさせらた」
「そうそう。涙流しながら吐いちゃったんだ」
「覚えてるんだ?」
「うん。相当嫌だったんだろうね。でもそれ以外は嫌なことなかったよ。楽しかったことは記憶にあるけど、嫌だったことは全然記憶にないもん。翔(かける)の通ってたところもいいとは思うんだけど、毎日お弁当だし、延長ないし…。ちょっと用事で遅くなるっていうのもできないしなあ」
「あそこは間違いないよ。園長先生の教育に対する理念ははっきりしてるし、子どもたちも伸び伸びしてる。まあ欠点を言えば、ちょっと教育に対する理念を親に押しつけすぎるかな。その理念を信頼して入れてるわけだから仕方ないけどね」
「なるほどねえ。明日ね、説明会があるんだよ。あたしが行ってた幼稚園の願書もらってこようかなって思ってるんだ」
「おまえ、あそこに入れるの? 私は翔の行ってたところに入れてほしいけどなあ…」
「まだわかんないよ。だからそっちも見てくる」
妻と麻耶はそんな会話をしていました。

「麻耶はやっぱり自分の行ってたところがいいみたいよ」
「そりゃあそうでしょ。自分の行ってた幼稚園を悪くは思いたくないし、実際そんなに悪い幼稚園でもなかったし」
「でもねえ、やっぱり幼稚園の姿勢が気に入らなくて翔を途中でやめさせたわけだから」
「まあそうだけど、いくつかの部分で妥協すればね。どこの幼稚園にも問題がないわけじゃないから」
「“パパには相談した?”って聞いたら、“麻耶が決めればいいって言うだけだもん”て言われちゃったよ」
「まあそういうことだね」

蓮はまず麻耶の出た幼稚園に連れて行かれました。3歳児のクラスはすでにいっぱいでしたが、“ここの卒園生なんですけど、息子を入園させたくて”と言うと、とりあえず願書はもらうことができました。
受付で、
「お名前は?」
の問いに蓮は何も答えることができません。
「あれっ? お名前言えないの? お名前言えないと幼稚園に入れないよ」
いきなりこの言葉。その後の園長先生(麻耶が通っていたころの主任)のお話は、“幼稚園は厳しいところ、怖いところって教えないでください。楽しいところ、行きたいところとお話ししてください”。父母の会の会長さんのお話は“ここの幼稚園を出たお子さんは、小学校に行っても何も困ることのない、しっかりとしたお子さんになれます”。受付での対応と園長先生のお話、会長さんのお話、それぞれのギャップを感じながら、翔の出た幼稚園へ。
こちらの園では、年少・年中の子どもたちが園の中をウロウロ。中にはモップを振り回してる子までいて。

「園長先生がそばに立ってるのに、モップ振り回してる子全然注意しないんだよ。危ないっちゅうの。あそこまで徹底してるのってすごいよね。とにかく怒らない。でも、奥の方の部屋の子たちはちゃんと席について静かだったよ。あれ年長さんたちの部屋だよね。あんなにウロウロしてる子たちが年長になるとああなるんだよねえ。それがすごいよね」

この問題にけりをつけたのは蓮自身でした。
「蓮くん、かっくん(翔のこと)の行ってた幼稚園に行く」
それまでそんなことを一度も言ったことのない蓮が、突然そう言いました。受付の先生の対応にちょっと腹を立てていた麻耶も、
「よくわかったよ。ありゃあダメだ、ダメ。やっぱり翔のところだね」
どうやら麻耶は、毎朝お弁当を作る決心をしたようです。

**10月18日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 6日 (水)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第129回】「秋はやっぱり幼稚園選び!」

運動会シーズンまっただ中!
娘の麻耶(まや)は、毎週幼稚園の運動会あらし(?)をしています。
「今日はねえ、××幼稚園の運動会へ行ってくる。来週は二つ重なっちゃってるんだよ。どっち行こうかなあと思って…。ほんとにもう、毎週忙しいんだから!」
「何が忙しいんだよ!? たかが幼稚園の運動会だろ!?」
「だって、毎週だよ。それもいっぱいかけ持ちなんだから」
「そんないくつも行くのやめればいいじゃないか」
「そうはいかないよ。走っただけでいろいろもらえる物もあるしさあ、なんと言ってもそこの幼稚園の雰囲気わかるし。もうどこの幼稚園に行くか決めなきゃならないんだよ」
麻耶は、孫の蓮(れん)を来春どこの幼稚園に入れるかとても迷っています。どんな幼稚園なのか行って見てくるのが一番。特に運動会のような行事の時にははっきりとそこの幼稚園の特徴が出るので、毎週幼稚園あらしをしています。
「今日はね、これもらってきたんだけど、なんか蓮は走り足りなかったみたいよ。家に帰ってきてからも運動会ごっこやるって言って、走り回ってた」
「ふーん」
「だってね、普通は園庭を15mくらい走るでしょ。それがさあ、今日のところってウチの廊下くらい(玄関からリビングまでのほんの5mくらい)も走らないの。それもね、人から手渡しされるんじゃなくて、目の前の地面にオモチャがたくさん置いてあるんだよ。それを自分で拾ってくるだけ」
「じゃあ、何を目標に走るの?」
「だから、オモチャだよ。置いてあるオモチャを拾ってくるだけだもん」
「走るっていうか、オモチャを拾ってくるだけなんだ?」
「そうそう。そんな感じ。物をくれればいいと思ってるんじゃん。5、6人ずつ走るんだと蓮は尻込みしちゃって走りたがらないかなあと思って心配だったんだけど、全員がいっぺんに目の前のオモチャを拾うだけだったから、全然問題なかったよ。でも、あの瞬間にここの幼稚園はないなって…」
「それじゃあねえ…。幼稚園がやらなきゃいけない本質からはずれてるもんねえ。本当にオモチャがほしくて走ってると思ってるのかねえ? そんな風に思われてるとしたら残念だね」
「××幼稚園は親から人気があるんだよ。手がかからない幼稚園っていうことで有名なの。この前行ってきたけど、確かにそんな感じ。あんまり親が幼稚園に行くことないらしいよ。だから人気なんだ。けっこう遅くまで延長保育で預かってくれたり、スポーツクラブみたいのがあったりで、親はずいぶん楽だよ。もちろんバスだし、お弁当もないし。園児が何百人って言ったかなあ? かなりいるみたいよ。そんなに広いところじゃない気がするんだけど。たくさんいるっていうことが自慢みたい」
「なんかちょっと違うねえ。“ウチはこういう幼稚園教育してます”っていうのがないんだ?」
「うん、そうだね。それなりの特徴みたいなものはアピールしてるけど、結局親もどこが楽かなんていう基準で見てるし、幼稚園の側も本当のところはどうしたら園児が集まるかで中身を決めてるからね。やっちゃんのお姉ちゃんいるでしょ、ちょうどマンションの玄関のところで会ったから、“お子さんどこ入れるんですか”って聞いてみたの。そうしたら、制服がかわいいから××幼稚園に入れるんだって」

私が今のマンションに越してきた時、真(まこと)と麻耶を幼稚園に入れるためにずいぶんたくさん幼稚園を見て回りました。建物はどうか、園庭はどうか、遊具はどうか、そんな物をまず見て、それから園がおこなってる中身を見て…。そんな風にして決めたんですけど、ちょっと今は基準が違ってきてるのかな?

「翔(かける)が行ってた××幼稚園はバスがないし、お弁当でしょ。送り迎えもお弁当もやってみたい気もするけど、ずっとだって思うと、バスがあってお弁当無しの方がいいかなって思っちゃうよ。あたしが行ってた幼稚園ね、ちょっと外から見たんだけど、園庭とか遊具とかあんまり変わってないみたいで、なんとなく懐かしい感じがしたよ。でも、パパが幼稚園と喧嘩して、翔を途中でやめさせちゃったんでしょ?」(その辺のいきさつはちょっと古いけど、この連載の第3回に掲載しました)
「そうそう。でもそんなに悪い幼稚園じゃなかったよ。いろいろと親の意見も大事にしてくれる部分もあって…」
「ふーん。じゃあ、そこにしようかな(笑)。やっぱり自分の出た幼稚園ってなんとなくイイ感じがしたよ」
「そんなもんかもね。だれだって自分が出た幼稚園をそんなに悪い幼稚園だなんて思いたくないしね」
さて、麻耶はどういう結論を出すんでしょう?


**10月4日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 4日 (月)

第118回「スイカ」

 あごを引きながら、大きく息を吸ってー、はいっ、止めて!
今度は勢いよく下あごを突き出しながら、吸った息を一気に吐いてー!
「ぷっ!」
さーて、種はどこまで飛んだかな?

何の種が飛ばしやすいか知ってる?
もちろん一番飛ばしやすいのは、“サクランボ”!
種の大きさ、形状、そして重さ、どれを取っても申し分ないよね。
下あごを突き出すタイミングと息を一気に吐き出すタイミングがぴったり合えば、相当遠くまで飛んでいくよ。1m、2mなんていうもんじゃない。5mくらいも夢じゃないかも…。
サクランボの甘酸っぱさは大好き! 特に佐藤錦の美味しさは格別だね。大粒なやつはちょっといい値段はするけれど、小さめで粒があんまり揃ってないやつなら、スーパーでそこそこの値段で買えるから、旬のころにはいつも2パック買ってきて、一気に食べちゃう。最近は、「ぷっ」と飛ばせるような庭もないので、サクランボを食べ終わった私の前は種の山。知らない人が見たら、たぶん10人くらいで食べたと思うだろうね。ハハハッ!
さて、サクランボの次に飛ばしやすいのは、なんだと思う?
ターッ! 知ってるかなあ? “ザ・ク・ロ”
私が子どものころ、実家の庭にザクロの木があって、よく食べました。昔は庭にザクロの木を植えてる家が多かったよね。ザクロの木にはよくアゲハチョウが卵を産みにくるんだよ。最近は夏の終わりから秋にかけてスーパーでもザクロの実を見かけるけれど、スーパーで売ってるやつは大きいのにはじけてなくて、あのはじけた口から見えるルビーのような真っ赤な実が見えないのは残念だね。今考えると、酸っぱくて渋くて決して美味しいとは言えないザクロの実をけっこう夢中になって食べていたのは、一つ一つほぐして口に入れ、いっぱいになったところでその酸っぱくて渋い汁を吸っては、まるで機関銃のように口から、
「ぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっぷっ」
と出す、その“ほき出す行為”そのものが楽しくて、食べていたのかなあ???
そうそう、種のある果物といえば、スイカもあるよね。
スイカには2種類の食べ方(食べ方なーんてそんな大げさなもんじゃないよ)がある。一つはまず種をほぼ全部取ってから食べる方法(この方法は子どもがまだ小さいころ自分で種を出すことができないので、大人が先にとってやってからスイカを渡す方法)、もう一つは適当な大きさに切ったスイカを種を取らずにそのまま食べて、口の中にたまった種をあとから出す(時には“ぷっぷっぷっぷっぷっ”とね)方法。わが家の努(つとむ)は口の中でうまく種がより分けられないらしく、スイカを食べるのが苦手でした。

昨日(19日)は、浦和のお祭りで、わがショップのあるエイペックスタワーも休憩所になっていて、子どもたちが汗びっしょりになりながら、御輿を担いできました。休憩所に用意されたのは、ジュースやラムネ、スイカに唐揚げ。すごい暑さの中を担いできたので、まずジュースやラムネを夢中になって飲みます。私なら、次は当然スイカにいきたいところですが、どうも子どもたちの行動は違いました。スイカは避けて、ほとんどの子が唐揚げへ。食べているのを見るだけでも暑そう。大した量じゃなかったのに結局スイカは余っちゃいました。
どうも最近の子どもたちは種を出すのがおっくうなのかなあ???
ちょっとそんな感じ。確かに舗装された歩道の上に種をほき出すわけにもいかないし、食べたあとに手はベタベタするし、味もはっきりしてないし…。
もしかして、スイカって小さくカットしてパックに入ってるのをフォークで食べるって思ってるのかなあ???

私が子どものころは4分の1に切ったやつをイチョウ切りにして、ほっぺたには汁をつけ、肘からはボタボタと汁を垂らしながらスイカを食べたもんだけど、あんなスタイルで果物を食べるのなんて、今は流行んないンかもね。
そう言えばわが家でも、桃を食べるとき皮を剥いて一気にかじるのは私だけ。みんな上品にナイフでカットして出してやらないと、甘くて美味しい桃でも誰も手を出さないもんね。ちなみに私は桃を食べるときは、“流し”に立って、汁が垂れるのもおかまいなしに、一気にかじっちゃいます。丸かじりするときの幸福感といったらなんとも言えないんだけどなあ…。

 


**7月20日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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