「言ってはいけないその一言」が大人気!

浦和カウンセリング研究所監修の「言ってはいけないその一言」がさいたま市の地域ブログ「たまログ」で、大人気。

「言ってはいけないその一言」は、親が子どもについつい言ってしまう不適切な言葉を集め、なぜ言ってはいけないのかをカウンセリング、教育相談の立場から分析したものです。

先日、パルコ10階のコムナーレで開催した「言ってはいけないその一言」の特別講座も大好評で、7月にも続編を開催する予定です。

まずトップページを開いて、右側の上から4番目のバナー「言ってはいけないその一言」をクリックしてください。

なぜ今、「言ってはいけないその一言」が人気なのかと言えば、やはり子育てに迷っている親御さんが多いということ、荒れる子ども、荒れる若者の話題が多い昨今、いい子ども、いい大人を育てたいという親の切実な願いがあるからだと思います。

Q&A形式で、読みやすくなっていますので、ぜひ読んでみてください。

現在、出版に向けて準備中。

何とか本になるといいんですけど…。

「親子編」に加え、「教師と生徒編」、「夫と妻編」「嫁姑編」「男と女編」「上司と部下編」など様々な角度に広げていく予定ですので、こうご期待!

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運動会無事終了!

延期になった孫の運動会も無事終了!

「40m走は、絶対1番になるからね!だって、2番になったことないもん」

と言って出かけていった孫の蓮ですが、6人のスタートが合わずフライング気味に出てしまって、スタートラインに戻ろうと後ろに体重がかかったところで、ピストルが鳴ってしまったので、ちょー出遅れ。

まあ、なんとか切り返して2着にはなったものの、「絶対1番」は残念ながらなりませんでした。

うちに帰ったときには、ベットに入っていた蓮でしたが、

「1番取れなかったね、スタート遅れちゃったもんね」

というと、

「うん。でも2番になったでしょ」

とケロッとした様子。

1番にならなかったことを気にしているのかと思ったら、まったくそんな様子はなく、

「1番後ろから出たのにみんな抜いたんだよ。あと一人だったんだけどなあ」

と本気で順位を気にしていない様子。

どうやら競争の意味がわかってないみたい。

まあ、優しい、いい子に育っているということにしておこう!

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雨でがっかりの日曜日…

今年は9月に大型連休が入るため、5月に運動会をやる小学校が多いよう。

孫の通う小学校も今日が運動会だったんですが、残念ながら雨。

火曜日に延期になりました。

子どもっていうのは、遠足や運動会のような大きなイベントを期待に胸をふくらませながら待つものです。

去年は、自分の身体の半分もあるような大きなてるてる坊主を作って運動会の日を待ちました。

それが功を奏したのか、明け方まで降っていた雨も上がり、15分遅れでなんとか運動会をやれたのですが、今年は残念ながら延期。

今朝、出かけた後の部屋を見たら、てるてる坊主を作ったらしいティッシュの残骸がたくさんあったので、今年もどこかに大きなてるてる坊主がぶら下げてあるのかもしれません。

今年は、てるてる坊主の威力も効かなかったようですね。

6月2日の火曜日に延期ということだそうです。

子どもの行動っておもしろいもので、ベランダから庭を眺めて、雨を確認したにもかかわらず、1分もしないうちに、

「もう止んだかもしれない」

と玄関から外を見に行く。

大人の感覚では、あり得ない行動ですが、子どもの心の中の期待がどれだけ大きいかということなんですよね。

昨夜は宿題が出ていました。

どうやら今日の雨を予想して、宿題を出したのかなあと思えるような対応です。

運動会の日の前くらい、しっかりと子どもの心に「期待」をふくらませてやった方が、情緒の豊かな優しい人間になると思うのですが…

どう考えても子どもの心を大事にしない教育のやり方だなあとがっかりしました。

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小学校は誰のもの?

さっき、野球をしようと孫の蓮と小学校に行ったら、校庭をグラウンドゴルフの大会で、中高年の人たちが使っていました。

私がPTA会長をしているころには、大人の校庭使用について校長に再三申し入れ、子どもの利用できる時間や場所も確保してほしいと言い続けてきました。

日曜日に子どもと校庭でキャッチボールをしようとしたら、大人のソフトボールクラブが校庭を使用していて、「学校は子どもとの時間を作れと言っているのに、これでは子どもと触れあう場所がないじゃないか」と怒っているお父さん会ったこともありました。

もちろん近所の公園は、「ボール遊び禁止」なのです。

大人のスポーツ熱も昔に比べると格段に上がり、スポーツをする場所の確保は大きな問題です。

校庭を開放していても、利用する子どもはほんのわずか。

大人に貸した方が、有効利用できるという発想もわからなくはありません。

けれども、今日はさすがに腹が立ちました。

蓮と沙羅を連れて校門を入ると蓮が、

「今日は大人の野球の人たち使ってないみたいだよ」と言いました。

いつも大人が使っていないか気にしているのです。

校庭に回ると、カラーコーンやフラッグのようなものが立ててあり、けっこう多くの大人たちが、大会が始まるの待っているよう。

「蓮くん、ダメだよ、今日は。はじの方でキャッチボールしようか」

私がそう言って、なんの大会を使用としているのか、受付の人に尋ねたところ、二人いた女性は、ニコニコしながら、「グラウンドゴルフです」と応えてくれて、別にどうということもなかったのですが、私がそれを受けて蓮に、

「今日は使えないんだって。野球はできないから、あっちでキャッチボールだけしよっ」

と校庭の隅の方を指さしながら言うと、二人の女性の隣に座っていた役員らしき男性が、

「そっちも使うよ」と言うではありませんか。

私が連れていたのは、小学校1年生の沙羅と2年生の蓮。

しかも1年生の沙羅は、小柄で幼稚園の年中くらいにしか見えません。

そんな子どもと0キャッチボールをするのに、ほんの10畳ほどの場所があればいいだけなのに、「そっちも使うよ」っていうのは、いったい何なんだよ。

そこにもコーンが立ってるんだから、使うのはわかってるっていうのに、そりゃあないだろっ!

本来子どもが使って当たり前の場所。

おそらく、その男性は校庭の開放の恩恵を受けていた世代だと思います。

大人のために子どもを閉め出しておいて、「ごめんね」の一言が言えない大人。

いったい日本の教育はどこへ行くんでしょう?

地域を上げての教育を大切にしようとしているには、あまりにもお粗末な出来事。

蓮と沙羅がいたので、そこで喧嘩はしなかったけれど、子どもたちがいなければ怒鳴りつけるところでした。

子どもは国の宝。

親だから、教師だからということではなく、大人だったら、日本の未来のためにもっと子どもを大切に育ててもらいたいものです。

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教師の体罰

熊本の体罰賠償訴訟の最高裁判決がありました。

結果は原告(児童)側の逆転敗訴。

この事件では「休み時間に女子児童をけった男児らを注意。男児が教員の尻もけったため、胸元をつかんで壁に押しつけ、もう、すんなよと怒った」ことが体罰に当たるかどうかが争われていました。

一、二審は体罰を認定しましたが、最高裁は「教育的範囲を逸脱しておらず、体罰に当たらない」として、一、二審を破棄。

原告の逆転敗訴となったわけです。

報道されている範囲でしか状況を把握していませんが、その範囲で言えば妥当なのかなあとも思います。

この事例では、その後児童がPTSDを発症したということで、損害賠償を請求していたわけですが、それほどの体罰であったのか、疑問が残るところでもありました。

その事件以前に、その児童に対してどんな教育がなされていたかということを無視すればということですが。

今回の判決が出たことで、「この程度までは体罰ではないんだ」という教師の判断により、体罰が増えることになりはしないかと大変心配です。

学校教育法11条は「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは文科相の定めるところにより、児童らに懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と規定しています。

基本的には体罰は、認められないわけで、どこまでが体罰でなく、どこからが体罰かという問題です。

孫の小学校では、教師の怒鳴り声が絶えません。

私が子どもを通わせていたころには、そんなことってあったかなあと今の状況を大変憂えています。

先生方からすると、「落ち着きのない児童、座っていられない児童が増えた」「怒鳴らないと言うことを聞かない」ということのようですが、それを繰り返せば子どもが萎縮し、創造性の欠如を招き、スケールの小さい子どもになるか、我慢しきれない子どもは、弱いものをいじめたり、教師に暴力をふるったりします。

「怒鳴る」というのは、身体に直接の害を与えるわけではありませんが、メンタルなことでいえば、肉体的な怪我よりももっと大きなダメージを与えることもあります。

大切なのは、何が体罰かということよりも、子どもにどんなダメージを与えたのかという議論だろうと思います。

事件が起こったときにその事件について、体罰か体罰でないかを論じるのではなく、日常的にどんな教育、どんな子育てが行われているのかを、学校も保護者も、双方が検証し、誰のための教育かを見直す必要があるのではないかと感じました。

これを契機に公然と体罰が増えませんように…。

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焼いちゃったんだぁ…

私の叔母が4月7日、77歳で永眠しました。

今日は告別式。

2年生になった孫の蓮と9日に小学校に入学した沙羅は、わずか3年半の間に4回の臨終間際の立ち会いと6回の葬儀に参列してきました。

私でさえ、数えられるくらいの経験しかないのに、まだ小学校に上がったばかりの二人がこれほど頻繁に経験するのも珍しいことだと思います。

3年半前の義父(蓮と沙羅に取っては曾祖父)の死で初めて人が死ぬということを目の当たりにした蓮と沙羅。

火葬場で、義父に最後のお別れをしたとき、「これから焼くんだよ」と説明した妻に、蓮は「食べるの?」ととても恐ろしそうに尋ねていました。

それがほんのわずかな期間に6回。

斎場のトイレの場所も覚えてしまい、一人でトイレに行けるように…。

昨日の通夜のあと、沙羅は学校からもらった自由帳に、

「おばさん(正確には私の叔母ですが)のおそうしきにいきました。とってもかなしかったです。ほんとにかなしかったです。ほんとです」

と書きました。

今日、収骨所で遺骨を見た沙羅は、私にそっと寄ってきて、

「焼いちゃったんだぁ…」

ととっても悲しそうに言いました。

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子どもたちの気持ちを学校はどこまで受け止められるか

孫たちの通う小学校は、一昨日が始業式、昨日が入学式。

私の子どもたちが通っていたとき、PTA会長を何年かやらせてもらった関係で、来賓として招待状をもらいます。

去年は、孫の祖父という形で、保護者席で出席させてもらいましたが、今年は来賓として参加させてもらいました。

時の流れとともに、入学式の形態も大きく変わるもので、私が会長をしていたころは、来賓として参加するのは、PTAの三役だけ。新入生、在校生とも会場を出た後に、保護者だけを残して、PTAの組織についての説明をさせてもらっていたのですが、去年も今年も、来賓がいっぱい。

式後にPTAの説明があったかどうかはわかりません(娘は何も言っていなかったので、たぶん何もなかったと思います)が、いいか悪いかは別として、式の雰囲気が一変してしまいました。

以前は、在校生が新しい仲間を迎える楽しい行事というイメージの式でしたが、今は全くの儀式という感じです。

昨日も緊張のあまりか途中で気分を悪くしてしまう1年生もいて、ちょっとかわいそうでした。

さて、うちの孫ですが、一昨日の始業式の日は、なんと朝4時に起きていました。

学校に行きたくてしょうがないらしく、お友達のA子ちゃんが来るのを待ちかねて、「いってきまーす」と大きな声を出したかと思うと、後ろも振り向かず走っていってしまいました。

昨日入学式だった沙羅も、学童保育に行く関係で、一昨日も学校へ行ったのですが、兄の蓮と一緒に行こうと急いで着替えていたようなのですが、結局間に合わず母親と行くことに。

すごい勢いで、

「沙羅ちゃんも行く、沙羅ちゃんも行く」

とぐずっていましたが、自分の着替えが遅かったことに納得したらしく、そのうちあきらめ、ニコニコしなが、母親と学校へ出かけていきました。

小学校の1,2年生なんて、こんなに純粋に学校に行きたいんですよね。

いつから、いったい学校が楽しいところではなくなってしまうのでしょうか。

一昨日、昨日と蓮に学校は楽しかったかと尋ねたところ、ちょっと暗い顔になって、

「おもしろくない」

と言っていました。

担任は怖いという話です。

どうも学校というところは、教師の言うことを聞くということを中心に考えているようで、「まず一発かましとけ」とばかり、脅したり、怒ったり…。

本来は、「学校は楽しいところだよ」というメッセージを送るべきなんだと思いますけどね。

入学式のあいさつの中では、校長先生も担任の先生も言葉で「楽しいところだよ」と言ってはいるのですが、どう見ても顔がそう言っていないんですよね。

いつまで、子どもたちが学校に行きたがってくれるのやら…。

比較的うちの子どもたちは学校が好きだったんですがね。

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これは渡辺美樹氏本人の不祥事といってもいいのでは…

英検の問題をあらかじめ開封して、試験前に生徒に解答を指南していたという前代未聞(もしかして他でもやってる?)の事件が起こりました。

ワタミフードサービス社長の渡辺美樹氏が理事長を務める「学校法人郁文館夢学園」の郁文館中学と高校です。

2002年から問題の漏洩は行われていたといい、2003年に理事長に就いた渡辺氏も知っていたとか。

しかも、漏洩の当事者である堀切一徳氏(当時教諭)を04年に校長にしたと報道されています。

以前から、株式会社が教育に携わることに抵抗を感じていましたが、教育が経営中心に行われると必ずこういう問題が起こります。

これも規制緩和の行き過ぎの例ですかねえ…。

漏洩を知りながら、漏洩にかかわった人物を校長に就任させるような理事長に、教育を論ずる資格があるんでしょうか。

今度は、渡辺氏自ら校長に就くと報道されていますが、もし報道の通り、漏洩を知っていながら堀切氏を校長に就任させたんだとしたら、責任の取り方が違うんじゃないでしょうか。

たしか渡辺氏の理事長就任以降、教育改革で注目されていた学校ですよね。

生徒に不正を教えるような教育が、教育改革ですか。

何とも情けない話ですね。

普通の感覚で考えたら、理事長辞任、現職の神奈川県教育委員の辞任が筋っていうもんだと思います。

どういう感覚なんですかねえ…。

これで教育が再生できますか?

文科省もひどいと思いますが、単純に民間に任せればいいということにはなりませんよね。

ちょっといい気になっていたんではないですかねえ。

教育はもっと真摯に向き合うものだと思うのですが…。

郁文館は、民俗学者の柳田国男の母校とか。

残念ですね。

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またまた教員の不祥事

教員の不祥事が後を絶ちませんね。

東京都内の区立小学校に勤務する男性教諭(51)が、1年半以上にわたって、同校の女子児童7人の体を触るなどのわいせつな行為を行っていたことが2日、分かった。教諭は校長から再三にわたってやめるよう指導を受けていたというが、「児童と会話によるコミュニケーションが苦手だった」などとして行為を続けていたという。事態を重視した都教育委員会では近く教諭を懲戒処分にする方針。(産経新聞)

これって何?

わいせつ行為をしていたのに、校長から注意をされていただけで、1年半もほったらかしになっていたっていうことでしょ?

普通だったら、たった1回でも逮捕ですよね。

これが教育現場の現状だとすれば、相当学校は病んでます。

結局、事実を正確に把握しようとしなかった校長の監督責任も問われることになりそうですけど、遅すぎますよね。

もう少し、普通の感覚で教育に携わってほしいものです。

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桐生第一高校の不祥事

さっき、整形外科に行ったら待合室のテレビに、高校野球の入場行進が映し出されていました。

桐生第一高校の入場行進の際、実況のアナウンサーが何か事件のことを言うかなあと思って聞いていたら(そんなわけないけどね)、アナウンサーの口から出たのは、

「ひときわ大きな拍手です」

でした。事件のことをふまえた、応援のメッセージを発したのでしょう。

そこで行進をしている一人ひとりの選手が、すごく悪い子というわけでもないし、甲子園出場のため努力をしてきたこともよくわかります。

とは言え、今回の出場は、納得のいくものではありません。

私も、サッカー協会専務理事の田嶋幸三君や日本代表コーチの加藤好男君が同級生であったり、ガンバ大阪の西野監督が先輩であったり、また中学の時所属していたバレーボール部が、県大会優勝の常連校であったりと、全国制覇をすることや様々な大会で優勝するということがどういうことなのか、一応わかっている方だとは思います。

さらに、今回も甲子園に出場している浦和学院の職員(高校ではなく専門学校の方ですが)であった時期もありました。

浦和学院の元理事長が私のところにきて、

「うちの学校の野球部をあと3年で甲子園に出すからな。そのために上尾高校のNを絶対にうちに引っ張る」

と宣言したことがあり、実際N氏をその通り引っ張ることに成功して、3年後というのはかないませんでしたが、4年後に甲子園に出場した、そんなこともありました。

そんな風ですから、スポーツも大好きですし、体育会系の”乗り”や”厳しさ”も人間の成長にとって大事なものだとも思っています。

甲子園を目指すそれぞれの学校の努力やそこで一生懸命部活動に励んでいる生徒たちの努力も大いに認めます。

がまた、その陰でいろいろなことが起こっているということも事実です。(もちろん学校によりますが)

レギュラーの子たちの奢り、レギュラーのレベルに達しない子たちに対するいじめや差別、またその子たちによる暴力といったものはもちろん、校内でも全国レベルの部活、特に野球とサッカーは、学校にとっても大きな広告塔であるだけに、何か事件を起こしても、もみ消すというのが当たり前になっています。

今回の桐生第一高校の事件も、そういう中で起こっている事件であるということを、そこに関わるすべての人たち(高野連も含めて)は、はっきり認識するべきです。

過日の駒大苫小牧の不祥事、今回の不祥事。

根本的な原因にふたをして、個人の責任として片づけてしまうようでは、今後もこういった事件はなくならないし、一般の生徒に対する指導がますます厳しくなっている折り、甲子園に出場する部や生徒だけが特別では、これからの日本を背負って立つ若者の教育としても問題が残ります。

「連帯責任」という問題ではなく、どこに不祥事を産む土壌があったのかということを指導者はきっちり見極め、そこに関わるすべての者(生徒も含め)が責任をとるという姿勢を明確にすることが大切なことなのでしょう。

酷な言い方になるかもしれませんが、今回甲子園に出場している桐生第一の子どもたちも、今回の事件と自分たちとの関わりについて、しっかりと見つめてもらいたいと思います。

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少しは教育界にメスが入るか…

大分県の教員採用試験を巡っての事件で、やっと教育界の閉鎖性が注目されるようになりました。

今朝のテレビに出演した石原伸晃国会議員が、(日本のもたれ合いの風土や試験についての不正について)「一番ないのが警察と教育なんですけどね」と発言したのにはあきれたし、ビックリもしました。

将来総理の座をねらおうかという有力な国会議員がこんなこと言っているようじゃ、日本も終わりだぁ!

このブログはもちろん、様々な連載でも常々述べてきましたけれど、末端の現場とそれを監督する行政機関が同じ線上で人事異動をしているわけだから、管理監督なんてできるわけがないし、そんな中に公正なんていうものが存在するわけがない。

採用試験の一次が情報公開で公になったとしても、二次の面接まで進んだ場合、誰がどのような基準で選考し、公平性が保たれるかは微妙な問題。

長年教員をやっている人はみな、校長の子どもが採用試験を受ければみんな受かると思ってるんじゃないのかな?

試験だけがオープンになってもダメで、教育行政のすべてがオープンにならないと、いろいろな面で不正(というよりは、社会の感覚との乖離と言った方がいいかな)はただせないのだろうと思います。

とは言え、杉並区の和田中学校のように、何でもかんでも保護者の希望を取り入れて、塾講師による補習を増やせばいいというのでは、「公教育」という存在自体が脅かされる。

一見、どの子にも教育の機会を平等に与えているように見えて、実は公教育の方向性を大きく歪めて、教育の機会均等が失われかねない。

誰のための、何のための教育かということをよく考えて、行政、教員は、襟を正すべき!

教育に携わるものは、社会のモラルを教えているにもかかわらず、自分たちの感覚が、社会のモラルから大きく逸脱しているという現実を、しっかりと見つめてもらいたいと思います。

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秋葉原の事件

秋葉原の事件の容疑者、加藤智大容疑者の父親がインタビューに答えている映像が、たった今NHKのニュースで流れました。

亡くなった方にも親御さんがいるように、容疑者にも親御さんがいます。

これだけの事件なので、さぞ取り乱しているのかと思ったら、一応謝ってはいるけれど、あまりにも冷静(本当は冷静ではないのかもしれないけれど少なくともそう見えた)にインタビューに答えていることにビックリしました。

公人ではない誰かを直接的に批判するのは、あまり好みませんけれど、これだけの事件にもかかわらず、普通にしゃべれる、この親の態度がすべてなのだろうと感じてしまいました。

どう見ても、何も責任を感じていないように見えます。

取り乱したふりも問題ですけれど、こんなに普通にしゃべれるものなのでしょうか。

「申し訳ありません」という謝罪の言葉は、ただただむなしく響くだけでした。

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「内閣府認証」って何?

これって問題じゃないですか?

うちの会社は、「浦和カウンセリング研究所」を経営していますが、研究所のカウンセラー養成講座を修了することで、「NPO法人 日本カウンセラー連盟」認定のカウンセラー資格試験の受験資格が得られます。

カウンセラー資格というのは、未だ国家資格化されていないので、様々な民間機関が資格を与えているわけです。

よくニュースなどに登場する「臨床心理士」も民間資格。

難易度は、うちでお取りいただいている「日本カウンセラー連盟」認定の資格より難しい(試験自体が難しいというよりは、現在大学院卒という縛りができてしまったので)ですが、「民間資格」という点では、日本カウンセラー連盟の認定カウンセラーと何ら変わるところはありません。

ところが最近、それをいいことに、自分のところのカウンセラー資格があたかも国家資格であるように表示しているところが目立ってきました。

ビックリしたことに「内閣府認証 ××カウンセラー」とか「内閣府認証 ××心理士」のような表記をしているところがあったり、そういう表記をしている個人がいたり…。

はっ? って感じですよね。

「内閣府認証」なのは、その「××カウンセラー」とか「××心理士」という資格じゃなくて、その資格を出している組織の、しかも「特定非営利活動法人」(NPO法人)であるということだけに対する認証です。

「日本カウンセラー連盟」の場合は、事務所が埼玉県にしかありませんから、認証機関は「埼玉県」。

これが2県(都、府、道の場合もあります)にあれば、認証機関は内閣府。

それだけの違いなのに、いかにも「国」の認定した資格のような振る舞いは、どう考えてもまずいですよね。

限りなく詐欺に近いです。

どうもそれを指導しているスクールもあるみたいですね。

そんなところにだまされないように、要注意です。

そんなことをやっているようでは、教えている内容だって、押してしかるべしですね。

もっとしっかり、行政が指導するべきです。

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和田中学校ついにPTA廃止

公立の学校とは思えない「夜スペ」で有名になった杉並区立の和田中学校が、今度はPTAを廃止するとか。

ネット上に配信された、廃止が報告された学校運営協議会の写真(毎日新聞)を見ると、ほとんどが男性。

PTAというのはいろいろな問題があることも事実で、マンネリ化して機能していないのも事実。

でも、多くの女性が関わっていることで、学校が荒れるのを防いできたことも事実。

学校が、男中心で運営されるようになったときには、力でねじ伏せて、管理がうまくいくように思う人もいるかもしれないけれど、初めはうまくいっても、力には力で対抗してくる生徒が出てきたり、そこには適応できない生徒が、別な場所で弱いものをいじめたりするもの。

PTAはこれまで活動してきた「地域本部」の保護者部門として組み入れられるとか。

なんか、新しい取り組みのように報じられているけれど、上からの意向で方針が決められているという根本的な形は何ら変わっていなくて、かえってそれが強調され、男の論理で教育が動かされている感じ。

地方を切り捨てないといった小泉内閣の郵政民営化とよく似ている気がします。いずれ、末端にはしわ寄せがくる。

採算の悪い郵便局がなくなっても、国民全体に被害が及ぶことは少ないけれど、教育はそうはいかないのに…。

教育の末端でトラブルが起きれば、荒川沖の事件のように、日本全国を震撼させるような出来事につながりかねない。

本来、子育て・教育は女性の論理で進められるものであって、それにどう男性が関わるかという問題だと思うんだけどなあ。

そのあたりの、大きな方向性というのが全く間違っていると思う。

今後必ず、何か事件が起きる予感!

今まで、そういう予感が外れたことないから、ちょっと心配だなあ…。

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市立川口高校校長の失態

今回の市立川口高校市川校長の失態には、あきれたけれど、あまりびっくりはしませんでした。

正直言って、「これが教員の感覚だよな」という感じ。

もちろん、市川和夫容疑者のやったことはとてもひどいことで、「ほかの教員がみんなそう」というわけではないけれど、「俺のいうことをきかせてやる」「俺に逆らえるやつはいない」的な感覚というのは、教員という職業の宿命とでもいうべきもので、「教える」「教えられる」という関係の中では、たびたび問題になる感覚であることは間違いありません。

どんなにいい教師でも、その宿命の中で生きているのであって、だからこそそれを肝に銘じて教師をするということが大切です。

私もまさに教師と生徒の恋愛、そして教師と教え子で婦をやっているので、教師と生徒の恋愛にとやかく言うつもりはありませんけれど、今回の件は、教師という権力を利用した犯罪で、許すことはできません。

でも、ここまでひどいのはまれだとしても、教師の生徒に対するセクハラ、わいせつ行為なんていうのは、しょっちゅう起こっていることで、男の教師が部活の顧問であることを利用して半強制的に女生徒の身体を触る、揉む、あるいは逆に揉ませる、知的障害の女生徒の着替えに立ち会う、無理矢理キスをする、なんていうことがあるわけです。

校長室を生徒にも開放している校長もいれば、いつも鍵をかけて誰も入れない校長もいる。

義理の祖父も長い間、校長・教育長をしていたし、長い間校長をしていた叔父や教育委員長をしていた叔父もいるので、校長の苦労もわかるけれど、教育委員会の指導課は後輩ばかりで、校長の管理などできるわけもなく、校長という立場は基本的に天下を取った身。

パソコンを私的に使おうが、本を読もうが、テレビを見ようが、自己管理の問題。教育委員会と校長・教頭の関係(組織)から変えていかないと、なかなか改善は難しいのでは…。

今回の事件は、市立高校だったために、川口市の教育長が謝罪していたけれど、校長の人事問題は実質、県の問題。

わいせつ教師の問題が多い埼玉県。

いつだったか、所沢の方で女生徒を車に乗せて、身体を触りまくった教師が確か停職3ヶ月。そんな馬鹿なことがあっていいのかねえ???

明らかに犯罪だろうが!

そういうときには「教育なので、生徒への影響を考えて…」なんていうコメントが必ずつくのだけれど、生徒が犯した犯罪ならともかく、教育の現場で起こる犯罪に対し「生徒に厳しく、教師に甘く」なんていうことがあっていいわけない!

抵抗できない生徒に対する犯罪行為なんだからこそ、厳罰主義で臨むべし!

こんなことばっかり起こるから、モンスターペアレントの逆襲に遭うんだよね。

ごくごく普通の感覚で教壇に立つ先生に増えて欲しいものですね。

続きを読む "市立川口高校校長の失態"

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DVD「素敵なお産をありがとう」予約受付中!

カテゴリーがやたら多くなっちゃいました。

単純に今回は宣伝です!

VTR「素敵なお産をありがとう」がDVD化されることは告知しましたが、現在予約販売を開始しています。ぽつりぽつりですが、予約が入り始めました。

当初、今週末くらいには、発送できる予定でしたが、製造元と私との間のやり取りが行き違ってしまい、プレスにはいるのが遅れてしまいました。

その結果、商品の発送は、今月末日前後になってしまいます。

どうも、慣れない仕事なので、段取りが悪く、皆さんにはご迷惑のかけ通しです。

ただ間違いなく、制作作業は進んでいますので、間もなく皆さんのお手元にDVD「素敵なお産をありがとう」が届きます。

ご予約いただいた方、もうしばらくお待ちくださいね。

先週の土曜日、鳥取県の倉吉市で、「素敵なお産をありがとう」の上映と講演をやらせていただきました。

昨年の北九州市の男女共同参画センター”ムーブ”に続き、また西の方での上映でした。

出産ビデオの公開が話題になってから、16年が経ちましたが、上映会や講演会を開いてくださるのは、関西以西が多いのはなんででしょうね。

何か理由があるんだと思うのですが、西日本にお住みの皆さんは、”出産”とか”家族”、”命”あるいは”青少年の健全育成”といったことに東日本に暮らしている我々よりも、熱心なのでしょうか。

これまで”命の尊さ””家族に見守られた感動の出産””家族の絆”といったコンセプトで、上映会や講演会を開いてくださったのは、鈴鹿の青年会議所の皆さんを皮切りに長崎、滋賀県守山、滋賀県草津、高崎、岐阜、新潟、浦安、調布、板橋、北九州、倉吉…。

とりあえず埼玉県内は除いて、この他にも何カ所もあるんですが、新潟、高崎くらいが最も東というか北というか…。

青森の高等学校や北海道でもビデオを購入していただき、子どもたちに見せていただいているところは結構あるようなのですが、一度も講演会とかで呼ばれたことがないんですよね。

もちろんビデオを売っているわけだし、これからDVDも販売しようとしているわけだから、ご購入いただいた方には、”感謝、感謝”なのですが、本当は私は講演とセットで見てもらいたいんですよね。

「なぜ家族全員の立ち会い出産なのか」「なぜビデオを公開することになったのか」…。

よく「ビデオを公開することで何を訴えたいんですか?」とか「どんな主張があるんですか?」と聞かれることがあります。

正直言って、「ビデオカメラを購入したときにたまたま妻の出産があった」というのが一番の理由だと思います。

もちろん並べれば、他にもたくさん理由がないわけではないのですが、「なぜ撮ったか」と言われれば、それが本当のところだろうと…。

そういう意味で、何か訴えたいことがあったからビデオにしたわけではないので、逆に皆さんには撮ってもわかりやすい出産の映像になっているのではないかと思います。

ぜひ、北の方面の方々にも、見ていただきたいなあ…。

この前に続いて、「素敵なお産をありがとう」の宣伝でした!

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「日本の親と中国・韓国の親 その2」

(今回の内容も、「子育てはお好き? 専業主夫の子育て談義と同様のもです)

さて、前回の調査です。
「日本青少年研究所」は、1975年設立の団体で、青少年の意識調査、国際交流、さまざまなコンクールなどを行っています。所長は教育畑の出身の方ではなく、検事出身の千石保氏で、設立時から現在まで、ずっと所長を務めています。大変多くの大企業から協賛を受けており、これまでの調査でも、客観的とは言えないような、かなり大企業に都合のいい調査結果を発表してきています。
日本青少年研究所が調査の目的を発表していますので、ちょっと長くなりますが、ご紹介します。
「中国の北京、韓国のソウル、それに日本の東京は、3ヶ国の首都である。それぞれの小学4・5・6年生を対象にする調査は、これまでに実施されたことはない。
北京の子どもたちは、勉強漬けで大変な毎日を送っている、と伝え聞く。またソウルの子どもたちも、日本以上に激しい受験勉強を戦っているという。なにしろ、親の厳しさは、とても日本の比ではないとも言われている。
もっとも日本の小学生たちも例外ではないらしい。小学生たちは、とても忙しいといわれている。子どもが忙しいとは、どんなことなのか、大人にはよく分からないものがある。子どもの忙しさは、なんとなく勉強をめぐってのことと想像できるものの、不透明である。
次の時代を引き継ぐ子どもたちの日常生活を掴んでおくことは、大人たちの責任だろう。やがてどんな社会になるのか、どんな子どもに育てるかは、基本的な生活習慣がはっきりしないため、調査する必要がある。
子どもたちは、大きくなったら、どんな人間になりたいと思っているのか。仲好しの友達がいるのか。学校外ではどれほど勉強しているのか。放課後や休み時間は何をしているのか。
日本では、親と先生の権威がとても低下したといわれている。親と先生の関係はどうなのか。頑張ろうという気持ちがどれほどあるのか。物事に対する「やる気」はどうなのか。親のしつけは、時代とともに変わっているのか。しつけの理念というものがあるのだろうか。食べるのに困らない時代のしつけは、どんな目的があるのか。
こういったことを想像してみると、不透明さが次第にふくらんでくる。
まず、生活習慣の調査からはじめねばならない。起床時間、就寝時間、食事や生活習慣、親のしつけ、家事の手伝いなど子どもたちの日常生活の実態を把握するのはこの調査の目的である。」
これを読んだとき、ちょっと私の中に驚きが広がりました。
「この日本青少年研究所というのは、民? それとも官?」というような驚きです。前回、ご紹介した産経新聞の記事を読んだとき、財団法人としか冠が付いていないので、民間の研究機関かなあとは思ったのですが、産経新聞の記事の書きっぷり(「調査報告書で分かった」とか「家庭での教育力の低さが浮き彫りになっている」)から、民間だとしても当然何か学術的に調査をしているところなんだろうと想像しました。
ところが、この目的を読んでみると、なんだか最初から前提があるように感じる。小さな規模ではありますけれど、私も何度かアンケートを採ろうと思って、アンケートの案を作ったことがあります。一番気をつけるのは、自分が描いた目標に対し「誰に対して、どのような内容のアンケートを実施したら、より正確な結果が得られるか」ということです。そのあと、アンケートの結果をふまえ何かをやろうとすればなおさらのこと、内容を丁寧に精査します。
ところが、今回の日本青少年研究所の調査は、どうもその辺から、乱暴に見える。冒頭の「中国の北京、韓国のソウル、それに日本の東京は、3ヶ国の首都である。それぞれの小学4・5・6年生を対象にする調査は、これまでに実施されたことはない」というあたり、子どもの生活を比較するのに、なぜ中国、韓国、日本なのかが見えてこないし、あたかも国際的な比較のような雰囲気を醸し出してはいるのに、それぞれの首都の子どもたちを選んだことが、どうしてその国を代表する一般的な子どもたちを選んだことになるのかの説明もない。この目的だけを読んだだけでは、わかりにくいかもしれませんが、研究所の「最近の日本の親は、親と子は別個の存在と考える米国型の価値観に変化してきているため、子供に注意をしないのではないか」というコメントと合わせて読むと、疑問がふくらみます。米国の子どもが標本にないにもかかわらず、「日本の親は米国型価値観」と決めつけている。
また、今回の調査は、昔のデータは含まれないのに「日本では、親と先生の権威がとても低下したといわれている」「親のしつけは、時代とともに変わっているのか」と時代の流れにより変化したという日本の状況だけを取り上げ強調することで、中国、韓国に比べ、日本は「親と教師の権威の低下している」「しつけがあまい」ということを引き出そうという意図が見えます。
こんなふうに子どもたちに対する調査が進められていて、それがいかにも客観的事実であるかのようにマスコミを通して報道されている現実に、驚くとともに怖さを感じました。

前提をきっちり把握してもらいたくて、またまた、引用が長くなり、具体的内容まで入れませんでした。
次回こそ、内容を細かく見ていきます。

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「日本の親と中国・韓国の親 その1」

花粉症の薬でどうにもならなく眠かったり、風邪がぶり返して頭痛がひどかったりで、間が開いちゃいました。今回のは、連載をしているマイタウンさいたまの「子育てはお好き? 専業主夫の子育て談義」と同じものです。なかなかおもしろい話だったので、少しでも読んでいただける方が多いようにと、こちらにも同じものを載せることにしました。

産経新聞(ネット上の配信記事を読んだので、紙面ではどうなっていたのかはわかりません)によると、

日本の小学生は中国や韓国に比べて家庭で注意を受ける割合が際立って低いことが7日、財団法人「日本青少年研究所」の調査報告書で分かった。家庭でよく言われる注意事項23項目のうち21項目について3カ国中最下位で、家庭での教育力の低さが浮き彫りになっている。同研究所は「最近の日本の親は、親と子は別個の存在と考える米国型の価値観に変化してきているため、子供に注意をしないのではないか」とみている。
昨年10~11月、東京、北京、ソウルの3都市の小学4~6年生を対象に、各学校で書面形式で生活習慣を調査。計5249人から回答を得た。同研究所によると、同種の調査は初めてという。
親のしつけに関する設問では、家庭でよく言われる注意事項23項目のうち21項目で、日本の子供は中韓より注意される割合が低かった。特に「先生・親の言うことをよく聞きなさい」とよく言われる子供は2割前後で、両国の半分。先生と親の権威低下がうかがえた。
「よく勉強すれば、将来いい仕事がある」も17・8%と低く、中国(53・8%)、韓国(41・7%)と対照的。「好き嫌いしないで全部食べなさい」「嘘(うそ)をついてはいけない」「友達と仲良くしなさい」なども大幅に低かった。
一方、日常的な生活習慣では、毎朝歯磨きをする比率が63・9%、毎朝洗顔するのが66・9%にとどまり、それぞれ中韓より2割下回った。テレビを見ながら食事するのは46・0%と半数弱を占め、いずれも11%台だった中韓の4倍に達し、「ながら食事」の浸透ぶりをうかがわせた。
友人関係では、親友の有無や友人の数では3カ国とも大差はなかった。だが、「友人の喧嘩(けんか)を止めるか」との質問に、「必ずする」と回答したのは15・9%と中韓より10~15ポイント低く、「しない」(22・5%)は5~15ポイント上回った。

「へぇー、そうなんだぁ!?」
と興味深く読んでいたんですが、調査の集計結果がすべて掲載されているページ(http://www1.odn.ne.jp/youth-study/reserch/2007/tanjyun.pdf)があったので、アクセスしてみたら、
「???」
確かに、上の数字はその通りなんだけれど、大きな設問の中の小問も含めると120問を超える質問の中で、どこを取り上げるかで感じ方が全然違ってきてしまいます。
例えば、起床時間なら中国の子どもたちは、おおむね6時~7時の間、日本は6時半~7時半、韓国は7時~8時の間です。「朝ごはんを食べる」との問いに「いつもする」は、日本・86.3%、中国・84.7%、韓国・62.5%。「寝る前に、歯磨きをする」は、日本・74.3%、中国・74.3%、韓国・69.2%。おもしろいものでは、「家から学校まで何で通っていますか」との質問に、「歩いて」が日本・96.0%、韓国・81.0%、中国・38.2%。中国では、「親の車で」という回答が23.7%(日本・0.3%、韓国・3.9%)もあるのです。
「友人」ということで見てみると、「喧嘩を止める」という日本の子どもは少ないことになっているけれど、「仲よしの友だちの人数」ということでは、「1~2人」「3~5人」「6~10人」「11~15人」(この上は5人刻みで30人までとそれ以上に分類)という括りで、中・韓は「3~5人」と「6~10人」に山が来るのに対し、日本は「6~10人」「11~15人」に山が来る。
産経新聞の意図は、日本の子どもたちは親のしつけがなっていなくて、子どもたちの中にいじめを容認する風土があるっていうことを強調したかったんだろうけれども、全体的に見て、文化の違いはあるけれど、親のしつけがなっていないとか、いじめを容認する風土があるなんていうことは、とても言えるものではありません。驚くなかれ、学校に行くのがとても楽しいと答えている割合は、韓国の22.4%に対し、日本は36.9%(もっとも中国は59.2%ですが)。

産経新聞の最後に付いている「親からしつけを受けていない「団塊ジュニア」が親になり、子どもに何を伝えればいいのかがわからなっているのではないか。学力は重視するが、人格形成はおろそかになっている。子どものうちにきちんとしつけないと、将来の自立を妨げることになりかねない。親だけでなく、社会全体でしつけていく視点も必要だ。」という斉藤哲瑯(てつろう)・川村学園女子大教授(教育社会学)のコメントに至っては、
「?????????????????」
「団塊の世代」って言うのは1947~49年(場合によっては1952年、55年生まれまで含めることも)に生まれた人たちのことを言うんだけれど、今年58~60歳になる人たち。この調査は小学校4年生(9~10歳)から6年生(11~12歳)を対象に行ったものだから、出産した年齢を25~30歳として、母親の年齢はと言えば、一番若い人は25歳で出産した4年生の母親ということになるから34歳、一番高齢の人は、30歳で出産した6年生の母親ということになるから42歳。斉藤教授の話によれば、「団塊ジュニア」(1971~74年の第2次ベビーブームに生まれた子を指すのが一般的ですが、おそらくここでは団塊の世代から生まれた子という意味で使っているものと思われる)が親になり、子どもに何を伝えればいいのかがわからなくなっているのだそうだから、34~42歳の母親(父親の場合は一般的に言ってもっと年上。私のようなのは滅多にいないので)の親たちが58~60歳?微妙なところだけれど、ちょっと無理があるんじゃないかなあ?
だいたい、”子どものしつけ”をしていなかったのは「団塊の世代」なんだぁ!?
「う~ん、なるほどぉ」
そうなると「今どきの若い親は…」と最近の子育て事情を批判している「団塊の世代」の人たちは、自分たちの責任を痛感しなくてはいけないことになる。
こんなこと言っちゃっていいのかな? 私ののエッセイじゃないんだから、感覚ではなく、学者は学者らしく、もう少し裏付けのあることを言ってほしいと思うんだけどなあ…。

報道をどう見るかっていうのもなかなか難しいですよね。この調査をした「日本青少年研究所」っていうところも、どうも意図的にいろいろなことをやっているところのようで、調査自体にもやや問題はあるようですが、調査結果を見るとなかなかおもしろい部分もあるので、次回は調査の内容について、もう少し深く掘り下げて、「大関直隆の感覚で見る日本、中国、韓国の子育て事情」について述べたいと思います。

つづく
  

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中学生がラウンドガール?!

どうも困ったものですね。

こういうものを法が規制するというのは、あまり好きではありませんが、

性を商品化することの低年齢化は、規制もやむを得ないのかなあと思ってしまいます。

日本の性教育の遅れは、深刻です。

このまま、性教育をまともに行わない状況が続けば、

エイズ患者の増加にもつながっていくことと思います。

これほどまで経済的に発展した国が、これほどまでに性教育が遅れているとは…。

夫婦別姓問題やゆとり教育問題で主張がコロコロ変わり、

”ジェンダーフリー”批判の先頭に立っているような山谷えり子氏が首相補佐官をやっているような状況で、

どうやって性教育をし、女性の地位向上を図るのか、

もっと国民が真剣に性について考えないと、

女性の地位向上もなければ、少子化も改善されるはずがありません。

性の氾濫ばかりが目立つ今日、

地味な性教育を低年齢のうちからきっちりと行っていくことこそ、

必要だと思います。

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子育てするならさいたま市?

さいたま市長のスローガンの一つに「子育てするならさいたま市」というのがあります。

いつだったかどこかのホールで市長のあいさつを聞く機会があって、「文教都市浦和」を継承して、子育てのしやすい街作りを進めるというようなことを言っていました。

「子育てするならさいたま市」

なかなかいい響きというかうまい響きだなあとは思うのですが、これってほんと?

「そのスローガンを見てさいたま市(特に旧浦和)に越してきたけれど、すごく子育てしにくい」という話をよく聞きます。子育て中にあちこち比較ができるほど引っ越す人もそう多くはないだろうから、漠然とした話しか入ってきませんけれど、今日「子育てするならさいたま市」を疑いたくなるようなことがありました。

もう私は直接子育てをしていないので、あまり詳しくはわからないのですが、孫を幼稚園に送っていくと、市からの補助金の交付があったんです。

うちの孫は、川口市からさいたま市の幼稚園に通っていますが、川口市の補助金はなんと二人で32万円強。さいたま市の補助金は、一人4000円。もちろん、うちは川口市民なので、差があるのは当たり前ですけど、どうもさいたま市の人はそんなに出てないみたいなんです。

ちゃんと調べればいいんだけど、漠然とした話ですみません。孫は一人親家庭なので、それでかなあとも思ったんですが、どうもそれも違うみたい。川口市の場合、大まかにいって、幼稚園の月謝を半分市が補助してくれてるっていうことですよね。

とってもありがたいことです。

幼稚園にも聞いてみましたけれど、「川口市は多いみたいです」と言われました。

「子育てするならさいたま市?」

いやいや「子育てするなら川口市」かもね。

子どもがいる方は、よく調べてみてください。

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ニート対策

ずいぶん久しぶりになっちゃった\(__ )

暮れっていうのは、やっぱり何かと忙しいんだよね。

今年はアメ横も行かなかったなぁ…。

アメ横みたいな人混みに行くと、”あぁ、年を越すんだなあ”って実感するよね。

12月10日は大宮、12日は浦和の酉の市には行ったけどね。

酉の市の人出は、いまいちだったかなあ???

もう”熊手”なんていう時代は終わったのかねぇ…。

酉の市自体にはけっこう人がいても、熊手のところに行くとほとんど人がいないんだよね。

酉の市と言えば、”熊手を買いに行く”っていうのが目的でしょ? 

どうも、本来の目的がどこかに飛んじゃってる感じ。

もっとも、私だって毎年酉の市で買うものといったら、鯉こく用の鯉とじゃがバター(もう何年も同じおじさんから買ってて、なんだか買わないと悪いみたいになっちゃってるので、食べたいっていうわけじゃないのに毎年買ってるんだよね。なんて義理堅い人間なんだろう!)、クレープに地鶏串というところかな…。

私も全然熊手と関係なーいっ!

やっぱり時代の流れというのは、そんなもんなんだね。

クリスマスから大晦日にかけての人出は、どこもここも半端じゃなかった。なんかちょっと去年までとは違うなあっていうっ感じ。

景気はよくなっているのかねえ? 企業収益は相当よくなってるらしいけど、あんまり私には実感がないなあ…。

みんな豊かさを享受してるの?

来年から、税負担が増えるのは必至なので、その前に買い物をしちゃおうっていうこと?

まあ、よくわからないけど、とにかく人出は多かったね。 

またテレビ出演の依頼がありました。

テレ朝の特番で、番組の中でこちらが政策提言をして、それを政治家が買うという企画らしいんだけど、いろいろテーマがあったうち、教育のテーマということでニートをテーマに選んで政策提言をすることにしました。

ニートの原因を簡単に決めつけることはできないけれど、親の問題、社会の問題等に整理して、うまく政策提言ができればと思っています。

この前ADさんと話をしたら、その話の内容にディレクターが興味を持ったらしく、明日ディレクターが訪ねて来るとか。

どんな話になるのやら…。

本番に出るには、予選を通過しなくちゃならないらしく、ちょっとおっくうだけど、明日ディレクターに会う前に、ある程度まとめておかなくちゃね。

今回は、堂本光一くんが司会をしていた”ジェネジャン”に続いて、教育カウンセリング研究所の所長、大関洋子(大げさな言い方だね。要は妻)が出演することになると思います。

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木枯らし一号

いやぁー、寒い!

ワイシャツ1枚でちょっと外へ出たら、とんでもない寒さだったよ。

ついこの前まで”暑い、暑い!”なんて言ってたのが嘘のよう。

一番下の子の通っていた幼稚園は、バスがなかったので、毎日自転車で送っていました。皮のハーフコートを着て、手袋をして、耳当てをして…。

幼稚園はうちから見てちょうど真北の方角。朝の送りは、北風に向かって走ることになるので、とにかく寒い!

鼻水ちょちょ切れそ~!

いつも後ろに乗っている息子と二人で大きな声を張り上げて、歌を歌いながらの登園だったけど、口を開けた途端に北風がヒューって、口の中に流れ込んできて、咳き込んじゃったりしてね。

そんなときに歌う歌は、やっぱり「きたかぜこぞうのかんたろう」

♪きたかぜ~ こぞうの かんたろ~ 

今年も~ まちま~で やってきた~  ♪

北風に吹かれて涙ちょちょ切れながら、二人の登園は続くのでした!!

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学力向上七つのカギ

今朝の朝日新聞に「学力向上七つのカギ」という見出しの記事が掲載されていました。公立学校が抱える根本的な課題に取り組むため、8人の研究者が11の公立小中学校に1年近く通って分析したものだそうですが、学力向上策のカギは七つ。①子どもを荒れさせない②子どもを力づける集団づくり③チーム力を大切にする学校運営④実践志向の積極的な学校文化⑤外部と連携する学校づくり⑥基礎学力定着のためのシステム⑦リーダーとリーダーシップの存在の七つだそうです。

”う~ん、なるほど、なるほど”という内容でした。内容一つ一つを精査するのは別として、やっと、”学校はどうあるべきか”の話が出てきたという感じです。どうもこれまでの学校を対象とした議論は、「若い親の子どもに対するしつけがなってない」「最近の子どもは情緒が不安定」「関わり方を知らない子どもが増えている」「教師に対する暴力が絶えない」…。あげればきりがないけれど、とにかくすべてそういった子どもと親のひどい状況をあげつらって、「学校では対処できないから、家庭の責任で子どもを指導しろ」というものばかり。学校はどうすべきがまったくない。家庭の問題がないとは言わないけれど、学校としてやらなければならないのは、教師が子どもたちとの関わりをどうするか、ということ。責任を親や社会になすりつけることじゃない。

今回の記事はそこの部分の姿勢がこれまでと違っているという感じを受けました。「子どもを荒れさせない」には、「問題のある子に家庭訪問を重ねたり、休憩時間に子どもと過ごした」、「子どもを力づける集団づくり」は「『一人ひとりをないがしろにしない』態度を教職員が共有する。「実践志向の積極的な学校文化」は、「教職員の『まずやってみよう』という雰囲気を意味している。それができていない学校ではアイデアが出ても『やってもむだ』「負担が増えるだけ』となりがち。リーダーとリーダーシップの存在も指摘しています。子どもの中のリーダーの話かと思ったら、うまくいっている学校は「管理職の方針を徹底するというより教務、生徒指導、学年主任が中堅として動き、責任の所在をはっきりさせながら同じ方向に進む”教師集団づくり”を目指していた」と学校の姿勢を指摘したものでした。

まさにその通りで、何様を気取ってか「ダメな子どもを指導する」なんてバカなことを言ってばかりいないで、教師は自分たちがどう子どもと向き合うのか、しっかり考えた方がいいと思います。そういう路線で学校や教育行政が進んでくれたら、今の学校のほとんどの問題は解決できると確信します。

教師と教育行政に携わっている連中は、教師の立場を代弁するような施策ばかりを次から次と考えるのではなく、自分たちの責任を明確にして、もっと自分たちの襟を正せ!!

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