2020年1月 5日 (日)

「男はつらいよ お帰り寅さん」観てきました!

明けましておめでとうございます!

12月31日(木) 浦和PARCOにあるユナイテッドシネマで「男はつらいよ」シリーズ50作目の「男はつらいよ お帰り寅さん」を観てきました。

渥美清さんが1996年8月4日、68歳で亡くなり、その後「渥美さんなしに寅さんは撮れない」という山田洋次監督の言葉通り、シリーズの新作は発表されずに来ました。

それが今回、渥美さんの映像をCGで織り交ぜながら、これまでの作品を切り貼りしてつなぐという手法(アイディアやコンセプトについては横尾忠則氏が「私の発案」としてトラブルに発展しているのですが)で1つの作品として発表されました。

「お帰り寅さん」は、さくら(倍賞千恵子さん)の息子、満男と光男の高校時代の同級生で、かつて結婚の約束までした初恋の人・イズミ(後藤久美子さん)を中心に展開していきます。

満男役の吉岡秀隆君は、高校受験の際、公立高校を受験したいということで私のところに相談に来て、半年ほど勉強を教えていた時期がありました。結局、公立高校では俳優としての活動が制約を受けてしまうということで、前年に飯能に開校した「自由の森学園」(息子が1回生として在学していて、当時山田洋次監督も教育研究協力者に名を連ねていました)を勧めたという経緯があります。

その自由の森学園に在学していた現在ドイツ在住の息子が、たまたま帰国中だったので、一緒に観に行くことになったんです。

映画は、ちょうど吉岡君がウチに通ってきていた直後、高校生だったころの回想シーンが多く、とても懐かしく観ることができました。

「寅さん」の発する言葉は、長い年月を経ても、心にしみるものがあります。人の生き方の本質をついた言葉だからでしょう。今回(以前に語られた言葉ですが)も、「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。おじさん、どっからでも飛んできてやるから」「何と言うかな、あー生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろう。そのために生きてんじゃねえか」「思っているだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。愛してるんだったら、態度で示せよ」等々、有名なメロン騒動も出てきます。

「古いけど、古くない」
そんな寅さんでした!

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2019年11月 9日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」】第139回「子どもに伝えたいこと」

“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「よっ!」
“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「もいっちょっ!」
“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「ありがとうございました。来年も商売繁盛いたしますように!」

今日は調神社の「十二日市(じゅうにんちまち)」。熊手を売るお兄さんの威勢のいい声があたりに響きます。午後6時くらいに出かけたら、神社の一番東側に設けられる熊手を売っている通路は、いつもより少なめな人出。久しぶりの日曜の市とあって、どうやら人出が昼と夜に分散したようです。
わが家では、毎年十二日市で鯉を買います。水槽で泳いでいる太って脂ののっていそうな鯉を選ぶとその場でさばいてくれます。鯉の腹から取り出した肝はお猪口に入れ、お酒と一緒にゴックン。いつも三枚におろしてもらって、家に戻ってから“身は洗い”、“あらは鯉こく”にして食べます。
なんでこんなことが毎年の行事みたいになっているのかなあと考えると、私が子どものころ祖母や父が鯉をさばいていたのが、私の意識の中で鮮明な記憶として残っているからかなあ? とっても大事なことのように…

「あれっ、おじさん。今日、鯉いないの?」
毎年、同じ場所で鯉を売っているおじさんがいるのですが、今年は鯉が見あたりません。「悪いねえ、社長。今年は日曜日だったんで、昼間から売れちゃって、もう売り切れちゃったよ」
「えーっ! 毎年必ず買ってるのに…」
「一人で25匹買ってくれた料理屋の人がいたかんねぇ。さばくの大変だったんだ」
「へーっ、そうなんだ。楽しみにしてたんだけどなあ。でもよかったね、そんなに売れたんじゃ」
「15日は川口。17日は蕨だよ。そっちへ来てよ」
「そうだね。蕨だったら自宅のそばだし」
仕事が忙しいので蕨神社の酉の市に行くわけにはいかないんだけれど、そんな会話を楽しんで鯉のいない鯉屋さんをあとにしました。

「いつもの“じゃがバター”のおじさん来てるかなあ?」
今度は毎年買っているじゃがバターの店へ。
「おじさーん!」
「おー、久しぶり!」
「去年忙しくてさあ、来られなかったんだよねぇ。だから1年空いちゃった」
「2年だよ。一昨年も来なかっただろっ?」
「あれっ、そうだっけ? よく覚えてんねえ」
「覚えてるさあ」

毎年、熊手やかっこめを買っているわけではないので、特別行く必要があるわけではないけれど、子どものころからの年中行事みたいになっていて、よほどのことがない限り酉の市に出かけます。大宮の氷川神社、浦和の調神社、蕨の蕨神社と3カ所行ったことも。
何を伝えるというわけでもなく子どもに見せて、今では孫に見せて。
でも、そんな中に日本の文化があり、お正月を迎える心があるのかなあ…。
友だちと行って帰ってきた翔(かける)は帰ってくるなり、
「じゃがバターのおじさん、今年もいたね」
酉の市でしか会うことのない、たったそれだけの関係のおじさんなのに、そのおじさんに会うことが、わが家にとって今年も一年間無事に過ごせた証のようになっている。子どもに何を伝えるっていうわけではないけれど、そんな中から人と人とが交わること、一年間一生懸命に生きること、平和を守り続けること、きっと子どもたちはそんなことを学んでいるんだろうと思います。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 4日 (月)

第122回「ド・レ・ミ・ファ・トー」

「もう一回やるよ! ド・レ・ミ・ファ・ソー はい!」
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
「何やってるの! ゆびー! それじゃあ、ダメでしょ! もう一回!」
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
「あーあーあー、そんなんじゃダメ! やる気あんの!? “ド・レ・ミ・ファ・ソー”でしょ! もう一回!」
努(つとむ)の涙が鍵盤の上に落ちました。
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
 もともとあまり器用でない努が泣きながらピアノを弾いているのですから、怒られれば怒られるほど、うまく弾けるわけもなく、怒鳴り声だけがむなしく響き、時間が過ぎていきます。毎日行われる1時間のピアノの練習は、5歳の努にとってあまり楽しいものではありません。努はピアノの前に座った途端、身体は硬直し、顔がゆがみます。
努の習っていたピアノの先生は、地域の音楽家の間でも厳しいという評判で、東京芸術大学や桐朋音楽大学のピアノ科といった特別な大学を除けば、音楽大学の受験について、
「××先生についているならピアノは心配いらないですね」
と言われるほどでした。

 努は3歳からピアノを習っていました。親の立場からすると、何歳から習い事をはじめさせるかということは大問題で、職業選択という将来の選択の幅まで考えると、ピアノやバイオリン、バレエのようなものは、かなり早いうちから始めないと間に合わない。けれども3歳、4歳といった時期に、子ども自身にやりたいものがあるわけもなく、結局親の趣味や好みで子どもの習い事を選択することになる。
 私は高校に入ってから合唱を始めて、音楽の道に進もうかなあという気持ちを持ちました。けれども、まったくピアノを習ったことがない。まあ、時代もあったとは思うけれど、男の子がピアノを習うなんて感覚は、私が育った家には全くなかった。ちょうど浦和のサッカーが一番強いころだったこともあって、男の子が何かをやるといえば、決まってサッカー少年団。親から「習ってみれば」と言われたのは、習字にそろばん。そういうものは人生選択に大きな影響を与えるものではなく、ピアノやバレエを習うっていうこととはちょっと意味が違う。
 高校時代は、「なんでピアノくらい習わせておいてくれなかったんだろう」って思ったけれど、もし努のように3歳からピアノを習わせようとしていたとしても、“わが家の環境”“私の性格”からいったら無理だっただろうなあと思います。
 努のピアノの先生(妻や私、わが家の子どもたち全員が習っていたのだけれど)は、
「大関さんねえ、子どもを音楽家にしようとするなら、三代かかるわよ」
と言っていました。音楽家というにはほど遠いけれど、一応、妻も高校で音楽の教員をしていたので、妻から数えても最短で孫の世代。いやいや、大変なことですよね。

 今まさにアテネオリンピックで活躍している人たちの中には、親によって作られた人たちがたくさんいます。例えば、体操の塚原選手、卓球の福原選手、ハンマー投げの室伏選手、レスリングの浜口選手や重量挙げの三宅選手等々。おそらく彼らや彼女らは、生まれた瞬間から人生のレールが敷かれていたわけで、成るべくして成っているわけだけれど、うっかりそれをまねしようとしたなら、失敗しちゃうこともある。実はお父さんがサッカー選手になりたかったのに「子どもがやりたがってる」っていうことにして、中学からサッカー部に入れたけれど、性格が優し過ぎてサッカーが合わなくて、不登校になっちゃった、なんていうことがよくあるから、やっぱり子どもの人生は子ども自身が決めないとね。
 子どもがやりたいこと、あるいはやりたくなるだろうことをしっかりと見極めて、小さいころからフォローしておくのは難しいよね。やっぱり親の責任って重いね。自分が運動神経悪いのに、間違っても”オリンピック選手にしよう”なんて思わないでね。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 3日 (日)

第113回「素敵なお産をありがとう」

 6月10日(木)~13日(日)(昨日)まで、映画「素敵なお産をありがとう」の上映会を浦和教育カウンセリング研究所(現・浦和カウンセリング研究所)の研修室でやりました。
 この映画は、翔(かける)が生まれる瞬間を当時17歳だった努(つとむ)が撮ったビデオを編集し映画化(現在は映画がさらにDVD化されています)したもので、キネマ旬報ベストテン文化映画部門第6位、日本産業映画ビデオコンクール奨励賞を受賞した作品です。
 1990年から行ってきた講演会「メルヘントーク」の3回目に浦和市民会館(当時)で初めて公開した出産シーンのオリジナルビデオ映像に家族の紹介映像と真(まこと)によるナレーションを加え、再構成し完成しました。
 当時、出産の映像というのはとても珍しくて(今でも珍しいですけど)、しかもそれが子どもたちも含めた家族全員の立ち会い出産ということで、かなり話題になりました。このビデオの最初の公開がきっかけでTVに出演するようになるのですが、TV、週刊誌、新聞といったマスコミの取材が重なって、明け方3時くらいまで取材を受けてるなんていうこともありました。
 もともとただ単に家庭の中の記録として撮ったものでしたが、いろいろな成り行き(この辺のことは長くなっちゃうので割愛)で公開することになり、マスコミに取り上げられてしまうと、貸し出し依頼が殺到して、それにお答えするには内容が内容なだけにビデオという形よりはフィルムという形の方がいいだろうということで、16ミリ映画にしました。
 岩波映像販売(映画化のプロデュースをしてくれたところ)が主催で、六本木の俳優座劇場で2週間の上映会をやったり、その後いろいろな団体に全国各地で上映会を開いていただいたりしました。上映とセットで講演にも行きました。まだ映画化する前に鈴鹿の青年会議所の皆さんに呼んでいただいたり、青少年健全育成関係団体の方や大学、高校、教職員組合などなど、いろいろな方々に上映会、講演会を企画していただきました。
 ウチが企画したのは初めて公開したとき以来、今回で2回目です。今回企画してみて、ずいぶん時代が変わったなあと思いました。十数年前は出産のビデオを公開することはもちろんですが、立ち会い出産そのものがあまりポピュラーとは言えなくて、夫だけでも立ち会える病院はまだまだ少なかったし、ビデオ公開後1年くらいの間の出産の話題が沸騰したときにも、“夫が立ち会うと妻の出産の動物的なグロテスクさに驚愕してすぐ離婚になる”何ていうことが“成田離婚”と一緒に平然と言われていたことがあって驚きました。
 「素敵なお産をありがとう」は、もちろん出産を扱った作品ですけれど、全編に流れているものは、“出産”というよりむしろ“家族が新しい仲間をどう迎えるか”という映画です。母親にとっても父親にとっても、また子どもたちにとっても新しい家族の誕生は、人生の上でとても大きな出来事です。もちろんそれは出産というその瞬間だけにとどまるものではなく、人の一生に大きく影響を与えるものです。
 13年前と比べて今回は、映像そのものによるインパクトよりも、出産が我が家の中でどういう位置づけだったのか、あるいはご覧いただいた方の家庭において、出産がどういう意味を持っていたのか、そういったことを考えながらご覧いただけたのではないかと思いました。
 映画を見るとずいぶん幸せそうな家族に見えますが、わが家も決して順風満帆なわけではなく、しょっちゅうガタガタと揺れているし、せっかく積み上げた積み木がいっぺんに音を立てて崩れることもあります。まあ人生ってそういうものかなって思いながら生きてはいますが、頻発する少年少女の自殺や事件を思い、今回ご覧いただいた方たちは、一つの新しい命の誕生をどんなに周りが愛おしく思い、暖かく迎えるか、何かそんなものを感じていただけたかなあと思いながら、上映会を終えました。


**6月14日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。


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   ありがとうございました 2004/06/15 2:52:56  
 
                      もさく

 
  3歳の息子と参加させていただきました。
上映中、静かにできないようなら退室しますので、なんて言っておきながら
おしゃべりを始めた息子を押さえつけるようにして観つづけてしまいました。
もちろん、幼児はしゃべり続けます。
限界かな、観たいよ、なんでアイツ(夫)は日曜に仕事なんだ、と思ったところへ
「おばちゃんと遊びに行こう」と洋子先生が手を伸ばしてくださいました。
息子は笑顔で退室。別室で大関さんに遊んでいただきました。
ありがとうございました。図々しくて申し訳ありません。
洋子先生のあまりの若さに、娘さん?と思ってしまいました。本当に。

近頃「どうしてナニナニなの?」という質問をしては間髪入れずに
「ナニナニだからなの?」という答えまで用意してくるウチの子供。
「どうして今、おかあちゃんは横を向いたの?僕がうるさいからなの?」
そのとおり。うるさくて、つい適当に答えたり、怒鳴ったり、無視することもあります。

洋子先生の足元で、ヘソの緒をつけて丸まっている翔くんを観て涙がこぼれたのは
3年前の、私と息子を見せてもらえた気がしたからです。
ありがとうございます。本当に素敵でした。

夫は9歳年下。私と舅は15、姑とは14歳違いです。
婚姻届を広げて見たときの姑のゆがんだ顔が忘れられません。
面と向かって年齢差について言われたことはありませんが
嫁として認められていないことは伝わってきます。
「もうすぐ40歳だなんて。子供は産めるの?」てなことを夫に言ったそう。
また夫も正直に私に話しちゃったもんです。
洋子先生は偉いです。私は夫の親に対して「済まない」なんて思いません。
結婚してやったんだ、ばーか、って今この瞬間でも電話してやりたいくらい。
好きになったのは私が先ですけど。
洋子先生のお話を聞きながら泣いたのは少し自分と重ねたからです。

すみません。長くなりました。


 
  
元の文章を引用する
 

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   こちらこそありがとうございました 2004/06/16 4:31:28  
 
                      大関直隆

 
  本当は話を最後まで聞いていただけるとよかったのですが…。
私がもう少し隣の部屋で見ていた方がよかったですね。
お母さんのところへ早く戻してやった方がいいかな?と思ったのがまずかったみたいです。でも、私が見ている間、とてもいい子でしたよ。
年齢差と愛情は関係ないと思いますが、育ってきた環境の違い、世代によるものの見方の違いは厳然と存在します。同世代の結婚と比べて、そういう意味での難しさというのはあると思います。男性が上でも同じことが言えるんでしょうけれど、「男性がリードする」というような発想があるので、女性が上の場合よりは問題が少ないんじゃないかな? もちろんそれは女性の我慢の上に成り立っているのでしょうけれど。
人と人との違いを埋めるには、違いと真摯に向き合い、共通の体験を積み重ねるしかないのだろうと思います。結局わが家の場合には、それが立ち会い出産という形になったわけで、今回見ていただいたビデオの通りです。
また、何かの折りには是非お立ち寄りください。
  
元の文章を引用する
 

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   人と人との違い 2004/06/16 11:05:12  
 
                      もさく

 
  大関さんのお話を読んで、まずは夫との違いを埋めるべきなのかなと初めて思いました。
頭の中が少し明るくなったよう。まねっこして立会い&高齢出産するかもしれません!
ありがとうございました。
   
 

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2019年10月15日 (火)

第109回「ジェンダーフリー その2」

 「専業主夫っていった場合の中身は、やっぱり“子育て”が中心になるんじゃないかなあ。もちろん家事労働って子育てだけじゃないんだけれど、子育てを除いた家事労働だけで主夫っていうのはほとんどあり得ないんじゃない? 家事の量も極めて少ないわけだし…。その程度だと主夫っていう言い方しないよね」
「まあ、そうですよね」
「専業主婦って言っても、子どもに手がかからなくなると徐々にパートに出る時間が増えて、子どもが高校に入るころには教育費のこともあって、ほとんどフルに働いてる人もいますよね。私の場合は、自分で会社をやってるからパートとはちょっと違うけど、状況は同じですよ。だから、一般的に専業主夫っていった場合、皆さんがイメージしてるのは、おそらく“子育て中の家事労働”って考えていいと思うんですけどね」
「そういうことなんでしょうね」
「そういうことで言えば、主夫っていうのは近所との付き合い方みたいなものの中に主夫か主夫じゃないかのひとつの基準があるような気はします。子どもを育てるには、母親同士の関係ってどうしても必要だから。私が翔(かける)を育てているとき、ウチのマンションの隣の公園で翔を遊ばせながら近所のお母さんたちと話をしていたら、ちょうどそこへ妻が帰ってきて、“あなた、ああやって女の人たちとどんな話してるの?”って言われたんですよ。“どんな話って、普通の話だよ。今晩のおかずは何にする?とかどこどこの薬局でトイレットペーパーが安かったとか…”って答えたら、“それで違和感ないの?”って妻は言うんですよね。そう言われても”はあ?”っていう感じで、私全然違和感ないんですよ。そこで、違和感があるようだとなかなか主夫にはなれないんじゃないかなあ?」
「はあ…。それってけっこうすごいかも…」
結局、アンケートの電話は1時間半におよびました。
「いやー、勉強になりました」
「全然アンケートにならなくてすみません」
「とんでもないですよ。こちらで用意したアンケートの中身が勉強不足っていうか…」
「お役に立てなかったけれど、何かあったらまたいつでもご連絡ください」
というわけでアンケートの電話は終わりましたが、全然アンケートにはなりませんでした。

実際に主夫をやってみると、“性差”っていうものを嫌というほど思い知らされます。私がいちばん困ったのは、母乳が与えられないこと。わが家の場合は、妻が教員で職場も近かったこともあり、子育てについてはとても楽な社会的環境を与えられていました。産休もしっかり取れるし、場合によっては育児休暇も取れる。さらに仕事に戻ってからも、授乳時間が取れないわけではない。そんな環境の中ですら、「なんで私は母乳が出ないんだろう!」って何度思ったことか…。“子どもを産む性”と“子どもを産まない性”の違いは厳然とあります。“ジェンダーフリー”という言葉がそこの部分を否定するものなら、それは明らかに間違っていると言わざるを得ません。けれども“ジェンダー”の意味は全然違います。「男らしさ、女らしさは性別がある限りある」という言い方はどう考えても、そこを取り違えているんじゃないのかな?
「男らしさ」という言葉から連想する言葉は、「たくましい」とか「包容力がある」とか「決断力がある」とか、そんな言葉じゃないかと思います。「女らしさ」という言葉からは「優しい」とか「きめ細やか」とか「気配りができる」とかかな?
「女らしい」っていう言葉から物事を肯定的に捉える言葉を見つけるのって意外に難しいね。「女々しい」とか「女の腐ったの」とか「ぐずぐずしてる」とか、けっこうそんな言葉が出てきちゃう。
励ましたりするときに「男でしょ!」とは言うけれど、「女でしょ!」とは、あんまり言わない。「女でしょ!」って言うときは、行動を否定されるときだよね。
常に男は肯定的な存在としてみられているけれど、女は否定的な存在としてみられている。だからそういうことが起こるんだよね。
それが“ジェンダー”っていうことかな? 動物として本来持っているものとは全然関係ないのに…。
でも、それがあたかも生まれたときから違うように感じちゃうのもまさに“ジェンダー”なんだと思うけど…。


**5月17日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年6月10日 (月)

第103回「悪でも××になれる?」

先週、妻が勤務していた高校の職員のOB会があって、30年程前に同僚であった先生方と妻は会食をしてきました。ちょうどそのころは私が在学中で、帰ってきた妻から聞く先生方の名前は、もちろん私も知っています。というより、妻と私にとっては、「あのころはずいぶんと迷惑をかけたなあ」という感じ。

「××先生と××先生が来てたよ」
「ああああ。××先生とは数学の授業のやり方でぶつかっちゃって、白紙で答案出したんだよね。敵も然る者でさ、答案を返すときになったら、私の答案用紙で飛行機折って“零戦が飛ぶ”って飛ばして返すんだからね」
「そうそう、そんなことあったんだよね」

「いい人なんだけどさ、担任だったでしょ。だから、よく呼び出されてなんだかんだ言われたよ。“大澤(私の旧姓)、しっかり勉強してるか?”とか“あんまり音楽ばっかり夢中になってないで、いろいろなことに目を向けなくちゃダメだぞ”とかね」
「そんな言い方っておかしいよね。そういうことで言えば、サッカー部の子たちなんか、みんなサッカーにばっかり夢中になって、勉強なんか全然してなかったもんね。“サッカーにばっかり夢中にならないで、他のことにも目を向けろよ”なんて言ったら笑われちゃう」
「ハハハッ、まったく! 本当は、“あんまり大関先生と親しくなるなよ”って言いたかったんだよね。そんなストレートには言えないもんね」

「一応直接お世話になった先生方には謝らなきゃと思って、“当時は大変ご迷惑をおかけして…”って言ったんだよね。そうしたらなんて返ってきたと思う?」
「???」
「“音楽室は火事出したもんな。あのときはオレも行ったんだ”とかね、“そうそう、あのときの緊急放送は私、私!”とか言うんだよね。“違う、違う! そんなこと謝ってるんじゃなーい!”って叫び出したいくらいだったよ」
「そんなことまで覚えてるんだあ!?」
「そうなんだよねえ。それだけじゃなくて、××先生なんて“大関先生はいろいろご活躍でテレビなんかにも出てらっしゃったでしょ。ウチの学校のこと、とっても有名にしてくださって私も嬉しいんです”だって。“はあっ?”って感じだったよ」

「どうなっちゃってるんだろっ? 教師と生徒が恋愛するなんて褒められたことじゃないのにね。暴走族やってたような奴もいたし、いかにも不良なんて感じの奴もいたけれど、教師を引っかけたっていう言い方すればさあ、私もかなり不良だよねえ。“悪でも主夫になれる!”ってやつで、そこまでやったら評価の対象かね?」
「“悪でも××になれる”っていうのは、××の部分がもっと社会的に身分が高いって言われるようなものじゃないとだめだよ」
「そりゃ、そうだね。主夫じゃあね。弁護士とか医者とか俳優とか…」
「そうそう。今流行ってるんだよね、そういうの。昔は暴走族だった弁護士とか俳優とか。ほらっ、『ジェネジャン』(日テレの番組)で一緒だった宇梶さんとか」
「ああああ。でも“悪でも××…”って考えるのは危ないよ。“あの弁護士さん、昔は悪だったんだって”って言うんならいいけど、“悪でも××…”って言うと明らかに職業に貴賤をつけてることになるし、だんだんエスカレートすると“悪じゃないと××になれない”なんて勝手に曲げて解釈する子も出てくるかもよ」
「そうかもね」
「誰が考えたって、何になるにしても本当は悪じゃない方がなりやすいんだけどね。それがどこかに飛んじゃうのはちょっと違うよね」
「うんうん、そうだね。そうするとやっぱり、ウチの場合は“悪でも主夫になれる”っていう部分を評価してもらったんじゃないわけ?」
「なわけないでしょ! 主夫はあこがれの職業じゃないの! そりゃあね、高校のころはずいぶんいろいろな教員と喧嘩したよ。だけど、××先生にはいろいろお世話になったの。だから、向こうもあんまり悪く思ってないんじゃないの?!」
「そんなこと言うけどね、今や主夫はあこがれの職業かもよ?! ××さんも××さんも、退職したら自慢そうに“今は主夫してます”って言ってたもん!」
「そんなもんかねえ…」

どうも最近、個性重視に偏ってるっていうか、“昔は××だったけど、××になりました”みたいな報道や出版が多いような気がします。それはそれで確かにすごいことだと思うけれど、報道したり出版したりする側は、もっと気を遣わないといけないんじゃないかなあ。“悪”だったことはいいことではないのに、うっかりすると“悪”だったことがいいことにすり替えられちゃうことがある。だいたい“××になれる”と言えば、必ずその職業の部分は一般に地位の高いと言われるような職業がくるに決まってる。まさか“悪でもホームレスになれる”なんて言うわけないんだから。新聞なんかを見てるとそこの部分にはずいぶんと気を遣った記事になってることが多いけれど、TVや雑誌は扱いがとっても乱暴。職業についての貴賤じゃなくて、本当に自分は何をしたいのかをじっくりと見極める力を持ったような子どもに育てたいですね。


**3月30日(火)掲載**

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

 

 

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第102回 「仕事モードと子育てモード」

ペットショップを始めて早4ヶ月。
最近、子犬の仕入れに市場に行ったり、ブリーダーを訪ねたり、店内の子犬の世話をしたりと初めてのことばかり。次から次へ未経験ゾーンへ踏み込まなきゃならないので、面白いことは面白いけれど、けっこう忙しい。

朝8時過ぎに家を出ると帰りはだいたい夜の10時過ぎ。バタバタしているときはお昼を食べ損なっちゃうこともしばしばで、しょっちゅう「ああ、腹減ったあ」状態。うっかり朝食を食べ損なうと夜の11時頃まで何も食べてなくて、「あれっ、今日何か食べたっけ?」なんていうこともあったりして…。

自宅に帰ってきてから、広告の原稿考えたり、PCを使って事務処理をしたりで、寝るのはほぼ毎日午前2時頃。こんなんでよく身体が保ってるなあって感じだけれど、最近わかったのは、“大変なのは睡眠時間が短いことはもちろんだけれど、常に緊張していて緊張がほぐれる瞬間がないっていうこと”だっていうこと。

従業員も管理しなくちゃならないし、お客様にも対応しなくちゃならない。人に会うこともずいぶん増えたけれど、すべて仕事モード。顔の筋肉が緩んでない。あんまり仕事にかかわってる時間が長いので、食事をしてるときも、お風呂に入ってるときも、トイレに入ってるときも、もしかすると寝てるときも仕事顔。全然自分では気づいてなかったんだけれど、ちょっと前に、中学校のPTA会長さん(私が小学校で会長をやったときに副会長をやってもらってた女性)から携帯に電話が入って、
「大関さん、元気?」
なんて言われた途端、
「あれっ? なんか変な感じ。すごく違和感ある」って思っちゃった。それは何でかっていうと、自分がこれまで過ごしてきたポジションと、今生きているポジションがあまりにも違うので、自分の気持ちのモードが全然違うから。今が「仕事モード」なら以前は「子育てモード」。どっちにもそれぞれよさはあるけれど、人間的なのはやっぱり「子育てモード」かな???

仕事ってある意味、常に利害が相反する人と接してるわけで、相手に気を許せないので、どうしても緊張がほぐれないけれど、子育てっていうのは逆に子ども同士、親同士が敵対関係にあるわけじゃないから、あまり緊張しないで付き合えるんだよね、きっと。もちろんそういう中にも緊張関係が全然ないわけではない(何年か前にあった音羽の事件のようなのもあるので競争の論理を強く意識しすぎると敵対関係になることもあるけれど)けれど、やっぱり一緒に子育てをしてきた仲間って悩みを共有できるっていうか、ホッとできるっていうか…。

10日ほど前、一緒に子育てをしてきた(翔の公園デビューからずっと)翔の同級生のお母さん二人が、私の仕事場にやってきました。二人ともウチと同じマンションに住んでいたんだけれど、一人は昨年の11月に近くの戸建てに引っ越してしまい、もう一人は同じマンションに住んではいるんだけれど、私がほとんど家にいないので、最近まったく顔を合わせる機会がなく、ほんとに久しぶりっていう感じでした。

話をしていると、「ああ、やっぱり違和感感じる」と思いながらも、4時間も話をしちゃって、「ありゃ、こんなに長い時間いったい何話してたんだろう?」ていう感じでした。お互いに相手の子どもの成長を喜べるような関係っていいなあって感じながら、「ガハハッ、やっぱり私は主夫の方が性に合ってるのかなあ?」なんて思ったりして…。


**3月22日(月)掲載**

※音羽の事件
1999年11月22日、東京都文京区音羽で2歳の幼女が殺害され遺棄された殺人・死体遺棄事件。
被疑者逮捕直後、幼稚園・小学校への入学試験(お受験)にまつわる受験戦争が犯行動機とされ、「お受験」が大きくクローズアップされたことから、「お受験殺人事件」「音羽お受験殺人事件」と呼ばれる。発生地名から単に「音羽事件」とも。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2017年5月17日 (水)

マクロン大統領の背広5万円

仏大統領の背広5万円=「庶民派」アピール

この記事によると「マクロン氏は政界入り前に投資銀行に勤務して巨額の報酬を得たことがある」んだそうです。

私は投資に失敗して巨額の損失(ちょっと大げさ)を出したことがあるんですよ(>_<)

正反対(T_T)

着ているスーツは5〜10万円くらいだから同じくらいだけどね(笑)

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2017年5月11日 (木)

自分たちのことを客観的に見たことはなかったけれど…

フランス大統領選挙に勝利したマカロン、ブリジット夫妻の報道は、少なからず自分たちの夫婦としての関係を振り返るいい機会になりました。

フランス大統領になる人と自分を比較するなんていうのは、とんでもないことだけれど、

ネット上にUPされている様々な情報、特に高校時代の様子などを見ると、似ているところがずいぶんあるんだなあと思います。

演劇部と音楽部、多少ジャンルの違いはあるものの、どことなく似ているし、ブリジットさんはフランス語の教師、私の妻は音楽も教えていましたけれど、元々は国語(日本語)の教師。

いろいろ考えることがあるんですよね。

妻と人生を一緒に送ろうと心に決めたのは、ずいぶん早い段階だったように思いますが、実際そう簡単にいくわけもなく、社会的にはもちろんですが、自分自身の気持ちが信じられなかったり、相手の気持ちが分からなかったり…

恋愛、結婚における普通の障害とはまったく違う次元の障害が存在するわけです。

はづきちのまったりティータイム というサイトに高校時代の二人の写真がありましたが、現在の状況に妙に納得がいきました。

マカロン氏について「イケメン」とか書いてあるので、ちょっと言いづらいですけど、どことなく雰囲気が似てるわけです。
もちろん、ブリジットさんの方にもそう感じるものがあるんです。

高校の教師と生徒という難しい関係には、国境を越えて共通の部分があるのかもしれないと感じています。

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2015年12月21日 (月)

相手に見返りを求めない心

jbpress.ismedia.jp

う ちは夫婦関係が普通じゃない(妻が高校の時の担任で、16歳年上)ので、テレビや雑誌のインタビューで「愛とは?」みたいなことを聞かれることがよくあっ たんですけど、
そういう時とか、子どもたちに話すときとか、よく言ったのは「“愛”とは見返りを求めないこと。
そして“愛”は自分が相手を愛しているとい うことだけで完結している」ということ。
言い方を変えれば「“愛”は自分が相手を愛しているというだけで充分完結しているのであって、相手が自分を愛して いるかいないかは、自分が相手を愛していることとは関係がない」ということでした。
この記事もまあそんなようなことかなあ?
クライアントさんの中には「ど うして××してくれないんでしょう」とか「私がこんなに××しているのに何で分かってくれないの?」という言い方をする方もいるんですが、
かえって相手にも認められないことになってしまうし、そう行く生き方はご自身も苦しいでしょうねえ。
この「師匠」が仕事の上での義務感からやっているのではないとしたら、 すごく幸せで楽な生き方をしていることでしょう。
人はつい見返りを求めたくなりますけれど、何においても見返りを求めない生き方が出来たらいいですね。

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