専業主夫とヒモ的生活

ヒモと専業主夫をごっちゃにしている人がいるのは困った問題ですね。

専業主夫というのは、「仕事をせずに女性に貢がせている」のではなくて、基本的には、家庭内の役割の問題で、「主夫」という言葉を使っているのです。

最近、「専業主夫文化研究所」というキーワードで、このブログを訪れる人がけっこういるのですが、この研究所は「完全ヒモ生活マニュアル」というテキストを販売していて、中身は詳しく知りませんが、サイトを見る限り「専業主夫」とは、ほど遠い研究所です。

色々な考え方の人がいるのは、大いにけっこうなんですが、「専業主夫」を「ヒモ」と一緒にするのは、いただけません。

中には、区別のつかない方もいらっしゃるかと思いますが、「主婦」のやってることって、「ヒモ」の女性版ではないですよね。

外で働き一家を支えている夫を、家庭の中で支えているのが主婦です。その仕事といえば、炊事、洗濯、掃除などなど。夫婦が生きていくためには、絶対に欠かせません。

もちろん一人でもできますが、二人で生活することで人生が豊になり、人生が大きく開けます。

子どもがいれば、なおさらですよね。

人間の子どもというのは他の哺乳動物と比べて、極めて未熟で生まれてきますので、誰かが育てなくてはなりません。

夫婦で働いている場合は、託児所や保育所といったところで他人に預ける場合もありますが、専業主夫は子育ての大部分を担っているわけです。そのためには、地域との関わりも欠かせません。

その役割が、男女逆になっているのが、「主夫」です。

主婦は財産分与の際、原則的には2分の1の権利を有するわけですが、それは家庭のすべてを二人で作ってきているという考え方からです。ですから、「主婦」であろうと「主夫」であろうと、差別されないのが筋ですね。

この辺の判例については、まだ私は詳しくありません(ないかも?)ので、私が考えている原則論ということにしてください。

この「専業主夫研究所」の「主夫像」は、基本的に「性生活だけ」を取り上げることによって、「ヒモ」と言っているようなのですが、その「ヒモ像」は理解します。

けれども、「専業主夫」は使って欲しくないなあ。

全然中身が違います。

「主夫」の認知度ってどうなんでしょう?

正しく「主夫」を理解してもらえるよう、色々な場面で主張していかないと駄目ですね。

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教育改革の落とし穴

安倍首相の突然の辞任劇には、日本中が驚かされましたね。

参院選後の続投宣言は何だったのか。

想像を絶する重圧がかかっていたんだろうと気の毒に思いますが、しかしすべては自分が引き起こしたこと。誰のせいでもありません。

ずいぶんとタカ派色の強い内閣でしたけれど、理念ばかりが先行して、足もとの政策が出来ていなかった感じがします。

それがよく言われる「国民感情とずれている」と言うことなんでしょう。

教育基本法が改正されました。長い間の懸案でしたから、安倍さんにとってはとても重要なことだったんでしょうが、条文の中に愛国心を謳ったところで、愛国心がわくわけではない。

どういう国作りをするかは、最終的には国民全体の問題ですが、まずは政治の問題。

「国を愛しなさい」という前に、愛される国を作るのが政治家の責任です。

教育の現場で、「ちゃんと授業を聞きなさい」という前に、教師がちゃんと授業をすることが必要なのと同じですね。

権力というのは、自分が責任を果たすことでしか維持できない。

それができなかったのが、安倍さんだったわけですね。

教育改革に意気込んではみたけれど、「子どもをしっかりと育てる」という前に、「しっかりと育てられる必要があった」のは、安倍さんご自身だったんですね。

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