神泉村

埼玉県北西部、児玉(こだま)郡にあった旧村名(神泉村(むら))。2006年(平成18)1月児玉郡神川(かみかわ)町に合併し、神川町の南部を占める。旧村域の西は神流(かんな)川、神流湖を隔てて、群馬県藤岡(ふじおか)市と対する。旧村域全体が山地で、面積の90%が傾斜地である。産業としては、林業のほかコンニャクイモ栽培が行われる。全域が上武(じょうぶ)県立自然公園に属し、国指定名勝天然記念物の三波(さんば)石峡、県指定史跡阿久原牧(あぐはらまき)跡、下久保ダム、神流湖、城峰(じょうみね)公園、釣り堀「フィッシングパーク」など文化財や観光資源が多く、首都圏自然歩道も整備され、観光地として発展しつつある。また、有氏(ありうじ)神社の裸(はだか)祭(盤台(ばんだい)行事)は県の無形民俗文化財。旧神泉村の人口は1243(2005年国勢調査)。 (Yahoo!百科事典)

久しぶりに神泉村(現神川町)に行ってきました。

ここは、25年ほど前、今の陶芸教室を始める前、山ごもりをして陶芸をして生活しようかと考えたときに、過疎で廃屋になった家を譲り受け、住んでみようかと妻と一緒に見に行った村です。

今もそれほど変わったとは言えませんが、それでもそう遠くない秩父の街の周辺には日帰り温泉ができたり、冬桜が有名になったりで、昔に比べればかなり賑やかになった気がします。

児玉方面から向かう途中にある道の駅「上州おにし」(おにし=鬼石と書きます。ここは群馬県になります)で、お昼を食べようと思ったらいっぱいで、席がありませんでした(もっとも座席数が少ないせいもありますが)。

今回の目的地は、神川町営「矢納フィッシングパーク」

ずいぶん久しぶりです。

おそらく15年ぶりくらいでしょうか。

それほど険しい山奥というわけではありませんが、その奥には何もないので、ゴールデンウィークといっても、道が混むわけでもありません。

まあ、そのフィッシングパークだけは、ちょっと親子連れで賑わっていますが、しれたもんです。

一人1000円で、ニジマス釣り(竿代込み、ニジマス4匹まで。えさ代は2人で200円くらいが別途かかります)ができて、その場で焼いてくれて(ニジマス1匹につき110円)、食べられます。

夏にはニジマスのつかみ取りもできて、けっこう穴場です。

ゴールデンウィークみたいなときには、高速道路も使わずに行けるので(ちょっと時間はかかりますが)、子どもを遊ばせるのにはもってこいですね。

その帰り、竹の子掘りとイチゴ狩りもして来ちゃいました。

Takenoko

これも予定の行動。

あらかじめ、ネットで調べてナビに登録しておいたこともあり、迷わず行けて、しかも竹の子掘りもイチゴ狩りも我が家だけ。

そこの農園のお孫さんとうちの孫が同い年ということもあり、一緒に竹の子を掘ったり、イチゴを食べたり…。

料金も、とっても安くしてもらっちゃって、なんだかお得なゴールデンウィークになりました。

どこか日帰りの温泉施設に寄ってくる予定でしたが、関越道がすごい渋滞で、それだけはパス。

初めから高速を使わなければ良かったなあとちょっとだけ後悔しましたけれど、温泉は次回のお楽しみということで。

早速、竹の子ご飯を炊いて、食べました。

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主夫とうつ病

最近、「主夫 うつ病」というキーワードで、訪れる人が増えました。

私はうつ病にはなっていなけれども、主夫とうつ病がかなり近い関係だということは、主夫をやってきた経験から、間違いのないことだと思います。

私は、かなり積極的な意味での主夫(私は家庭を守る方が向いている)なので、主夫の中ではうつ病にかかりにくい方なのだろうと思います。

それでも、自分の気持ちを丁寧に振り返ってみると、心のどこかに「サラリーマンは向いていない」とか、「人に使われるのは嫌だ」とかいった意識があって、その意味で、「人と関わりたくない」という気持ちがないとは言えないので、普通にサラリーマンをやっている人よりは、「うつ予備軍」的な要素をもともと持っているということは言えるのかもしれません。

これが、消極的な意味での主夫(様々な事情で他に選択肢がなく、仕方なく主夫をしている)となると、毎日がストレスで、しかも終わりがない仕事の主夫というのは、かなりきついかもしれませんね。

「三食、昼寝付き」とは、よく言ったもので、子どもの数が少なければ、子どもがある程度の年齢になった後は、たしかに楽な面もあるとは思いますが、やはり大変なのは、365日休みがないこと。

特に子どもが小さいうちは、自分の思うようになることの方がまれなんだから、そりゃあ、すごいストレスですよね。

ストレスの発散のしようがないわけだから…。

もし、うつ傾向になっていると感じたら、すぐうちの研究所(浦和カウンセリング研究所 http://www.ed-cou/com )にご連絡ください。

主夫の皆さんは、普通のサラリーマンと比べて、自分はうつになりやすいということをしっかりと意識していた方がいいですね。

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結局パフォーマンスだけの並の政治家

昨日は、小泉さんが政界を引退するというニュースで持ちきりでした。

引き際の良さを褒めていた人もいたけれど、問題は次男が後継者だというところですね。

小泉純一郎氏も確か3世議員だと思いましたが、また世襲?

改革派というのはいったい何だったんでしょうか。

自民党がもっとも改革しなければいけないのは、2世、3世議員が多いこと。

わざわざ連れ歩ってまで、次男を後継にしたいとは、あきれたもんです。

国民目線の改革ということが、本当にはわかっていなかったということですよね。

郵政の民営化よりは、議員の世襲の方がよほど大きな問題のように思うのですが…。

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「live and let live 」 の意味

「Live and let live」 という言葉は、インパクトがあるらしく、「Live and let live の意味」という検索ワードで、このブログにたどり着く人が結構いるので、とりあえずその意味だけでもお知らせしておこうかなということで…。

一応、タイトルにもカッコ書きで「世の中は持ちつ持たれつ」と、入れてはあるんですけど、わかりにくいよね。

私が「Live and let live」を「持ちつ持たれつ」とつかったのは、「人を助けることもあれば、人に助けられることもある」と、まあそんなような意味です。

「人は一人で生きているわけではない。それぞれ助け合って様々な人が共存している」 、そういうことを言いたかったわけです。

子育ての場面では、よくあることですから。

英語で、「Live and let live」と言えば、「live and let others live」の略で、直訳すれば「自分も生き、他をも生かしめよう」ということ。(辞書の受け売りです)

もう少し意訳をすれば、「互いに干渉せずに共存する、他者に対して寛大」なんていう意味になるんじゃないかな。(これも辞書の受け売りだけど)

まったくぴったりというわけにはいかないけれど、日本語で言うと、まあ「持ちつ、持たれつ」とそんな感じ。

みなさんよくご存じの、金子みすずの「みんな違ってみんないい」、「他者を認める」象徴的な言葉ですけど、この言葉が一人歩きすると、「みんな違うんだから、俺が何したっていいだろ!」となってしまう危険性もはらんでいますよね。

「違う」といのは、私のもっとも主張したいところではあるけれど、「違う」というだけではダメで、お互いにその違いを認め合って、そして助け合って共存する。

それが私の主張なので、「Live and let live」(持ちつ持たれつ)というタイトルにしたわけです。

「Live and let live」の意味だけ書くつもりだったけど、ついでにタイトルのわけまで説明してしまいました。

おわり!

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今日は大丸でお買い物!

金曜は、ほぼ毎週浦和駅東口にオープンしたPARCOの地下、大丸でお買い物。

大丸の回し者っていうわけじゃないけど、これがほんとに安いんですよ。

午後6時半くらいに行くと、まず野菜。そして7時過ぎくらいに行くと鮮魚。

この前なんて、200円の袋詰めの野菜を買ってきたんだけど、中に入っていたのは、パプリカが3個、ハスの小さいのが2個、多分中国野菜のタアツァイ(けっこう大きかった。半分はすき焼きに入れて、あとは豚肉と炒めて、味噌汁に入れて、3回使えたからね)、セロリ3本、ジャガイモ1個、蕗(短く切ってあったけど、10本くらい。4合のご飯に炊き込んで、それでもまだ余ったの煮て食べた)、大きなワサビ1本。

ぜーんぶ、まとめて200円。

よくワサビを買うんだけど、あの大きさなら7~800円くらいはすると思うよ。

その前の日には、大きな活ホタテが100円だったよ。網の上で醤油と酒をちょっと指して焼いたら、うまいのなんのって。

まったく安い!

今日は、刺身用イカ3杯で240円。カンパチのかま1匹分で100円。まだまだあるけど、きりがないから、それくらいにするけれど、

大丸の午後7時は、絶対買いでーす!

今、イカの塩辛と刺身を食べてるとこですよ。

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いよいよ年の瀬、専業主夫も大忙し!

もうすぐ今年も終わり。

師走は専業主夫も大忙しです。

おせち料理はどうしようか、大掃除はどうしようか、そんなことを考えながら毎日を送ることになります。

ついこの前、ちょっとテレビを見ていたら松居一代さんが、大掃除の仕方をタレントの何人かに伝授していました。

その中で、一番これはと思ったのは、重曹を溶いた水(? 最初から見ていなかったのでよくわからなかった)に換気扇をつけておくと、油汚れがきれいに取れていたこと。

どなたか見た人いますよね。

「う~ん、なるほど!」

これは、おばあさんの知恵袋ですね。

これまで、いろいろな洗剤を試してみましたが、換気扇の掃除は結構大変ですよね。

洗剤の効き目の弱いやつだとよく落ちない。

そうかといって、強やつだと手が荒れる。

重曹っていうのは、飲んでも害はないものだし、なかなかですね。

最近の傾向として、環境問題がクローズアップされている割りには、結構薬品を使ったりするようなところがあるので、環境にも人にも優しい重曹というのは、いろいろな面で見直した方がいいかもしれません。

今年の大掃除は、私も重曹を使ってみようかな…。

換気扇であれだけ油汚れが落ちるっていうことは、重曹水を染み込ませた雑巾で、油汚れのひどいレンジ周りを拭くなんていうのも有りですよね、きっと。

皆さんも、強い薬品に頼らず、試してみたらどうでしょうね。

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専業主夫としての経験

専業主夫として生きてきたということは、いろいろな場面で女性と話が合うというか、女性の話に乗れるというか…。

陶芸教室で話をしていても、すぐ料理の話になっちゃったりして…。

主婦(主夫)の料理っていうのは、そんなに凝ったものは作らないので、たいしたものの話ではないけれど、要するに日常的に作っているものの話ですよね。

昨日の話は、天ぷらの話。

何も材料がないときとか、何作ろうかなって迷ったときは「天ぷら」なんていうね。

私はいつも桜エビを買い置きしています。あれって、タマネギでもあれば、かき揚げができるでしょ。春菊なんかもあれば、ちょっと豪華なかき揚げになっちゃう。

ミックスベジタブルと合わせてれば、ちょっと洋風な感じのかき揚げ。

陶芸教室でそんな話をしていたら、かき揚げするとぼてっと厚いかき揚げになっちゃうなんていう人がいて、「私はあまり濃くなく溶いて、フライ返しに乗せて作るよ」といつもの作り方を説明しました。

こんな時って、やっぱり主夫だったんだなあって、男としてはやや奇妙な感じがするものですよね。

今では、だいぶ仕事も忙しくなって来ちゃったので、専業主夫というのはやや当たらないかもしれないけれど、家でやっていることといえば、昔とまったく変わらず専業主夫です。

何回かに分けて、私が家でよく作る料理を紹介しちゃおうかな。

そんなに難しいものは作らないよ。

もし、興味があったら作ってみてください!

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専業主夫とヒモ的生活

ヒモと専業主夫をごっちゃにしている人がいるのは困った問題ですね。

専業主夫というのは、「仕事をせずに女性に貢がせている」のではなくて、基本的には、家庭内の役割の問題で、「主夫」という言葉を使っているのです。

最近、「専業主夫文化研究所」というキーワードで、このブログを訪れる人がけっこういるのですが、この研究所は「完全ヒモ生活マニュアル」というテキストを販売していて、中身は詳しく知りませんが、サイトを見る限り「専業主夫」とは、ほど遠い研究所です。

色々な考え方の人がいるのは、大いにけっこうなんですが、「専業主夫」を「ヒモ」と一緒にするのは、いただけません。

中には、区別のつかない方もいらっしゃるかと思いますが、「主婦」のやってることって、「ヒモ」の女性版ではないですよね。

外で働き一家を支えている夫を、家庭の中で支えているのが主婦です。その仕事といえば、炊事、洗濯、掃除などなど。夫婦が生きていくためには、絶対に欠かせません。

もちろん一人でもできますが、二人で生活することで人生が豊になり、人生が大きく開けます。

子どもがいれば、なおさらですよね。

人間の子どもというのは他の哺乳動物と比べて、極めて未熟で生まれてきますので、誰かが育てなくてはなりません。

夫婦で働いている場合は、託児所や保育所といったところで他人に預ける場合もありますが、専業主夫は子育ての大部分を担っているわけです。そのためには、地域との関わりも欠かせません。

その役割が、男女逆になっているのが、「主夫」です。

主婦は財産分与の際、原則的には2分の1の権利を有するわけですが、それは家庭のすべてを二人で作ってきているという考え方からです。ですから、「主婦」であろうと「主夫」であろうと、差別されないのが筋ですね。

この辺の判例については、まだ私は詳しくありません(ないかも?)ので、私が考えている原則論ということにしてください。

この「専業主夫研究所」の「主夫像」は、基本的に「性生活だけ」を取り上げることによって、「ヒモ」と言っているようなのですが、その「ヒモ像」は理解します。

けれども、「専業主夫」は使って欲しくないなあ。

全然中身が違います。

「主夫」の認知度ってどうなんでしょう?

正しく「主夫」を理解してもらえるよう、色々な場面で主張していかないと駄目ですね。

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DVD「素敵なお産をありがとう」予約受付中!

カテゴリーがやたら多くなっちゃいました。

単純に今回は宣伝です!

VTR「素敵なお産をありがとう」がDVD化されることは告知しましたが、現在予約販売を開始しています。ぽつりぽつりですが、予約が入り始めました。

当初、今週末くらいには、発送できる予定でしたが、製造元と私との間のやり取りが行き違ってしまい、プレスにはいるのが遅れてしまいました。

その結果、商品の発送は、今月末日前後になってしまいます。

どうも、慣れない仕事なので、段取りが悪く、皆さんにはご迷惑のかけ通しです。

ただ間違いなく、制作作業は進んでいますので、間もなく皆さんのお手元にDVD「素敵なお産をありがとう」が届きます。

ご予約いただいた方、もうしばらくお待ちくださいね。

先週の土曜日、鳥取県の倉吉市で、「素敵なお産をありがとう」の上映と講演をやらせていただきました。

昨年の北九州市の男女共同参画センター”ムーブ”に続き、また西の方での上映でした。

出産ビデオの公開が話題になってから、16年が経ちましたが、上映会や講演会を開いてくださるのは、関西以西が多いのはなんででしょうね。

何か理由があるんだと思うのですが、西日本にお住みの皆さんは、”出産”とか”家族”、”命”あるいは”青少年の健全育成”といったことに東日本に暮らしている我々よりも、熱心なのでしょうか。

これまで”命の尊さ””家族に見守られた感動の出産””家族の絆”といったコンセプトで、上映会や講演会を開いてくださったのは、鈴鹿の青年会議所の皆さんを皮切りに長崎、滋賀県守山、滋賀県草津、高崎、岐阜、新潟、浦安、調布、板橋、北九州、倉吉…。

とりあえず埼玉県内は除いて、この他にも何カ所もあるんですが、新潟、高崎くらいが最も東というか北というか…。

青森の高等学校や北海道でもビデオを購入していただき、子どもたちに見せていただいているところは結構あるようなのですが、一度も講演会とかで呼ばれたことがないんですよね。

もちろんビデオを売っているわけだし、これからDVDも販売しようとしているわけだから、ご購入いただいた方には、”感謝、感謝”なのですが、本当は私は講演とセットで見てもらいたいんですよね。

「なぜ家族全員の立ち会い出産なのか」「なぜビデオを公開することになったのか」…。

よく「ビデオを公開することで何を訴えたいんですか?」とか「どんな主張があるんですか?」と聞かれることがあります。

正直言って、「ビデオカメラを購入したときにたまたま妻の出産があった」というのが一番の理由だと思います。

もちろん並べれば、他にもたくさん理由がないわけではないのですが、「なぜ撮ったか」と言われれば、それが本当のところだろうと…。

そういう意味で、何か訴えたいことがあったからビデオにしたわけではないので、逆に皆さんには撮ってもわかりやすい出産の映像になっているのではないかと思います。

ぜひ、北の方面の方々にも、見ていただきたいなあ…。

この前に続いて、「素敵なお産をありがとう」の宣伝でした!

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タイトルに「専業主夫」を追加!

テレビってすごいですよね。

出産の番組をやると、すぐにネットに反映されてくる。

例の番組のあと、出産関連のキーワードでの検索がとても増えているのには、びっくりします。

たまたま、わが家の出産のビデオをDVD化している最中のことだったので、うちにとっては、大変ありがたいことなのですが…。

告知! 10月下旬 「素敵なお産をありがとう」 DVD発売です。

ビデオは、定価¥9,975 でしたが、DVDは、¥2,940(税込)です。

http://life-cre.cocolog-nifty.com/osan/

そんなことがあって、色々とネット上を訪ねて歩っていたら、「主夫」ということではじめたブログだったにもかかわらず、私のブログから「主夫」の文字が消えていて、「主夫」ではヒットしないということが判明しました (>_<)

いったい何のためにはじめたブログだったんだ (T_T)

と言うわけで、タイトルの頭に「専業主夫」という言葉を追加!しました。

もっとも、仕事が忙しいので、現在の状態は専業主夫とは言えないけれど。

最近、「主夫」を名乗る人が多いのにビックリです。

だれかれかまわず主夫になってしまって…。

前から言っているのですが、主婦の男性版が主夫だから、まあ料理をしてれば主夫かっていうと、それは違うと思うんですが、たった一回でも料理をすることを、「主夫する」なんていうんですから、「主夫」もメジャーになったものです。

「主夫」っていう言葉が、一人歩きするのもどうかと思うんですがねぇ。

「アットホーム・ダッド」(? テレビはあまり見ないので、タイトルがよくわからない)で、宮迫さんがやってたのは、わりに主夫らしい主夫でしたよね。あの番組を見ていると、シナリオ書いた人は、直接知っているか知らないかはわかりませんが、かなり私を意識して書いているなあという感じでしたが、あれくらい主夫でないと主夫ではないですよね。

その辺は主婦の皆さんを軽く見てはいけません。

阿部寛さんの役くらいではね。あれは、主婦の役割の一部を一時的にやらなければならなくなった夫というところでしょうか。

それはあくまで、主婦の仕事の役割分担的なものです。

あちこちに講演に呼ばれたときは、必ず言うのですが、主夫の役割で最も大切なのは、「地域との関わり」です。首都圏では、マンションに暮らす家庭も多くなっていますので、どんどん「地域」という意識が失われつつありますが、ご近所とどう付き合うかということほど、主夫として大切なことはありません。それができて、初めて家族が平和に暮らせるということになるんだと思うんですが、そういう主夫ってほとんどいないんですよね。

これから先、地域社会を支えていけるような主夫がどの程度出てくるのか、その辺りが「主夫」が本当に社会に認知されるかどうかの分かれ目ですね。

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写真、削除しました!

小柳ルミ子さんが、27歳年下の男性と再婚するとか。

いやーっ、びっくり、びっくり!

こういう話題になると、必ずどこかのマスコミから取材の申し込みがあるんだけど、

今回もありました、ありました。

「年齢差(もちろん女性が上で男性が下ですよ)のある夫婦でうまくやっている」という条件でうちに取材の矛先が向いたと言うことらしいのだけれど、小柳さんのことは全然知らなかったので、最初何のことだかよくわからなくて、マゴマゴしちゃいました。

取材の連絡をもらったとき、ドイツから帰国していた努が、ドイツに戻る日が近づいていて、海水浴に出かけていた(ドイツは北の方にしか海がないので、日本のように簡単に海水浴を楽しめないと言うことだったので)ところだったので、直接カメラで画を撮ってもらうことができなくて、結局電話取材と言うことに。

インタビューの映像が流せないから、写真を使うことになったんだけれど、タイミング悪く、この日は写真のおいてあるカウンセリング研究所の事務員が休み。

あちこち手配をしても、うまく鍵を開けて研究所に入れる人間がいなくて、局の人に陶芸教室に本を取りに行ってもらい(たまたま、これまでに出版した何冊かの本が陶芸教室においてあったのを思い出したので)、あとは私のパソコンに入っている写真をメールで送ることにしました。

ところが、Air-H の電波が届かない!

「そうだ! FOMAでもネットに接続できるようにしといたんだっけ!」

というわけで、携帯で試すも、受信はできるのに、送信ができない。

いろいろやっても、どうもうまくいかない。

そのうち、局の人から最終的な取材の電話がかかって来ちゃって、万事休す。

「やっぱり、写真が送れないみたいなんですよ。すみませんね」

「大関さん、ブログをお持ちですよね。そこから写真を取らせてもらっていいですか?」

「あーっ! ブログにならアップできるかも…。すぐやってみます!」

というような成り行きで、ブログに写真をアップしてみることになりました。

これが見事成功!

そして、この前の月曜の夜から、ついさっきまで、Nao's photo にはいつもと違う、テレビオンエア用の写真が公開されていました。

でも、削除しちゃった!

何が言いたいんだか、全然わかんないね。

要するに、さっきまで、いつもと違う写真がアップされてたけど、もう削除しちゃったよっていうことかな?

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父の死

7月6日午前4時7分、父は永眠しました。

父は第2次大戦当時、海軍甲種飛行予科練習生として、霞ヶ浦の航空隊にいました。今でも毎年、同期の方々の集まりを行っているのですが、今年は、6月17日に会津東山温泉で行われました。数年前から歯茎の状態が悪く、形状がどんどん変わってしまうため、入れ歯を何度作り直してもうまく合わなかったこと、目先の具現化された生き甲斐がなかったこと等もあって、「食べる」という「欲」がなくなり、痩せ細り、体力も限界に来ていました。会津までの数時間が果たして耐えられるのか、甚だ疑問ではありましたが、数ヶ月前からそれに参加することを一つの糧として生きてきたという父の状況もあり、全く大げさではなく、それに伴う疲労のための「死」も覚悟で、連れて行きました。

「同期の会」では、精一杯の気力と体力を振り絞って、宴会に参加しました。自分がそこにいることの意味や参加している同期の皆さんのことが果たして理解できているのか…、それもよくわかりませんが、すでに亡くなってしまった戦友の皆さんに黙祷し、そして全員で「同期の桜」を歌い出すと、父も精一杯「同期の桜」を歌っていました。

残念ながら、翌日、会の皆さんと最後まで予定をこなすことはできませんでしたが、なんとか一泊して無事帰ってきました。チェックアウト後すぐに帰路につき、午後1時頃には自宅に戻りましたが、その日の父はいつになく興奮しているようで、普段は夜9時過ぎには自室に戻り寝てしまうのに、この日ばかりは12時くらいまで起きていて、曾孫と遊んだり、話をしたりしていました。

けれども、やはりそれが引き金となり、とうとう食べることに対する「欲」だけでなく、体力もなくなり、7月6日、亡くなったのです。

腹膜炎で死にかけたり、癌で大腸を数十センチも切除したりと、何度か大きな手術は経験しましたが、「俺はどこも悪いところがない」と本人が言うように、確かに現在の父には、病名がつくようなものは一切ありませんでした。周りで見ているものには、明らかに何らかの医療行為が必要としか映らないのですが、父自身がそう考えていると言うことは、「治療」という範疇のものが一切できないということであり、父の「生」は、父の生きる意欲次第ということでもあります。

会津から帰宅して2日目、食べ物も飲み物もほとんど口にせず、気力も体力も限界と思い、救急車を呼んだこともありましたが、父は断固拒否。「俺はどこも悪くないんだ! やることがないから、ここで寝てるんだ!」と言う父を入院させることはできませんでした。

「やることがない」父の、唯一の「やること」が、曾孫と食事をし、遊ぶことでした。我々がいくら呼んでも部屋から出て来ようとしない父も、

「ひいじいちゃん、ご飯だよ!」

という曾孫の呼びかけにだけは反応し、必ず食卓までやって来ます。もうすでに立つことすらままならなかった死の2日前は、這って食卓までやって来ました。

曾孫たちはそれを見て、「ひいじいちゃん、赤ちゃんみたい!」と言うのですが、それは父をバカにしているのではなく、むしろ、よだれを垂らし、紙おむつをし、悪臭を放っている「ひいじいちゃん」をまったく差別の対象として扱っていないことの表れでした。大人なら、手を触れることすらはばかりたくなるような状態の父に、頬摺りすらするのです。そんな曾孫たちと食事をし、遊ぶこと、それが父の唯一の「生」への絆だったのです。

7月5日、私と蓮と沙羅で、「七夕飾り」を作りました。蓮は、まだすべてのひらがなが書けるわけではありませんが、「またひこうきとばそうね」と書きました。沙羅は、ひいじいちゃんの絵を一生懸命描きました。

大人が声をかけると強く手を振り拒否をするのに、「ひいじいちゃん!」と声をかけながらおでこや頬をツンツンと突っつく曾孫たちには、時に笑顔すら浮かべ、握った手を握り返したりするのです。

一昨年の秋、死の直前、大人の呼びかけにはまったく反応しなかった義父が、義父の手をそっと撫でた沙羅に対し、縦に手を振り「よしよし」という仕草をしたのにそっくりだと感じました。人間の生命の継承はこうして行われているんだ、とつくづく感じる瞬間です。

父が息を引き取って間もなく、父の脇に座った沙羅は、じっと父を見つめ、無言ではらはらと涙をこぼしました。

死後の処置をするため、父を広い仏間へ運び出すと、

父のいなくなった部屋の時計を眺めた蓮が、

「(ひいじいちゃんは動かなくなっちゃったけど)時計は動いてるね」

と言いました。

(これはさいたま商工会議所HP「マイタウンさいたま」の連載エッセイコーナー「子育てはお好き? 専業主夫の子育て談義」に掲載したものを、加筆修正したものです)

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親をどう看取るか

いよいよ父の死期が近くなりました。

昨年9月までは、車の運転もしていたました。

痴呆が進行し、危険な状況だったのですが、なかなか無理矢理取り上げるということもできないので困っていたところ、父がカギをどこに置いたかわからなくなってしまい、うまく車に乗らないという状況を作り出すことに成功。

一応車には乗らなくなったわけですが、そのために、社会との窓口のとても大きな部分がなくなってしまい、生きる意欲の減退ということにつながってしまいました。

今年に入り、ますます痴呆がひどくなり、4月には毎日通っていた近所の居酒屋さんからも「呑みに来てもらうのも限界」という引導を渡されて、万事休す。

他者との関わりがないということは、急激に人間の生きようという意欲をそぎ、食欲を失わせ、衰弱させてしまうものですね。

4月には、44キロ(体脂肪率12%)あった体重が、あっという間に40キロを切り、6月4日には、35キロ(体脂肪率8%)にまでなってしまいました。

それから20日。今では、もう体重を計ることすら不可能です。

本人は食べていると言うものの、実際には水を飲むのさえやっと。

それでも夕飯の時だけは、何か飲む気になっているので、その機に乗じて、飲み物にブドウ糖や練乳を混ぜたり、ベースになる牛乳をなるべく乳脂肪率の高いものに変えたり…。

一日のカロリー摂取量をなんとか700~800キロカロリーまではしたいと努力しているのですが、500キロカロリーもどうでしょう。

今の状態でいつまで保つのか…。

日増しに体力がなくなっていくのがわかります。

頑固な父の希望もあり、私自身も病院には入れたくないという思いは強いながら、79歳という若さを考えると、このまま自宅で死期を待つのか、それとも父の希望を無視しても無理矢理病院に入れて、体力が戻るよう努力するのか、とても迷うところです。

「父の幸せ」っていったい何なのか、もう一度よく考えてみることにします。

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大腸ポリープ切除

気にしない、気にしない!

去年に引き続き、大腸ポリープを切除しました。

大したことのような、大したことではないような…。

去年は初めてだったし、内視鏡カメラから映し出されるモニターを眺めていたら、どうも形がきれいじゃない。

いつだったか、誰だったかから、悪性の物は形がよくないという話を聞いていたので、その映像を見たとたん、

「えっ、あれって形、悪くない?」

と思ったのでした。

「先生、そこのポリープは形がよくないですよね? 形がよくないのって悪性の可能性があるんでしょ?」

と内視鏡を操っている先生に尋ねると、

「よく知ってるじゃん。そうそう、その通り」

という答えが返ってきました。

「ちょっと大きいねえ。きれいに取っておきますからね。もうちょっと大きかったら、内視鏡じゃ取れなくて、おなか切らなきゃならないとこだったよ」

と言われてしまいました。

取った結果は、悪性ではなかったので、まあよかったんですが、

「大きかったから、残りのやつを全部取ってないので、来年また来てくださいね。ちょうど1年くらい後でいいから」

というわけで、今年もポリープの切除になっちゃいました。

一度経験したことというのは、それほど恐怖心もなくて、今年はずいぶん楽な気持ちで、ポリープを取れましたが、6人同じ日に大腸の内視鏡検査が入っていたんですけど、やはり初めての人は不安なようで、あっちぃウロウロ、こっちぃウロウロ状態。

12年ほど前、耳下腺腫瘍を手術したことがあって、そのときは、腫瘍を取って病理に回しても、良性か悪性かの判断ができないくらい微妙だったので、1週間くらい、生きるか死ぬかと不安な状態で置かれたことがありました。

一度そういう経験をしていると、人間強くなるものですね。

万一悪性だとしても、「精一杯戦って、それでもダメなら残された生をしっかり生き抜くぞ。それで後悔はないや」そんな気持ちになるもんです。

うむ、私だけかな?

けっこういい(?)性格!

こういう人間は、病気になっても早く治るかも…。

外傷だって、気持ちの問題で、早く治ったり、なかなか治らなかったりするらしいからね。

まあ、精一杯ポジティブに生きましょう!

それにしても、金曜日からなんかドロドロしたようなポリープ食とかを出されて、ほとんど何も食べてないような状態なので、

腹へったぁ!

去年は、5キロも痩せちゃったんだよねぇ。

すごいダイエット!

今日のお昼からは、うどんかバターを塗ったパンくらいなら食べてもいいって言われてるんだよ。

早くお昼にならないかなあ…。

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ブログ再開!

昨年義父が亡くなったと思ったら、9月には義母が亡くなり、大きく生活が変化しました。義父も義母も、私たちにまったく世話をかけたわけではなく、最後の最後まで、自分たちだけで生活をしてくれていたので、そういった意味では、まったくわが家の生活に影響はないはずなんですが、春夏秋と必ず毎年、義父と義母を旅行に連れて行っていたのがなくなっただけでも、ずいぶん生活全体に変化があるんだなあと感じます。

義父は昨年93歳でなくなり、義母は義父が亡くなったときの様子では、まだまだ100歳くらいまで生きるのかなあと思っていたのですが、義父より4歳下の義母は、100歳どころか義父の年齢までも生きられず、義父の一周忌も果たせずに、90歳でなく亡くなってしまいました。義母にとって、手のかかる義父でしたので、義父が亡くなってから、義母には義母の楽しみをたくさん味わってもらおうと思っていたのに、どういうものなのでしょうねぇ…。手のかかる義父がいたことが義母にとっての生きていく張りだったのでしょうか。

義父が亡くなってから、ほとんど毎週熊谷に住む義母のもとを訪ねていたのに、義母が亡くなる直前は、私が風邪をひいてしまい、うつしてしまうと大変なので、しばらく義母のところには行けずにいました。それまでも、行く度に食事の量が減っていくので、「これはまずいなあ、今年の冬は越せるかなあ?」と心配はしていたのですが、やっと風邪がよくなり、まさにたった今、これから義母のところへ向かおうとしているその瞬間に、救急車で運ばれ入院したという連絡をもらうとは…。

心筋梗塞でした。ヘルパーさんが来ているときでしたが、胸が苦しくなり自分で救急車を呼び、ヘルパーさんに付き添われて病院に運ばれました。それから3日。意識はずっとしっかりしていたものの、人工呼吸器は一度も外せないままでした。

四十九日は過ぎてしまったんですが、まだここにいます。毎日、曾孫たちが水をあげたり、食べ物をあげたり…。さっき気付いたら、昨日茹でた小さな里芋がひとつ、皮のついたままちょんと置いてありました。曾孫の蓮(れん)があげたものらしいです。人は亡くなっても、こうして孫や曾孫の心の中で生きていくんですね。

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お骨ってしゃべるの?

だいぶ間が空いちゃった。

9月、それもお彼岸の中日に義父が93歳で亡くなって、今日は納骨。

一緒に住んでいる孫が、骨をお墓に入れるという話を聞いて、一人で寂しくなっちゃうとでも思ったのか、妻のところに寄ってきて「お骨ってしゃべるの?」って、小さな声で聞いたんだって。「小さな声で」聞くっていうのもかわいいよね。

優しい子だなあって思いました。

たははっ! 爺バカだ!

でも子どもにはそういう感覚を残しておいてやりたいよね。

主夫として、ずっと子どもたちにはそう接してきたつもりだけど、大きくなるにしたがって消えていっちゃう感覚だね。

亡くなった父は明治生まれで、学歴とか職業とかをとても重んじる人だったけど、どういうわけか、私の主夫は受け入れてくれていました。

感謝、感謝です!!

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なぜ"持ちつ持たれつ”なのか

英語はかなり苦手なんだけど、「タイトルを何にしようかなあ」って考えながら、英語の辞書を引いていたら、”Live and let live.」という言葉にぶつかりました。妻が16歳年上とか、妻が教師、私が教え子の関係だったとか、私が主夫をしていたとか、私の生き方ってあんまり普通じゃないので、”Life””Live””Way”なんていう言葉から引いていたんですよね。

主夫としての地域との関わりっていうことでいうと、いろんな人にお世話になったり、お世話をしたり…。「人と人との助け合いがあってこそ、人生楽しく生きられるんじゃないか」、「人は人との関わりなくして生きていけないよなあ」、そんな気持ちから”Live and let live.”(世の中は持ちつ持たれつ)っていうタイトルにしたわけ。

これを読んでくださっている皆さんとも ”Live and let live.”

”持たれてばかり”にならないように、しっかり生きなくちゃね!

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「主夫」っていう言葉

どうも最近「主夫」っていう言葉が簡単に使われすぎている気がする!私が主夫を始めた27、8年前は、スーパーに買い物に行っても、男なんて私一人だったし、保育園に送り迎えをしているお父さんはいても、幼稚園に送り迎えしているお父さんなんて皆無。1990年ごろから、わが家のことがTVで紹介されるようになって、そういう状態も徐々に変わってきました。

言葉っていうのは一般化してくれば一般化してくるほど、その意味の幅がどんどん広がっていってしまって、本来持っている中身が形骸化してきてしまう。そういう意味では「主夫」っていう言葉もずいぶん薄まっちゃたなあって感じます。あちこちでいろいろな物を読んでると、「料理をするから主夫」、「掃除・洗濯をするから主夫」なんていう記述がどんどん多くなってる。でも考えてみると、かなり昔から「共働き」って言われてた人たちなんかは、男の人も家事の一端を担ってたわけで、そういう人たちは「家事をやってる」とは言ってたけれど、「主夫してる」とか「主夫の仕事をしてる」なんていう言い方はしてこなかった。私が考えるに、「主夫」っていう意味に少し違いがあるんじゃないかと思う。最近の傾向として「主夫」=「炊事・洗濯・子育てをする男」もっと極端に言うと「炊事・洗濯・子育ての一部をする男」っていうイメージが広がってきちゃってるらしい。「主夫」=「主婦の男版」ってイメージはどこに行っちゃったんだろう?

私が主夫をしてきて最も重要だと感じたことは、「地域との関わり」。これがうまくいかなくて「主婦」(主夫)はあり得ない。「××のスーパーで××が安かったよ」「××さんのおじいちゃん、亡くなったらしいよ」「××さん、旦那さんと別居したんだって」。ちょっと聞くと”男”が嫌う、くだらない噂話に聞こえるかもしれないけれど、そういう中に地域との関わりがある。もちろん、くだらない噂話でしかないこともたくさんあるけれど、そういう情報の中から、地域で助け合ったり、助けられたりっていうことが出てくる。それが、主夫(主婦)の仕事としては大きいんだなって思います。特に子育てをするうえではね。地域との関わり無くして、子どもや家庭は守れない。そうやって女性たちは、子どもや家庭を守ってきたんだなあってつくづく感じる。まあ、最近ではそういう「主婦」も少なくなってきているから、子どもたちの心も荒れてきているんだろうと思います。

やっぱり「主夫」も「主婦」としての機能をしっかり果たさないとね。

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”世の中は持ちつ持たれつ”

25年間、主夫をやってきて、一番下の息子がやっと高校3年生。主婦のパートのようにちょっとずつ始めた陶芸教室が今は3教室にまでなって、ようやく仕事に打ち込めるようになりました。最近「ジェンダー」っていう言葉が悪者にされて、世界の流れに逆行しようなんていう政治家も多くなってきたので、やはりここは主夫をやってきた者としては、「何か言わなくちゃ!」という気持ちに駆られて、ブログをすることにしました。

知っている人は知っているだろうけれど、妻が私より16歳年上で、しかも高校の時の担任ということもあり、いろいろなことがありました。そんな夫婦や家族の話、主夫の話、子育ての話、現在経営している陶芸教室とカウンセリング研究所の話、そんな話をいっぱいしたいと思います。

naotaka@life-cre.co.jp

さいたま商工会議所ホームページ「マイタウンさいたま」

「子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-」連載中!

http://www.amatias.com

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