2020年1月25日 (土)

第159回「学校の復権」

昨年、公表された国際教育到達度評価学会(IEA)の学力調査結果で、日本の子どもたちの学力が低下していると公表されて以来、「ゆとり教育」を見直す方向で、文部科学省を始め各地方自治体すべてが、ほぼ足並みをそろえて進んでいます。その後、“ゆとり教育後”の子どもたちの学力が、“ゆとり教育以前”の子どもたちの学力を、ほぼすべての教科で上回っているという調査結果も発表されましたが、こちらには文部科学省や各地方自治体は反応薄。これは、中山文部科学大臣の“詰め込みというよりはたたき込み”という教育観と子どもたちにゆっくりと時間を過ごすことを許さず、隙のないスケジュールの中で何かを学ばせようとする社会的状況が大きく影響しているものだと思います。
ゆとり教育で実際に子どもたちがゆとりを得ていたかというと、必ずしもそうとは言えません。家庭の状況により、学校以外の時間をすべて自由な時間にしている子もあれば、それとは逆に学校以外の時間を塾や習い事といった別な管理形態の中に置く子もいます。ゆとり教育が当初考えられていたゆとりを子どもたちに与えたわけではなく、その是非は別として、少しずれた形で子どもたちに変化をもたらしたと言えるのではないかと思います。
埼玉県の場合、“ゆとり教育”以前に、中学校における“脱偏差値教育”があり、子どもたちに対する学校の影響力は、かなり低下していたと言えます。そこに“ゆとり教育”が追い打ちをかけるような形で実施され、保護者の学校に対する信頼が大きく揺らいだ上、子どもや保護者に対する学校の影響力は、さらに低下することになりました。その結果として、子どもに対する教育が“学校という公権力”から、保護者自身の手に移るという現象も起こりました。
けれども私は、“脱偏差値”や“ゆとり”自体が、即そういう結果を招いたとは考えていません。その間、教員の不祥事は相次ぎ、学校を標的とした事件も数多く起こりました。そして今も起こり続けています。教員に対するこれまでの信頼や学校の安全神話はすっかり崩壊してしまいました。雪印や三菱自動車、そしてJR西日本といった民間企業が起こす不祥事と何ら変わることがない性質の問題に、私たちが抱く公権力に対する不安と憤り。そういったものも含めた教育の状況が、今の結果をもたらしているのでしょう。
先日、埼玉県教育委員会が、子どもだけでなく親をも教育する方針を打ち出したという報道がなされました。子どもをどう育てていいかわからない親を支援するということなら、わからなくはありませんが、低下した学校の影響力を回復させることが目的なら、傲慢としかいいようがありません。
どちらかというと私は、学校教育に対して保守的な考えを持っているので、“学校はない方がいい”などと考えているわけではなく、学校に対する社会の信頼を回復することが大切だと考えています。学校が保護者や子どもからの信頼を回復するためには、親への教育をするなどということではなく、絶大なる権力を持つ学校の綱紀粛正から始めないと、本当の意味での信頼は獲得できないのだろうと思います。
親の教育力の低下を否定するものではありませんが、まず行政がしなければならないのは、学校が本来持たなければならない教育力を向上させること。そのことなくして学校への信頼回復はあり得ません。学校が現状から“復権”を果たすには、学校自ら傲慢さを捨て、謙虚になることが重要なのではないかと思います。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月23日 (土)

第151回「最近の政治家の発言 その2」

「それは小泉さん、ちょっと違うんじゃない!」
と言いたくなる。
小泉首相は1942年(昭和17年)生まれ。「我々の年代では教えてもらったことはないが、知らないうちに自然に一通りのことは覚える」なんていう発言は、軽々しくするべきじゃない。単純に自分の受けた性教育(まあ受けていないわけだけれど)が正しいということを主張したいなら、教育だけでなく「社会のすべてをその時代に戻してからにしてください」と言いたくなる。

正しいことも、間違ったことも含め性情報が氾濫し、子どもたちは自ら性についての情報を簡単に獲得できるようになっています。ところが、雑誌にしても、インターネットにしても、まず飛び込んでくる情報というのは、風俗産業のものばかり。人が人として持つべき性の知識というものは皆無です。これだけエイズのことが叫ばれているにもかかわらず、正しいエイズの知識を持った人は、少年少女のみならず大人の我々でも、ほとんどいないのでは? しかも、性についての正しくない情報の流布というのは、営利を目的として行われるので、情報を得ようとしていない人間にも入ってくるのに、正しい情報というのは得ようとした人間にのみ獲得できるものであって、自分で獲得しようとしない限り獲得することが難しい。そういう仕組みになっているということを小泉さんにももう少し考えてもらいたい。たしか答弁の中にも「年齢に応じた…」というようなことがありましたが、「知らないうちに自然に一通りのことは覚える」なんていうのは、ちょっと乱暴じゃないの。こんなこと言ってるから、衆議院議員の中からも中西一善容疑者みたいなのが出ちゃう。示談が成立して被害者が告訴を取り下げたらしいですけど、釈放後の会見でも「ぽん引きだと思った」みたいな発言があって、どこまで女性をバカにしたら気が済むんだろうと驚きました。

例の早大生らのサークルの強姦事件の際、太田誠一元総務庁長官が「集団レイプする人は、まだ元気があるからいい」と発言したのにもビックリ。どうも政治家は本質を見ないで発言するらしい。

この連載の第92、93回でも述べたように、性教育に対する考え方は人それぞれなので、今の学校教育における性教育が必ずしも正しいとは思いませんが、少なくとも「知らないうちに自然に一通りのことは覚える」なんていうことではなくて、やはり正しい知識をきちっと教えることが重要だろうと思います。もちろん、それぞれの年齢に応じて。

政治家ではありませんが、極めて政治家に近い猪瀬直樹氏が、先日の寝屋川の事件について、「こういう連中には勉強なんてさせるんじゃなくて、中学を卒業したら働かせればいいんですよ」とコメントしたのも、あまりにも乱暴な言い方でした。あたかも中卒や高校中退の子どもたちが、勉強はしたくなくて、お金を稼ぐことだけを望んでいるような言い方をしていましたが、果たして中卒や高校中退の子どもたちに働くことへの意欲が湧くような、きちっとした働き口があるのかどうか…。「そういう場所を与えろ」ということなのでしょうが、それは学歴のあるものから学歴のないものへの差別でしかなく、そんなものが犯罪の減少に繋がるわけがない。

あまり乱暴な意見や発言に振り回されることなく、常に地に足のついた子育てや学校教育にしたいものですね。


**3月14日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第150回】「最近の政治家の発言」

小泉首相に代表されるように、最近の政治家はパフォーマンスがとても上手になってきましたね。政治はなんといっても支持率だから、これだけメディアが普及した現代では、わかりにくい細々とした政策論議よりは、とにかくわかりやすい大きなジェスチャーとはっきりとしたものの言い方が要求されるんでしょう。田中真紀子、鈴木宗男、辻元清美、小泉純一郎なんていう組み合わせは、“見せ物”としてはとっても面白いものがあった。田中真紀子の父親譲りのあの声と演説の上手さ、鈴木宗男の涙の会見、辻元清美の「総理、総理、総理!」、小泉純一郎の「人生いろいろ…」などなど。加藤紘一、青木幹雄、野中広務といった面々では、ちょっと物足りない。

だいぶ前になりますが、テレビ朝日の午後のワイドショーに生出演したときのこと。生というのは、編集ができないわけだから、こちらの発言が発言した通りにON AIR されるわけです。生出演が初めてだった私は、ちょー緊張。
ADさんの放送開始までのカウントダウンを聞くと、
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」っていう感じ。
実際にカメラが回り出しちゃうと覚悟ができちゃうっていうか、開き直っちゃうっていうか、別段普段と変わらない会話はできるんですけど、やっぱりカットができないっていうことは、やり直しっていうのはないわけだから、どうしても言葉が慎重になります。
ところが、他の出演者(いつも出演しているワイドショーのコメンテーターの人たち)の話っぷりはまったく逆で、「そこまで言うか」っていう感じ。とっても過激で乱暴。
「いくらなんでも、そりゃ言い過ぎってもんでしょ!」
なんて番組の間中思いながら、私は私のペースで話をして帰ってきました。
家に戻って、録画してあったVTRを見てみると、なんだか私の言っていることはおとなし過ぎて、インパクトに欠けています。もちろん素人なわけだから、誠実そうに映っていていいと言えば、まったくその通りで、印象としては悪くないのですが、言っていることがいまいち伝わらない。ところが、スタジオではとっても過激で乱暴に聞こえたコメンテーターの人たちの話は、過激に聞こえるどころかとっても歯切れがよくてわかりやすい。
「なるほどTVって、こういうものなんだ」
と改めてTVの非日常性を感じました。

さて、政治家の話ですが、最近の政治家の話は、とってもわかりやすい。とってもマスコミ慣れをしていて、どう行動すればどう取材されて、どう言えばどう映るかっていうことを熟知しているように感じます。イラク問題や郵政民営化みたいな論議は中身がとってもわかりにくいのにもかかわらず、自衛隊がイラクに行って復興作業を行っているところが映像として流れると、なんだかえらくイラク問題がわかったような気がするし、コンビニが郵便局の役割を果たして、宅配業者が郵便物を配達してくれるって言われると郵政民営化問題はすべてわかった気がしちゃう。

教育のこともしかり。
「愛国心を育てるために国旗・国歌に対する教育を徹底する」って言われると「ああその通り」なんて気もするけれど、よく考えてみると「愛国心」ってなんなのか全然わからないし、人によっても国家を愛する愛し方が違ったていいわけだから、“みんな同じに”っていうのもちょっと変な気がするし、つい先日の学力低下の問題から、「ゆとり教育を改める」って言われると「そうですよね」って言いたくなるけれど、本当に「ゆとり教育」で子どもたちに「ゆとり」が与えられていたかっていうと、塾通いが増えただけで、どんどん自由に遊べる時間は減少していて、全然そんなことはないわけだから、ちょっと単純に考えすぎている気がする。

先週、国会で性教育のことがやり玉に挙がりました。小学校3年生の教科書に掲載されている性交についての図解が行き過ぎているというもので、中山文部科学大臣は「子どもたちの発達段階に応じてきちんと教えるべきだ。行き過ぎた性教育は子どものためにも社会のためにもならない」と答弁し、全国調査を検討する考えを示しました。小泉首相は、「性教育は我々の年代では教えてもらったことはないが、知らないうちに自然に一通りのことは覚える。ここまで教える必要があるのか。教育のあり方を考えてほしい」と答弁したのですが、どうもこの答弁も表面だけを見て、中身がわかっていない。

次回につづく。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 9日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第140回】「ゆとり教育の転換」

世界の中学2年生と小学4年生を対象に国際教育到達度評価学会(IEA)が昨年実施した学力調査の結果が15日付で公表されました。中学2年生の数学は前回(1999年調査)と同じ5位、理科は4位から6位、小学4年生の算数は前回(95年調査)と同じ3位、理科は2位から3位に下がりました。7日には高校1年生を対象とする「総合読解力」「科学的応用力」「数学的応用力」の三分野と「問題解決能力」の学習到達度調査の結果がOECDから発表になったばかりで、この調査でも「科学的応用力」は前回と同じく2位を維持したものの、「総合読解力」が8位から14位、「数学的応用力」は1位から6位に下がっていました。今回から加わった「問題解決能力」は4位でした。
マスコミは、「学力が低下した」と大きく扱い、中山成彬文部科学相「二つの調査結果を見ると我が国の子どもの成績には低下傾向が見られる。世界トップレベルとは言えない」とコメントし、「ゆとり教育の転換」を示唆しました。

順位というのは目で見るものではないけれど、とってもビジュアル的でわかりやすいので、センセーショナルに扱われがちですが、よーく見てみるとIEAの調査は中学2年生は46カ国・地域の参加で理科が4位から6位に下がっただけ、小学4年生は25カ国・地域の参加で理科が2位から3位に下がっただけ。まあ、細かい点数まで見ると確かに低下傾向にあることは間違いないんだけれど、「順位について大騒ぎ」して「授業時数の減少」が原因なんて簡単に断じてしまうのはあまりにも浅はかだし、以前にも述べたように学校での授業時数は減っているとはいえ、小学校高学年からの“塾通い”が当たり前になってきているわけだから、もう少し子どもの生活をきちっと把握した上でものを言った方がいいんじゃないかという気がします。
どちらかと言えば問題なのは、OECDの調査の方で、高校生の学力低下はかなり著しい。これはおそらく授業時数の減少が原因というよりは、入試制度に起因する方が大きいんじゃないか…。私の子どもを含め、最近関わりのある中・高生を見ていると少子化の影響で、勉強しなくてもとりあえず入れる高校はあるという意識に加え、個別相談でかなり早い段階から私立高校が合否を本人に伝えるので、合格の確約をもらった生徒は受験に向けての努力をしなくなっている。こういったことは授業時数の減少とはまったく関係がありません。要するに時間の問題ではなく、意欲の問題なわけだから。
一部報道はされましたが、同時に実施された意識調査はあまり注目されませんでした。私は順位云々よりもこちらの方が問題が深刻だと感じました。日本の中学2年生はテレビ・ビデオの平均視聴時間が2.7時間で最長、小学4年生でも2.0時間で米国の2.1時間に次いで2位(これはビデオ・テレビの普及率と密接に関わりがあるので、この数字だけを大きく問題にするわけにはいきませんが)、さらに「理数の勉強が楽しい」と答えた生徒の割合は全体でワースト2~4位。
こういう数字を見ると勉強に対する興味の無さが浮き彫りになります。教育改革でいつも話題になるのは「授業時数」と「指導要領」。けれども、本当に重要なのは「授業時数」でも「指導要領」でもなく、「どう教えるか」。学力を上げることが目的とは言わないけれど、「どう教えるか」ということを抜きにして学力低下を語れるわけがない。
授業参観に行っていつも驚かされるのは授業の質。中学校の地理の授業で“ヨーロッパのオーストリア”を教えるのに「南半球にあってカンガルーがいる国と名前の似た国」じゃあね。オーストリアのことを教えてるはずなのに、教えているのはオーストラリアのこと。こんなこと何時間やっても、何の意味も持たないよね。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年6月10日 (月)

第105回「イラクの人質事件」

こういうコーナーに政治的な話が不向きなことはよくわかっていますが、子どもを育てている親として、これだけ大きな問題に触れないわけにはいかないので、イラクの人質事件について、述べることにしました。

昨日(11日)未明、「24時間以内に無条件解放」の情報が流れてから、まもなく24時間が経とうとしています。昨夜、仕事から帰ってずっとTVのニュースに注目をしていましたが、午前2時(12日)を過ぎた時点でも未だに「解放」のニュースはなく、たった今、ネット上のニュースにアル・ジャジーラTVを通して犯人側から突きつけられた新たな3つの条件がUPされました。その内容は、

一、日本の外務副大臣がファルージャを訪問し、米軍が行った虐殺と集団墓地を視察する。

一、日本政府がイラク国民の大義に関する公式の立場を表明し、イラク国民に謝罪する。そして、日本の軍隊(自衛隊)をイラク領土から撤退させる。

一、日本政府に24時間与える。これは延長されない。1人目の人質は、この24時間が過ぎれば殺される。取引の余地はなく、残りの人質もその後12時間で死を宣告される。

というもの。たった今、午前3時のニュースでその内容の信憑性は低いとの政府の見解が示されましたが、何が根拠なのやら…。

今の状況で、日本政府が自衛隊を即時撤退させられない立場もわかります(私が政治家でもおそらく撤退させないだろうという程度に)が、「撤退させないことが当然」という政治家の雰囲気がとても嫌です。

自衛隊を派遣する段階で、「今回のような事態を想定していたのか」と問えば、おそらく政治家でなくとも、「あり得る」と考えていたのだろうと思います。その上で、今回のような事態に自衛隊の即時撤退が考えられないとすれば、初めから民間人に犠牲者が出ても仕方がない(もっと強い言い方をすれば、“大義名分のためには犠牲者が出ても助けない”)と考えていたことになって、政治の世界のやっていることには納得がいかない。ここでまた「私が政治家なら」と考えると、おそらく日本国民を守るためには初めから自衛隊は派遣しない。ではいったい、政府(小泉首相)は何を守ろうとしていたのか? “男”のメンツ?

ここで自衛隊派遣の是非を議論するつもりはないけれど、この連載の中で常々述べてきたように、私は世の中が競争原理を中心とした“男の論理”で回るのではなく、共生の原理を中心とした“女の論理”で回っていくことを是としているので、イラク問題だけでなく、イスラエルとパレスチナの問題や世界各地で起こっている戦闘を憂慮しています。

もし、自分の子どもが人質に取られたとしたら、政府の対応は許せない。「解放」のニュースが流れたときには、「自衛隊を撤退させないという選択が正しかった」という空気になりましたが、もともと派遣しなければこういう事態そのものがないわけだから、「撤退させないという選択が正しかった」というのはちょっと違う気がする。もし、無事解放されたとしたら、それは政府の力ではなくて、これまでイラクのために働いてきたまさに人質になっている3人のこれまでの行動が解放させたと言えるのではないか…。

「イラクに行ったのは自分の意思で行ったのだから本人の責任。自分の子どもが行きたいと言っても行かせない」という意見もあるようです。それも一理あると思うけれど、もし日本にも軍隊ができれば、そうとも言えなくなる。やっぱり、私たち親にできることは、「自分の子どもを守るにはどうしたらいいか」を真剣に考えること。世界中の人たちがそう考えたら、もっと平和になるんじゃないのかなあ???

午前4時のニュースでも進展無し。
この原稿がUPされるころには、解放されていることを祈ります。


**4月12日(月)掲載**

※イラクの人質事件は、2002年のイラク戦争以降にイラク武装勢力によりイラクに入国した日本人が誘拐され、人質として拘束された事件。ここでは2004年4月に3名が誘拐され、自衛隊の撤退などを求められた後、イラク・イスラム聖職者協会の仲介などにより解放された事件。

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年2月12日 (火)

第79回「戦争で傷ついた子どもたち」

講演会に呼ばれると必ず話すのが、妻と私の育った時代背景だ。
妻は昭和16年(1941年)生まれ、私は昭和32年(1957年)生まれの16歳違い。16年の開きがあると「同じ時代背景」で育つなどということはあり得ないが、ほんのわずかではあるが戦争を知っている世代とまったく戦争を知らない世代ということで、さらに年齢差が増幅されて感じられることがある。

昭和16年といえば、12月8日の真珠湾攻撃による日米開戦の年。義母は日米開戦の報にショックを受け、14日に妻を早産したという。この前後に生まれた子どもには「太平洋」の「洋」を取って「洋子」という名前が多い。

私の生まれた昭和32年は、どういうわけか高度成長を象徴するような巡り合わせの年だ。小学校入学の年(1964年)が東京オリンピック、中学校入学の年(1970年)が万国博覧会。その後何度か聞いているせいもあろうが、「パーン パカパッパッパッ パッパッパッ パーン …」というオリンピックのファンファーレは今でもよく覚えているし、万国博覧会で数時間も並んで入ったソビエト館の記憶もある。

もちろん食べ物の好みも違う。妻の子ども時代は米を食べることが難しかった。最近はだいぶ変わってはきたが、妻は小麦粉を練って作ったようなもの(すいとん、うどん、お好み焼き、ピザ…)は「代用食」と言ってあまり好まなかった。

私の育った時代も、ファミレスもない、ファーストフードもない、我が家のおやつは、さつまいもの蒸かしたものやじゃがいも・里芋の茹でたものなどということが多く、決して今ほど豊かではなかったが、食べ物に困るなどということは想像もつかない。

妻はよく白米のおにぎりのおいしさを語るが、私の知っている「炊き立てのゆげの立っている白米のおにぎり」のおいしさではなく、「真っ暗な防空壕の中で見ず知らずのおじさんからもらった、たった一つの白米のおにぎり」のおいしさなのだ。

ついさっき、「世界ウルルン滞在記」(TBSテレビ)を見た。“東ちづる”さんの行った「ドイツ平和村」の映像が流れた。「平和村」は、戦争で傷ついた子どもたちを収容し、治療し、リハビリし、祖国に帰すことを目的とするところだ。その運営はすべて募金で賄われているそうだ。現在はアフガニスタンの子どもたちが中心で、われわれ日本人からは、想像もつかない惨状がそこにはあった。地雷で両手を失った子、放射能と思われる被害で顔の形状が変わってしまった子、爆弾で全身がただれてしまった子、頭蓋骨のない子、足のない子、筋肉がえぐられた子…。

ある男の子が、祖国に「帰りたいけど、帰りたくない」と言ったのはとても印象的だ。数ヶ月から数年に渡る治療とリハビリがすんで、祖国に帰れることになった子の発表の日、祖国に帰れることになった子の喜びと残って治療を続けなければならない子の悲しみは私の心を強く打った。調査をした上で帰国をさせるようではあったが、その子どもたちが祖国に帰った時、片親だけでも生きているという保証はどこにもない。私は、どこでどう使われるかわからないので、寄付や募金は好きではないのだが、この子たちのために、なにがしかの金額を送ろうと決めた。

何かと批判の矢面に立たされ、政界引退を決めた野中広務氏だが、先日「ニュース23」(TBSテレビ)のインタビューの中で、「二度と戦争への道を歩んではいけない。日本人が傷つくことも、他国の人を殺すこともあってはならない」と強く叫んでいた。イラクに自衛隊を派遣することが本当に国際平和に貢献することなのか、私にはどうしても疑問に思える。まさに自分の手で子どもを抱き上げ、育てたことのある人間の感覚なのかもしれない。今、目の前にいる子どもたちを絶対悲惨な目に合わせたくない。


**2003年9月22日(月)掲載**
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年2月 7日 (木)

第41回 「なにやってんだか、未だに離婚に冷たい行政 その2

前回、「児童福祉手当」の話をしましたが、それに絡んでもう一件。
やっと一歳になったばかりの子どもを抱えた妊婦さんの話。

夫はあちこちから借金をしてあげく、本来は自分が使っていた職人さんに支払うべき給料数十万円を持って、どこかに逃げてしまいました。妊娠7ヶ月を過ぎているので、仕事に就くことも難しく、「児童福祉手当」がもらえないか市役所に相談に行きましたが、婚姻届けが出ていましたので、母子家庭としては認められません。

おそらく市役所の対応も紋切り調であったのではないかということは想像できるのですが、離婚が成立していないので「児童福祉手当」の支給は難しいということ、まず離婚についての相談を家庭裁判所にするようにということで、裁判所の所在地と電話番号の書かれている紙をもらって帰ってきました。

なにぶん赤ん坊を連れた妊婦が非常に後ろ向きなことで、市役所に行くのは大変なことです。さらに裁判所となるとかなりの労力がいるし、私でもそう(もう遙か遙か昔のことだけれど私は法律事務所に勤めていたことがあるので裁判所には行き慣れている)ですが、自分のこととなるとちょっと行きにくいところですよね。

そんなわけで、家裁に行ったことが無駄足にならぬよう「夫が失踪している状況でどのようにしたら離婚ができるのか」の手順を問い合わせるために、家裁に電話をしました。
その時の家裁の返事は、
「電話ではそういう相談には応じられません。電話では答えられないんですよ。とにかく来てもらわないと」
の一点張り。(実際はもっと強い口調だったらしいのですが、家裁の名誉のため?にちょっと内輪に書いておきます)

困っている人間が意を決して家裁にまで電話をしているのに、もうちょっと違う言い方ってできないのかよって思うんですが、これだけでは収まらなくて、
「そりゃあ、まず失踪届を出してもらって7年経たないとダメですね」
と言われたそうです。「とにかく来てもらわないと」と言われたものの、「7年経たないとダメ」って言われてしまえば、大きいお腹を抱えてまで行く意味もないので、とりあえずその時点で家裁に相談するのはやめたというのです。

私はその話を聞いて、「あれっ?」って思ったんですよね。この辺からは民法のことなので、私もいい加減なことを言っちゃいけないのですが、失踪届を出して7年経つと『死亡』と見なされるんじゃなかったっけな?って思ったんです。離婚の調停を申し立てるんなら死亡を認定してもらう必要はないんだから、ちょっと違うんじゃないかなあ???

それで私が家裁に問い合わせをしてあげることになりました。みんな経験があると思うけど、こういうことってちょっとでも知識があった方がいいし、男が問い合わせると相手の態度がまるで違うんですよね。それで私が電話をかけてみると、
「そういうことは電話ではお答えできません。とにかく来ていただかないと・・・」
「××の事情で離婚したいんだけど、どういう手続きをどういう順序ですればいいかって聞いてるだけですよ」
「だから、そういうことには答えられないって言ってるでしょ!」
「どういう方法があるかっていうことだけでもですか?」
「とにかく来てもらわないと・・・」
「そんなことくらい答えられないの?」
「とにかく来てもらわないと・・・」
「あれっ? でも7年経たないとダメだって答えたんでしょ? そういうことは言えるわけ? 7年ていうのもなんかおかしいですよね。失踪宣告してもらうっていう話じゃなくて、離婚の調停の話なんだから。全然違うでしょ?」

そんなやり取りがしばらくつづいて、
「なんで家裁みたいなところが、困って相談をしようっていう人間にろくすっぽ話も聞かないで、いい加減な答えをするんですか! 答えられないって言っておきながら、相手が絶望するようなことをちゃんと言ってるじゃないですか! 別にどっちの味方をしろって言ってるんじゃない! あんたたちも公務員だろっ、弱いものを脅かすようなことをするんじゃないって言ってるんだあ!」
そこまで言ったら、やっと「7年」って言ったことは事実ではないことを認めて、大変申し訳ないって謝りました。だけど、私が電話をしなかったら、「7年」って言ったことがまかり通っちゃったわけで、単純にそれを信じて行動した人はとんでもないことになるところでした。
私も行政書士の資格は持っているんだけど、あんまり法律には詳しくないので、どこか間違っているかなあ、と不安になりながらのやり取りでした。

みんなそうだよね、相手の方が法律のプロだと思って電話してるわけだから。中身のことは弁護士さんに相談するとして、今回問題だったのは中身より『官』の対応の問題だからね、まっ勘弁してもらって・・・。

とにかく行政は、家裁みたいなところも含めて(というよりは家裁みたいに権力を持っているようなところほどかな?)女性に冷たいですよね。

あんまり腹が立ったので長くなっちゃいました。ちょっと話がよく見えないかな?
ぜひ、何かの折に家裁に電話をしてみてください。きっと対応の悪さに腹が立ちますよ。

**12月17日(火)掲載**

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2016年5月28日 (土)

現職大統領が広島へ!

オバマ大統領が広島に来た。
残念ながら謝罪はなかった。予定通り?
とはいえ、5分程度と言っていた17分以上になった。パフォーマンスで終わることなく、核兵器廃絶に向けての第1歩になってほしい。

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2015年7月19日 (日)

ポリオ撲滅まであと少し!

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現在、ロータリークラブに入っているんですが、昨日はその中心的な活動の一つ「ロータリー財団」のセミナーでした。
今、ロータリークラブはポリオ撲滅を目指しています。
そのための募金活動を活発に行っているところですが、国際ロータリーとともにポリオ撲滅に取り組んでいるのがWHO、UNICEFであり、ビル&メリンダ・ゲイツ財団です。

ポリオ撲滅についての取り組みはロータリージャパン「いまこそポリオ撲滅のとき」をご覧ください。

 

昨日は、パワーポイントでビルゲイツからのメッセージが紹介されました。
「日本は平和的な手段で開発を進めてきた世界のリーダーとしての際立った歴史を持つ国家です。国際社会はこれからも日本を信頼できる開発援助のパートナーとして信頼し続けることでしょう。日本がさらに成果を重ねればその評価はますます高まるに違いありません。」

国際社会の中での、日本の立ち位置が明確に示されたメッセージでした。国際社会が日本という国を信頼してくれていることがこのメッセージからも大変よく伝わってきます。
NGOの皆さんもよくおっしゃっていることですが、日本だから信頼され、安心して国際貢献が出来るんだそうです。これからも、ポリオ撲滅のための日本からの支援は不可欠です。

ポリオ撲滅はロータリーの悲願です。

2015年度の野生株ポリオ症例数は、世界で常在国の3カ国のみで、
パキスタン 25
アフガニスタン 4
ナイジェリア 0
です。

ポリオ撲滅まであと少し。
どこかでロータリークラブで募金活動をしていましたら、ぜひご寄付をお願いいたします。
ロータリージャパンや各地のロータリークラブへ直接お届けいただいても結構です。

※ロータリークラブ
政治的団体に思われがちですが政治的団体ではなく、世界平和を目指す奉仕団体で、企業経営者を中心とした団体です。

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冷静でとてもわかりやすい分析なので…

あれは安倍政権によるクーデターだった/石川健治氏(東京大学法学部教授)

 

あの日、日本でクーデターが起きていた。そんなことを言われても、ほとんどの人が「何をバカな」と取り合わないかもしれない。しかし、残念ながら紛れもなくあれはクーデターだった。そして、それは現在も進行中である。

続きは、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150718-00010001-videonewsv-pol

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