2024年4月13日 (土)

【子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー】第320回「なくならない高校野球部の不祥事」

先日、かかりつけの整形外科に行ったら、待合室のテレビに、高校野球の入場行進が映し出されていました。
2年生の部員が強制わいせつ事件で逮捕されながら、出場が認められ注目されていた桐生第一高校の入場行進。実況のアナウンサーが何か事件のことを言うかなあと思って聞いていると、アナウンサーの口から出た言葉は、
「ひときわ大きな拍手です」でした。
事件をふまえ、「逆境を乗り越え頑張って!」という応援のメッセージを発したのでしょう。もちろんグラウンドで行進をしている一人ひとりの選手が、事件を起こした部員と同じように悪いというわけでもないし、甲子園出場のため人並み外れた努力をしてきたこともよくわかりますから、グラウンドに立っている子どもたちを事件に巻き込むことをしない、このアナウンサーの言葉も理解できないわけではありません。
けれども、2年生部員が逮捕されるという事件を起こしながら、出場を希望した桐生第一高校の判断、そして出場を認めた高校野球連盟の判断が、正しかったかどうか…。
私は間違っていたと思います。
私も、どちらかと言えば体育会系で、中学校で私の所属していた部が全国大会に出たり(私の代には全国大会出場は実現できなかったのですが)、高校の時はサッカー部が全国制覇をしたり、あるいは浦和学院の職員のときには野球部が全国大会に出たり、今は息子が大学でプロゴルファーを目指していたりもするので、それなりにスポーツの世界のことは理解している方だろうと思います。
そんな風ですから、体育会系の”乗り”や”厳しさ”も人間の成長にとって、あるいは社会生活を営む上で、大事なものだとも思っています。
甲子園を目指すそれぞれの学校の努力、そこで一生懸命部活動に励んでいる生徒たちの努力もよくわかります。
けれどもその陰で、いろいろなことが起こっているということもよく知っています。
レギュラーの子たちの奢り、レギュラーのレベルに達しない子たちに対するいじめや差別、またその子たちによる暴力や非行…。今回の桐生第一高校の事件も、一人の生徒の問題ではなく、そういう事件を生む「部」の体質の問題なのであり、そういう中で起こっている事件であるということを、そこに関わるすべての人たち(高野連も含めて)は、はっきり認識するべきです。いや、逆に認識しているからこそ、出場できないことで心に傷を負う生徒のことを強調して、出場という開き直りとも取れるやり方をするのかもしれませんが。
もちろんすべての学校というわけではないのでしょうが、校内でも全国レベルの部活、特に野球とサッカーは、学校にとっても大きな広告塔であるだけに、何か事件を起こしても、なかったことにする、もみ消すというのが当たり前になっています。
「普通の子なら停学か退学なのに、サッカー部なら万引きをしても何にも処分されないんだよ」「野球部の子がね、カバンからお金盗んだのみんな知ってるのに、先生は見て見ぬふり」。
少子化が進む中、経営優先のため、広告塔としての役割を重視し、教育がないがしろにされているとすればとんでもないことです。
根本的な原因にふたをして、個人の責任として片づけてしまうようでは、今後もこういった事件はなくなりません。事件・事故の厳罰化の流れに呼応して、学校での一般の生徒に対する指導がますます厳しくなっている折り、甲子園に出場する部や生徒だけが特別では、これからの日本を背負って立つ若者の教育としても問題が残ります。
「連帯責任」という問題ではなく、どこに不祥事を生む土壌があったのかということを指導者はきっちり見極め、そこに関わるすべての者(生徒も含め)が責任をとるという姿勢を明確にすることこそ、大切なことなのでしょう。
 
 
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

 

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【子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー】第318回「プチプラ」

大学に入学してすぐ悩むのは、第二外国語を何にするか。私も悩んだんですけど、高校の時音楽部に所属していて、フランス語の曲を歌ったことがあるんです。なんていうタイトルだったか、もう忘れちゃいましたけど、そのときそれなりにフランス語を勉強した(と言っても発音だけで、まったく意味不明。もちろん訳詞はありましたから、全体の意味は概ねわかるんですが、単語の意味なんて全然わかんない。どれが動詞でどれが名詞かなんてさっぱり。歌を歌うのにそんなことじゃいけないんでしょうけどね。
週に2コマを2年間やったわけですけど、音楽部で発音をやったレベルからまったく進歩がなくて、どんな文章でも一応読むには読める(意味がわからないんだから本当は読めるとは言わないんだろうけど、まあおおよそ声に出して発音できるということで…)んですけど、相変わらず意味不明。試験の問題は、長文がダーッと書いてあって、「訳せ」っていうだけなんですけど、文章の頭の「Vingt  ann ées」(ヴァンタァンズ)、「20年間」というところしか訳せなくて、授業には比較的出ていたとはいえ、「ああこれで終わったな」と思いきや、なんとそれで単位をくれちゃったんだから、そのときの担当教官には足を向けて寝られません。
他に覚えた単語が「maison」(メゾン 家)、「petit」(プチ 小さい)、「fille」(フィユ 女性)、「garçon」(ギャルソン 少年)、「salon」(サロン 客間、店…)など
要するにすでに日本語としても扱っていいくらいの単語しか覚えていないっていうことですよね。まったくどうにもならない学生だったっていうことですかねえ。まあそうは言っても、いま経営している陶芸教室は「Salon de flamme」(サロン ドゥ フラム)「炎の部屋」(flamme には「炎」の他に「目の輝き」とか「情熱」なんていう意味もあるし、salon にも「部屋」という以外に「美術展・展覧会」なんていう意味もあるので、陶芸教室にぴったりだと思ってつけたんです。ところが、最初のころは美容室と間違えてくる人がたくさんいてちょっと困りました)なんていうフランス語の名前をつけちゃってるわけだから、フランス語を取ったことがまったく無駄だったわけではないんですけどね。
私がフランス語を習ったのは30年前。そのころは、外来語といってもほとんどが英語で、フランス語なんてほんの一部でしかなかったけれど、今ではけっこう街の中にあふれていますよね。もちろん外来語の中心は英語ですけど、ケーキ屋さんとか花屋さんとか美容室とか、あるいはマンションの名前とか…。うちの名前と同じでよく意味はわからないけど、「なんとなくフランス語だ」なんていうの、結構ありますよね。
若い世代は、そんな外来語を英語だろうがフランス語だろうが、適当にくっつけちゃって「プチプラ」なんていう言葉を作っちゃったりする。どんな意味だかわかりますか? 「プチ」はもちろんフランス語の「petit」で、「小さい」という意味ですね。「プラ」は英語の「price」で、「価格」っていう意味です。これを合わせて「プチ・プライス」。小さい価格、価格が小さいっていうことで、「安価な」とか「少額の」っていうことを表すらしく、「おもに若い女性が購入するファッション・アイテムや化粧品、雑貨などを対象に、高価ではないが素敵なものをさす言葉」なんだそうです。女子中学生や女子高生の買い物のキーワードになっているんだとか。
外来語ではないけれど、略語も氾濫していますよね。「KY」っていったい何かと思っていたら「空気読めない」なんて、こんなのわかります? ただ単に、単語の頭の子音を取っただけでしょ。何にも意味ないわけだから、知らないとまったくわからない。
「オシム」には、びっくりしました。てっきり、サッカーの日本代表のオシム前監督のことかと思ったら、「惜しいけど、無理」なんだそうです。子どもたちの間で使われ出した言葉で、「無理っ」ではちょっと言葉がきついので、「惜しいけど」をつけることで、「無理」をちょっと和らげようというねらいのようです。最近では、子どもが親に向かっても使うとか。「無理っ!」では怒られちゃうけれど、「オシム」って言うことで、「やりたいっていう気持ちもあるんだけど」というニュアンスを加えて、しかも「オシム」ということで「無理」という言葉が消えるので、相手は否定された感じがしない。
子どもの知恵っていうのはすごいですね。
次から次へと新しい言葉を生み出す、子どもたちの想像力には脱帽です。とはいえ、子どもの想像力も「KY」や「オシム」では、今ひとつというところでしょうか。子どもたちもしっかり英語やフランス語でも勉強すれば、もっとモダンな造語が生まれるかもしれませんね。
 
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2024年4月 3日 (水)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第301回「達成感 その2」

第298回でも取り上げた通り、2月24日に藤井舞踊研究所(モダンダンス)の発表会がさいたま芸術劇場でありました。この連載にも何度(第212、213回)か登場していただいています(私が勝手に登場させたわけです)が、藤井舞踊研究所を主宰する、藤井公先生と利子先生には、20年以上にわたり子どもたち、そして今では孫たちがお世話になっています。前回の発表会では参加した全員の中で、蓮が唯一の男の子、沙羅が最も年少(しかも同い年の子の中でもとても背が小さい)で、蓮と沙羅が舞台に登場したとたん、踊りが始まっているにもかかわらず、男の子が出てきたということ、そして舞台の広さや周りで踊っている子どもたちに比べてあまりにも沙羅が小さいことに、観客席のあちこちから「男の子だ!」とか「かわいい!」とかいう押し殺した歓声が上がりました。
今年の発表会で、蓮と沙羅が最初に舞台に登場したのは、踊りではなく、プログラムが始まる前の、皆勤賞の表彰式でした。皆勤賞をもらう全員が舞台に上がり、演台の向こう側で賞状を読み上げる公先生から、ひとりずつ手渡しで賞状を受け取ります。中学生、小学生と受け取り、いよいよ蓮と沙羅の番。舞台衣装を着て並んでいるので、蓮が男の子であるということはそれほど目立たなかったのですが、公先生が賞状を読むとき、小声で「男かぁ」とつぶやいた声をマイクが拾ったので、「おっ」という雰囲気が会場全体を包みました。100名ほどの門下生の中で唯一の男の子ですからそんな会場の反応もうなずけます。去年に比べるとずいぶんと成長して、他の子どもたちと並んでいるときにはそれほど小ささが際だっている感じもしなかった沙羅も、演台の前に進むと、なんと頭すら演台の上に出ません。公先生が演台から身を乗り出すように沙羅を見ると、「かわいい」という声と笑いが混ざったような歓声が客席に響きました。私からすると沙羅は、ここのところ生意気な口をきき出して、ちっとも言うことを聞かなくなってきたので、「あんなにちっちゃかったっけ?!」、そんな感じです。
どうやら今年は、沙羅より下の子どもたちが入所したらしく、その子たちが6~7名で群舞を踊ったので、演台の前に立ったとき以外は、それほど沙羅の小ささが際だつこともなく、だいぶ緩和されて見えました。
蓮も沙羅もこの日の舞台のために、休まず稽古に通いました。そして母親の麻耶は、「天使のお使い」というタイトルの踊りのために、夜中までミシンをかけて大きな大根と人参を作っていました。
去年の舞台では周りのお姉さんたちや蓮を見ながらやっとまねをしているという感じで、まだまだ「おみそ」でしかなかった沙羅は、今年はすっかり一人前に踊りきり、むしろ蓮よりもしっかり踊っていました。小さな子どもでも、張り詰めた緊張感と大きな集中力を持って、物事をやり遂げられるということに感心をし、びっくりもしました。
その日は、伊勢崎の病院に入院している叔母を見舞うため、急いで会場をあとにしたので、舞台後、蓮と沙羅と顔を合わせたのは、夜遅くなって自宅ででした。大きな舞台を終えて、さぞ興奮して話したいことがいっぱいあるんだろうと、「蓮くん、沙羅ちゃん、上手だったねえ」と話を向けると、返ってきた応えは「うん」の一言だけ。そのあとも、どんな気持ちだったのかと、いろいろと声をかけてみますが、返ってくるのは素っ気ない返事ばかり。しっかりやり尽くしてしまうと、もう子どもは前を向いてしまって、後ろは振り返らないものなんですね。
それと時をほぼ同じくして開かれた幼稚園の発表会。モダンダンスは振り付けが決まっていて、舞台に立っている全員が心を一つにすることを求められますが、蓮と沙羅の通っている幼稚園は、それとは対照的に、無理矢理教え込むのではなく、子どもの内面からわき出てくるものを大切にしようという教育方針もあって、発表会といっても特別に覚えたものではなく、教室で普段展開されている子どもたちの遊びを「普段のまま」舞台で見せます。これには、子どもの心に大きな負担がかからないといういい点もありますが、何かを作り上げるといった努力と達成感や人に見せるということの緊張感や表現力が育たないという欠点もあります。
発表会が終わってうちに帰ってきた蓮と沙羅は、発表会で使ったお面や剣を放さず、うちの中でもそれぞれが発表会で演じた役をそのまま演じています。それはしばらくの間続きました。
役になりきっている蓮と沙羅を見ていると、一見豊かな想像力に包まれているようにも見えますが、モダンダンスの発表会での二人の緊張感とその後の二人の言動を知っているだけに、お面をかぶり、剣を振り回している二人からは、「幼稚園の発表会では、達成感がなかったのかな?」そんな気持ちが湧いてきました。
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2024年4月 2日 (火)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第300回「達成感 その1」

どういうわけか理由はわからないんですが、1月の終わりころから今月にかけて、陶芸教室の入会者が増えています。陶芸教室のような仕事は、どうしても季節に左右されがちなので、例年だと入会者が多いのは春と秋。もっと細かく言うと、一番多いのが10月で、次に5月、4月、11月っていうような感じ。(あくまでもうちの教室はっていうことですけれど)
大人の習い事というのは仕事や子どもの生活に影響を受けるので、「就職が決まった」「転勤で越してきた」「子どもが入学した」「子どもが卒業した」等々の理由で、ほぼ毎年同じような動静になります。4月よりもむしろ10月、5月が多いのは、4月に生活が変わって半年が過ぎ、生活が落ち着いてきて、夏休み明けの旅行気分も抜けた時期ということ、子どもの生活が変わり、学校の諸行事も一段落、自分のことに目を向けられる時期ということ、なんていうあたりが、その大きな理由だと思います。仕事にしろ、子どもの学校にしろ、4月は行事が目白押し、9月はまだまだ気分は夏休み、しかも夏にお金を使ってしまい懐が寂しい。誰もがそんな事情を抱えているからなんでしょう。
ところが、今年はなぜか年明けの1月から今日までの入会者が例年になく多い。いつもだと今ごろから、タウン誌に広告を打って、4、5月に備えるっていうところなのに、すでに続々と体験レッスンに押し寄せて、多くの方に入会していただきました。
「ん~、なんでだろう?」
と考えてみるに、広告媒体の変化と労働形態の変化かな?という気がします。これまでは、時期を見てこちらが打ったタウン誌への広告に反応して入会したということが多かったけれど、最近はいつでも自分から見られるインターネットの広告媒体が主流になってきたこと、そして労働形態も4月入社の正社員という形から、時期に関係のない契約社員、派遣社員という形が増えてきたこと。そんなことから、今までとは動静が著しく変わってきたのだろうと想像されます。
そして、もう一つ大きな理由があります。それは、私の気合い。
これまで、ほとんどスタッフに任せてきた体験レッスンに、私もかかわるようにしました。すると、スタッフだけで体験レッスンを行った場合の入会率はおおよそ10~15%といったところだったのに、私がかかわった場合は、90%超えに。経営上のことで言えば、それはとってもまずいことで、私も経営者として、スタッフにきちっと指導をしなければなりません。いったい、どこがそんなに違うのか???
体験レッスンに訪れた人に対するスタッフの対応をよく観察してみました。すると、いくつか気付いたことがありました。一つは、全体の手順。入会するための体験レッスンなんだから、本来ならどこかベストなタイミングで、入会についての説明がなくてはならないのに、まず焼き上がった作品を取りに来てもらうことありき(当然、入会した人には関係ないわけですが)で、「焼き上がったら、ご連絡いたしますので、取りに来てください」なんて説明ばかりしていて、入会についての説明が後回しにされている。もう一つは、体験レッスンの人に座ってもらう場所。もちろん、現会員の皆さんもいらっしゃるわけなので、最も適した場所は、うちの教室の場合なら、入り口を入ってすぐの所(全ての会員の皆さんを回った場合のちょうど中心点で、しかも教室全体が見渡せる)に決まっているのに、最も奥の一番適さない場所に座ってもらったりしている。
そして、最悪なのが教え方。(結局全て悪いわけですよね。まったく今まで経営者として何をやってきたのか…)人が何かを始めて、それを継続するのに大切なのは、そのことが楽しいということ。楽しいということは、どういうことかというと、もちろん好きか嫌いかということも重要な要素ではありますが、「達成感」を感じられるかどうかが、楽しいか楽しくないかの鍵です。「達成感」というのは、「出来なかったことが出来た」という喜びです。どんなことにも器用・不器用はありますので、陶芸を教えていると初めから上手に作る人もあれば、下手な人もいます。体験レッスンをしていて、上手に作る人が入会するのかと言えば、そういうわけでもなく、それではうまくできなかった人が入会するのかと言えば、もちろんそれも違います。入会に絶対に必要な要素が「達成感」なんです。「教わったことで、それまで出来なかったことが出来た」と感じてもらうことが最も大切です。「教わったら出来た」「教われば出来るんだ」という感覚は、安心感を生みます。そして、さらに将来の「自分像」(どれくらい先にどんな自分になれるのか)を示してあげることで、その安心感は高まります。
そんなことが感じられる体験レッスンなら、かなりの確率で入会してもらえるというわけです。大人が陶芸のようなことを習おうとする場合、その後の自分の生活設計や経済的要素なども加わるので、単純に達成感やその後の自分像だけで、継続するかしないかが決まるわけではありませんが、これが子どもの場合であれば、陶芸に限らず、全てのことについて言えることですね。
陶芸教室に入会するか・しないかの要素が、上手い・下手ではなく、達成感を感じられるか・感じられないかだとすれば、子どもの意欲を育てるのも、偏差値が高いか・低いかではなく、いかに達成感を感じさせることができるか・できないかということですね。
たった今、孫の蓮(れん)が目の前で、パンにマーガリンを塗っていますが、「ひとりでパンにマーガリンが塗れた」、たったそれだけのことにも、達成感はあるわけです。日々の繰り返しの中で、子どもの心は育っていきます。そんななんでもない日々の達成感が、子育ての勘所なのかもしれません。
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【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第298回「あの子たちの未来が予見できるんだよねぇ」

今日(24日)は、孫の蓮と沙羅が通っている藤井舞踊研究所の発表会がありました。藤井舞踊研究所は、以前紫綬褒章を受章した藤井公(ふじい こう)・利子ご夫妻が主宰するモダンダンスの研究所で、今ドイツで踊っている努もそこの門下生です。蓮と沙羅は、藤井ご夫妻の次女、香さんの開いているスタジオに2年弱ほど通っています。今日は蓮と沙羅にとって、2回目の発表会でした。
そして、その発表会が終わり、私と妻がうちで食事をしている時こと。
 
「私ねえ、あの子たちの未来が見えちゃうんだよねぇ」
「はははっ、それはわかる!」
「毎日、何人ものクライエントさんたちと会ってるでしょ。そうすると”こういう時に、こういう表情する人は、こういう人生になる”ってわかるんだよね。声と同じだよ。ほらっ、似てる顔の人って声も似てるでしょ。骨格が似てるから、声の響き方も似てる」
「そうそう、あの埼玉大学の合唱団の団長さんに会いに行った時。電話で声しか聞いたことなかったのに、”絶対メガネかけてる”とか言っちゃって、100人以上はいた食堂の中で、”あの人だから”って、つかつか寄っていって、”××さんですか?”って言ったら当たってたってやつね。あれだけ大勢の中からピッタリ当てたのはびっくりだったけど、確かに顔で声もだいたい想像つくし、声から顔も想像つくよね。”表情と人生”も”声と顔”の関係と同じってことね」
「そう。だからね、細木数子さんが将来を予言するのもわかる。私はカウンセラーだから、占いだとかスピリチュアルなんとかだとかいうのは信じないけど、ああいう人たちって、人を見る目っていうか、人を判断する力っていうか、そういう勘のいい人たちなんだろうね。そういう人って、いるんだよ。私もたぶんそういう勘が働くのかもしれない。”私も細木数子にならなれる!”」
「たはっ、何言ってんだか! いつだったか、年の差夫婦の悩みを細木さんに相談するっていうことで、細木さんの番組に出てくれっていう話がテレビ局からあったでしょ。”カウンセラーが占い師に相談するなんて出来るわけないでしょ!”って断ったけど、細木さんがカウンセラーに相談するって言うんだったら、出てやったのにね。”細木さん、あなたの表情からあなたの将来は××です”なんてね(笑)」
「そうだね。それならおもしろかったかも。まあ、そんなことはどうでもいいけど、今日のあの舞台の子どもたち。あの子たちの表情を見ただけで、あの子たちの将来が見えちゃうんだよね。舞台で踊ってるのを見てると、まるで人生が踊ってるみたいに、その子の将来の姿が目に浮かんで来ちゃう!」
「まったく、大げさな言い方! でも、確かにそうかも…」
「だからぁ、ほんとに見えるんだって! ”あの子は不登校になる”とかさ”あの子はうつになって仕事が続かない”とかさ…」
「うーん、確かに舞台で踊ってる時の表情って、あんな小さな幼稚園くらいの子どもでもみんな違うよね。明るくやる気を感じる子もいれば、なんとなく暗い子、ボーッと表情のない子もいる。子どもっていうのは邪念っていうか、ずるさっていうか、そういうものがないから、ああいう舞台でその子の正直な表情が出ていることが多いくて、それがあの子たち自身だとすれば、その表情と人生が劇的に違うなんていうことは少ないんだよね。だとすれば、もう人生は決まっちゃってるっていうことだね」
「まあ、大げさに言えばそうかも。だから、幼児期に親がどう子どもに接して、どういう人格形成をするかっていうことが、大事なんだよね」
 
教員時代に「大関先生の顔占いは当たる!」と評判で、行列が出来るほどの顔占い師・大関洋子は、自分の孫の将来がどう見えたのか、結局”見える””見える”と言いながら自分の孫の将来のことは、一言も語りませんでした。
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2024年4月 1日 (月)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第295回「久しぶりに触れた人の温かさ」

2月3日は節分!
昔から豆まきをするよね。
でも、「節分」って2月3日だけじゃないって知ってた?
「節分」は「季節を分ける」っていう意味だから、それぞれの季節の分かれ目にあって、立春、立夏、立秋、立冬の前日のこと。言われてみれば、「ああなるほど…」っていう感じだけれど、あんまり考えたことないよね。
「豆まき」は、もともと宮中の年中行事の一つで大晦日に行われる悪気を払い疫病を除く儀式「追儺」(ついな)から生まれたものと言われていて、近代になり、節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、鬼打豆と称して炒った大豆をまいたりするようになったんだそうです。季節の変わり目には、邪気が生じると考えられているので、それを追い払うための行事ということなんですね。豆まき自体は、寺社が行った邪気を払うための豆打ちの儀式が起源なんだそうですが、「鬼は外」「福は内」のかけ声にも色々あるらしく、鬼を祭神や神の使いとしている神社や「鬼塚」「鬼頭」など「鬼」の付く姓のお宅では、「鬼は内」にしていたりするんだそうです。(Wikipedia、広辞苑を参考)
文化というのはおもしろいものですね。
 
今日(2月3日)は、成田山川越別院の「節分会追儺豆まき式」に行って来ました。寺社がやる豆まきに行くのは初めてでしたが、雪なのにかなりの人手で、びっくりしました。前述のごとく「追儺」とは宮中の行事(っていうことは多分神道の行事)なのにも関わらず、お寺の行事に「節分会追儺豆まき式」という名称がついているのも、ちょっとおもしろいですね。
さて、その成田山川越別院の「節分会追儺豆まき式」でのこと。
最近知り合った方から「わしが豆をまくから来ないか」とお声をかけていただき、節分会なるものがどんなものかもわからず、とにかく行ってみようということで、妻と孫の蓮と沙羅を連れて、出かけてみることにしました。あいにくの雪で、出かけるときから大変。豆だけでなく、お餅やお菓子を投げるというので、どう考えても傘をさしているわけにはいかないだろうと、寒くないようしっかり着込んだ上に、帽子の用意。道路はそれほど積もっているようではないけれど、万一に備えチェーンを巻けるように軍手の準備。以前は、年に数回、車でスキーに出かけていたので、雪といってもそれほど苦にはなりませんでしたが、最近はスキーにも出かけなくなり、雪道の運転はちょっとおっくう。
「まったくよりによってこんな日に雪なんだから」
と愚痴りながら出かけました。
幸い「わしの名前を言って境内に車を止めていいからな」ということだったので、あちこち駐車場を探すこともなく、遠くから歩くこともなく、大変楽をさせてもらってしまったのですが、それが気のゆるみを生んで(ちょっと大げさ!)、蓮は持って行ったジャンパーも着ず、とても軽装で車から降りてしまいました。さすがに寒そうなので、
「蓮! ダメだよ、上着着なきゃ」
ということで、ジャンパーを着せ、傘をささせて、豆まきの会場へ。1時からというので、ちょうど1時から豆まきが始まるのかと思っていたら、1時からは護摩で、豆まきはその後。待つこと20分。その間に、何度も「傘は危険なので、豆まきの時はたたんでください」という注意がありました。いよいよ「間もなく豆まきが始まりますので、傘はたたんでください」の指示。私はフード付きのスキーウエア、妻はフード付きのジャンパー、沙羅は襟巻きを頭にぐるぐる巻きと、とりあえず3人は頭が濡れないようにしているのに、蓮は頭に何もかぶっていないではありませんか。さっき車から降りるときにあまりに軽装で降りたので、着るものに注意を奪われ、頭のことはすっかり抜けていました。車まで行けば、タオル地で出来た帽子がのっているのですが、境内に止めてあるとはいえ、間もなく豆まきが始まりそうな状況で、すごい人混みをかき分けながら車まで行くの無理そうです。妻がポケットからハンカチを取り出し、蓮の頭に乗せました。ところが気温がそれほど低くないせいか、みるみるハンカチはびしょ濡れに。するとすぐ後ろに立っていた女性が「これどうぞ」と、蓮の頭からハンカチを取って、自分がかぶっていた毛糸の帽子を蓮の頭にかぶせてくれました。
「それじゃあ、ご自分が濡れてしまうでしょうから、結構ですよ」と何度も遠慮したのですが、
「私は服にフードが付いていますから」
と、結局蓮に帽子を貸してくださいました。殺気というほどではありませんでしたが、壇上から「小さいお子さんに危険ですから押さないで下さい」という注意が何度もある状況の中、気持ちがフッと和らぐ出来事でした。その帽子を貸してくださる様子がわざとらしくもなく、嫌みもなく、とても気持ちよく帽子をお借りすることが出来たのです。こういう気持ちで人の好意を受け入れられることって少ないなあと、とても温かい気持ちになりました。
たくさんお菓子を拾おうとレジ袋を何枚も持って行ったのですが、とにかくすごい人で、蓮と沙羅はほとんど拾えませんでした。もっとも私はかなり拾ったのですが…。
帰りの車の中で、「豆まき、おもしろかったねえ。おばさんが帽子貸してくれたんだよね」と蓮が言いました。とても寒い雪の日に、蓮にとっても「帽子」は、とても温かいことだったようでした。
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2022年6月11日 (土)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第286回「物の見え方」

またまた笠間の楞厳寺(りょうごんじ)、ヒメハル工房の穴窯(薪で焚く比較的原始的な窯)で窯焚きです。これで穴窯焼成は4回目。だいぶ慣れてはきましたが、作品を窯から出してみるまでは、出来映えはわかりません。
1回目は、そのヒメハル工房を所有している橋本電炉工業の橋本さんにT氏を紹介していただき、T氏の指導のもとで焚いたせいか、窯焚きの途中、何度かトラブルに見舞われたものの、参加した会員さん(参加費用を払って作品を出した人)は大満足。
「次はいつやるんですか?」
の大合唱で、参加した人も、参加しなかった人も、次回穴窯焼成が待ち遠しいという状況になりました。
1回目の大成功のおかげで、2回目は参加希望者が続出。ヒメハル工房の穴窯の容量(18リッターの一斗缶で、約70スペース)があっという間に参加希望者で埋まり、結局2回焚くことに。薪の手配や私の負担も相当なものなので、続けてすぐというわけにも行きませんでしたが、1回目の3月に続いて、11月と翌年3月ということで、2回目、3回目の窯焚きをすることになりました。今後は11月に毎年1回、穴窯焼成をしていく予定です。
2回目以降は、T氏の指導を仰がずに自分たちだけで、なんとかしました。2回目は、まだまだ不慣れということもあり、T氏の教えを忠実に守っていたので、途中温度が上がらずに困ったことはありましたが、1回目よりさらにいい出来映えでした。3回目は2回目の自信が奢りにつながったのか、窯焚きの途中のドタバタやトラブルはなくなったものの、出来映えはあまり満足のいくものではありませんでした。
最後は作為ではなく窯任せ、炎任せという要素が強いので、さて今回はどうなりますか。
とりあえず、今のところ順調に進行しています。前回までの反省点をうまくクリアして、うまく焚けるといいのですが…。
陶芸というのは、「一窯、二土、三つくり」という言い方があるように、作品にとって最も重要なのが釉薬も含めた最後の行程である窯焚き。どんなに優れた形のものでも、窯焚きを失敗すれば台無しになってしまいます。その次が土。土が形よりも重要とされるのは、釉薬の発色というものが、土により大きく変わるということもあるのだろうとは思いますが、それよりも、やきものの風合いというものは、土の感じ、要するに柔らかいとか、堅いとかいうイメージで決まると言ってもいいからだと思います。
そして、最後がつくりです。つくりは最後とは言え、うちのような陶芸教室で陶芸をやろうとすれば、素地に施す装飾も含め、形を作るということは、「生徒」としてはほとんど陶芸の全てと言っても過言ではないほど重要な作業ですし、皆さんそれを楽しんでいます。
入会したての初心者の方には、まず湯呑みや小鉢といった日用雑器を作ってもらいます。特にカリキュラムを定めているわけではありませんが、身近で誰でも形をよく理解していること、そしてあまりうまくいかなかったとしても、とりあえず使えるだろうということで作ってもらっています。その次に作ってもらうものにカップがあります。コーヒーカップ、フリーカップ、どんな用途でもかまわないのですが、一つの技法として「取っ手をつける」ということを覚えてもらうために、作ってもらっています。
ところがここで、ほぼ100%、とてもおもしろい現象が起こります。皆さん、取っ手が大きすぎるんです。通常市販されているものの倍くらいの大きさの取っ手をつけてしまう人がほとんどです。取っ手が大きすぎると、取っ手を持ったときに指と器の間に隙間ができてしまうため、器の重心が大きく前に離れてしまって、かなりの重さを感じてしまいます。器を持っただけでも、持ちにくさを感じますので、飲み物を入れたときにはさらに持ちにくいということになります。
人は、自分が意識をしたもの、よく見たものをその形の重要な要素として捉えます。コーヒーカップを持つとき、一番強い意識を持って見るのが、取っ手。どうしても取っ手に指をかけなくてはならないので当然のことですが、それが大きな取っ手につながっていると推測されます。
それと同じような現象を、幼児の描く絵に感じました。幼児の描く人の絵はどうかというと、まず100%実物より顔が大きい。それに加えて、手の位置が肩よりはるかに低い位置から伸びていることが多い。幼児は、人を意識するとき、その人の身体はあまり意識しません。顔を見て物事を訴えたり、その人の感情を理解しようとします。それが、あの独特な絵につながっていると考えられます。
そう考えると、コーヒーカップの取っての不思議な現象にも納得がいきます。これは、子どもの感覚を大人になっても失わない数少ない現象ですね。
子どもたちが強く持っているそうした現象、感覚を大人はしっかりと理解した上で子どもたちと接しないと、間違った接し方になるかもしれませんね。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第282回「幸せのレシピ」

10月10日にパルコがオープンして、浦和の映画館が復活!
特に映画ファンというわけではないけれど、近くで簡単に映画が観られると思うと、ちょっと嬉しいです。
毎日、忙しい生活を余儀なくされているので、上映時間に合わせて、行き帰りの時間を含め3~4時間を確保するのは至難の業。パルコの中にユナイテッド・シネマが入ってくれたおかげで、シネマの入り口まで5分弱。「見たい映画に合わせて」というのはもちろんですけれど、「ちょっと時間が空いたから」という映画の見方が可能になりました。
子どものころから「映画は好き」という意識はありましたが、実際に映画を見たのは、中学、高校のころに、テレビの深夜番組で見たというのがほとんど。映画館で見たなんていうのは、学生だったころ「授業が休講になったから」観た経験くらいしかないので、「ちょっと時間が空いたから」なんていう映画の楽しみ方ができるというのは、私の人生の中で、とても画期的なことです。
20歳前後から子育てに追われていたので、喫茶店や映画館でデートなどというのは皆無。なんだか人生ががらっと変わったような(ちょっと大げさ?)気さえします。
というわけで、オープン翌日の11日に「エディット・ピアフ」、そして26日に「幸せのレシピ」を観てきました。
いやぁ、何年ぶりかで観た映画は、やっぱり楽しいですね。エディット・ピアフは、シャンソン歌手で、皆さんご存じの
♪あなたの 燃える手で あたしを抱きしめて♪(訳・岩谷時子)の「愛の讃歌」で有名ですね。テレビのコマーシャルでも、「愛の讃歌」が流れていたので、「愛の讃歌」を歌うシーンが出てくるのかなと思いきや「愛の讃歌」はたった2回(?)バックに流れるだけで、むしろ「La vie en rose」(ラヴィアンローズ)(タイトルからはわからない人が多いかもしれませんが、聞けば“この曲かぁ”ってなる有名な曲です。音が出ないので、うまく説明できなくてすみません。http://edith-piaf.narod.ru/piaf1950.html でダウンロードできます)の方が強く印象に残りました。この映画の見所は、たくさんありますが、子どものころのピアフの生活には、インパクトがありました。
「幸せのレシピ」は、完璧主義の料理長、ケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)が、突然の姉の死により一緒に暮らすことになった9歳の姪ゾーイ(アビゲイル・ブレスリン)との関係を必死で作ろうとしていく中で、ケイトとは正反対な性格の陽気で自由奔放な副料理長、ニック・パーマー(アーロン・エッカート)と恋に落ちるというストーリー。
ドイツ映画「マーサの幸せレシピ」をハリウッド・リメイクしたものです。
まったく意表を突くことのない真っ直ぐな展開で、楽に観られます。映画マニアの間では「ベタ」と言われて、あまり高い評価を得ていないようですが、私はとても楽しく観ました。
「子育て」から、とても遠いところで生きてきたケイトが、ゾーイとの関係を築いていこうとする中に、子育てのとても大事な部分を見た気がしました。高級レストランの料理長であるケイトは、自分の料理に対する価値観で、ゾーイに食事を作りますが、ゾーイはまったく口にしません。高級食材を使った一流の料理より、素朴で飾らない魚のフライやスパゲッティがいいのです。ケイトもニックとの関係の中でそれに気付いていきます。子どもの人格を認めること、大人の価値観を押しつけないこと、子どもの自主性を尊重すること…。様々な子育ての要素をこの映画中にはありました。
涙がこぼれそうになる場面もたくさんありましたが、オペラ好きなニックのおかげで、バックに流れるヴェルディの歌劇「椿姫」の「乾杯の歌」や1961年にトーケンズの歌で大ヒットした「ライオンは寝ている」などもとても楽しく聞けました。はまり過ぎていて、これも「ベタ」の一部なんだろうと思います。

もちろん子育ての映画ではありません。けれども、こんなところにも子育てのヒントはあるんですね。私はそんなところも気にしながら見ていましたけれど、こういう映画をそんなふうに見ていると、おもしろさも半減しちゃうかもしれませんが…。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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2022年6月 6日 (月)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第281回「鳥取県倉吉市から その2」

この道の駅は、1階が売店、2階がレストランになっています。
1階の売店には、よくあるお土産品、地場産の野菜や手作りのお菓子や味噌といったものの他、山陰の海らしい魚介類が、生けすで泳いでいました。
2階のレストランは、刺身定食、天ぷら定食など、海の幸中心のメニューです。
中に入ってメニューを見ながら注文をしようしたのですが、メニューに載っているのにないものばかり。いちいち口元に付けたマイクで厨房に確認しています。
結局「イカの刺身定食」に落ち着きました。
そんな有様でしたが、出てきた料理には大満足。見ただけで活きのよさがわかります。「要するに、その日によって捕れる魚が違うので、メニューはあってないようなもの」ということのようでした。

その晩は、三朝(みささ)温泉に泊まり、翌日の午前中、倉吉の町を散策しました。
倉吉という町は、けっして大きな都市ではありませんが、山名氏が最初に居城した地で、南総里見八犬伝の発祥の地でもあり、その歴史の重さを充分に感じることのできる町です。現在も打吹山(うつぶきやま)に城趾があります。
観光に大変力を入れており、「倉吉レトロ」をキャッチフレーズに、白壁土蔵群の保存に力を入れたり、「赤瓦」(あかがわら)と称する9つの建物で、様々な特色あるレトロなショップを展開しています。(http://www.apionet.or.jp/kankou/index.htm)
私が訪ねた日は、午前中ではありましたが、土曜日ということもあり、ちらほら観光客の姿も見受けられました。
「観光のお客様無料」と書かれた契約車両とのスペースが混在した未舗装の駐車場に車を止め、町のなかを散策しました。
ミニ鯛焼きを売っている店の前で、買おうか買うまいかと見ていると、店の主人らしき人が「どうぞ、試食してみて」と鯛焼きを差し出します。餡の種類が何種類もあるので、次から次へと違った種類の鯛焼きを試食させてくれました。
「今買っちゃうと、持って歩かなきゃならないので帰りに寄ります」と約束し、さらに町の散策を続けていると、醤油を製造販売しているところを見つけました。
中に入るとセンサーで「ピンポン、ピンポン」と音がしました。ところが、しばらく待っても人が出てくる気配がありません。再び入り口付近まで下がって「ピンポン、ピンポン」。
店に並んだ商品を見ながら、どれくらい経ったでしょうか。まったく出てくる気配がありません。「すいませーん!」店の奥に向かって声をかけましたが、なんの返事もありません。
「誰もいないのかねえ? これじゃあ、盗まれてもわからないよねぇ」
再び、「ピンポン、ピンポン」。ようやく、おばさんが奥から出てきましたが、まるでスローモーションを見ているよう。
なんとか、薄口醤油を買って、再び散策。
今度は、造り酒屋があったので、時季外れとは思ったのですが、酒粕を買いたいと店の中へ。
ところが、またまた、誰も出てきません。ここでもどれくらいの時間が経ったでしょうか。何度も何度も店の奥に向かって声をかけ、ようやくおばあさんが出てきました。
「今は漬物用しかないんですよ」
その返事を聞くために、どれくらいの時間を要したか…。
道を歩いていると、車庫から車が出てきました。のろのろしているわけではないのでしょうが、とにかくもたもたしています。じっと待って、車を先に出してやりました。
もし、東京やさいたまでこんなことが起こったら、腹が立ってしようがないのでしょうが、不思議とこの倉吉では腹が立たちません。それどころか「倉吉っていいところだなあ」、そんな気持ちが湧いてきました。
午後からは講演です。翔誕生の出産ビデオ「素敵なお産をありがとう」を見てもらい、その後私が30分、妻が30分話をしました。私の話は、ほぼいつも「それぞれの違いは違いとして認めること、そしてその違いを乗り越えるため時間と体験を共有すること、主夫としてこれまで私がやってきたこと」、そんな話が中心です。ところがこの日は、「倉吉っていいところですね。午前中に町のなかを探索したら、醤油屋さんで…」。そんな話をしているうちにあっという間に30分が経ってしまいました。講演が終わると妻が、
「あなたの話、いつもと全然違うから、どうフォローしようか困っちゃったじゃない!」
講演会後、主催者の皆さんと喫茶店で1時間ほどお話をしました。講演の時よりも詳しく醤油屋さんの話をすると、みんな大声で笑いました。
酒屋さんの話をすると、さらに大笑い。皆さんが言うには、「倉吉ってそんなところですよ。のんびりしていて。ちょっと出かけるのに鍵なんてかけませんから。悪い人なんていません」。
その話を聞いて、倉吉という町が、なぜ私の心をくすぐったかがわかりました。今では、なかなか感じることのできなくなった「人を信じるという心がここにはあるからだ」そんな気がしました。
講演会の前に控え室を訪ねてくださった倉吉市の教育長さんもとても腰の低い方でした。その腰の低さも「市民を信じる」そんなところにあるのかなあと思います。
「倉吉ってのんびりしていて、ぎすぎすしていない、すごく住みやすいところじゃないですか?」
「ええ、とっても住みやすいところです。なんにもないですけどね」
「なんにもない?とんでもないですよ、歴史と文化があるじゃないですか、そして何よりも地域社会が崩壊していない。貴重なところだと思いますよ」
こんなところで子育てをしたら、子どもはずいぶんのびのび育つんだろうなあと、強く感じる2日間でした。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第280回「鳥取県倉吉市から その1」

今日は、倉吉に来ています。
倉吉と言えば、つい先日市長が、舛添厚労大臣に一首長の立場で噛みついたところ。地方のそれほど大きくない、けれども歴史のある個性を持った町が、さいたま市のような首都圏のそれほどはっきりとした特徴のない大都市とどう違うのか、ほんの短い時間ではありましたが、観光地や倉吉の町のなかを散策したり、また教育長さんとお話をさせていただいたり、PTA連合会でご活躍の皆さんと交流させていただいたりしましたので、鳥取というところ、倉吉というところで、私が感じた文化の違い、子どもとの関わりの違いを2回にわたって、皆さんにお伝えしたいと思います。

少し前のことになりますが、月刊「教育ジャーナル」(学研)に、映画「あしたの私のつくり方」の原作者、真戸香さんと妻との対談が載りました。それをご覧になった教頭先生の推薦で、倉吉市のPTA連合会の方々が中心となり、講演会にお招きいただきました。
当初、カウンセラーとしての妻への講演依頼でした。子育てについてのスキルを主な内容とした講演会というお話だったのですが、幅広い年齢層のお子さんを持つ方が対象とのことでした。
子育てについてのスキルを中心に据えると、どうしてもある程度年齢層の絞り込みをしなくてはならないので、むしろ映画「素敵なお産をありがとう」の上映と私と妻の話ということではどうですかとこちらからご提案をさせていただき、上映会と講演という形で、行うことになりました。
担当の方から、丁寧に飛行機の時間までメモでお送りいただいたのですが、私の身体の関係(気圧が急に下がると、座席にも真っ直ぐ座っていられないくらい目が回って、汗が噴き出し、吐き気がする)で、飛行機には乗れないので、車で向かうことにしました。運転はちょっと大変ですが、自由に動き回れるので、初めての山陰で、見てみたいところもたくさんありましたし、その土地の人たちと交流のできることを、とても楽しみにしていました。
800キロ近い距離なので、10時間以上はかかります。昨年車で行った北九州に比べればかなり近いとは言え、朝出ても夜になってしまう距離。鳥取砂丘も行ってみたいし、大山(だいせん)、出雲大社にも行ってみたい。近くに多くの有名な美術館もある。
朝、3時くらいに家を出て、お昼過ぎには鳥取砂丘にという計画でしたが、それでは砂丘以外を見て回る余裕はなさそうだったので、前の晩仕事から帰ると、「このまま出ちゃおうか」ということになり、夜11時に家を出ました。
わかっていたこととは言え、東名高速道路の集中工事のためかなり長い区間が一車線通行になっており、予定通りには行きません。中央高速にすればよかったと悔いても後の祭り。早く出たにもかかわらず、結局出雲大社と大山は次の機会にということになってしまいました。
鳥取砂丘を初めて訪れた人の感想は様々だと思います。期待はずれとがっかりする人、期待通りと思う人、期待以上と感動する人…。
私は、だいたい期待通りでしたけれど、予想以上に感動したかな。
砂の色、砂の感触、そして何よりも砂と海と空とが織りなすコントラスト。思わず走り出したくなるような高揚感…。
広い砂丘の上に靴を置き去りにして、裸足で頂上まで登りました。そして目の前に広がる大きな海。
周りにいる人たちも、すっかり子どもに返ったようでした。ただ、残念だったのは、砂丘にとてつもなく大きな落書きがあったことです。
少し前にニュースでも取り上げていましたが、砂丘の持つ価値、公共性を無視したとても悲しい行為だと感じました。
陶芸教室の生徒さんから、「砂丘にいるラクダと並んで写真を撮ろうとしたら、乗ろうとしたわけじゃないのにお金を要求された」という話を聞いていたので、「本当かよ?」と思いましたが、それも想定してラクダにはあまり近づかず、遠くの方から写真を撮りました(笑)
売店で、孫に買うおみやげをあれこれ選びながら、「この砂時計(砂丘の砂が入っている)、どうかな?」と妻と話をしていると、まだ決めたわけでもないのに、売店のおばさんがすでに包装紙に包みかかっていたのにはビックリ。
「なるほど。ラクダの写真は遠くからにしといてよかった!」と納得がいきました。
そして、もう1カ所立ち寄ったのが、あの大黒様とワニ鮫に皮を剥がれてしまった因幡の白ウサギの話で有名な白兎海岸です。海岸に面して道の駅があり、その道の駅から山側には白兎神社があります。昼食をこの道の駅で取ることになりました。

つづく

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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