2020年1月 5日 (日)

「男はつらいよ お帰り寅さん」観てきました!

明けましておめでとうございます!

12月31日(木) 浦和PARCOにあるユナイテッドシネマで「男はつらいよ」シリーズ50作目の「男はつらいよ お帰り寅さん」を観てきました。

渥美清さんが1996年8月4日、68歳で亡くなり、その後「渥美さんなしに寅さんは撮れない」という山田洋次監督の言葉通り、シリーズの新作は発表されずに来ました。

それが今回、渥美さんの映像をCGで織り交ぜながら、これまでの作品を切り貼りしてつなぐという手法(アイディアやコンセプトについては横尾忠則氏が「私の発案」としてトラブルに発展しているのですが)で1つの作品として発表されました。

「お帰り寅さん」は、さくら(倍賞千恵子さん)の息子、満男と光男の高校時代の同級生で、かつて結婚の約束までした初恋の人・イズミ(後藤久美子さん)を中心に展開していきます。

満男役の吉岡秀隆君は、高校受験の際、公立高校を受験したいということで私のところに相談に来て、半年ほど勉強を教えていた時期がありました。結局、公立高校では俳優としての活動が制約を受けてしまうということで、前年に飯能に開校した「自由の森学園」(息子が1回生として在学していて、当時山田洋次監督も教育研究協力者に名を連ねていました)を勧めたという経緯があります。

その自由の森学園に在学していた現在ドイツ在住の息子が、たまたま帰国中だったので、一緒に観に行くことになったんです。

映画は、ちょうど吉岡君がウチに通ってきていた直後、高校生だったころの回想シーンが多く、とても懐かしく観ることができました。

「寅さん」の発する言葉は、長い年月を経ても、心にしみるものがあります。人の生き方の本質をついた言葉だからでしょう。今回(以前に語られた言葉ですが)も、「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。おじさん、どっからでも飛んできてやるから」「何と言うかな、あー生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろう。そのために生きてんじゃねえか」「思っているだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。愛してるんだったら、態度で示せよ」等々、有名なメロン騒動も出てきます。

「古いけど、古くない」
そんな寅さんでした!

| | コメント (0)

2019年11月12日 (火)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第146回】「男の子もいるのになぜ子女なの?」

毎週木曜日は朝からカルチャーセンターの講師をする日。午前中は春日部、午後は越谷のカルチャーセンターで陶芸を教えています。会社の事務を私がほとんど一人でやっているので、カルチャーセンターで丸一日時間を取られてしまうのはちょっとつらいんだけれど、浦和から春日部、春日部から越谷、越谷から浦和という通勤の時間は、私にとって重要な情報収集の時間になっています。

なーんちゃって!
何が情報収集の手段かっていうと、テレビとラジオなんだから大したことはない。去年まで乗っていた車はテレビなし。ラジオだけだったんだけれど、約20万㎞乗った末(よくここまで乗ったよね。こんなに乗ったの初めて!)買い換えて、今度はナビつきのになりました。ナビにテレビも搭載されているので、私の情報源もラジオだけからラジオとテレビに増えたわけ。純正ナビの欠点(?)で、サイドブレーキをかけないと画像は見られないんだけれど、運転中でもとりあえず音だけは聞こえます。

曜日と時間がほぼ決まっているので、いつも情報収集の番組は同じ。朝はやっぱりニュースやワイドショー系の番組、帰りはラジオの情報番組。お昼はっていうと、そりゃーもう「笑っていいとも」。
カハハッ、“それが情報源かよ!”って感じだよね。ちょっと恥ずかしい…
というわけで、先週の話。

木曜日は視聴者から寄せられた疑問に答えるコーナーがある(なんていうコーナーだったっけ? ちっともそういうところは聞いてないらしくて全然思い出せない。いかにもバラエティらしく、出演者が質問に対するプレゼンやったり趣向を凝らしている)んだけど、先週「“帰国子女”っていうときの“子女”っていう言葉はどうして“子”と“女”で“男”と“女”ではないのか」(ちょっと言葉が違うかもしれないけれど、だいたいそんなような内容)という質問が寄せられました。

回答は文部科学省からもらったということで、「“子女”の“子”が“男の子”という意味で、“子女”で“男子と女子”という意味です」という回答でした。私はここでタモリ(敬称を付けようか迷ったけど、ちょっと失礼して)が、「じゃあ、なんで女子は女っていう文字を使うのに男子は男っていう文字を使わないのか」って突っ込むのかなあと思ったんだけれど、時間が押していたのかフジテレビの意向なのか「ああ、そうなんだあ」で終わってしまったので、ちょっとがっかり。

広辞苑によると「子(し)」は、①こども。特に、むすこ。②男子の敬称。③日本で、女の名に添える語。(光明子・式子内親王)。大辞林によると①こ。こども。②独自の思想・理論をもって一家をなした人。(ともに後略)
大辞林にも接尾語として「読書子」とか「編集子」とかいう場合には「そのことをもっぱら行う男子の意味を表す」とあります。

確かに“男”という意味がないわけじゃないけれど、“女”っていうのに対して“子”が単純に“男”っていうのは無理があるような気がする。素直に考えればやはり“男女”の方がいいんじゃないのっていう感じ。“子”って言葉には“むすこ”っていう意味がないわけではないけれど、やはり素直に考えれば“子”は“子ども”かな? だとすると”男の子が子ども“で“女の子は子どもではない”っていう意味を含んでいる。要するに女は家を継ぐ“子”ではないわけだよね。「子女」っていう言葉がいつできたか、もっと掘り下げて行かなくちゃいけないんだろうけれど、どう考えても、女性を蔑視しているとしか思えない。文化を継承することも大切だけれど、一部の人間にとって都合のいい文化だけが残っていくとしたら問題だよね。

たかが言葉ぐらいでがたがた言いたくないけれど、女性ばかりしかいないPTAで女性の権利が認められていなかったときの「父兄」はやっぱりおかしい。学校の公文書は「保護者」で統一されているのに、未だに(というより以前より最近の方が)先生方の多くが母親に向かって「ご父兄」って言ってる。いくら一般化している言葉だからといって、「父兄」っていう言葉には母親っていう意味が入っているって考えるのは、ちょっと無理がない? 相当言葉が乱れてる。漢字の意味をそこまで壊しちゃうのが文化の継承なのかなあ? 「子女」の“子”には、“女”は入ってないんだもんね。なんだかちぐはぐだし…。

“矛盾した憲法”の改正論議は進んでいくことになりそうな気配だけれど、“矛盾した言葉”の改正論議ももっと真剣にした方がいいんじゃないの? 男女共同参画社会の実現にはかなり時間がかかりそうですね。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

2019年11月10日 (日)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第141回】「世界中のお父さんが苦労してるだろうね」

クリスマス
「キャストはどうする?」
「えっ!? 今年もやるの?」
「そりゃそうだよ」
「だったら翔(かける)がやるしかないよ」
「そうだよね」
「ところで、まだあの服あるの?」
「ちゃんとしまってあるよ」

24年前、中華料理屋さんが廃業したとき、お店で使っていたいろいろなものを引き取ったことがありました。その中に入っていたのがサンタの衣装。子どもの成長とともに、そのサンタの衣装が大活躍。最初は真(まこと)と麻耶(まや)が幼稚園のころ。そして翔が幼稚園のころ。
真っ暗にした部屋の中で子どもたちが布団にもぐっていると、どこからともなく鈴の音が聞こえてきます。枕元に近づいたサンタクロースは、そっとプレゼントを置くと再び鈴の音を鳴らしながら去っていきます。サンタクロースが私だっていうことがわかりそうになるとキャストが替わります。努(つとむ)がやったこともありました。プレゼントをもらう側だった真がやったこともありました。
このサンタクロースは小さなものから大きなものまでいろいろな物を運びました。自転車を運んできたときはサンタクロースの方が大騒ぎ。
「ちゃんと通れるように、ここはあけとかなくちゃだめだよ」
と、ほんの一瞬のことのために、家中の物を大移動したことも。
私の演技が上手かったのか、うちの子どもたちはすっかりサンタクロースの存在を信じてしまったらしく、小学校に上がったあとに「サンタクロースってほんとにいるんだよね」と言われたときはさすがに「ちょっとやり過ぎたかな」って反省したりして…。
そしてとうとう今年は代替わり。翔サンタの登場です。翔サンタが孫の蓮(れん)と沙羅(さら)のところにプレゼントを持ってくることに。
24日は麻耶が朝から蓮、沙羅を連れてプレゼントを買いに行きました。
「ここのお店の店員さんからサンタさんに伝えてもらおうね」
とかなんとか言って、品物をお店に取り置きしてもらったとか。それをあとからおじいさんとおばあさんが取りに行って、そして翔がサンタクロースになるんだから大変です。まったくよくやるよって感じ。
蓮くんと沙羅ちゃんが布団に入ってじっとしていると、
「メリークリスマス!」
とサンタさんがやってきました。
「あっ、かっくんがサンタさんやってる!」
といきなり蓮に叫ばれる始末。まったく何やってんだよ! メチャメチャ演技が下手!
翔は慌てて自分の部屋の布団に潜り込みました。
「そうかなあ? かっくんは部屋で寝てるよ」
翔の部屋まで行って寝たふりをした翔を見た蓮は、ちょっと奇妙な顔をしました。しばらくして、翔がリビングまでやってくると、蓮が翔に向かって、
「サンタさんが来たんだよ」
ちょっと胸をなで下ろして、蓮はあと何年そう思っているのかなあ? いくつになってもそういう気持ちを忘れないでいるといいんだけどね。
サンタクロースを必死で演じた翔は、
「世界中のお父さんが苦労してるだろうね」
と一言。
世界中のお父さんがそう思っていてくれるような、そんな世の中ならいいんだけどね。

お正月
「今年は忙しくておせち料理作れなかったね」
と言うと、孫の蓮が会話に割り込んで、
「蓮くん、たこ作る」
「?」
酢だこを頭に浮かべちゃった私は一瞬何のことか理解できませんでした。
“凧”を“蛸”と思っちゃうようじゃ、ちょっと寂しいね。
凧を作るのはけっこう大変なので、熊谷にある妻の実家に新年の挨拶に行ったとき、蓮に凧を買って帰ってやろうと思いました。実家のすぐ前にある小さなスーパーで、
「凧ありますか?」と聞くと
「置いてないんですよ。今は凧揚げする子いないんじゃないですかねえ」
「そうですよね、場所ないですもんね」
「この辺は荒川の土手に行けば揚げられるんですよ。でも最近の子どもたちはTVゲームじゃないですか」
ああ、そういうことか。うちの近所の様子しか頭に浮かばなかった私は、どうやらとんちんかんなことを言っちゃったみたい。
とりあえずコンビニで洋凧を買って帰ってやったけど、うちの周りに土手はなく、やっぱり凧は揚げられませんでした。
凧を作ろうっていう孫の気持ちに充分に応えてあげられなかったかな? 今度はコンビニの凧じゃなくて、なんとか時間を作って手作りの凧を揚げに土手まで連れって行ってやろうかな…

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

2019年11月 9日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」】第139回「子どもに伝えたいこと」

“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「よっ!」
“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「もいっちょっ!」
“シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャンシャンシャン シャン”
「ありがとうございました。来年も商売繁盛いたしますように!」

今日は調神社の「十二日市(じゅうにんちまち)」。熊手を売るお兄さんの威勢のいい声があたりに響きます。午後6時くらいに出かけたら、神社の一番東側に設けられる熊手を売っている通路は、いつもより少なめな人出。久しぶりの日曜の市とあって、どうやら人出が昼と夜に分散したようです。
わが家では、毎年十二日市で鯉を買います。水槽で泳いでいる太って脂ののっていそうな鯉を選ぶとその場でさばいてくれます。鯉の腹から取り出した肝はお猪口に入れ、お酒と一緒にゴックン。いつも三枚におろしてもらって、家に戻ってから“身は洗い”、“あらは鯉こく”にして食べます。
なんでこんなことが毎年の行事みたいになっているのかなあと考えると、私が子どものころ祖母や父が鯉をさばいていたのが、私の意識の中で鮮明な記憶として残っているからかなあ? とっても大事なことのように…

「あれっ、おじさん。今日、鯉いないの?」
毎年、同じ場所で鯉を売っているおじさんがいるのですが、今年は鯉が見あたりません。「悪いねえ、社長。今年は日曜日だったんで、昼間から売れちゃって、もう売り切れちゃったよ」
「えーっ! 毎年必ず買ってるのに…」
「一人で25匹買ってくれた料理屋の人がいたかんねぇ。さばくの大変だったんだ」
「へーっ、そうなんだ。楽しみにしてたんだけどなあ。でもよかったね、そんなに売れたんじゃ」
「15日は川口。17日は蕨だよ。そっちへ来てよ」
「そうだね。蕨だったら自宅のそばだし」
仕事が忙しいので蕨神社の酉の市に行くわけにはいかないんだけれど、そんな会話を楽しんで鯉のいない鯉屋さんをあとにしました。

「いつもの“じゃがバター”のおじさん来てるかなあ?」
今度は毎年買っているじゃがバターの店へ。
「おじさーん!」
「おー、久しぶり!」
「去年忙しくてさあ、来られなかったんだよねぇ。だから1年空いちゃった」
「2年だよ。一昨年も来なかっただろっ?」
「あれっ、そうだっけ? よく覚えてんねえ」
「覚えてるさあ」

毎年、熊手やかっこめを買っているわけではないので、特別行く必要があるわけではないけれど、子どものころからの年中行事みたいになっていて、よほどのことがない限り酉の市に出かけます。大宮の氷川神社、浦和の調神社、蕨の蕨神社と3カ所行ったことも。
何を伝えるというわけでもなく子どもに見せて、今では孫に見せて。
でも、そんな中に日本の文化があり、お正月を迎える心があるのかなあ…。
友だちと行って帰ってきた翔(かける)は帰ってくるなり、
「じゃがバターのおじさん、今年もいたね」
酉の市でしか会うことのない、たったそれだけの関係のおじさんなのに、そのおじさんに会うことが、わが家にとって今年も一年間無事に過ごせた証のようになっている。子どもに何を伝えるっていうわけではないけれど、そんな中から人と人とが交わること、一年間一生懸命に生きること、平和を守り続けること、きっと子どもたちはそんなことを学んでいるんだろうと思います。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

2019年11月 4日 (月)

第122回「ド・レ・ミ・ファ・トー」

「もう一回やるよ! ド・レ・ミ・ファ・ソー はい!」
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
「何やってるの! ゆびー! それじゃあ、ダメでしょ! もう一回!」
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
「あーあーあー、そんなんじゃダメ! やる気あんの!? “ド・レ・ミ・ファ・ソー”でしょ! もう一回!」
努(つとむ)の涙が鍵盤の上に落ちました。
「ド・レ・ミ・ファ・トー」
 もともとあまり器用でない努が泣きながらピアノを弾いているのですから、怒られれば怒られるほど、うまく弾けるわけもなく、怒鳴り声だけがむなしく響き、時間が過ぎていきます。毎日行われる1時間のピアノの練習は、5歳の努にとってあまり楽しいものではありません。努はピアノの前に座った途端、身体は硬直し、顔がゆがみます。
努の習っていたピアノの先生は、地域の音楽家の間でも厳しいという評判で、東京芸術大学や桐朋音楽大学のピアノ科といった特別な大学を除けば、音楽大学の受験について、
「××先生についているならピアノは心配いらないですね」
と言われるほどでした。

 努は3歳からピアノを習っていました。親の立場からすると、何歳から習い事をはじめさせるかということは大問題で、職業選択という将来の選択の幅まで考えると、ピアノやバイオリン、バレエのようなものは、かなり早いうちから始めないと間に合わない。けれども3歳、4歳といった時期に、子ども自身にやりたいものがあるわけもなく、結局親の趣味や好みで子どもの習い事を選択することになる。
 私は高校に入ってから合唱を始めて、音楽の道に進もうかなあという気持ちを持ちました。けれども、まったくピアノを習ったことがない。まあ、時代もあったとは思うけれど、男の子がピアノを習うなんて感覚は、私が育った家には全くなかった。ちょうど浦和のサッカーが一番強いころだったこともあって、男の子が何かをやるといえば、決まってサッカー少年団。親から「習ってみれば」と言われたのは、習字にそろばん。そういうものは人生選択に大きな影響を与えるものではなく、ピアノやバレエを習うっていうこととはちょっと意味が違う。
 高校時代は、「なんでピアノくらい習わせておいてくれなかったんだろう」って思ったけれど、もし努のように3歳からピアノを習わせようとしていたとしても、“わが家の環境”“私の性格”からいったら無理だっただろうなあと思います。
 努のピアノの先生(妻や私、わが家の子どもたち全員が習っていたのだけれど)は、
「大関さんねえ、子どもを音楽家にしようとするなら、三代かかるわよ」
と言っていました。音楽家というにはほど遠いけれど、一応、妻も高校で音楽の教員をしていたので、妻から数えても最短で孫の世代。いやいや、大変なことですよね。

 今まさにアテネオリンピックで活躍している人たちの中には、親によって作られた人たちがたくさんいます。例えば、体操の塚原選手、卓球の福原選手、ハンマー投げの室伏選手、レスリングの浜口選手や重量挙げの三宅選手等々。おそらく彼らや彼女らは、生まれた瞬間から人生のレールが敷かれていたわけで、成るべくして成っているわけだけれど、うっかりそれをまねしようとしたなら、失敗しちゃうこともある。実はお父さんがサッカー選手になりたかったのに「子どもがやりたがってる」っていうことにして、中学からサッカー部に入れたけれど、性格が優し過ぎてサッカーが合わなくて、不登校になっちゃった、なんていうことがよくあるから、やっぱり子どもの人生は子ども自身が決めないとね。
 子どもがやりたいこと、あるいはやりたくなるだろうことをしっかりと見極めて、小さいころからフォローしておくのは難しいよね。やっぱり親の責任って重いね。自分が運動神経悪いのに、間違っても”オリンピック選手にしよう”なんて思わないでね。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

第117回「夏祭りの季節」

イヤーッ、暑い、暑い!!
今年の梅雨はどこに行っちゃったんでしょう?
なんだか雨らしい雨が降った覚えがない。
雨らしい雨と言えば、この前上陸した台風(何号だったっけ?)のときくらい???
何か最近の天気図を見ると前線が日本列島の上にあることが多くて、「もしや梅雨明け?」っていう感じです。このまま梅雨が明けちゃうと水不足が心配だよね。
さてこの時期って言えば「夏祭り」!
私が子どものころは
♪ピーヒョロ ピッピッピ
ピーヒョロピー …♪
で始まる秩父音頭の笛の音が祭りの象徴的な役割を果たしていたけれど、最近では
♪… うらわ踊りは トトントトント
    トント 手拍子足拍子 ハア トトントねぇ ♪
に、すっかり取って代わられちゃった。
私たちの世代は、運動会でも全校で秩父音頭を踊ってきたので、ちょっと寂しい気もするね。

妻の実家は熊谷なので、7月20日から22日まで開かれる「うちわ祭り」によく行きます。「関東一の祇園」とうたっているだけのことはあって、市内を回る山車の奏でるお囃子は、なんとも言えない情緒・風情があります。山車と山車がお互いに進路をふさぎ合った時に行う叩き合いは、山車が曳かれているときにゆっくり奏でるお囃子とは対照的に、そのテンポ、迫力は圧巻。大きな和太鼓こそありませんが、鼓と鉦を激しく連打する音、相手を威嚇する叩き手の身振りやかけ声には、身震いするほどの迫力を感じます。そして「うちわ祭り」のクライマックスは22日夜に行われる12台すべての山車がお祭り広場に集まっての叩き合い。3日間で約70万人が訪れると合って、最後の叩き合いで興奮は最高潮に達します。

「うちわ祭り」に行くといつも感じるのは、熊谷の人たちの入れ込みよう。やっぱり“土地”のお祭りには特別のものがありますよね。

浦和にはそれほど歴史のある大きなお祭りがあったわけじゃないから、“私のお祭り”といえば、実家のある原山のお祭り。
タハハッ! 「うちわ祭り」のことを言ったあとじゃ、とても恥ずかしくて言えないようなお祭りだけど、子どものころの私にとっては1年に一度の、とても“大きな”お祭りでした。産業道路沿いにある“原山会館”の小さな庭で(ほんの百人もいたらいっぱいになっちゃうような)行われる演芸大会や盆踊り。昼間は汗をいっぱいかきながら、一生懸命山車を曳く。夜は大人の輪に交じって踊りを踊る。夢中になって金魚すくいをしたこともありました。

いろいろあって、実家との関わりが10年以上なかった時期があったり、「うちわ祭り」のようにそのために出かけるほど、“大きな”お祭りではないので、20年くらい原山のお祭りに出かけることはありませんでした。祖母は歌が好きで、お祭りに行われる演芸大会によく参加していました。亡くなる少し前、祖母が演芸大会に参加するというので見に行ったのがきっかけで、その後は何度か子どもを連れて原山のお祭りに出かけました。地域のお祭りというのは何年経っても変わらないもので、かなり長い間地域の人たちとは会っていないのに、みんなが声をかけてくれます。
「元気? ずいぶん太ったんじゃない?」
そんな会話の中にも暖かさを感じます。お祭りの世話人をやっている人たちの顔ぶれを見ると、子どものころと変わらないように見えるんですけど、ちょっと違う。みんなJr.になっているので顔はよく似ているのに、なんとなく雰囲気が違うのがすごくおかしくて、ついつい微笑んじゃう。そんなのが地元っていうか故郷っていうか…(ちょっとおおげさ)

大宮で夏祭りに出かけた人が、中学生の女の子たちがお酒を飲んでいるのを見かけたんだそうです。翌年、子どもが入学する中学校の生徒のようなので心配になり、中学に電話を入れてその女の子たちの様子を話し、現在の中学校の様子を尋ねたそうです。教頭先生は、
「少し荒れてるんですよ。タバコの吸い殻は落ちているので吸っている連中はいるんですが、現場に出くわしていないので指導はしていません。かなりひどい連中は授業にも出ませんから、そんなに心配はないですよ。荒れてるんじゃないかとご心配のようですけど、公立中学に入れるっていうのはそういうことですから」
と言われたそうです。
私立っていう選択もあるけれど、“自分のつながりのある地域”っていう選択もなくてはならないものだと思うんだけれど、学校がこの姿勢じゃあねえ…。これはめずらしいくらいひどい例だと思いますが、“地域との連携”なんて学校が叫んでいる割には根本的なところがわかってないよね。きっと教頭先生はどこか遠くから通ってきてる人なんだね。地域の暖かさの中で子どもを育てることがどんなに大切なことか、しっかりと教員にもわかってほしい。公立・私立の選択の中で公立を選択している人たちは、お金がないから公立を選択しているわけじゃないと思うんだけどね。


**7月13日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

2019年7月 9日 (火)

第107回 「変な画家 その2」

「私の妻はナースをしていて、週に2回は私が子どもの世話をしてた」
プライスが言いました。
(本当はプライスが言ったんじゃなくて、通訳の大谷さんが言ったんだけど、一応通訳は影に隠れてもらって。でも、ここの部分はプライスがそう言ったのがわかったんだけどね。「おお、何て言ったかわかったよ」なーんて感動しちゃったりして…。ちょっと次元が低いね)

「ちょっとの時間ならいいけれど、小さい子どもを一日ずっとみるって大変ですよね。毎週みてたんですか?」
「そうそう。妻はずっと働いているからね」
「少し大きくなってからならいいけれど、小さいうちはほんとに大変ですよね。ちょっと目を離すと何をしでかすかわからない」
「そうそうそうそう。ずっと子どものあとについていかないとね」
「私が子どもを育てることでいちばん大変だったのは、とにかく休めないこと。具合が悪いからちょっと横になりたいと思っても、子どもはそんなことおかまいなし。熱があろうが下痢をしてようが、子どもには必ず食べさせなくちゃならないわけだから、具合が悪いなんて言ってられない」
「そうそうそうそう!! 私もずいぶん経験したよ。でも、子育てって楽しい!」
今度は私が、
「そうそうそうそう!! 日本のような社会の中で男性が子育てにかかわれないのはかわいそう」
「イギリスでは男性が子育てにかかわることはそんなに珍しい事じゃない。女性が働いていれば当然男性が子どもをみることになるわけだから…」
「ずいぶん変わったとはいえ、日本の場合は、子育てについてはほとんど専業主婦の仕事ですからね。その背景には、男女の賃金格差の問題とかがあって、男性が関わりたいと思っても、日本ではそう単純にいくものでもないんですよ。女性が男性と同等に働く機会が与えられて、さらに女性が働こうという気持ちになる。そこまでの環境が整って初めて、男性の“子育てにかかわろう”っていう気持ちが問題になる。日本でも、妻が出かけてるちょっとの間を夫が埋めるというところまでは来てるけど、“子育て”っていうレベルからはほど遠い。ちょっと穿った見方をすれば、“子育て”という方にウェートがあるんじゃなくて、“女性が子育てから逃れる”方にウェートがあって、子育ての穴を男性が埋めてるって感じ。それはそれでいいんだけど、今プライスが言ってる“子育てって楽しい”っていうこととはちょっと方向が違うような気がする」
「そうね。直隆の言うことはよくわかる。たぶんその通りだと思う。子どもを押しつけられるっていうことじゃなくて、子どもをみる権利があるっていう意識の問題だよね」
「もうずいぶん前の話になるけど、イギリスの議員が国会の議場に赤ん坊を連れて行ったっていうことが話題になったことがあったけど、あれにはちょっとビックリした」
「私にはちょっと記憶がないけれど、充分あり得るだろうね。それはイギリスでは許容されることだと思う」
「イギリスでは記憶に残らない程度のことっていうことかなあ??? 私はすごくよく覚えてるけど」
「そうかもしれない」
「男がごく普通に子育てができるようになるには、そういう社会の成熟っていうか、意識の成熟っていうか、そういうものが必要なんだろうね」
「まあそういうことなんだろうね」
結局、2時間もしゃべっちゃいました。

「パーティを開いても、妻は流しに食器を積んでおくだけ。私がやればあっという間にすごくきっちり片付くんだ」って、威張ってみせるプライスは、私より2歳年上の48歳。でも、とってもかわいい無邪気な坊やのようでした。
秋にはまた来日の予定です。今度はどんな話をしようかな???
秋までには、英語を勉強しとくからと言ったら、
「おお、私も日本語を勉強しておかなくちゃ」
と言っていました。

**4月26日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

第106回「変な画家 1」

私の陶芸教室に併設したギャラリーで、先週から昨日(18日)まで、企画展をやりました。17年間陶芸教室をやってきましたが、ギャラリーの経営は初めて。わからないことだらけで、何をどうすればいいのか全然わからない。一応、賃貸をメインにするつもりなので、お借りいただける方があれば、1週間ポンと貸してしまって、私の方でやることは何もないのだから問題ないわけですけれど、まだまだ宣伝が充分とは言えないし、お借りいただくと言っても、ギャラリーという性質上、作品がないとダメなわけだから、「はい、明日から」というわけにいかない。今の段階で予約が取れているのは、この秋が一番最初。

それまでウチの企画展と画商さんに借りていただいてつなぐことになりました。知り合いをたどっていってやっと一人の画商さんに辿り着き、そこからまたどなたかをご紹介していただいて、広げていく。ところが、困ったことにその画商さんとの付き合い方が全然わからない。何がなんだかわけがわからず、ゴチャゴチャやってるうちに、どういうわけか大阪のプロモーターの方と知り合うことができて、「アンドリュー・プライス」というイギリスの作家の展覧会を開くことになりました。

「それじゃあ、会期の2日前くらいに絵が着くように送りますから。プライスの来場は、必ず土日のどちらかは入るようにということにしていますので、4月の16、17日ということでいいですかね。社長さん英語は大丈夫なんでしょ?」
「いや、それが…。全然しゃべれないんですよ」
「いや別に通訳もつけますから大丈夫ですけどね」
「はあ…」

てな具合で、最初からプライスのプロモーターに押されっぱなし。会期は決まったものの、どう準備すればいいのか、段取りが全然わからない。とにかくDMのハガキだけは作って、陶芸教室の生徒さんや知り合いに約1000通配りました。

ところが期日が近づくにつれ、本当に絵が送られてくるのか心配になりました。確かに約束はしたけれど、契約書を交わしたわけでもなく、口約束だけで信用しちゃってよかったのかなあ???

30数点の絵が本当に届いたときは、ホッとしました。
いよいよプライスが来る日。
「初めてあったときはなんて言うんだっけ? “How do you do?” “Nice to meet you!” そんなんだったっけ?」
なんて言ってるんだからどうにもならない。

そんな不安を吹き飛ばしたのは、プライス本人でした。
いやいや、もう話し好きで話し好きで、とにかく話し出したら止まらない。女性の通訳の方がそれを全部同時通訳で日本語に直してくれるから、なんだか自分が英語が話せてる気分になって、どんどん話が弾んじゃう。プライスもちょっと変わった人で、画家としてきてるんだから、普通だったら絵の話になるんだろうけど、お子さんの写真なんかを見せちゃって、最初からすっかりプライベートな話。イギリス人て、アメリカ人よりも堅くて保守的っていうイメージがあったので、ちょっとビックリ。

私が主夫をやってたっていう話から、だんだん男の子育ての話に。どうやらプライスも、子育てにかなり関わっていたらしい。

ちょっと前置きが長くなっちゃったので、プライスとの“男の子育て談義”はまた次回。


**4月19日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0)

2019年2月16日 (土)

第83回「3時半までに行けばいいんだよ」

「ホントにお前の言ってた通り、変なカッコの奴は校門から中に入れなかったよ」
「へーっ、ホントにそうなんだ?」
「何言ってんだよ、お前。自分の学校のことわかんないの?」
「まあね! 僕、その時間にまだ学校にいなかったし…」
「ターッ! 結局何時に行ったんだよ?」
「ん? 何時ごろだったかなあ…? 2時か2時半だったか…。たぶんそんな感じ。」
「ホントに3時半までに行けばよかったの?」
「そうだよ。3時半に出席採るからそれまでに来いって担任に言われてたんだもん」
「それって、朝登校はしてるっていうのが前提で、出席を採るのが3時半っていう意味じゃないの?」
「ん? そんなこと言われてないよ。3時半までに来いって言われただけだもん」
「ゲーッ! “私立”ってみんなそうなん?(「××なん?」っていうのは熊谷弁。けっこうリズムがいいから好き)だけど3時半ってもう学校終わりの時間だろっ?」
「まあね。出席採ったら解散だよ」
「お前、それまで何やってたの?」
「練習場でゴルフやってたよ」
「はぁ…。じゃあ、生徒さん本人は学校にいなくて、親だけ学校に行ってたわけだ?」
「うん、そうだね」
「お前の学校ってどうなってるの? あんなに“格好”のことはうるさいのに遅刻みたいなことはどうでもいいんだ?」
「だって今日のは遅刻じゃないもん。普段もそんなに怒られたりはしないけどさ。だいたいいつも誰がいて誰がいないなんてよくわかんないよ。公欠いっぱいいるから。ゴルフの練習ラウンドだって公欠だもん。でも、遅刻してくる奴なんてほとんどいないよ。文化祭だってそんなにいい加減にやってるわけじゃないよ。ホラッ理事長、彫刻じゃん! 理事長が作った作品、学校の中にいっぱいあるもん」
「うーん、なるほど。じゃあ生徒はわりに自由にやってんだ?」
「まあね。そんな感じじゃん」

文化祭は2時間くらい校内を観て帰ってきました。
「どこか変だな、どこか変だなと思って観てたんだけど、校内を一回りする間にひとりも走っている生徒がいなかったし、声を張り上げて叫んでる生徒がいなかった。文化祭とかだとさあ、けっこう大きな声出して叫んでる子とかいるのにねえ。さっきすれ違った焼きそば売ってた子、たいていああいう子は“焼きそばいかがですかあ~”って叫んでるのに、ぜーんぜん大きな声出してなかったね。それでなんか変に感じたんだね、きっと」

数日後。
「今日さあ、交際がばれて4人停学になった。一組はね、キスしてるとこの写真が先生の手に渡っちゃったんだよ。もう一組はねえ、携帯持ってっちゃいけないことになってるんだけど、見つかっちゃって携帯の中のメールのやりとり先生に見られたんだって。それでバレちゃったんだよ。ガードかけといても全部外させられるからね」
「そこまでやるんだ? かなり徹底してるよなあ…」
「部活でけっこう活躍してた子だから大変なことになってるよ」
「へええ。そういう子でも特別扱いしないんだ?」
「うん。そうみたいよ。全国レベルの子だもん」
「ふーん。おまえは大丈夫なんだろうな?」
「へへっ! ぜんぜん平気。まったく心配無し!」

生徒を見てるとずいぶん伸び伸びしてるように見えるんだけど、この男女交際の問題の徹底ぶりとのギャップはいったい何なのかねえ???
高校生になった息子に女の子の問題について「まったく問題無し!」って言われるのも、ちょっと寂しいよね。

**2003年10月20日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第82回 「なんでアタシたち入れないのよぉ!?」

12日、翔(かける)が通う高校の文化祭に行って来ました。いやーっ、10月に入ってからの文化祭なんて久しぶりに聞きました。今や高校の文化祭は、みーんな9月。それもどんどん時期が早くなって、中には「9月第1週の土・日」なんていう学校も…。
「ここの学校って夏休みないのかなあ??? いつ文化祭の準備するんだろっ???」

私が高校のころなんて、6月くらいから準備に入って9月いっぱい準備にかけて、やっと10月に文化祭にこぎ着ける。そんな感じだったから、今の状況にはビックリ!
「いったいどうやって文化祭やってんの?」って感じ。

妻が在職中に、「どういう文化祭にするか」で職員会議で話し合っていたみたいだけれど、職員の中では「文化祭はガス抜き」なあんていう意見が大半だったみたい。「ガス抜きって何?」っていう感じだよね。

要するに、10月になって文化祭やってたら「センター試験」まで間がないのに勉強に身が入らないから、早くエネルギーを発散させちゃって受験体制を整えるってことらしいけど、ガス抜いちゃっていいのかねえ? 車もガス抜いちゃったら走らないし、やっぱりガスは詰まってて初めて意味があるような気がするけど…。その詰まってるガスを利用して自分がどっちの方向に進むかが問題なだけだよね。バックもあれば前進もあるわけだから…。

まあ、文化祭に対する意識がそんなふうだから、年々文化祭の質は下がるばかり。どこの文化祭を見に行っても、ろくな内容のものはない。生徒がやってるものなんて、「お化け屋敷」か「喫茶店」。いつか見たのなんて、「ミスドー」をたくさん仕入れてきて売ってるだけ。こりゃあ、高校生は上手いよ。なにせ普段ホントにやってるわけだから。

結局一番内容の濃いのが保護者の展示コーナーだったりしてね。趣味の域を超えて充分作家でやっていけるような人たちがけっこういるから。そんな文化祭いくつも見たよ。
どっかの高校なんて、文化祭が終わるころになると暴走族みたいな連中のバイクや車で正門前がごった返しちゃってさ。みーんな女の子を迎えにきてるわけ。いやいや悲しい有り様…。
もっとひどい学校なんていうのは、正門のところに「××祭」なんていう看板が立ってるだけで、学校全体がお化け屋敷みたいにシーンと静まりかえってる文化祭なんていうのもあるけどね。どう見てもあれは「静かに文化を楽しんでる」わけじゃなくて、学校自体が死んでるんだね。全然やる気ないの。学校だけの責任とは言わないけれど、私も「文化」に携わってる人間だからもう少し「文化祭」を大事にしてくれないとと思うけどね。

さて、翔の文化祭。
「君たちは入れないよ」
「なんでアタシたち入れないのよぉ!?」
「その金髪じゃあねぇ…」
「どうして?」
「ウチの学校はこういう学校だから、その髪の毛変えてもらわないと」
正門での先生と外部からきた茶髪(というより金髪っていう感じの)の二人の女子高生とのやりとりです。正門の脇に貼ってあるポスターを指さして先生が女子高生に話しています。その女子高生を招待した男子生徒もそこにいましたが、まったく譲らない先生の様子に、
「じゃあ、来年またきてよ」
と女の子に声をかけると、女の子たちも、
「来年だってダメだよ。アタシたち変える気ないもん」

翔に「ひどいカッコの外部生は入れないんだよ」とは言われていました。「男女交際が発覚すると退学」なんていう学校だから、当たり前といえば当たり前だけれど、いやいやその徹底ぶりにはビックリ。こう言うと、すっごく管理の厳しい学校のような感じを受けるんだろうけれど、それがまたそうじゃないからまたビックリ。その辺の話は、また次回。

**10月14日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)