2020年2月14日 (金)

第172回「子どものころの記憶」

母に尋ねたことがありました。
「おじさん(母の兄)が亡くなったとき、横山のおばさん(父の従姉)が告別式に来てたよねえ?」
「来てたよ」
「おじさんを送るとき、おばさんに抱っこされて送ったような気がするんだけど、告別式におばさん来てたの?」
「そうだよ。お前は、あの時まだ3歳だっただろ、だからねえちゃん(父の従姉なんだけれど、父の兄弟のように育ったので、父と父の兄弟は“ねえちゃん”と呼んでいます)が、お前の面倒を見てくれてたんだよ」
「ふーん。なんか、あの時の記憶って、やけに鮮明なんだよね。たぶんおばさんの左手に抱かさって、ちょうど玄関の前のT字路のところで霊柩車を送ってたんだと思うんだよね」
「そうかもしれないねえ」
「横山のおばさんなんて、そんなに関係が近いわけじゃないから、おじさんの告別式に必ずいなきゃならない人じゃないでしょ。だから、おばさんに抱かれてたって思ってるっていうことは、これってやっぱり記憶なのかねえ? 3歳の時のことなんて、そんなにはっきり覚えてるもんかねえ? 誰かにそのときの様子をあとから聞かされて、それを自分のイメージとして持ってるのかなあ? 姫野(母の実家)の兄弟に抱かれてたって思うんなら、そこにいて当然の人だから、ちゃんと記憶があるわけじゃなくて、あとで自分で勝手に想像したっていうこともあり得るんだろうけど、横山のおばさんっていうのがねえ…。おばさんがそんなところにいるなんて、普通だったら考えないと思うんだけど、抱かれてたって思ってるっていうのは、ほんとに記憶があるのかもしれない。すごくはっきりとその情景が浮かんでくるんだよね」
「へえ」
「3歳の記憶なんてあるのかなあ? 4歳の時のことならはっきりと覚えてることがあるんだよ。お店(祖母が越谷街道沿いでやっていた駄菓子屋)の前をね、自衛隊の車が何台か列をなして通ったことがあったんだけど、その自衛隊の車に向かって敬礼してたのをよく覚えてるよ。親父がお酒を飲むたびに、“帝国海軍”の話を聞かされてたし、うちに飲みに来る人たちが、みんな涙を流しながら軍歌を歌ってたからねえ」
何歳くらいからのどういう記憶が鮮明に残るのか、よくわからないけれど、どうも私の頭の中には若干ではあるけれど3歳くらいの記憶があるみたいです。
「戦争の記憶なんてあるの?」
「うーん、全部覚えてるわけじゃないけどね。例えば飛鳥山の下にあった防空壕の中で、見ず知らずのおじさんにもらった白米のおにぎりのこととか、焼夷弾が落ちてくる時のヒューっていう音、そして爆発する時の地響きのようなドーンという音とか、戦隊を組んでとんでくるB29とか、そういう記憶はあるよね」
「45年の12月で4歳だから、東京大空襲の直前に岐阜に疎開した時は、まだ3歳になったばかりのころだよねえ?」
「そうだね」
「そうするとさあ、3歳になったばっかりのころの記憶っていうことでしょ。それって、その後大きくなってから人に聞いた話とか、いろいろな報道とか映画とかそういうものを見て、自分の意識の中で膨らませていったものじゃないの?」
「うーん、そういうこともあるんだろうけど、いくつかのことはかなり鮮明に覚えているから、自分の記憶だと思うよ。父と母はあまり感じないみたいだけど、私は未だに暗いところが嫌いだったり、花火の破裂するドーンっていう音が嫌いだったりするしね」
「ああ、そうだよねえ」
1941年生まれの妻には、戦争の記憶があるようです。子どものころの記憶というのは、単純に何歳何ヶ月くらいからあると考えるよりは、子どもにとってその出来事がどんな意味を持つのかで変わってくると考えた方がいいような気がします。そう考えると、幼少のころに楽しい体験をたくさんさせてあげることが重要で、大きなショックを受けるような経験はさせるべきではないということなのでしょうね。
“まだ小さいから”という考えはやめて、どんなに小さな子どもでも、一人の人間として尊重し、大切に育てたいものですね。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2020年2月 9日 (日)

第170回「未知のものの恐怖 その2」

「カエルさんの声は聞こえるけど、真っ暗で見えないねえ」
「うん」
「カエルさんって、ゲロゲロって鳴くんだよね」
「うん」
「たくさん鳴いてるね」
「うん。うるさい」
「蓮くんと沙羅ちゃんは、カエルさん触れるんだっけ?」
「うん。触れるよ」
蓮はもちろん、沙羅も返事をしました。
カエルを身近に見たことすらないのだから、触ったことなどあるはずがないのに、グッと恐怖心を押さえて、蓮は私に強がって見せたのです。蓮も沙羅も水族館のようなところで水槽に入ったとても珍しい貴重なカエルは見たことがありましたが、田んぼで鳴いているカエルというのは、見たことがありません。にもかかわらず、田んぼで鳴いているカエルという存在は、小さな蓮や沙羅にもポピュラーなようで、
「今度、カエルさん捕まえに行ってみようか?」
と私が蓮に尋ねると、
「う~ん」
蓮は、肯定とも否定ともつかない微妙な返事をしました。
- 数日後 -
「蓮くん、これからカエル捕まえに行こうか?」
「うん」
今日ははっきりと返事をしました。
「沙羅ちゃんもぉ」
怖がって「行かない」と言い出すのではないかと思っていたのですが、やけに威勢のいい返事。私と蓮と沙羅の3人でカエルを捕まえに行くことになりました。近くに田んぼがなくなってしまったので、車で20分ほど走り、やっとカエルがいそうな田んぼにたどり着きました。
「カエルさん、いるかなあ?」
3人で畦道を歩くと、カエルが草の中から田んぼの水の中へ飛び込みます。おたまじゃくしのしっぽがやっと取れたばかりの小さなカエルは、よく見ないと見逃してしまうくらいの大きさです。最初のうちは、その存在に気づかなかった蓮と沙羅は、私の後ろについてきていましたが、その存在に気づいてしまった瞬間に、2人の足はピタッと止まりました。「じいちゃん、手つなごう」
蓮は言います。沙羅は一歩も足を前に出せなくなり、立ち止まったままべそをかき始めました。
「蓮くん、カエルさんいるねえ。ほらっ、おじいちゃんについておいで」
私は沙羅と手をつなぎました。蓮は強がっていた手前、とりあえず1人で踏ん張っています。
「蓮くん、カエル捕まえられる?」
「うううん。捕まえられない」
「この間、触れるって言ってたけど、怖いの?」
「怖いの。だってカエルさん噛みつくでしょ?」
やっと本心を私に告げた蓮はちょっと気が楽になったようでした。
「大丈夫。カエルさんは噛みつかないよ。じゃあ、じいちゃんが捕まえてあげるから、そこでじっとしててね。蓮くんと沙羅ちゃんが動くと、カエルさん逃げちゃうからね」
5匹ほどカエルを捕まえて、ビニール袋に入れました。ビニールの中にいるカエルは、蓮と沙羅をおそわないということを2人もわかっているらしく、2人ともじっと観察しています。カエルに対して自分が優位に立っているということを悟った蓮は、さっきまでカエルを怖がっていたのが嘘のように、今度はカエルの入ったビニール袋を持ちたがりました。
畦道を車の方に向かおうとすると、また沙羅が動きません。ほんの5㎝か10㎝の草が怖いのです。草の中に何が潜んでいるかわからない恐怖は、沙羅にとっては相当なもののようで、私がかなり強い調子で促すまで、全然動かなくなってしまいました。
家に帰って、金魚の水槽にカエルを放すと、水草の陰に隠れたり、ガラスにへばりついたり。蓮も沙羅もカエルというものがどういうものかを知り、恐怖心も和らいだようで、3日間ほど水槽の中で飼ったあと、近くの川に逃がしてやりました。
「あのカエルさん、あんよの指が一つなかったんだよ。かわいそうだねえ」
充分に観察をしたらしく、すっかりカエルは、蓮と沙羅の身近なものになりました。
「今年もサザエ、たくさんいるかねえ? 去年は少なかったような気がするよ。潜ってもあんまりたくさんは見つからなかった」
「潮の関係もあるんだろうけど、だんだん減らなければいいけどね。まだお母さんは、あなたが泳げるっていうの、半信半疑みたいだね。波が怖くて、砂浜に降りられないっていうんじゃ、無理もないけど」
「なんだかわからないものが怖くないっていう方がおかしいんだよ。未知のものを怖がらずに何でも平気っていうのは、乱暴なだけだよ。少しずつ確かめて、恐怖心を克服していく、そういうことが子どもにとっては重要だと思うけど。それが本来の強さだよ」
「なんとか言っちゃって! 波が怖くて海の家から一歩も出られなかったっていうあなたは、極端なんだよ」
「まあ、そうかも。でも今は、サザエ採れるんだからいいでしょ!」
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第169回「未知のものの恐怖」

「あいつ泳げないんじゃないの?」
「? とんでもないでよ、すごく達者ですよ」
「そうかい?」
「どこまででも泳いで行っちゃいますよ」
「? だってあいつはねえ、4つのとき鎌倉の海水浴場に連れて行ったら、海の家から一歩も外に出られないんだよ」
「全然海に入れないんですか?」
「違うよ。海に入れないんじゃなくて、海の家から砂浜に降りられないんだよ」
「…」
「わかる? 砂の上に足がおろせないの。結局、海の家から全然出ないで帰ってきたんだから」
「それって、かなりすごいですねえ!」
「そうだよ。直隆(なおたか)って、そういう子だったんだよ」
「臆病っていうか、用心深いっていうか…。じゃあ、うちの子どもたちが、波が怖くて海に入れないのも仕方ないですね」
「そうだろうね。海に入れないっていうだけなら、直隆よりはずっとましだよ」
「はあ…」
「本当にあいつが潜ってサザエを採ったのかい? 200個も?」
「そうですよ、お母さん。すごくうまいんですよ」
「どうも信じられないねえ」
「採ったやつを岩で潰して、その場で食べたんですよ。5、6個食べてあとはみんなにがしてやったんですけどね。セリとか山菜とかを摘んだり、何かを捕まえたりとかするの、とってもうまいし、そういうの好きみたいですね。だから、山の中をどんどん歩いたり、泳いだり、そういうこと得意ですよ。クマとかサメに出会っても平気そうです」
「おかしいねえ、あんなに臆病だったのに…」
「きっと未知のものには、用心深いんですよ。すごく神経質ですしね」
「蓮(れん)くん、沙羅(さら)ちゃん、ホタル見に行こうか?」
「うん、行く!」
10年ほど前、新聞の一面にホタルが乱舞している写真が載ったことがありました。ここ数年は、ホタルの保護に力を入れているところが増え、一時に比べいろいろなところでホタルが見られるようになりましたが、そのころは今ほどホタルブームではなく、ホタルが乱舞するほど見られるところは限られていました。新聞に載ったのは、長野県の辰野という町で、毎年ホタル祭りを大々的に開催しています。新聞に載った乱舞のすごさに、すぐさま辰野に出かけることにしました。私と妻の仕事が済んでから出かけたので、辰野に着いたのは12時ごろ。ホタルが最も乱舞するのは、8時前後とのことなので時間的にはやや遅い時間(土地の人の話では、9時くらいにいったん飛ばなくなって、遅くなってからまた飛び出すという人もいるのですが)だったのですが、そのとき見たホタルはまるでプラネタリウムの星のよう。
孫にもそんなホタルが見せてやりたくて、ホタル狩りに行くことにしました。ただし、辰野はあまりにも遠いので、塩原にしました。
何となくどんよりとして蒸し暑い、絶好(?)のホタル日和と思って出かけたのですが、ちょうど塩原に着いたときに雨がパラパラと降り出しました。以前に心ない人がいたとかで、HP等には場所を公開していないので、電話をかけたり、交番で聞いたりと、やっとそれらしきところに着いたのですが、全然ホタルはいません。
「やっぱり、辰野みたいじゃないねえ。雨も降ってきちゃったし、ダメかなあ…。せっかくここまで来たんだから、ちょっとでいいから見せてやりたいよねえ」
そんなことを言っていると、10mくらい先を、星が流れるようにスーッとホタルが1匹飛びました。
「いたーっ! ほら、蓮くん、沙羅ちゃん、あれがホタルだよ」
蓮と沙羅を車の外に出すと、蓮は私に、沙羅はおばあちゃん(妻)にしがみついて、べそをかいています。
「ほらっ、あそこにも飛んでる! あそこにも。ほらほらほら!」
蓮も沙羅もホタルどころではなく、しっかりとしがみついたままホタルを見ようとしません。ホタルを保護している場所というのは、真っ暗です。目が慣れるまでは、足元を見ても、どこが道だか全くわかりません。漆黒の闇、まさにそんな形容がぴったりのようなところです。てっきりその暗さを怖がっているのかと思っていたら、どうやらそうではなくて、蓮と沙羅が怖がっていたのは、カエルの鳴き声でした。
真っ暗でよくわからないのですが、辺りは田んぼが広がっているようです。確かにすごいカエルの鳴き声で、怖がるのも当然といえば当然。私と妻はその騒音のような音がカエルの鳴き声で、カエルが頬をふくらまして鳴いていることも知っています。けれども蓮と沙羅にとっては初体験です。。
「あれはね、カエルさんの鳴き声だよ。蓮くん、カエルさん知ってるよねえ?」
「うん」
返事はか細く、とても恐怖が治まった様子ではありません。
「カエルのうたが~ きこえてくるよ~ グヮグヮグヮグヮ ゲゲゲゲゲゲゲゲ グヮグヮグヮ~」
その騒音のような音がカエルの鳴き声とわかり、ほんの少しだけ落ち着いたようでしたが、「じいちゃん、車に入ろう。もうお家帰る!」
おいおい、わざわざ塩原までホタルを見に来たんだよ。そう簡単には帰れないだろうが…。もっとしっかりホタルを見てくれよ!
遠くを飛ぶホタルの光とまるで騒音のようなカエルの声。本では見たことはあっても、いったいそれがどんな生き物なのか、蓮と沙羅はまだその実態を知りません。
つづく
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2020年1月26日 (日)

第165回「言ってはいけないその一言 -先回り編-」

今日は言葉だけでなく、行動も大きなポイントになります。
今まで述べてきた「脅迫」や「取引」というのは、「親が自分の都合で子どもを動かす」という「親のため」という側面が、はっきりと見えているので、それに気づくことはそう難しいことではありませんし、親が気づいてすぐその行動を変えれば、目に見えて子どもの様子も変わります。ところが、これから扱おうとしている「先回り」というのは、一見「子どものため」に映ったり、親の意識の中に「子どものため」という明確な意識があるので、教育相談やカウンセリングで指摘をしても、なかなかその意識を変えることは難しく、とてもやっかいです。しかも、子どもも親の言動(おもに行動)によって自分が楽になるので、その親子関係を拒否しません。昔は反抗期があるのが当然だったわけですが、うちの研究所を訪れるクライアントさんを見る限り、最近では親の「先回り」が子どもの自立へのエネルギーを奪ってしまい、反抗期をも飲み込んでしまうほどです。子どもが拒絶をしないので、親もその状況になかなか気づきません。「深く潜行し、一気に出る」という感じでしょうか。何か問題が表面化したときには症状が深刻なので、“人間としての存在の回復”(自立)にはかなりの時間(回復の方向に向かっていたとしても、長ければ10年とか20年とか)を要します。大きな問題は、親の子どもに対する姿勢が簡単には変えられないということです。今とても問題になっている「ニート」という状況にも深く関わっていると言えます。
「先回り」の場合の多くは、子どもも親も「被害者意識」を持ちます。「いじめを訴えてはいるけれど、周りにそういった事実が確認できない」、「他人の悪さを強調して自分の非は認めない」、そういった場合は、幼児期からの親の「先回り」が影響している場合がよくあります。本来、一刻も早い対応が求められる深刻な「いじめ」のようなケースを、親の「先回り」による過剰な被害者意識と取り違えてしまう場合もある(学校のような場所ではなるべく問題が公の問題ではない方がいいと考えるので、いじめの問題を「親子の問題」ととらえる傾向にあります)ので、「いじめ」を訴えられる立場(教員とか各種相談機関に従事している人など)の人たちは、充分な検証が必要です。

 

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2020年1月25日 (土)

第163回「言ってはいけないその一言 -脅迫編-」

さて、今回からは、具体的事例を扱いたいと思います。「言ってはいけない言葉」をいくつかのグループに分類して説明します。ただし、小手先の技術ととらえるのではなく、子どもと向き合う姿勢を間違えると、結果としてこういうことを言ってしまうととらえてください。あくまでも、子どもと向き合うときは、『“技術よりも態度であり、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さ”です。そして親の役割は、“子どもが自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けること”であり、子ども自身が自分の力で成長していくことを見守るということです』。いつもそれを忘れないでください。

孫を連れて釣り堀で釣りをしていたときのこと。
「おまえ、何で寄ってくるんだよ」
「うぇーん、うぇーん…」
3歳になるかならないかの男の子が、お父さんのそばに寄っていって何か訴えていますが、お父さんは取り合わず、大きな声で怒鳴っています。少し離れたところに小学生くらいのお兄ちゃんとお姉ちゃんがいて、3人兄弟(?)のよう。もうそろそろ終わりの時間が近いらしく、お兄ちゃんとお姉ちゃんは、時計を気にしています。一番下の男の子は、釣りのような長時間かかる遊びができる年齢のはずもなく、要するに飽きてしまっただけ。
「だから、そういう風にベタベタ寄ってくるなって言ってんだろ!」
「うぇーん、うぇーん…」
「うるせえんだよ。魚が逃げちゃうだろ!」
「うぇーん、うぇーん…」
「そんなにいつまでも泣いてると、池の中に放り込むぞ!」
「うぇーん、うぇーん…」
「いいんだな、池の中に放り込んでも!」
と言って、男の子の体を捕まえるふりをしました。さすがに父親にそこまでやられると、男の子も自分の要求が通らないことを悟り、少し後ずさって、泣き声も小さくなりました。私がいるところからは少し距離があったので、子どもの要求がなんだったのかよくわかりませんでしたが、どう見てもそんなに大声で怒鳴りつけなければならない状況には思えませんでした。子どもを怒鳴りつけるお父さんの形相が、あまりにもすごかったので、私もちょっと驚きました。
こんな事例を挙げると、誰もが大声で怒鳴っている父親の形相を想像して、「ひどい父親」と感じるのでしょうが、ここで一番問題なのは、大声で怒鳴っていることではなく、「池の中に放り込む」という脅しです。子どもにとって自分の生命を自分で守ることができないという恐怖は、もうどうすることもできません。大声で怒鳴られているだけならば、最終的な選択は子どもに残されていますが、「池の中に放り込む」と言われてしまっては、子ども自身による選択の余地はありません。もっとも、親も選択の余地を残させないために脅しているわけですから、親にとっては成功ということになるのでしょうが。
皆さん、こんなひどいことはやっていないと思うかもしれませんが、よーく考えてみると身に覚えがあるのでは?
「家に入れません」「家を出て行きなさい」「食事はさせません」なんていうのも、程度の差こそあれ、方向は同じですね。親の決意を示すということも大切なので、100%言ってはいけないとまでは言わないけれど、“子どもが自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けること”になっているかどうかの確認は必要ですね。ただし、“即、命に関わるような言い方”や“身体的に危害を加えるような言い方”(“手をちょん切るよ”とか”熱湯をかけてやる”というような)だけは、絶対にやめましょう。

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第162回「言ってはいけないその一言 -概論 その2-」

子育てをするとき“カウンセリングマインド”で子どもに接することができれば、子どもはとても楽だし、自由にのびのびと育っていくことは確かだと思います。ということは、結局親も楽な子育てができるということで、とてもなめらかで暖かい親子関係が築けていくことと思います。ただし、これはあくまでも子どもが自立を目指し、将来親を超える存在(地位や名声、財産などといった具体的なものではなく、もっとメンタルな意味で言っているのでお間違いなく)になっていくという意味においてであって、親の“洗脳”によって親の都合のいい子どもに育てるという意味でないことは言うまでもありません。そういう意味の上に立った“カウンセリングマインド”です。時に、親にとっては辛いことになる場合もあります。けれども親は、自分が楽になるため、あるいは自己満足のために子どもを利用しないように。それは、基本の基本です。うまくいかない夫婦関係のはけ口に子どもを使ったり、夫や妻との間の“行き場のない愛情”を子どもに向けるなどということはもってのほかです。“カウンセリングマインド”というのは、当然そういうことも含んでいるわけですが、“カウンセリングマインド”を単なるテクニックと勘違いしてしまうと、本質的な部分が曲がってしまい、全く違った方向に進んでしまうので、単なるテクニックととらえるのではなく、“一人の人間が一人の人間と関わりを持つときの基本”というようなとらえ方をしてください。ですから、親子関係だけでなく、子どもと関わりを持つすべての職業(保育士、幼稚園や学校の先生、看護師、教育関係の相談員、スポーツ少年団のコーチ、保護司などなど)の人たちは、必ず“カウンセリングマインド”で子どもと接するべきです。

もうすでに、この連載の中で述べてきましたが、まず子どもを信頼するところから始めましょう。そういう気持ちがないと、“まずお説教”になってしまって、子どもには受け入れてもらえません。“自分が正しい”という感覚も捨てましょう。相手がどんなに小さな子どもでも同じです。“教えてやる”という発想の中からは、“カウンセリングマインド”は生まれません。“相手を一人の人間として尊重すること”がとても重要です。もっとも、そうできれば、“カウンセリングマインド”で接することができているということなのでしょうけれど。

さてそれでは、子育てにおける“カウンセリングマインド”を具体的にどうとらえたらいいかというと、前回ご紹介した“カール・ランサム・ロジャース”(ロジャーズとも)の“非指示的カウンセリング”(後の来談者中心療法)が基本と考えます。(興味のある方は、“カール・ロジャース”あるいは“来談者中心療法”でネット内を検索してみてください)繰り返しになりますが、“技術よりも態度であり、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さ”です。そして親の役割は、“子どもが自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けること”であり、子ども自身が自分の力で成長していくことを見守るということです。私なりの解釈では、“自ら決定していくのを助ける”ことが行き過ぎてしまったものが「過保護」、“子ども自身が自分の力で成長していくことを見守る”ことができずに、口出ししてしまうのが「過干渉」です。

ちょっと概論が長くなりました。次回から、具体的な例を示してお話ししたいと思います。それまでとりあえず、「何やってるの!」と「早くしなさい!」をやめてみてください。それだけでも、必ずお子さんの態度に変化があるはずです。「何やってるの!」と言ってお子さんの行動を止めたいのなら、「××するのはやめようね」と言いましょう。「早くしなさい!」と言う前に、そう言わなければならない状況を作らないよう親が努力をしましょう。もしどうしても「早くしなさい!」と言わなければならない状況になってしまったら、お子さんが本当に早くしなかったらどうなるのかちょっと考えてみてください。ほとんどの場合、それほど早くしなくてはならない理由はないはずです。「早くしないと幼稚園に遅れる」なんていうのはだめですよ。幼稚園に遅れることなんて、お子さんにとって生死を分けるほど重要なことではないのですから。私に言わせれば、しょっちゅう「早くしなさい!」を連発することは、生死を分けるのと同じくらいお子さんの人生を左右することなのです。まず、受容的態度と共感的態度です。

次回は「言ってはいけないその一言 -脅迫編-」です。


**6月6日(月)掲載**

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第161回「言ってはいけないその一言 概論」

いやいや、翔(かける)は大変なことになってしまいました。どうやらおたふくで抵抗力が弱くなっているところへ溶連菌感染があったようで、結局土曜日から4日間40度以上の熱と吐き気で、何も食べられない日が続きました。アレルギー体質で、使える抗生物質が限られているため、点滴による水分補給と座薬による解熱が中心。主治医曰く「消去法で残ったペニシリンをいちかばちかで使ったら、副作用も出ずに効いてくれました」ということで、水曜日からはなんとか熱も下がり、「はら減った」を連発。病院の食事では足りないと、近くのコンビニで買ったおにぎりやお弁当を病院の食事の後に食べています。木曜日には血液検査をしましたが、“まだまだ”の数値だったようで、金曜日には退院をしたかった本人の希望はかなわず、この原稿がアップされる月曜日に退院ということになりそうです。
長男の努(つとむ)はアレルギー性紫斑病、次女の麻耶(まや)は腎臓病、そして翔が溶連菌感染症と、内科的な病気での子どもの入院は3回目。子どもの数が多いっていうことは、それだけ心配も多くなりますね。
23日から始まった高校の中間試験は、追試期間にも間に合わず、“どうなるんだろう”と心配していたら、試験期間に公欠ということはあったけれど、出席停止だったということは学校にも例がないとかで、現在保留中。どうやら、期末試験の一発勝負で今学期の成績をつけるということに落ち着きそうです。『出席停止』という意味を考えると、まあ妥当な線なのかなっていう感じ。当然のことながら、追試扱いだと何点取っても本試験の8割とか。推薦基準のこともあり、だいぶ気にしていた本人も少しほっとしたらしく、“2週間後の試合に向けて、どうやって体力を回復しようか”ということに意識が向き始めたようです。
さて、2ヶ月ほど前に、なっつんさんから“カウンセリングマインドの子育ての特集”というお話がありました。“主夫”という立場でなく、“教育カウンセリング研究所を主宰する者”として、少しお話をしたいと思います。
現在の日本のカウンセリングに最も影響を与えたのは、カール・ランサム・ロジャースという心理学者です。以前の日本におけるカウンセリング(相談)とは、お説教や説得という概念でしたが、ロジャースの唱える非指示的カウンセリング(後に来談者中心療法)によって、大きく変わることになります。
ロジャースは、カウンセリングに必要な要素は、技術よりも態度であり、そして、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さであると言っています。来談者中心療法でのカウンセラーの役割は、クライアント自身が自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けることと考えられます。それは、クライアント自身が自分の力でよくなっていくという考えに基づいたものです。
この考え方は、そのまま子育てにも当てはまります。そしてこれを基に、極端な言い方をすれば、親が何もしなければ、子どもはまっすぐ育つことになります。もちろん実際は、子どもに影響を与えているのは、親だけではないので、そうはいかないわけですが…。けれども、こういった発想は重要です。どこまで親が子どもに関わるかという、その距離感と、どういう関わり方をするかというその内容によって、子どもは大きく変わってしまいます。子ども自身の成長していこうとする力をまず信じることです。ですから、まさに技術より態度なのであって、その態度を学んで(学問的に学ぶというよりは、自分の感性を研ぎ澄まし、自分自身が謙虚になる。そしてその中から気づくこと)、実践することが、子育てのポイントなのだと思います。
次回は、具体的なことを述べたいと思います。

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第160回「病院から」

いやいや、とほほっ。
こんなことになるなんて…。
今日は、病院からです。なっ、なんと158回のつづき。まさかつづきがあるとは思わなかったんだけど…。
すでに免疫を持っているかと思った翔(かける)がついにおたふくに。ちょうど前回の原稿を送ろうとしていた16日の朝、この日はゴルフの試合だったのですが、前日から身体がだるいと訴えていたので、試合が行われる狭山と川越の境にあるゴルフ場まで送っていってやることにしていました。
「なんか耳の下が痛くて、しこりがあるみたいなんだけど」
と言って翔が起きてきました。見てわかるほどではないのですが、触ってみると確かに耳下腺がしこっていて、さほどの力を加えていないのにかなり痛がります。
「んー、はっきりはしないけど、おたふくかもしれないなあ。だけど、今これくらいだったら、今日1日くらいは保つだろっ」
そうは言ってはみたものの、本当におたふくだったら、ちょっとうつむくだけでも、耳下腺が痛いから、いい結果を出すのは難しいだろうなと思いながら、帰りも私か妻が迎えに来てやるということにして、ゴルフ場で翔を車から降ろしました。
予定より1時間ほど遅れて翔から連絡があり、妻が迎えに行くことに。戻ってきた翔の顔は、明らかにおたふくの様相です。麻耶(まや)のことがあったので、小さい子どものようなわけにはいかないことは覚悟していました。思春期を過ぎた男性にとっては、無精子症の原因にもなる睾丸炎でも併発しようものなら、なおさら大変です。またまたネットを駆使していろいろと調べた結果、万一睾丸炎を併発したとしても、両方の睾丸が炎症を起こすことはまれで、世間でよく言われるように無精子症になることはほとんどないということがわかって一安心。
翔は麻耶とほぼ同じような経過をたどりました。月曜の晩から熱が高くなり、火曜日、水曜日と39度くらいの熱が続きました。それが木曜日になるとすっと引いて、36度台に。これで終わると思ったのに、金曜日のお昼からまた38度6分の発熱。土曜日になるととうとう39度を超えてしまいました。対処療法以外有効な治療法がないとは言え、一応火曜日に受診して薬を飲んでいたのですが、もらった抗生物質が合わなかったらしく、身体中に発疹ができたりもしたので、土曜日に再び受診しました。
「入院も考えないとね。隔離できる部屋を持ってないと受けてもらえないところもあるからね」と先生に言われ、そうならないように祈りつつ、自宅で様子を見ていたのですが、夜になるにつれ熱は上がるばかり。39度3分、6分、40度3分。もらった解熱剤で何とかなるようなレベルを遙かに超えてしまって、結局入院させることに。土曜日の8時過ぎに近くの公立病院に運んで入院させました。病院で計ったら40度9分。小さな赤ん坊ではないので、さすがにびっくりしました。
そして、今日は日曜日。今、私が一人で付き添っています。本来は付き添いは認められないのですが、熱がかなり高いので、付き添ってもいいとか。あまり歓迎すべきことではないですね。やや落ち着いてはきましたが。
こういうときにいつも腹が立つのは、学校と病院の対応。今までほとんど腹が立ったことのない翔の高校ですが、今回はちょっと。明らかにおたふくとわかった16日、23日(月)から中間テストなので、
「熱が下がってもすぐには学校に出られないから、家で勉強しなきゃね」と翔に言うと、教科書が学校だとか。担任とも懇談会で顔を合わせただけで話をしたことがなかったので、教科書を取りに行きがてら話をしてこようかなと学校まで出かけていくと、おたふくだという連絡はすでに入れてあったのに「具合はいかがですか」の一言がない。
「3年生は1学期の成績で評定平均を出すので、今度の試験は大事な試験ですから」
「はあ。本人もだいぶやる気になっていて、学校の勉強はおもしろいって言っています」
「なんとか受けてもらわないと。まあそう言っても、おたふくは学校に来てはいけないっていう病気なので、もう行ってもいいっていう証明をお医者さんからもらってもらわないといけないんですがね」
“何言ってんだ、こいつ。そんなことわかってるから、こうして1時間近くもかけて親がわざわざ学校まで教科書取りに来てるんだろうが!”。
さらに、「私もおたふくやってないので、うつされると困るんですがね」
“いったい早く来させたいのか、来させたくないのかようっ!”って感じ。
病院は、土曜日なので時間外になってしまうことも考えて、朝のうちにベッドさえ空いていれば入院は可能ということを確かめてはおいたんですが、夜になってしまったので、来院する前に改めて電話を入れて、これまでの経過と入院させたい旨を伝えると、
「とにかく来ていただいて、受診していただかないと。入院するかしないかを決めるのは、こちらの医者ですから」
“当たり前だろうが!”。何分ぐらいで来られますかというから、10分くらいと答えておいたのに、病院に着いてから30分も待たされる。そんなうちにも、熱はどんどん上がって40度9分に。
“時間を聞いたのはいったいなんだったんだよぉ!”
当直の医者は医者で、ほとんど立っているのが不可能なくらいの息子を、背もたれもない丸椅子に座らせたまま、長時間経過を聞いている。
「ベッドが空いていれば入院できるって誰が言ったんですか? 看護師? 医者? 医者がそう言ったの? そう言うことは医者と話さないとね」
“ふざけんじゃねえ! こんな総合病院の外来に電話をかけたって、電話口に医者が出るわけねえだろっ!”
みるみるうちに真っ青な顔になり、汗びっしょりの息子の様子に、妻が、
「外の待合いのベンチに横にさせていいですか?」
と聞くと、近くで様子を見ていた小児科の当直医が、
「汗びっしょりで、つらそうですね」
とやっとベッドで診察してくれることになりました。いったい、医者も何を考えているんだか…。
「熱もかなり高いようだし、ご家族も希望しているっていうことで、入院してもらうことにしますから。隔離しなきゃいけないので、個室になるのでちょっと高くなりますがいいですか?」
“だからぁ、最初からそうしてくれって言ってんだろっ!”
今のところ、何か重大な病気があるっていうことではないんだけれど、早くよくなるといいんですが。
翔の世代は、おたふく風邪の予防接種の有効性と副作用(髄膜炎になる可能性がある)が問題になっていた時期で、どちらかというといろいろなものにアレルギーが強く表れる翔は、予防接種を受けていませんでした。もう、今となっては手遅れ。私の判断でそうしたわけだけれど、翔には申し訳ないことをしてしまいました。ただただ、反省です。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2020年1月 5日 (日)

第158回「わが家のゴールデンウィーク」

私の経営する陶芸教室は、お盆とお正月を除けば基本的に休みは祝祭日しかないので、ゴールデンウィークが唯一の休みらしい休みです。(もっともカウンセリングの方はクライアントさんによって、お休みの日でないとという方もいるので、カレンダー通りというわけにはいかないのですが)
「何しようかなあ?」なんて考えていると、いろいろなことが起こるもので、孫の蓮(れん)が「ほっぺが痛い」なんて言い出しました。よく見てやると、なんと耳下腺が腫れてる。
「ほらっ、仰向けにして上から見てみると、左の耳下腺が腫れてない?」
「あっ、ほんとだ!」
そっと両手で左右の耳の下に手を当ててみると、左の耳の下がかなり堅くなって腫れています。
「麻耶(まや)は“虫歯じゃないの?”なんて言ってたけど、これはたぶんおたふくだよ」
ということになって大騒ぎ。わが家の中で間違いなくおたふくの免疫を持っているのは、私と妻だけ。麻耶は腎臓病を患ったこともあって、予防接種はしていないし、罹った記憶もない。
「翔(かける)はどうだったっけ?」
「予防接種はしてないような気がする」
「罹ったっけ?」
「やってないような気がするなあ…」
これがなんと3日の朝。近くにやっている病院はなし。翔は翔で、6日、7日の試合のためにゴルフ部の合宿中。
「翔、大丈夫かなあ? 連絡してみる?」
慌ててメールを送って、“何でもないよ”という返事が返ってきたものの、考えてみれば罹っていればもうどうしようもないんだから、なにも不安にさせることもなかったのにとメールを送ったことを大後悔。
新聞を開いて近くで休日診療をやっているところを調べ、麻耶が電話をすると、「心配だったら連れてきてください」と言われました。よく意味も考えずに、麻耶が蓮をつれて病院に向かった後、インターネットを開いておたふくについて調べると、薬もなければ、治療のしようもない。“患部を冷やす”って書いてあるところもあれば、“冷やしても効果はない”って書いてあるところもあったりして、要するに“時がたてば治る”っていうか“時がたたないと治らない”っていうか…。
「そんな気がしたんだよ。もうすっかり忘れちゃったねえ」
自分で子どもを育てていたころには、親同士で情報交換をしたり、本を読んだり、病院の先生の話を聞いたり、病気に対する知識もずいぶん持っていたけれど、そういうことってけっこう忘れちゃうらしくて、“耳下腺が腫れているからおたふくかな?”っていう程度にはわかるけど、どう対処すればいいかなんて、何となくそんな気はするものの、すっかり飛んでしまってました。子育てっていうのは、次から次へといろいろなことが起こって、そのつど必要なことは吸収していくけれど、おたふくのように一度罹ってしまうと二度と罹らないような病気の場合は、罹ってしまった時点で必要がなくなってしまうので、忘れちゃうみたいですね。わが家の場合は、麻耶も翔も罹っているか罹っていないかもわからないので、しっかりと覚えていなくちゃいけなかったのかもしれないけれど、ある程度の年齢を過ぎちゃうと、子どもがよく罹る病気についてなんて、意識しなくなっちゃうものですね。子育てってそれでいいのかも???
こういうときのインターネットの威力は絶大で、病気のことならわからないことはほとんどないので、とても助かっています。もちろん大人の病気もね。ただし、勝手な素人判断を招く危険性はあるので要注意!
やっぱり麻耶は、まだ罹っていなかったらしく、3日の晩から耳下腺が痛くなって、4日には顔の形が変わるほど左の耳下腺が腫れてきてしまいました。蓮は熱を出すこともなくたった2日で治ってしまったのに、麻耶は39℃近くも熱が出て、未だに腫れが引きません。大人になって罹ると重いといいますが、ほんとにそうですね。
翔は全然症状が出ていないので、気がつかないうちに罹っていたのかも…。罹っても症状がでない人も30%くらいいるみたいなので、翔は運良くそうだったのかもしれません。

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第156回「人間の特徴」

前回の内容をさらに受けて。
「人間の持つ特徴は?」の問いにどんな答えを持つでしょうか?
おそらくいろいろな答えが出てくると思います。「道具を使う」「火を使う」「言葉を使う」「考える」「意志がある」などなど。どれもその通りだと思いますが、私が人間の特徴としてどうしてもあげたいと思うのは、「直立二足歩行」(二本足で立って歩く)と「他の動物よりも未熟で生まれる」ということの二つです。

人間の持つ特徴というのは、子育て・教育を語る上で非常に重要です。それは、人間がその特徴を持ち合わせているからこそ、他の動物とは違う人間らしい子育てが生まれ、さらにその子育てが“人間”を作っていくと考えられるからです。

さいたま市にお住まいの元教育学会会長で東京大学名誉教授の大田堯(おおたたかし)氏はその著書の中で、人間が「直立二足歩行」をする理由について、「手が使えるよう」とか「遠くが見渡せるよう」とかいう理由をあげずに、「その気になったから」と言っています。なんだか禅問答みたいな理由ですが、「その気になったから」という言葉は、「直立二足歩行」を人間の特徴として考えるとき、妙にしっくりきます。ラッコやアライグマだって手は使うけれど立って歩くわけではないし、“遠くが見渡せる”というなら、ダチョウやキリンのように首が長くてもいいわけで、どれをとってもなんとなく不満が残ります。そんな中で、おそらく「その気になったから」という理由を否定できる人はいないんじゃないでしょうか?道具や火や言葉を使うといった特徴にも、当てはまるわけで、「考える」「意志がある」という言葉とも共通する。そういった意味では、「その気になる」ということが、人間の特徴と言えなくもない(もちろん、生物学的な特徴というわけじゃなくて、教育学的に見た特徴ということだけれど)。

また「未熟で生まれる」とはどういうことかというと、他の哺乳動物は生まれたときからその種の形状をし、生まれた直後にはその種の親が持つ特徴をほぼ100%持っているんだけれども、それに比べて人間の赤ちゃんは、親の形状とは違って頭がきわめて大きく、人間の持つ特徴をすべては持っていないということです。このことは、人間は生まれて間もない赤ちゃんの時には非常に弱い存在であるけれど、人間として生きるための多くのことを身につけることによって、優れた適応力を身につけ、他の動物に比べてとてつもなく強い存在になれるのだということにもつながるわけです。

赤ん坊の時からオオカミに育てられた「カマラ」と「アマラ」が、人間社会に戻ってからも、人間には戻れず短い生涯を終えたという話(興味のある方はネット上で「カマラとアマラ」で検索してみてください)は、教育学を学ぶ者にとってあまりにも有名な話です。この「カマラ」と「アマラ」の出来事は、人間が人間として生きることの教育の重要性を物語っているものであり、人間が人間としての正しい教育を受けなければ人間にはなれないという、一つの証明でもあります。

親や社会が子どもにどういったものを与えるかによって、子どもはどんなふうにでも育ちます。そして親が子どもに何を与えたらいいかということは、子育ての大きなテーマでもあります。今までの連載の中でも、子どもに何をどう与えるかということを折に触れ述べてきたつもりですが、“子どもは誰のものか”という視点で見ていくと、自ずから一つの方向性が見えてくるように思います。

人間は「その気になったから立った」という大田氏の話は、まさに子育ての勘所でもあります。この人間の特徴をふまえて、子育て・教育を考えていくことが重要なのではないでしょうか。


**4月18日(月)掲載**

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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