2020年1月25日 (土)

第161回「言ってはいけないその一言 概論」

いやいや、翔(かける)は大変なことになってしまいました。どうやらおたふくで抵抗力が弱くなっているところへ溶連菌感染があったようで、結局土曜日から4日間40度以上の熱と吐き気で、何も食べられない日が続きました。アレルギー体質で、使える抗生物質が限られているため、点滴による水分補給と座薬による解熱が中心。主治医曰く「消去法で残ったペニシリンをいちかばちかで使ったら、副作用も出ずに効いてくれました」ということで、水曜日からはなんとか熱も下がり、「はら減った」を連発。病院の食事では足りないと、近くのコンビニで買ったおにぎりやお弁当を病院の食事の後に食べています。木曜日には血液検査をしましたが、“まだまだ”の数値だったようで、金曜日には退院をしたかった本人の希望はかなわず、この原稿がアップされる月曜日に退院ということになりそうです。
長男の努(つとむ)はアレルギー性紫斑病、次女の麻耶(まや)は腎臓病、そして翔が溶連菌感染症と、内科的な病気での子どもの入院は3回目。子どもの数が多いっていうことは、それだけ心配も多くなりますね。
23日から始まった高校の中間試験は、追試期間にも間に合わず、“どうなるんだろう”と心配していたら、試験期間に公欠ということはあったけれど、出席停止だったということは学校にも例がないとかで、現在保留中。どうやら、期末試験の一発勝負で今学期の成績をつけるということに落ち着きそうです。『出席停止』という意味を考えると、まあ妥当な線なのかなっていう感じ。当然のことながら、追試扱いだと何点取っても本試験の8割とか。推薦基準のこともあり、だいぶ気にしていた本人も少しほっとしたらしく、“2週間後の試合に向けて、どうやって体力を回復しようか”ということに意識が向き始めたようです。
さて、2ヶ月ほど前に、なっつんさんから“カウンセリングマインドの子育ての特集”というお話がありました。“主夫”という立場でなく、“教育カウンセリング研究所を主宰する者”として、少しお話をしたいと思います。
現在の日本のカウンセリングに最も影響を与えたのは、カール・ランサム・ロジャースという心理学者です。以前の日本におけるカウンセリング(相談)とは、お説教や説得という概念でしたが、ロジャースの唱える非指示的カウンセリング(後に来談者中心療法)によって、大きく変わることになります。
ロジャースは、カウンセリングに必要な要素は、技術よりも態度であり、そして、その基本的態度は、受容的態度、共感的態度、誠実さであると言っています。来談者中心療法でのカウンセラーの役割は、クライアント自身が自己の内面や現在の事態を理解し、自ら決定していくのを助けることと考えられます。それは、クライアント自身が自分の力でよくなっていくという考えに基づいたものです。
この考え方は、そのまま子育てにも当てはまります。そしてこれを基に、極端な言い方をすれば、親が何もしなければ、子どもはまっすぐ育つことになります。もちろん実際は、子どもに影響を与えているのは、親だけではないので、そうはいかないわけですが…。けれども、こういった発想は重要です。どこまで親が子どもに関わるかという、その距離感と、どういう関わり方をするかというその内容によって、子どもは大きく変わってしまいます。子ども自身の成長していこうとする力をまず信じることです。ですから、まさに技術より態度なのであって、その態度を学んで(学問的に学ぶというよりは、自分の感性を研ぎ澄まし、自分自身が謙虚になる。そしてその中から気づくこと)、実践することが、子育てのポイントなのだと思います。
次回は、具体的なことを述べたいと思います。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第160回「病院から」

いやいや、とほほっ。
こんなことになるなんて…。
今日は、病院からです。なっ、なんと158回のつづき。まさかつづきがあるとは思わなかったんだけど…。
すでに免疫を持っているかと思った翔(かける)がついにおたふくに。ちょうど前回の原稿を送ろうとしていた16日の朝、この日はゴルフの試合だったのですが、前日から身体がだるいと訴えていたので、試合が行われる狭山と川越の境にあるゴルフ場まで送っていってやることにしていました。
「なんか耳の下が痛くて、しこりがあるみたいなんだけど」
と言って翔が起きてきました。見てわかるほどではないのですが、触ってみると確かに耳下腺がしこっていて、さほどの力を加えていないのにかなり痛がります。
「んー、はっきりはしないけど、おたふくかもしれないなあ。だけど、今これくらいだったら、今日1日くらいは保つだろっ」
そうは言ってはみたものの、本当におたふくだったら、ちょっとうつむくだけでも、耳下腺が痛いから、いい結果を出すのは難しいだろうなと思いながら、帰りも私か妻が迎えに来てやるということにして、ゴルフ場で翔を車から降ろしました。
予定より1時間ほど遅れて翔から連絡があり、妻が迎えに行くことに。戻ってきた翔の顔は、明らかにおたふくの様相です。麻耶(まや)のことがあったので、小さい子どものようなわけにはいかないことは覚悟していました。思春期を過ぎた男性にとっては、無精子症の原因にもなる睾丸炎でも併発しようものなら、なおさら大変です。またまたネットを駆使していろいろと調べた結果、万一睾丸炎を併発したとしても、両方の睾丸が炎症を起こすことはまれで、世間でよく言われるように無精子症になることはほとんどないということがわかって一安心。
翔は麻耶とほぼ同じような経過をたどりました。月曜の晩から熱が高くなり、火曜日、水曜日と39度くらいの熱が続きました。それが木曜日になるとすっと引いて、36度台に。これで終わると思ったのに、金曜日のお昼からまた38度6分の発熱。土曜日になるととうとう39度を超えてしまいました。対処療法以外有効な治療法がないとは言え、一応火曜日に受診して薬を飲んでいたのですが、もらった抗生物質が合わなかったらしく、身体中に発疹ができたりもしたので、土曜日に再び受診しました。
「入院も考えないとね。隔離できる部屋を持ってないと受けてもらえないところもあるからね」と先生に言われ、そうならないように祈りつつ、自宅で様子を見ていたのですが、夜になるにつれ熱は上がるばかり。39度3分、6分、40度3分。もらった解熱剤で何とかなるようなレベルを遙かに超えてしまって、結局入院させることに。土曜日の8時過ぎに近くの公立病院に運んで入院させました。病院で計ったら40度9分。小さな赤ん坊ではないので、さすがにびっくりしました。
そして、今日は日曜日。今、私が一人で付き添っています。本来は付き添いは認められないのですが、熱がかなり高いので、付き添ってもいいとか。あまり歓迎すべきことではないですね。やや落ち着いてはきましたが。
こういうときにいつも腹が立つのは、学校と病院の対応。今までほとんど腹が立ったことのない翔の高校ですが、今回はちょっと。明らかにおたふくとわかった16日、23日(月)から中間テストなので、
「熱が下がってもすぐには学校に出られないから、家で勉強しなきゃね」と翔に言うと、教科書が学校だとか。担任とも懇談会で顔を合わせただけで話をしたことがなかったので、教科書を取りに行きがてら話をしてこようかなと学校まで出かけていくと、おたふくだという連絡はすでに入れてあったのに「具合はいかがですか」の一言がない。
「3年生は1学期の成績で評定平均を出すので、今度の試験は大事な試験ですから」
「はあ。本人もだいぶやる気になっていて、学校の勉強はおもしろいって言っています」
「なんとか受けてもらわないと。まあそう言っても、おたふくは学校に来てはいけないっていう病気なので、もう行ってもいいっていう証明をお医者さんからもらってもらわないといけないんですがね」
“何言ってんだ、こいつ。そんなことわかってるから、こうして1時間近くもかけて親がわざわざ学校まで教科書取りに来てるんだろうが!”。
さらに、「私もおたふくやってないので、うつされると困るんですがね」
“いったい早く来させたいのか、来させたくないのかようっ!”って感じ。
病院は、土曜日なので時間外になってしまうことも考えて、朝のうちにベッドさえ空いていれば入院は可能ということを確かめてはおいたんですが、夜になってしまったので、来院する前に改めて電話を入れて、これまでの経過と入院させたい旨を伝えると、
「とにかく来ていただいて、受診していただかないと。入院するかしないかを決めるのは、こちらの医者ですから」
“当たり前だろうが!”。何分ぐらいで来られますかというから、10分くらいと答えておいたのに、病院に着いてから30分も待たされる。そんなうちにも、熱はどんどん上がって40度9分に。
“時間を聞いたのはいったいなんだったんだよぉ!”
当直の医者は医者で、ほとんど立っているのが不可能なくらいの息子を、背もたれもない丸椅子に座らせたまま、長時間経過を聞いている。
「ベッドが空いていれば入院できるって誰が言ったんですか? 看護師? 医者? 医者がそう言ったの? そう言うことは医者と話さないとね」
“ふざけんじゃねえ! こんな総合病院の外来に電話をかけたって、電話口に医者が出るわけねえだろっ!”
みるみるうちに真っ青な顔になり、汗びっしょりの息子の様子に、妻が、
「外の待合いのベンチに横にさせていいですか?」
と聞くと、近くで様子を見ていた小児科の当直医が、
「汗びっしょりで、つらそうですね」
とやっとベッドで診察してくれることになりました。いったい、医者も何を考えているんだか…。
「熱もかなり高いようだし、ご家族も希望しているっていうことで、入院してもらうことにしますから。隔離しなきゃいけないので、個室になるのでちょっと高くなりますがいいですか?」
“だからぁ、最初からそうしてくれって言ってんだろっ!”
今のところ、何か重大な病気があるっていうことではないんだけれど、早くよくなるといいんですが。
翔の世代は、おたふく風邪の予防接種の有効性と副作用(髄膜炎になる可能性がある)が問題になっていた時期で、どちらかというといろいろなものにアレルギーが強く表れる翔は、予防接種を受けていませんでした。もう、今となっては手遅れ。私の判断でそうしたわけだけれど、翔には申し訳ないことをしてしまいました。ただただ、反省です。

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2020年1月 5日 (日)

第158回「わが家のゴールデンウィーク」

私の経営する陶芸教室は、お盆とお正月を除けば基本的に休みは祝祭日しかないので、ゴールデンウィークが唯一の休みらしい休みです。(もっともカウンセリングの方はクライアントさんによって、お休みの日でないとという方もいるので、カレンダー通りというわけにはいかないのですが)
「何しようかなあ?」なんて考えていると、いろいろなことが起こるもので、孫の蓮(れん)が「ほっぺが痛い」なんて言い出しました。よく見てやると、なんと耳下腺が腫れてる。
「ほらっ、仰向けにして上から見てみると、左の耳下腺が腫れてない?」
「あっ、ほんとだ!」
そっと両手で左右の耳の下に手を当ててみると、左の耳の下がかなり堅くなって腫れています。
「麻耶(まや)は“虫歯じゃないの?”なんて言ってたけど、これはたぶんおたふくだよ」
ということになって大騒ぎ。わが家の中で間違いなくおたふくの免疫を持っているのは、私と妻だけ。麻耶は腎臓病を患ったこともあって、予防接種はしていないし、罹った記憶もない。
「翔(かける)はどうだったっけ?」
「予防接種はしてないような気がする」
「罹ったっけ?」
「やってないような気がするなあ…」
これがなんと3日の朝。近くにやっている病院はなし。翔は翔で、6日、7日の試合のためにゴルフ部の合宿中。
「翔、大丈夫かなあ? 連絡してみる?」
慌ててメールを送って、“何でもないよ”という返事が返ってきたものの、考えてみれば罹っていればもうどうしようもないんだから、なにも不安にさせることもなかったのにとメールを送ったことを大後悔。
新聞を開いて近くで休日診療をやっているところを調べ、麻耶が電話をすると、「心配だったら連れてきてください」と言われました。よく意味も考えずに、麻耶が蓮をつれて病院に向かった後、インターネットを開いておたふくについて調べると、薬もなければ、治療のしようもない。“患部を冷やす”って書いてあるところもあれば、“冷やしても効果はない”って書いてあるところもあったりして、要するに“時がたてば治る”っていうか“時がたたないと治らない”っていうか…。
「そんな気がしたんだよ。もうすっかり忘れちゃったねえ」
自分で子どもを育てていたころには、親同士で情報交換をしたり、本を読んだり、病院の先生の話を聞いたり、病気に対する知識もずいぶん持っていたけれど、そういうことってけっこう忘れちゃうらしくて、“耳下腺が腫れているからおたふくかな?”っていう程度にはわかるけど、どう対処すればいいかなんて、何となくそんな気はするものの、すっかり飛んでしまってました。子育てっていうのは、次から次へといろいろなことが起こって、そのつど必要なことは吸収していくけれど、おたふくのように一度罹ってしまうと二度と罹らないような病気の場合は、罹ってしまった時点で必要がなくなってしまうので、忘れちゃうみたいですね。わが家の場合は、麻耶も翔も罹っているか罹っていないかもわからないので、しっかりと覚えていなくちゃいけなかったのかもしれないけれど、ある程度の年齢を過ぎちゃうと、子どもがよく罹る病気についてなんて、意識しなくなっちゃうものですね。子育てってそれでいいのかも???
こういうときのインターネットの威力は絶大で、病気のことならわからないことはほとんどないので、とても助かっています。もちろん大人の病気もね。ただし、勝手な素人判断を招く危険性はあるので要注意!
やっぱり麻耶は、まだ罹っていなかったらしく、3日の晩から耳下腺が痛くなって、4日には顔の形が変わるほど左の耳下腺が腫れてきてしまいました。蓮は熱を出すこともなくたった2日で治ってしまったのに、麻耶は39℃近くも熱が出て、未だに腫れが引きません。大人になって罹ると重いといいますが、ほんとにそうですね。
翔は全然症状が出ていないので、気がつかないうちに罹っていたのかも…。罹っても症状がでない人も30%くらいいるみたいなので、翔は運良くそうだったのかもしれません。

 

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2019年11月 9日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第134回】 「薬」

「大関さん、今日はどうしたの?」
「風邪ひいちゃったみたいで…」
「いつから?」
「昨日、一昨日でしょ、えーと3日前かな?」
「で、どんなふう?」
「のどが痛くて、だるくて、肩が張ってます」
「熱は?」
「熱、出ないんですよ。さっきあんまりだるくて熱っぽいんで、計ったんですけど、6度8分。いつもこうなんですよね」
「どうする?」
「まあまだ抗生物質はいいとして、とりあえずペレックスとトランサミン、それととにかくだるくて熱っぽいのでロキソニンも出してください」
「ちょっと鼻声みたいだけど、鼻はいいのかな?」
「まだダン・リッチ飲むほどじゃないです。のどがひどいんで、のどだけ塗ってもらえますか」
この日は、私が希望した3種類の薬を処方してもらって帰ってきました。
確かこのクリニックができたのは15年くらい前だと思うんですが、開業したてのころ私が交通事故にあってひどいむち打ちになりました。ほぼ1年くらい毎日のように理学療法に通ったことでとっても先生と親しくなり、ときには先生と看護師さん全員と一緒にコーヒーを飲んだり…。すごく空いてたんですよね。待ち時間がないというどころか、ほとんど他の患者さんに会ったことがないくらいだったから。今ではとんでもないことですけれど。そんな関係ができていく中で、私がひどいアレルギーだっていうこともあって”この薬は合うけど、この薬は合わない”なんていうことを繰り返しながら、私が薬を選ぶことが多くなりました。

薬って本当はとっても怖い物なんだけれど、なかなかその実感はありませんよね。かかりつけの先生とこんな関係をつくっていたもんだから、ちょっと薬を甘く見ていたっていうか、頭痛がとってもひどかったときにウチにあったセデス(病院からもらったもの)を飲みました。かなりひどい頭痛だったのでなかなか効かなくて、もうどうにも我慢ができない。もう1包飲もうとしたらセデスがない。たまたま薬箱にノーシンが入っていたので、「まあいいか」とそれを飲みました。30分ほどしたら、突然手足はしびれる、吐き気はする。目の前が真っ白になって立っていられなくなりました。1時間くらいそんな感じが続いたでしょうか…。これが薬の副作用かどうかははっきりしませんが、もう死ぬかと思うくらいだったので、その後の薬の服用はとっても慎重になりました。

ウチのカウンセリング研究所を訪れるクライアントさんの中に、精神科に通っていたけれど、あまり状態が改善されないと言っていらっしゃる方がいます。そういう方のお話を伺って驚かされるのは、処方された薬の種類が多いことと量が多いこと。睡眠薬、精神安定剤、抗うつ剤…。いろいろお話を伺うととても薬を飲まなくてはいけないほどの症状とは思えない。1番驚いたのは、自殺願望を持っているという高校生が1ヶ月も服用を続けられるほどの量の睡眠薬を持っていたこと。私もそれほど薬に詳しいわけではないので、その薬がどの程度危険なものかはわかりませんが、まあ素人の常識の範囲では危険なんじゃないのかなあということはわかります。それを”うつ”と診断した高校生の患者に直接渡してしまう危うさ。そうは思いたくないけれど、お金が儲かるなら患者の命はどうでもいいといった発想で薬を出しているのではないかと勘ぐりたくなります。多くの高校生から話を聞いてみると、うつのふりをして薬を手に入れ、みんなで譲り合っているらしいのです。なぜこんなことがまかり通るのか理解に苦しみますけれど、社会をあげて子どもを守ることが必要なのに、子どもに害をまき散らしている大人たちも多いのかもしれませんね。

突然の麻耶(まや)からの電話。
「ねえ、パパ! 机の上に何錠薬あったの?」
「? 3錠かな?」
「ほんとに3錠?」
「たぶん」
「たぶんじゃダメだよ。今、沙羅がパパの机の上にあった薬飲んじゃったかもしれないんだから」
「ええ! 確か、昨日4錠あって1錠飲んだから??? 3錠あって1錠空のやつがあったでしょ?」
「ああよかった! それなら大丈夫だ…。まったくー! あんなところに薬おいとかないでよ!」
「どうもすみません…」
いやいやよかったよかった! 危うく1歳の沙羅が私の薬を飲んでしまうところでした。
反省!!


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2019年11月 3日 (日)

第113回「素敵なお産をありがとう」

 6月10日(木)~13日(日)(昨日)まで、映画「素敵なお産をありがとう」の上映会を浦和教育カウンセリング研究所(現・浦和カウンセリング研究所)の研修室でやりました。
 この映画は、翔(かける)が生まれる瞬間を当時17歳だった努(つとむ)が撮ったビデオを編集し映画化(現在は映画がさらにDVD化されています)したもので、キネマ旬報ベストテン文化映画部門第6位、日本産業映画ビデオコンクール奨励賞を受賞した作品です。
 1990年から行ってきた講演会「メルヘントーク」の3回目に浦和市民会館(当時)で初めて公開した出産シーンのオリジナルビデオ映像に家族の紹介映像と真(まこと)によるナレーションを加え、再構成し完成しました。
 当時、出産の映像というのはとても珍しくて(今でも珍しいですけど)、しかもそれが子どもたちも含めた家族全員の立ち会い出産ということで、かなり話題になりました。このビデオの最初の公開がきっかけでTVに出演するようになるのですが、TV、週刊誌、新聞といったマスコミの取材が重なって、明け方3時くらいまで取材を受けてるなんていうこともありました。
 もともとただ単に家庭の中の記録として撮ったものでしたが、いろいろな成り行き(この辺のことは長くなっちゃうので割愛)で公開することになり、マスコミに取り上げられてしまうと、貸し出し依頼が殺到して、それにお答えするには内容が内容なだけにビデオという形よりはフィルムという形の方がいいだろうということで、16ミリ映画にしました。
 岩波映像販売(映画化のプロデュースをしてくれたところ)が主催で、六本木の俳優座劇場で2週間の上映会をやったり、その後いろいろな団体に全国各地で上映会を開いていただいたりしました。上映とセットで講演にも行きました。まだ映画化する前に鈴鹿の青年会議所の皆さんに呼んでいただいたり、青少年健全育成関係団体の方や大学、高校、教職員組合などなど、いろいろな方々に上映会、講演会を企画していただきました。
 ウチが企画したのは初めて公開したとき以来、今回で2回目です。今回企画してみて、ずいぶん時代が変わったなあと思いました。十数年前は出産のビデオを公開することはもちろんですが、立ち会い出産そのものがあまりポピュラーとは言えなくて、夫だけでも立ち会える病院はまだまだ少なかったし、ビデオ公開後1年くらいの間の出産の話題が沸騰したときにも、“夫が立ち会うと妻の出産の動物的なグロテスクさに驚愕してすぐ離婚になる”何ていうことが“成田離婚”と一緒に平然と言われていたことがあって驚きました。
 「素敵なお産をありがとう」は、もちろん出産を扱った作品ですけれど、全編に流れているものは、“出産”というよりむしろ“家族が新しい仲間をどう迎えるか”という映画です。母親にとっても父親にとっても、また子どもたちにとっても新しい家族の誕生は、人生の上でとても大きな出来事です。もちろんそれは出産というその瞬間だけにとどまるものではなく、人の一生に大きく影響を与えるものです。
 13年前と比べて今回は、映像そのものによるインパクトよりも、出産が我が家の中でどういう位置づけだったのか、あるいはご覧いただいた方の家庭において、出産がどういう意味を持っていたのか、そういったことを考えながらご覧いただけたのではないかと思いました。
 映画を見るとずいぶん幸せそうな家族に見えますが、わが家も決して順風満帆なわけではなく、しょっちゅうガタガタと揺れているし、せっかく積み上げた積み木がいっぺんに音を立てて崩れることもあります。まあ人生ってそういうものかなって思いながら生きてはいますが、頻発する少年少女の自殺や事件を思い、今回ご覧いただいた方たちは、一つの新しい命の誕生をどんなに周りが愛おしく思い、暖かく迎えるか、何かそんなものを感じていただけたかなあと思いながら、上映会を終えました。


**6月14日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。


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   ありがとうございました 2004/06/15 2:52:56  
 
                      もさく

 
  3歳の息子と参加させていただきました。
上映中、静かにできないようなら退室しますので、なんて言っておきながら
おしゃべりを始めた息子を押さえつけるようにして観つづけてしまいました。
もちろん、幼児はしゃべり続けます。
限界かな、観たいよ、なんでアイツ(夫)は日曜に仕事なんだ、と思ったところへ
「おばちゃんと遊びに行こう」と洋子先生が手を伸ばしてくださいました。
息子は笑顔で退室。別室で大関さんに遊んでいただきました。
ありがとうございました。図々しくて申し訳ありません。
洋子先生のあまりの若さに、娘さん?と思ってしまいました。本当に。

近頃「どうしてナニナニなの?」という質問をしては間髪入れずに
「ナニナニだからなの?」という答えまで用意してくるウチの子供。
「どうして今、おかあちゃんは横を向いたの?僕がうるさいからなの?」
そのとおり。うるさくて、つい適当に答えたり、怒鳴ったり、無視することもあります。

洋子先生の足元で、ヘソの緒をつけて丸まっている翔くんを観て涙がこぼれたのは
3年前の、私と息子を見せてもらえた気がしたからです。
ありがとうございます。本当に素敵でした。

夫は9歳年下。私と舅は15、姑とは14歳違いです。
婚姻届を広げて見たときの姑のゆがんだ顔が忘れられません。
面と向かって年齢差について言われたことはありませんが
嫁として認められていないことは伝わってきます。
「もうすぐ40歳だなんて。子供は産めるの?」てなことを夫に言ったそう。
また夫も正直に私に話しちゃったもんです。
洋子先生は偉いです。私は夫の親に対して「済まない」なんて思いません。
結婚してやったんだ、ばーか、って今この瞬間でも電話してやりたいくらい。
好きになったのは私が先ですけど。
洋子先生のお話を聞きながら泣いたのは少し自分と重ねたからです。

すみません。長くなりました。


 
  
元の文章を引用する
 

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   こちらこそありがとうございました 2004/06/16 4:31:28  
 
                      大関直隆

 
  本当は話を最後まで聞いていただけるとよかったのですが…。
私がもう少し隣の部屋で見ていた方がよかったですね。
お母さんのところへ早く戻してやった方がいいかな?と思ったのがまずかったみたいです。でも、私が見ている間、とてもいい子でしたよ。
年齢差と愛情は関係ないと思いますが、育ってきた環境の違い、世代によるものの見方の違いは厳然と存在します。同世代の結婚と比べて、そういう意味での難しさというのはあると思います。男性が上でも同じことが言えるんでしょうけれど、「男性がリードする」というような発想があるので、女性が上の場合よりは問題が少ないんじゃないかな? もちろんそれは女性の我慢の上に成り立っているのでしょうけれど。
人と人との違いを埋めるには、違いと真摯に向き合い、共通の体験を積み重ねるしかないのだろうと思います。結局わが家の場合には、それが立ち会い出産という形になったわけで、今回見ていただいたビデオの通りです。
また、何かの折りには是非お立ち寄りください。
  
元の文章を引用する
 

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   人と人との違い 2004/06/16 11:05:12  
 
                      もさく

 
  大関さんのお話を読んで、まずは夫との違いを埋めるべきなのかなと初めて思いました。
頭の中が少し明るくなったよう。まねっこして立会い&高齢出産するかもしれません!
ありがとうございました。
   
 

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2019年3月 6日 (水)

第90回「いいお産 その2」

前回のつづき。

「お産」ていうのは医療なのか医療じゃないのかは難しいね。5番目の息子を妊娠した時、妻は44歳だった。近くの病院に通ってはいたけれど、とにかく三森助産院以外で産むなんていうことは考えられなかったので、三森先生に連絡を取った。かなり高齢っていうことで、妻も私も神経質になっていて、三森先生にお願いするにも「大丈夫でしょうか?」みたいな聞き方になる。そのとき返ってきた三森先生の言葉は「妊娠したっていうことは産めるってことよ」だった。三森先生のその言葉を聞いてどんなに安心したことか…。それから先は、お産のことより生まれてくる子どものことに気持ちは移ったんだよね。

ところがその後、三森先生に知り合いの32歳で初産の人を紹介したら「30歳以上で初産の人は引き受けてないの」ってきっぱり断られてしまった。後になって考えてみると、そのころの三森先生は肝臓癌の末期で、もう手の施しようもない状態。ウチの子が生まれる半年ほど前に開腹手術をしたけれどどうにもならなくて、ほとんど手を打てないまま閉じたとか…。まあ、そういう事情もあったのかもしれない。それにしても、三森先生は30歳を線引きに使ってた。要するに30歳を過ぎた初産は、「医療の分野」ってお考えになっていたのかもしれない。

妻の親戚に産婦人科医がいるんだけど、産婦人科は訴訟になるケースがとっても多いんだって。そう言われてみれば「そうかも」って感じ。「お産」て当たり前のことなのか医療なのか、よくわかんない。当たり前のことって思ってるのに事故が起こることも多い。それで訴訟になっちゃうらしい。なんでもなく生まれてくれば医療じゃないけど、ちょっとでもドクターが手を加えれば医療になる。それで逆に故意に手を加えて、治療費を稼ぐ。三森先生曰く「だからすぐ(会陰を)切っちゃうのよねえ。病院はほとんどが異常産」。

出産をするお母さんや家族のほうも揺れていて、「いいお産」の定義が難しくなってるんだと思う。なるべく自然にお産をするのか、それとも「安心」を中心に据えるのか、それともお母さんの「私、産んじゃった」的な感覚でお産をするのか…。

どんな人から出産の経験話を聞くかによっても変わるよね。安産だった人から話を聞けば、「出産は安全」って感じるだろうし、難産だった人から話を聞けば「出産は危険」って感じるだろうし…。私も出産についての講演をするような立場になっちゃったので、いろいろな人から話を聞く機会があるけれど、どうも出産っていうのは、ことの性質上あまり公にはなってない。だから、ある意味病院のやりたい放題っていうことも言える。

普通にいったらそんなに危険なはずはないのに、やたら危険を強調することで「ウチの病院は安全ですよ」って言って妊婦を集める病院、あるいは前回登場させたようなお産をすっかりイベント化させて、外から見える部分だけをやたらきれいに見せている病院…。そこの病院の看護師や助産師が言うには「最近のお母さんは自分で産もうとしないで、産ませてもらおうと思ってる」んだって。その通りだと思う。でもね、それは病院がそうさせてるか、あるいはそういうお母さんばかりを集めてるんだよね。

やっぱり本当に「いいお産」をしようと思ったら、客観的にいろいろな情報を集めないとね。何となくの評判も悪くはないけれど、基本的に出産をした人は、よほどひどいお産じゃなければ、自分がしたお産が「いいお産」だったって言うのは当たり前。だれだって一生に何度もない出産はいいものであったって思いたいに決まってるんだから。

お産についての評判がとてもいい産婦人科医を何人か知っているけれど、よくインターネットで流れている情報と私の知っているドクターの人柄とは全然違うよね。だからそこが悪い病院っていうことじゃないけれど、「いいお産」をするには、自分の目で見て、耳で聞いて、たくさん情報を集めた方がいいよ。そして何より大切なことは、何が「いいお産」なのか、しっかり夫婦なり家族なりで話し合うことだよね。

看護師さんから、お産に立ち会った話を聞いたので、2回つづきでお産の話になっちゃった。なんだかすっかり自分の子どもも赤ん坊に戻ったような気がしてきちゃった!


**2003年12月8日(月)掲載**
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第89回「いいお産」

ある評判のいい産婦人科の話。
ビックリしちゃうけど、出産して退院の時にはフランス料理のフルコースが出るんだって。こんなことにビックリしてると「そんなの当たり前じゃん」なんて笑われちゃうのかな?そこの病院、産後のエステもあってえらく評判がいいらしい。そんなことって、どう「いいお産」と関係があるのかなあ? ウチの子なんて、上の二人は私の子じゃないけど、妻に話を聞くと、ごくごく普通の産婦人科の病院だった(普通ってなんだかよくわかんないけど、何となくは通じてる? 今から35年も前の話だから普通で当たり前だけどね)らしいけど、3番目は自宅分娩でしょ、4番目と5番目は今や伝説的助産婦(師)の三森孔子(よしこ)先生の助産院。

初めて三森先生のお宅を訪ねたときは、三森先生がそんなに有名な方だなんて、なーにも知らなかった。上の子どもたちが立ち会える病院を探していたところ、たまたま妻の同僚が機関誌のような誌面に三森先生の記事を見つけて、紹介してくれたことがきっかけだった。三森孔子助産婦は、日本でのラマーズ法の普及に努めた方で、助産婦(師)をしている人なら知らない人がいないくらい有名な人物。聞くところによると、お亡くなりになってから16年になるにもかかわらず、未だに看護学校の出産の授業で教材に使われているのは三森さんのビデオだとか…。確かにラマーズ法を取り入れている病院の呼吸法は若干のバリエーションはあるにしても、どこも「ヒッヒッヒッ フー」という三森式をベースにしたもの。まあせいぜい「フー ウン」が「ハー アン」になってたりするレベル。いやこの話は、ラマーズ法での出産を経験してない人は、よくわかんないかな?

ちょっと話を戻すけど、その三森助産院なんてただの普通のお宅だし、料理は三森先生が作ってくれる普通の家庭料理。入院してる部屋だって何用に作ったかわからないような普通の和室。それと比べて考えると、前出の病院はすごい! そこの病院は毎日3~4人の出産があるんだってよ。でもね、妊娠中の管理はあまりやってないらしく、太りすぎの妊婦が多い(実は三森先生のところもそんなの喧しくなかったので、妻はだいぶ太っちゃったんだけどね)から、生まれてくる赤ちゃんも大きくて分娩も大変らしい。その上、ラマーズ法をまったく導入してないから、妊婦が痛がって叫んじゃうんだって。叫んじゃうと力がうまく入らないから分娩にも時間がかかって、なお悲惨なことになっちゃう。

そんな病院だから当然帝王切開も多くて、けっこうすぐに切っちゃうことにするとか…。それがね、切り口の痕があまり残らないように、ほんのちょっとだけ切って、小さい穴から無理やり赤ちゃんを引っ張り出す。でも、こういうのを上手な帝王切開って言うんだよね。もちろん傷口は縦じゃなくて横だから、何年かするとほとんどわからなくなるらしい。これぞ名医! 分娩中に異常があれば、近くの日赤と提携していて、すぐ日赤に運んでくれる。安心だよねえ。だから救急車の出入りが頻繁にある。

次回につづく


**2003年12月1日(月)掲載**
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年2月16日 (土)

第85回 「ヒャー! 39℃だー!!」

子どもを育てていて、びっくりするのが初めて経験する高い熱。
できれば避けて通りたいけど、そんなことできるわけがない。子育ても2人目、3人目、わが家みたいに5人目ともなれば、熱くらいではたいして驚かないけれど、1人目のときは大パニック。熱よりはむしろ「笑わない」「機嫌が悪い」「食欲がない」「ぐったりしている」とか、「子どもの様子」の方が重要なんだけど、大人は熱に慣れてないし、客観的基準としてはとってもわかりやすいので、熱を計って万が一40℃の世界にでも突入してでもいたら、もう大騒ぎになっちゃう!

こういう時に夫婦2人でいられたらいいんだけど、母親1人だとすごく不安になっちゃって、“なんとかこの場から逃げ出したーい!”なんて思っちゃうんだよね。

そうそう、第45回に書いた、麻耶(まや)が救急車で運ばれた時も熱だった。まあ、単純に風邪だったんだけど、40℃くらい(妻の学校の音楽室へ連れて行ってる時なので、実際に何度くらいだったかはわからないけれど)熱が出て、引きつけ起こしちゃって…。高熱が出ると子どもによっては引きつけを起こすことがあって、これも熱がある時ならそんなに心配することはないんだけれど、カチンカチンになってまるで棒のようだからビックリする。ピーンって突っ張って、白目になって、泡は噴いちゃうし…。

携帯電話なんてまだないころだから、4階の音楽室から1階の公衆電話までどっちが119番に電話をかけに行くかでやり合いになった。こう言うと、
「あなたかけにいってよ」
「おまえかけにいけよ」
っていうやり合いと思うのが普通だけど、この時は違って、
「ちょっと麻耶抱いててよ。私、救急車呼んでくるから」
と妻が言えば、
「エーッ! いやだよ。私が電話かけにいってくるから、抱いててよ」
と私が言う。とてもじゃないけど、白目むき出しにして、口から泡を噴きながら棒みたいになってる麻耶を抱いてるのは、怖いのなんのって。

結局この時は妻が救急車を呼びにいって、私が抱いてることに。
でも、救急車が到着したころには引きつけもほぼ収まって、「ただの熱」になっちゃってたんだけどね。

「ヒャー! 39℃だー!!」
孫の沙羅(さら)が初めて熱を出しました。
どうも熱いと思っていたら、やっぱり熱。
普段とはちょっと違うけれど、でもそんなに元気がないわけじゃなくて、ときどき笑ったりはしています。
「こんなに熱があるのに、この子こんなに元気なのかねえ?」
5人の子どもたちがお世話になった小児科が近くにあるので、娘の麻耶は沙羅を連れて行きました。もちろん熱があるというだけでは、原因が特定されるわけもなく(だいたいは風邪かインフルエンザなんだけど)、対処療法的に症状を緩和する成分(要するに解熱剤)の入った薬をもらって帰ってきました。熱は3日間続き、4日目には36℃台に戻りました。

「あれ、顔とお腹に発疹出てるんじゃないの?」
「ほんとだ!」
「なあんだ、突発性発疹だったんだあ!」
たははっ、もうすっかり忘れちゃってて…。
生後半年過ぎくらいに初めて高熱を出した時は、突発性発疹を疑う。高熱があるのに元気だったらほぼ間違いない。昔はよく「育児の百科」かなんか出してきて、子どもに何かある度に調べてたね。
「ねえ、どこかに『育児の百科』ってなかったっけ?」
「ネットで調べるからいいよ」
突発性発疹についてインターネットで調べたら、
「やっぱりピッタリじゃん。熱は3日間だって。熱が下がると発疹が出る」
「忘れてたねえ…。そうだったよね」

沙羅の熱は、突発性発疹だったという結論になって…。
だけど、ネットで調べたら「熱は3日間」ってけっこう断定的な言い方してるページもあったりして。もちろん個体差はあるけれど、ほんとに3日間が多いのは何でだろっ?ちょっと不思議に思いながら、ホームページを閉じました。あんまり素人判断はよくないので、「元気がなくて様子がおかしい」時は、やっぱり小児科を受診した方がいいよ。

**2003年11月4日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年2月 7日 (木)

第43回 「ドタバタの幕開け」

あけましておめでとうございます。
今年は例年になく寒いお正月で、ちょっとビックリ。なんか去年秋くらいの長期予報では、エルニーニョ現象の影響で暖冬になるとか言っていたような???いざ冬になってみるととんでもない寒さで、こんなに寒いお正月なんてあんまり記憶がない! 最近は天気予報の精度も増して、けっこう雨の予報は当たるけど、どうも暑さ・寒さの予報は苦手みたいで、なかなか当たりませんねえ…。その寒さのせいっていうわけではないと思うのだけれど、わが家のお正月は惨憺たるものでした。

まず、始まりは孫の蓮(れん)。なんと12月31日から40度近い熱。そのうち身体にボツボツと赤い発疹が出てきて、
「麻疹だあ!」
と大騒ぎ。12月の半ば過ぎに麻疹の予防接種を受けていて、その予防接種を受けたお医者さんから「10日から2週間くらいしたころに熱を出すかもしれないから」と言われて座薬をもらっていたので、すっかり「麻疹」ということにして、面倒を見ていました。翌日、元旦から蓮の母親の麻耶(まや)が38度を超える熱。蓮の発疹はひどさを増すし、麻耶も寝込むしで大騒動。結局その日は私が蓮を抱えて寝たのですが、どうも40度を超えている様子。いろいろ手を尽くして冷やすのですが、なかなか熱は下がりません。ほとんど一睡もせずに朝になってしまいました。

そして、やっと麻耶だけはなんとか熱が下がりだした翌々日(3日)の夜から、今度は妻が38.6度の高熱。さらに4日からは翔(かける)が38度を超える熱。なんとか持ちこたえているのは私だけになってしまいました。

年が明けて3日までは救急診療の当番医しかやっていないので、4日を待って蓮が予防接種を受けた小児科(内科もやっている)で、蓮と妻が見てもらうことに。てっきり麻疹だと思って受診した蓮は、
「私が犯人じゃない。水疱瘡だよ」
あっじゃー!
ちょうどタイミングがぴったりだったので、すっかり予防接種のせいだと決めつけていたのですが、とんだところに落とし穴が…。そういえばできた発疹のてっぺんにかさぶたができていたので、ちょっとそんな気はしたのですが、人間の先入観というのは恐ろしいものです。

原因が「予防接種」なのに救急診療の当番医のところに行って、かえってインフルエンザでももらってきては、と受診しなかったのに水疱瘡とは…。だったら早く痒み止めだけでももらってやればよかったと大後悔。しかも、妻はインフルエンザときてるから、まったく何をやってるんだか…。もちろん翔もインフルエンザだったので、結局今日(13日)までずるずると寝てる始末。麻耶はなんだったんだか、1日ちょっとで熱は下がってしまいました。私はというと、途中何度か気持ちの悪いことはあったけれど、なんとか持ちこたえて今日まできています。まだこれからですかねえ…。わーっ、恐ろしい!!!

そうそう、今日の朝刊に、志木市の中学が理系・文系に色分けされるという記事が出ていました。それほど強い色分けではないようではありますが、ちょっと安易な決定なんじゃないですかねえ???

果たして小学校6年生に理系・文系の選択なんてできるんでしょうか?
記事によると学区自由化による人気の偏り防止というのが、大きな理由のように書いてありますけれど、だったら自由化そのものをもう少し考えた方がいいような気もするのですが…。記事にある通り、子どものことより学校のことを優先した結果だとしたら大きな問題ですよね。全国に先駆けて25人学級を実現している市なので、その意気込みは買いますが、ただのスタンドプレーにならないことを期待します。あくまでも主役は教育委員会ではなくて、子どもたちなのだから。

**1月28日(火)掲載**

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