2020年2月14日 (金)

第173回「プールの安全」

「そこの小学生! 走るなあ!」
「飛び込み禁止! プールサイドから飛び込まないで!」
「ほらほら、そこの僕。悪ふざけはしないで!」
「時間ですからあがってください。係員の笛の合図があるまでプールに入らないでくさい」
公営のプールに行くと、ひっきりなしにハンドマイクでの怒鳴り声や注意や指示の声が流れます。とにかく聞き苦しいこと、甚だしい。1時間くらいすると、あまりに流し続けられるその騒音に慣れてしまって、気にならなくなるのですが、そこでまた大声で怒鳴られたりすると、「はっ」とその騒音にまた気づかされて、ほんとにイライラしてきます。
「こんなに怒鳴らないとダメなのかねえ?! 確かに言うこときかないで危険なことする子もいるんだろうけど、今日は見たところそれっぽい子はいないけどね。怒鳴っても、穏やかに注意をしても、そんなに違うとは思えないし、まず楽しくないと、かえって心が荒れて、乱暴になるもんだけどね」
いつ行っても、どんな状態でも、とにかく怒鳴る、怒鳴る。特にひどかったのは、今はなくなってしまった、蕨の北町にあった蕨市民プール。その怒声といったら半端じゃない。あんなに怒鳴って、声がかれないのかなあと思うくらい。プールの監視員ていうのは、ほとんどが高校生のアルバイトで、直接話をしてみると、そんなに怒鳴るような子には思えないんだけれど、人間っていうのはいったん権力を握ると、とにかくそれを誇示しようとする。
それに比べて沼影の市民プールは、ややおとなしめでした。怒鳴るというよりは、むしろ「××してください」「××はしないでください」いう指示が多い。以前からそうだったのですが、つい先日妻が孫を連れて訪れると、さらにソフトになっていたとか。以前ならあきらかに怒鳴るようなケースでも、怒鳴ることはせずに、そばまで行って注意をしている。だいぶ静かになったようなので、それはそれでよかったなあと思って妻の話を聞いていたら、やっぱり妻は腹を立ててる。
「いやあ、ひどい注意の仕方してるんだよね。怒鳴らないようにかなり指導はされてるみたいで、大声出したりはしないんだけど、小学1年生くらいの子が幼児プールに入ってきたら、その子のところまで行って、すごくしつこく注意してるの。私が蓮(れん)と沙羅(さら)をそこで遊ばせてて、気にならないくらいだったし、おとなしい子で、すぐに出て行こうとしてたしね。あんまり注意されるもんだから、なんだかすごく小さくなっちゃってて。あそこまでやらなくたっていいんじゃないのっていう感じだった。注意してたあの高校生は、いつもあんな風に学校で怒られてるんだろうなって思ったよ」
これで妻の話は終わりませんでした。
「それでねえ、蓮があのほら、ポリでできてるよく幼稚園にあるような、ちっちゃな滑り台あるでしょ。あれで滑ってて、そのうち滑るところじゃないちょっと脇のところで滑ったら、少し角度がきついから、“ぼしゃん”て頭まで水に浸かっちゃったんだよ。蓮もビックリしたみたいだったけど、すぐに笑い出して、私と沙羅と3人で笑ってたら、その監視員が来てさ、“危険ですからそこで滑らないでください”って注意するんだよ。何回か滑ってるの見てたんだよ。“ぼしゃん”って落ちたの見たから来たんだろうけど、“私がここで見てるんだし、そんなに危険なことしてないでしょ?”って言ったら、“前に事故があったので”って言うんだよ。“ほんとに事故があったんなら、そんなもんここに置くな!”ってだんだん腹が立ってきてさ、“責任者呼べ!”ってなったの」
「それで責任者と会ったの?」
「そうそう。女の人だったけど、事情を話して、もう少し注意の仕方を考えろって言ってきた。その人は事故があったなんて言ってなかったよ。事故があったって言えばいいと思ってるんだよ」
「そういうやり方はまずいよね。危険なことは危険って注意していいと思うけど、権威を示すために威張ったり、事故を持ち出したりするのはね。ほんとに事故があって危険なものなら、そんなところにあっちゃまずいし。蓮は見てたからいいけど、ちょっと親が目を離した隙に事故でも起こったら大変。“事故があったから危険”っていうのはちょっと変だよね」
公営のプールに行くたびに思うのですが、事故防止は重要だけれど、本当に防止をしようとするのなら、怒鳴って注意ばかりするのではなくて、もっときちっとした目を光らせて、安全を確保してもらいたいものですね。もうだいぶ前になりますが、陶芸で有名な笠間に行ったとき、市民プールに入ったことがありました。ここのプールは、平日にもかかわらず、お父さんと子どもという組み合わせがたくさんいたのにビックリしました。どうやらほとんどのお父さんが陶芸に関わっている方のようで、やはり土地柄なんでしょうか。そしてもう一つ驚いたことがありました。監視員の声を一度も聞かなかったんです。もちろんプールサイドには数人の監視員がいるのですが、声を出すことがありませんでした。そのうち、休憩時間になると、監視員がすべて建物の中に入ってしまい、プールサイドは誰も監視員がいない状態に。いやあ、これで大丈夫なのかなあと思いましたが、もちろん事故も事件も起きませんでした。混み具合も違うので、さいたま市でそんなことができるはずはないけれど、人を信用するという根底の姿勢は、見習って欲しいですね。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2020年2月 9日 (日)

第170回「未知のものの恐怖 その2」

「カエルさんの声は聞こえるけど、真っ暗で見えないねえ」
「うん」
「カエルさんって、ゲロゲロって鳴くんだよね」
「うん」
「たくさん鳴いてるね」
「うん。うるさい」
「蓮くんと沙羅ちゃんは、カエルさん触れるんだっけ?」
「うん。触れるよ」
蓮はもちろん、沙羅も返事をしました。
カエルを身近に見たことすらないのだから、触ったことなどあるはずがないのに、グッと恐怖心を押さえて、蓮は私に強がって見せたのです。蓮も沙羅も水族館のようなところで水槽に入ったとても珍しい貴重なカエルは見たことがありましたが、田んぼで鳴いているカエルというのは、見たことがありません。にもかかわらず、田んぼで鳴いているカエルという存在は、小さな蓮や沙羅にもポピュラーなようで、
「今度、カエルさん捕まえに行ってみようか?」
と私が蓮に尋ねると、
「う~ん」
蓮は、肯定とも否定ともつかない微妙な返事をしました。
- 数日後 -
「蓮くん、これからカエル捕まえに行こうか?」
「うん」
今日ははっきりと返事をしました。
「沙羅ちゃんもぉ」
怖がって「行かない」と言い出すのではないかと思っていたのですが、やけに威勢のいい返事。私と蓮と沙羅の3人でカエルを捕まえに行くことになりました。近くに田んぼがなくなってしまったので、車で20分ほど走り、やっとカエルがいそうな田んぼにたどり着きました。
「カエルさん、いるかなあ?」
3人で畦道を歩くと、カエルが草の中から田んぼの水の中へ飛び込みます。おたまじゃくしのしっぽがやっと取れたばかりの小さなカエルは、よく見ないと見逃してしまうくらいの大きさです。最初のうちは、その存在に気づかなかった蓮と沙羅は、私の後ろについてきていましたが、その存在に気づいてしまった瞬間に、2人の足はピタッと止まりました。「じいちゃん、手つなごう」
蓮は言います。沙羅は一歩も足を前に出せなくなり、立ち止まったままべそをかき始めました。
「蓮くん、カエルさんいるねえ。ほらっ、おじいちゃんについておいで」
私は沙羅と手をつなぎました。蓮は強がっていた手前、とりあえず1人で踏ん張っています。
「蓮くん、カエル捕まえられる?」
「うううん。捕まえられない」
「この間、触れるって言ってたけど、怖いの?」
「怖いの。だってカエルさん噛みつくでしょ?」
やっと本心を私に告げた蓮はちょっと気が楽になったようでした。
「大丈夫。カエルさんは噛みつかないよ。じゃあ、じいちゃんが捕まえてあげるから、そこでじっとしててね。蓮くんと沙羅ちゃんが動くと、カエルさん逃げちゃうからね」
5匹ほどカエルを捕まえて、ビニール袋に入れました。ビニールの中にいるカエルは、蓮と沙羅をおそわないということを2人もわかっているらしく、2人ともじっと観察しています。カエルに対して自分が優位に立っているということを悟った蓮は、さっきまでカエルを怖がっていたのが嘘のように、今度はカエルの入ったビニール袋を持ちたがりました。
畦道を車の方に向かおうとすると、また沙羅が動きません。ほんの5㎝か10㎝の草が怖いのです。草の中に何が潜んでいるかわからない恐怖は、沙羅にとっては相当なもののようで、私がかなり強い調子で促すまで、全然動かなくなってしまいました。
家に帰って、金魚の水槽にカエルを放すと、水草の陰に隠れたり、ガラスにへばりついたり。蓮も沙羅もカエルというものがどういうものかを知り、恐怖心も和らいだようで、3日間ほど水槽の中で飼ったあと、近くの川に逃がしてやりました。
「あのカエルさん、あんよの指が一つなかったんだよ。かわいそうだねえ」
充分に観察をしたらしく、すっかりカエルは、蓮と沙羅の身近なものになりました。
「今年もサザエ、たくさんいるかねえ? 去年は少なかったような気がするよ。潜ってもあんまりたくさんは見つからなかった」
「潮の関係もあるんだろうけど、だんだん減らなければいいけどね。まだお母さんは、あなたが泳げるっていうの、半信半疑みたいだね。波が怖くて、砂浜に降りられないっていうんじゃ、無理もないけど」
「なんだかわからないものが怖くないっていう方がおかしいんだよ。未知のものを怖がらずに何でも平気っていうのは、乱暴なだけだよ。少しずつ確かめて、恐怖心を克服していく、そういうことが子どもにとっては重要だと思うけど。それが本来の強さだよ」
「なんとか言っちゃって! 波が怖くて海の家から一歩も出られなかったっていうあなたは、極端なんだよ」
「まあ、そうかも。でも今は、サザエ採れるんだからいいでしょ!」
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第169回「未知のものの恐怖」

「あいつ泳げないんじゃないの?」
「? とんでもないでよ、すごく達者ですよ」
「そうかい?」
「どこまででも泳いで行っちゃいますよ」
「? だってあいつはねえ、4つのとき鎌倉の海水浴場に連れて行ったら、海の家から一歩も外に出られないんだよ」
「全然海に入れないんですか?」
「違うよ。海に入れないんじゃなくて、海の家から砂浜に降りられないんだよ」
「…」
「わかる? 砂の上に足がおろせないの。結局、海の家から全然出ないで帰ってきたんだから」
「それって、かなりすごいですねえ!」
「そうだよ。直隆(なおたか)って、そういう子だったんだよ」
「臆病っていうか、用心深いっていうか…。じゃあ、うちの子どもたちが、波が怖くて海に入れないのも仕方ないですね」
「そうだろうね。海に入れないっていうだけなら、直隆よりはずっとましだよ」
「はあ…」
「本当にあいつが潜ってサザエを採ったのかい? 200個も?」
「そうですよ、お母さん。すごくうまいんですよ」
「どうも信じられないねえ」
「採ったやつを岩で潰して、その場で食べたんですよ。5、6個食べてあとはみんなにがしてやったんですけどね。セリとか山菜とかを摘んだり、何かを捕まえたりとかするの、とってもうまいし、そういうの好きみたいですね。だから、山の中をどんどん歩いたり、泳いだり、そういうこと得意ですよ。クマとかサメに出会っても平気そうです」
「おかしいねえ、あんなに臆病だったのに…」
「きっと未知のものには、用心深いんですよ。すごく神経質ですしね」
「蓮(れん)くん、沙羅(さら)ちゃん、ホタル見に行こうか?」
「うん、行く!」
10年ほど前、新聞の一面にホタルが乱舞している写真が載ったことがありました。ここ数年は、ホタルの保護に力を入れているところが増え、一時に比べいろいろなところでホタルが見られるようになりましたが、そのころは今ほどホタルブームではなく、ホタルが乱舞するほど見られるところは限られていました。新聞に載ったのは、長野県の辰野という町で、毎年ホタル祭りを大々的に開催しています。新聞に載った乱舞のすごさに、すぐさま辰野に出かけることにしました。私と妻の仕事が済んでから出かけたので、辰野に着いたのは12時ごろ。ホタルが最も乱舞するのは、8時前後とのことなので時間的にはやや遅い時間(土地の人の話では、9時くらいにいったん飛ばなくなって、遅くなってからまた飛び出すという人もいるのですが)だったのですが、そのとき見たホタルはまるでプラネタリウムの星のよう。
孫にもそんなホタルが見せてやりたくて、ホタル狩りに行くことにしました。ただし、辰野はあまりにも遠いので、塩原にしました。
何となくどんよりとして蒸し暑い、絶好(?)のホタル日和と思って出かけたのですが、ちょうど塩原に着いたときに雨がパラパラと降り出しました。以前に心ない人がいたとかで、HP等には場所を公開していないので、電話をかけたり、交番で聞いたりと、やっとそれらしきところに着いたのですが、全然ホタルはいません。
「やっぱり、辰野みたいじゃないねえ。雨も降ってきちゃったし、ダメかなあ…。せっかくここまで来たんだから、ちょっとでいいから見せてやりたいよねえ」
そんなことを言っていると、10mくらい先を、星が流れるようにスーッとホタルが1匹飛びました。
「いたーっ! ほら、蓮くん、沙羅ちゃん、あれがホタルだよ」
蓮と沙羅を車の外に出すと、蓮は私に、沙羅はおばあちゃん(妻)にしがみついて、べそをかいています。
「ほらっ、あそこにも飛んでる! あそこにも。ほらほらほら!」
蓮も沙羅もホタルどころではなく、しっかりとしがみついたままホタルを見ようとしません。ホタルを保護している場所というのは、真っ暗です。目が慣れるまでは、足元を見ても、どこが道だか全くわかりません。漆黒の闇、まさにそんな形容がぴったりのようなところです。てっきりその暗さを怖がっているのかと思っていたら、どうやらそうではなくて、蓮と沙羅が怖がっていたのは、カエルの鳴き声でした。
真っ暗でよくわからないのですが、辺りは田んぼが広がっているようです。確かにすごいカエルの鳴き声で、怖がるのも当然といえば当然。私と妻はその騒音のような音がカエルの鳴き声で、カエルが頬をふくらまして鳴いていることも知っています。けれども蓮と沙羅にとっては初体験です。。
「あれはね、カエルさんの鳴き声だよ。蓮くん、カエルさん知ってるよねえ?」
「うん」
返事はか細く、とても恐怖が治まった様子ではありません。
「カエルのうたが~ きこえてくるよ~ グヮグヮグヮグヮ ゲゲゲゲゲゲゲゲ グヮグヮグヮ~」
その騒音のような音がカエルの鳴き声とわかり、ほんの少しだけ落ち着いたようでしたが、「じいちゃん、車に入ろう。もうお家帰る!」
おいおい、わざわざ塩原までホタルを見に来たんだよ。そう簡単には帰れないだろうが…。もっとしっかりホタルを見てくれよ!
遠くを飛ぶホタルの光とまるで騒音のようなカエルの声。本では見たことはあっても、いったいそれがどんな生き物なのか、蓮と沙羅はまだその実態を知りません。
つづく
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月23日 (土)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第152回】「ゴミ、ゴミ、ゴミにタバコの吸い殻」

いよいよスギ花粉の飛散も本格化。
今年は早いうちから大騒ぎされていた割には、昨年暮れの暖かさが一転、年明けから寒い日が続き、なんだか例年より飛散時期が遅くなったようで、つい最近までは、比較的楽な日が続いていました。
“花粉の飛散量が例年の何十倍とか報道されているけれど、もしかすると花粉症対策グッズを製造販売しているメーカーとマスコミが結託してるんじゃないの? 11月の終わりくらいから、何となくいやな感じがして、抗アレルギー剤をもらって飲んでいたのが、効いてるのかな? いやいやアンテナが狂うはずがない。私の感覚では花粉をほとんど感じないし、街の中でもマスクをしている人の数がそう多くないので、やっぱりあんまり飛んでないんだよね“なんて、いろいろ考えながらいたわけだけれど、先々週くらいから、ドッときた感じ。目は痛い、くしゃみは出る、鼻水は垂れる、顔はかゆい…。とうとう肩こり、頭痛にノドの痛みまで始まっちゃって、“ああ、やっぱりきた~”。

先週の水曜日は、お昼前から孫の蓮(れん)と沙羅(さら)を私が一人でみることになりました。どこに行って遊ぼうかと火曜日の晩から相談です。
「蓮くん、明日はどこへ行く? そうだ、お魚釣り行こうか!」
「うううー、うん。お魚釣りに行く!」
昨年の夏、息子の努(つとむ)が、蓮と沙羅をマス釣り(もちろん釣り堀ですけど)に連れて行ったことがあるのですが、二人ともはねるマスが怖かったらしく、それ以来釣りにはあまり行きたがりません。けれども、怖いところに行くときには、おじいちゃんがいれば安心という意識が蓮と沙羅にはあるようで、「うううー」と迷いながらも、翌日は近所の釣り堀に行くことになりました。
私の実家の近くにある大きな釣り堀は、平日でもおじいさんたちでいっぱい。釣りがどういうものだか理解をしていない蓮と沙羅が周りを駆け回っては大変なので、子ども用の池が別に設けてあるところに行くことにしました。
蓮も沙羅も最初は釣れた魚にびくびくしていましたが、1匹、2匹と釣れるうちに、だんだん慣れてきて、
「今度は蓮くんが釣るう!」
「沙羅ちゃんもぉ、沙羅ちゃんもぉ」
と1本借りた竿が、とりっこ状態。
あっという間に1時間が過ぎ、釣れた魚は真鯉20匹に真っ赤な緋鯉が1匹。
よほど楽しかったらしく、車に乗ると蓮は、
「赤いお魚さんも釣れたね。楽しかったね。明日も来ようね」
おいおい、そんな毎日来ないよ。
あと3時間。どうしようかな?というわけで、まずファミレスでお昼を食べて、その後は見沼田んぼ(今は植木畑だけれど)で、ヨモギを摘むことになりました。
ヨモギなんてどこにでも生えてるもので、しょっちゅう摘んでいたものだから逆にあまり深く考えたことがなかったらしく、「あれ? ぜんぜん生えてない」と、改めて畑の周りにヨモギがないことに気づいたりして。結局、畑の周りではなく芝川の土手で摘むことに。ところが、ヨモギはあったにはあったのですが、周りがとても汚い。とにかくゴミの多さにびっくり。どこまで行ってもゴミ、ゴミ、ゴミ。どこのヨモギだったら摘めるんだろう…。
蓮と沙羅は、珍しいものなら何でも興味を示すので、次から次へとどんどんゴミを拾っては、見せにきます。せっかく興味を持っているものを頭ごなしに怒るわけにもいかず、
「うーん、これなんだろうねえ?」
けれども、5個、10個となると“なんだろうねえ?”も限界。危ないものもあるので、一生懸命、ヨモギに興味を移させて、何とかビニール袋に半分ほどのヨモギを摘んで帰ってきました。
久しぶりに孫に癒された一日でしたが、帰ってくると涙はぼろぼろ、鼻水はだらー。
どうやら蓮も花粉症らしく、目が真っ赤。
「あああ、花粉症は孫との楽しみまで奪っちゃうのかねえ」

20数年前、三室に住んでいたころは、あんなにゴミはなかったのに…。もっと大人はマナーをよくしないと。こんな自然の中からも大人のマナーの悪さから、安全な子どもの遊び場が奪われているんだなあと実感した一日でした。
とっても恥ずかしい話だけれど、うちの庭(マンション1階の専用庭)には、すごい数のタバコの吸い殻が落ちています。道路から投げ込めるようなところではないので、間違いなく我が家の上階に住む誰かがベランダから捨てたものです。明らかに火をつけたまま捨てたと思われるものまであります。とてもじゃないけど許せる範囲のことじゃない。孫たちにとってはとっても大切な遊び場なのに、まさか自分の家の安全な遊び場までが大人のマナーによって奪われちゃうなんてね。今度の日曜日はマンションの管理組合の総会。しっかりと意見を言ってこなくちゃね。
ベランダからタバコの吸い殻を捨てるなんて絶対に許さないぞ!

 


**3月22日(火)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
「見沼田んぼ」「芝川」「三室」はさいたま市、特に浦和近辺に住み人なら誰でも知っているとてもポピュラーな場所です。

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2019年11月10日 (日)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第145回】「下の動物園 その2」

「そう言えば、今は“上野”動物園って言うけれど、小さいころ“上野の”動物園って言ってたよ」
「ふーん」
「それってさ、“上野にある”動物園だから、“上野の”動物園って言ってたんだろうけど、私の意識の中ではかなり大きくなるまで“上野の動物園”っていう名前だと思ってた。“上野動物園”っていう名前なんだってわかった時は、カルチャーショックだったよ。今考えると、母の実家に行った時、誰だったかに“上野の動物園にでも行ってくれば”って言われたのがきっかけで、そう言い出したように思うんだよね。母の実家は早稲田にあって、都内のそういうところを“××の動物園”とか“××の交通公園”とか言ってたんだよ」
「へええ。でもそれって、“××の”っていう助詞じゃなくて“血がが”の部類じゃないの?」
「?」
「ほら、子どもって“血”とか“蚊”とか一字の言葉をうまく理解できなくて、“血がが出た”とか“蚊にに刺された”とか言うでしょ」
「ああ、そうだね」
「だから、“上野の”っていうのもそういう類じゃないのって言ってるの」
「“上野の”っていうのはそんなに深い意味(?)があるわけじゃないよ。単純に上野にある動物園の名前が“上野の動物園”って思ってただけだよ。そういえば麻耶(まや)はずいぶん大きくなるまで“血がが出ちゃった”って言ってたね」
「真(まこと)と翔(かける)は“蚊にに”はあったけど、“血がが”はほとんどなかったよね」
「そうそう。麻耶はずいぶん長く“血がが”も“蚊にに”も直らなかったから、何度かよく教えてやったのに結局直らなくて、どこでどう気づいて直したのかわからないけど、自分で直すまで直らなかった」
「はははっ。結局自分で気づかないと直らないんだよね。その劇的な瞬間に立ち会ってみたいけど、どの子も知らないうちに直っちゃった!」
「まったく!」
「努は“血がが”と“蚊にに”だけじゃなくて、“うわら”と“くがまや”と“おつまり”っていうのもあった。“うわらからでんしゃでくがまやのおつまりにいく”(浦和から電車で熊谷のお祭りに行く)って言ってたからね」
「ああ、そうそうそうそう。なつかしいね。それってほんとにそれっぽいからおかしいよね。“うわら”も“くがまや”も“おつまり”も大人が会話の中で使ったら、けっこう気づかないかも…。“くがまや”なんて使ったら、聞いてる方が“あれっ?くがまやだったかな?くまがやだったかな?”ってなりそうだよね」
「ほんと、ほんと。あれも結局知らないうちに直っちゃったね。劇的瞬間には立ち会えなかったよ。熊谷の母がね、努に何度も“くがまやじゃなくてくまがや”って教えてたけど、なんか努は混乱するだけで、ちっとも直らなかった」
「子どもの成長過程ってあんまり無理に教えるんじゃなくて、待ってやることも大切だよね。“時”が解決することもいっぱいある。やっぱり自分で気づくっていうことがないとなかなか直らないもんね。自分自身が“その気になる”っていうことが重要なことだね」
「まあ、そういうことだね」


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【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第144回】「下の動物園」

「もしもし、やっと車止められたよ。ぐるぐる回ったけど全然止められるとこなくて、結局鶯谷の駅の先まで来ちゃったよ。これから歩いて行くからもうちょっとかかるよ」
「大変だったね」
「ばかだよね。もうちょっと考えればよかった。お正月だもん、初詣の人もいるし、上野なんて混んでるに決まってるのに…」
「電車で来ればよかったね」
「そうだね。でもまあ、蓮(れん)と沙羅(さら)は車の方が楽だったんじゃないの。私だけちょっと歩けばいいんだから。しばらく歩いてなかったし、ちょうどいい運動だよ。今、どこら辺にいるの?」
「モノレールのとこ。これからイソップ橋渡って、山羊でも触らせてやろうかなと思ってさ」
「わかった。じゃあ、そばまで行ったらもう一度電話するよ」

お正月の上野はとても混んでいました。よく考えればわからないことじゃなかったのに、車で出慣れているので、つい車で上野まで来てしまってから大後悔。上野駅周辺の駐車場はどこも満車で長い列。1歳と3歳の孫を乗せたまま列に並ぶわけにも行かず、妻と孫を国立博物館の前で降ろして、私は駐車場を探しに上野駅周辺を一回り。鶯谷駅の近くにやっと空いている駐車場を見つけて止めました。寛永寺の境内を抜けて芸大の脇を通って、都美館(東京都美術館)の前へ。いやいや上野の広いこと広いこと。行けども行けどもなかなか動物園に着けません。やっとのことで入り口まで辿り着くとチケット売り場が長い列。
あああ~!

「今、入ったけど、どこにいるの?」
「今ねえ、キリンの前のレストランで食事させようとして、レストランに向かってるとこ」
「わかった。急いで行くよ」

私が入ったのは表門で東園の1番東側。キリンがいるのは西園。しかも1番西側ですから、動物園を縦断(横断?)しなくてはなりません。わかったとは言ったものの、
あああ~!
孫と一緒に動物園を楽しむのはなかなか大変。

レストランに着くと蓮と沙羅がちょうど外のショーウインドーを見ながら、何を食べようか選んでいるところ(そんなにしっかり選べるほどメニューはないけど)でした。ホットケーキとハヤシライスを食べることにして、中に入るとこれまた満席。食べ物の乗ったお盆を持ってキョロキョロと席を探している親子連れが何組かいます。私がオーダーに、妻が蓮と沙羅を連れて席を探すことに。
あまり待たずに座れたらしく、私がハヤシライスとホットケーキをお盆に乗せて運んでいくと妻と孫たちは中程の席に座っていました。
「今、大変だったんだよ。大人がみんな席の取りっこしてるから、ぎすぎすしててさ。隣のテーブルに座った人が椅子が足りなくてすごい形相で探してたから、どうぞってここのを回してあげたんだよ。そうしたらそれだけで、この辺の雰囲気がいっぺんに変わってさ。ほんのちょっとのことで楽しくなれるのに、なんで席なんか奪い合うようにしてぎすぎすしちゃうんだろうね」
「そうだよね。せっかく家族で動物園に来てるんだもんね」

食事がすんでから、キリンを見て、サイを見て…。西園を一回りして、帰ることになりました。
「帰りはモノレールに乗せてやろうか?」
「そうだね」
「ここは上野動物園でしょ。今いたのが西園で、サル山の方が東園だよね。小さいころね、東園が上の動物園で、西園は下の動物園だと思ってた。“下の動物園に行こう”って言って笑われたことあるんだよ。なんで笑われてるんだか全然わかんなかった。そうそう、コタツに“強”と“弱”があるでしょ。あれもね、“熱いから“きょう”じゃなくて“あした”にしてって言ってすごく笑われたことがあった」
「あなたっておかしいね」
「そうかなあ? みんなそう思わないの?」

つづく

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2019年11月 7日 (木)

【「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」第132回】 「秋、まっただ中!」

土曜日の地震は大きかったですね。あんなに大きな揺れが続けてきたのなんて経験がなかったので、ビックリしました。31階建てと7階建ての間にある2F通路にかかっている屋根がそれぞれの建物と擦れたらしくて、揺れが続いている間中すごい音を発していたので、恐怖心が増大されました。被害に遭われた新潟の方々には心よりお見舞い申し上げます。これを打ってるたった今も、地震がありました。新潟の方の揺れがそんなに大きくないといいのですが…。

さて、“秋、まっただ中!” 先々週東北へ紅葉狩りに行ってきました。毎年、高齢の義父(92歳)と義母(88歳)を連れて、八幡平周辺(秋田と岩手の県境周辺)をぐるっと回ってくるのが年中行事の1つになっています。若いころ(20代くらいのころ)は、紅葉の良さなんていうものを感じたことはなかったけれど、10年くらい前に初めて八幡平へ行ってからというもの、すっかり紅葉のすばらしさに魅せられて秋の訪れが楽しみになりました。
赤や黄色に染まる山々は、まさに“燃えるよう”という表現がピッタリ。咲き誇る桜の花もきれいだけれど、紅葉のスケールとその色彩のコントラストはさらに心を揺さぶってくるものがあります。たった1枚の葉の中で緑から黄、黄から赤と3色の鮮やかな色を持ったものがあるかと思えば、まるで火のように真っ赤に染まった葉っぱもある。思わず歓声を上げずにはいられません。
例年になく暑かった夏。そして記録を塗り替えた台風の数。やはり今年の紅葉はどこか変でした。例年だと麓が若干早ければ、中腹が見頃。麓が見頃ならば、中腹はやや遅い。そんな原則があるのですが、今年は麓がちょっと早くて中腹は落葉。麓と山の気候の違いが大きかったのか、例年に比べて見頃を迎えている場所が極端に少なく、ちょっとがっかりでした。
この時期の料理はなんといってもキノコ。山のあちこちでキノコを売っています。キノコ好きの私にとっては、もうたまりません。キノコのおいしさはなんといっても新鮮さにあるので、なかなか旅行の最中に生のキノコを買うわけにはいきません(といいながら、実はけっこう買ってくるのですが)が、ビン詰めをよく買ってきます。みそ汁に入れたり、炒めて食べたり…。
“ああ、秋だなあ!”なんてね。

秋になるとスーパーに並ぶものがあります。栗、イチジク、ザクロ、柿、梨…。
イチジクもザクロも柿も好きなんだけれど、どうしても買う気になれないんだよね。妻が柿を買おうとすると、
「そんなものスーパーでお金出して買うもんじゃないよ」
なあんてなっちゃう。
子どものころ、実家の庭にはいろいろ実のなる木がありました。柿の木は3本あったし、イチジク、ザクロ、ビワ、桃、梅、グミ…。どれもたくさんなって、全部食べるなんてことは全然無理。食べたくなったときに、先を割って小枝を挟んだ竹の棒(これ何のこといってるかわからない人の方が多いんだろうね? どう説明したらいいのかなあ? 見せてあげられればなんのことはないんだけれど)で採って食べるだけ。なるべく採って近所に配ったり、なんか工夫して保存したり、いろいろ無駄にしないようにはするけれど、全部無駄にしなくてすむような、そんなレベルの量じゃない。最後まで木に残っている柿を小鳥が食べたりしてね。もちろん熊はいなかったけれど。
果物を見ていると季節を感じるよね。昔は野菜でも季節を感じたでしょ? でも私くらいの世代までかなあ? 夏にはやたらとナス、キュウリ、トマトなんかが多くてね。冬になると白菜と大根。そんな季節感て、日本での子育てにはとっても重要だと思うんだけれど、最近は一年中ほとんど気候の変わらないハワイがいいなんていう人が増えちゃってね。ずいぶん多くのことを四季の変化から学んできた気がするので、それでいいのかなあ?なんてどうしても疑問に思っちゃう。
そろそろ、別所沼公園と大宮公園の銀杏(ぎんなん)が拾えるころだと思うよ。お子さんと一緒に出かけてみたら。ちょっとくさくて、手に汁が付くと手荒れの原因になるからちょっと注意してね。


**10月25日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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2019年11月 4日 (月)

第119回「サービスエリア」

「間に合うかなあ?」
「んー、どうだろうねえ…」
「間に合わなかったらバッカみたい。なんで早く出てきたかわかんないじゃん」

妻の両親は熊谷で2人暮らし。父が92歳、母が88歳になりますが、週に数回ヘルパーさんを頼んで、なんとか2人で暮らしています。そんな両親の昼食や夕食の世話をするために、妻があるいは妻と私が、週に一度くらいの割で熊谷を訪れることがあります。この日は、昼食を作りに妻と私で熊谷へ向かっていました。以前は国道17号を使って熊谷まで行っていましたが、ここのところ渋滞がひどく、わが家から熊谷まで、2時間以上もかかってしまうことがあるので、ちょっとお金はかかるけれど、今では東北道を使って加須経由で行くか、関越道を使って東松山経由で行くことにしています。

「どうかなあ? あるかなあ?」

午前10時くらいに家を出て、関越道経由で行くことが多いのですが、この日は30分ほど早く家を出ました。目的は高坂サービスエリアのメロンパン。これが一度食べたらやみつきになっちゃう美味しさ(メロンパンの宣伝をしているわけじゃないんだけどね。カハハッ、とりあえず私の好みだっていうことにしておいてください。どうも妻は私ほどは感動してないみたいだから)ですが、関越道経由で熊谷に向かうときは必ず高坂サービスエリアに寄ることに。ところが人気があるらしく、ちょうど焼き上がったころに行かないと買えないことが多いのです。サービスエリアですから、定時に焼き上がっているというわけでもないらしいのですが、ここのところタイミングが悪く、3回連続して買えなかったので、この日は若干時間をずらして、少し早めに出てきました。

「あああああああ! なーい!」
「・・・」
高ぶっていた気持ちが一気に引いて、頭から首筋にかけてが、なんかこうヒンヤリとしてくるような寂しさ…。
“ダーッ! 今日は絶対買うー!”
「おばさん! 次のメロンパン焼き上がるまでにどれくらいかかります?」
「うーん、まだこれからオーブンに入れるから、40分はかかると思うよ」
「ホーッ、40分…」
妻にむかって
「ねえねえねえ、食事するよ」
「うふふっ、そう言うと思った」

結局メロンパンが焼き上がるまで、レストランで食事をすることに。
ったく、いい大人がそこまでこだわるかねえ?!
なんとかメロンパンをゲットして熊谷に着いたのは正午。これじゃあ、17号を使った方がよっぽど早く着いたかも…。

22日、熊谷うちわ祭りの最終日はちょっと熊谷のウチに顔を出すことになりました。仕事をちょっと早めに切り上げて熊谷に向かった私が着いたのは午後8時半。父と母が食べた夕飯の残りをちょっと食べて帰路に。
この日は、えらく食欲旺盛で、
「ねえねえ、ウチに帰っても御飯ないって言ってるし、これから麻耶に炊かせて食事の支度するのもおっくうだから、ステーキでも食べて行っちゃおうよ」
ところがちょっと時間が遅く、お目当てのステーキやさんはタッチの差で“CLOSE”。加須方面に向かっていたので、
「しかたないから、蓮田のサービスエリアでいいか…」
ここのところ関越道を使うことが多かったので、蓮田のサービスエリアに寄るのは久しぶりです。
「あっ、変わってる! この前工事してたけどこんなにきれいになったんだあ。早く入ってみよう」
ところが、入った途端に愕然!
「なにこれ?! 吉野家じゃん!」
サービスエリアにお店を出していたのは、“らあめん花月”“吉野家”“麺処すいれん”(すいれんていうのはよく知らない)。
「えーっ、なんでこんなんなっちゃったの?! あのローカルな豚汁定食とコロッケ定食でよかったのに…。吉野家で食べるんだったら、なにも高速道路のサービスエリアなんかに寄らないよ。ローカルでいろーんな味のものがあって、その中から美味しいって思うもの探すのが楽しかったのにね。知ってる味のものなんてこんなところで食べたくない。こういうところからもどんどん個性が失われて行っちゃうのって嫌だね。こういう時代だからこそ、どんなところにもいろいろな顔があっていいのにね。人も同じように個性が奪われてっちゃうのかなあ? 安全な方、安全な方ってね。ちょっと寂しいね。なんだかこうなっちゃうとあのまずかったラーメンが懐かしいよね。きーめた! 熊谷に行くときは絶対関越道。あのメロンパンは高坂のサービスエリアにしか売ってないもんね」
(2019年11月4日現在、本文中のメロンパンは販売していません)


**7月26日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。


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   Re: 第119回「サービスエリア」 2004/07/28 3:52:30  
 
                      りんりん

 
  そういえば、北陸道だったか、東北道だったかのS.A.に寄った時、モスバーガーがあったんですよ。私的には、まずい そば かなんかを食べなくてすんだんで、助かったんですけど、大関さんが言うように社会がどんどん画一化されていくことって、子供を画一化することにつながっているんですよね。個性重視って言いながら、大きな部分で反対に向かっているのは心配です。
もっとも、私は吉野家歓迎ですげど・・(笑)
子育てはS.A.にならないように気をつけます。
  
元の文章を引用する
 

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   画一化 2004/07/31 13:31:06  
 
                      大関直隆

 
  ご意見ありがとうございました。
価値観が非常に多様化しているなかで、
S.A.も個性的になりつつあります。
温泉やマッサージ、水族館、スキー場…
そういう意味では、個性化が進んでいる(実はこれも自分がわかっているサービスを求めるという点で画一化なんですけれどね)と言えるのに、
一方で吉野家やモスバーガーのような店舗も増えている。
味がわかっているという安心感や
日頃の自分の行動範囲から出たくないというような
オタク的な発想がそこにはあるのだろうと思います。
本来、高速道路のS.A.などというところは、
子どもたちにとって心が浮き立つ場所であるはずなのに、
そこに子どもの日常と同じものしかないということが、
子どもの無感動を生みはしないかと気になるところです。
小さい頃にはとても表情が豊かなのに、
大きくなるにしたがって、表情が消えていく。
そうかと思うと、異常なまでに陽気になったり、
激しく怒ったりする子がいる。
日常の生活の中から、
”ごく平凡な感動”が消えるだけで、
子どもたちの心は歪んでいってしまうのではないかと思います。
安心を求めて社会の画一化が進んでいくのではなく、
不安な中にも喜びや悲しみや感動がある世の中になったら、
子どもたちも感動の持てる人間に成長していくのでしょうけれど。

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2019年2月11日 (月)

第73回「たった400人の島  その1」

新潟県に佐渡島があることはみなさんご存じと思いますけれど、粟島があることをご存じの方は少ないと思います。
粟島は佐渡島よりやや北に位置している周囲約20㎞の小さな島で、人口は約400人(2年前くらいには「440人」て出てたんだけどなあ…。今ネットで調べたら「約400人」になってる)、島全体で粟島浦村という一つの村になっています。2001年に行われた村長選挙で、当時の村長が、立候補をしようとした人の住民票を休日であることを理由に交付せず、選挙妨害で訴えられて、いったんは選挙無効で村長を失職しながら、やり直しの村長選挙で失職した村長が17票差で再び村長に当選したことから、昨年大きく報道されたので、覚えている人もいるんじゃないかな?どうも村長選挙のゴタゴタは対岸の村上市との合併問題が理由で、再び当選した現村長は推進派らしいので、ひょっとするとそう遠くない将来に「粟島浦村」は消滅してしまうかもね。3市合併で「浦和」っていう市がなくなってしまったのとちょっと違った意味で、こういう小さな村が消えていっちゃうのは寂しい気がする。

4年前「ズームイン朝」で島の名物の「わっぱ煮」の紹介をしていたのを見て、私はこの島を初めて知りました。ちょうど夏に義理の両親を連れて行く「海」を探しているところだったので、さらに「粟島」についての情報を収集してその夏は「粟島」に行くことに。義父はちょっと難しい人なんだけどえらく粟島が気に入って、それから毎年「粟島」に出かけています。

そんな小さな島だから、本土からの車の乗り入れはできなくて、対岸の岩船港に車をおいて、フェリー(一般の車両は乗れないんだけど、フェリーなんだよね???地元の人の車は乗れるらしい)で渡ります。55分で渡れる高速船もあるけど、やっぱり船はゆったり行くのが一番。とはいえ、フェリーでもたった1時間半だけど。

汽笛とともに船が出航したときの気分といったら、なんとも言い表しようがない。なっ、なんと去年からハーモニカ持参(これがまた出かける前日の夜に「やっぱり船にはハーモニカが似合う」なーんて言っちゃって、出かけるまでに何時間かしかないのに、夜中にわざわざドンキホーテまで行って買ってきたハーモニカだからね)して、船の上でハーモニカ吹いてるの。もちろん、なるべく他の人の迷惑にならないようにデッキの上の、人のいないところでだよ。
♪はーれた空~ そーぐ風~(もちろんハーモニカだから歌詞はないよ)
とか
♪カモメ飛ぶ あーおい空~ ひかりかがやく 海ばーら 
とかね。
知ってる?
やっぱり船にはハーモニカだね。

そのうち子どもが集まって来ちゃったりして、
そしたら、
♪南の島の大王は その名も偉大なハメハメハ とか♪アーイアイ アーイアイ おさーるさーんだよ~ とかやってるわけ。
北へ行ってるのになんで南の方の曲ばっかりなんだかわかんないけど、そういえば明るい曲って南の方ばっかりだね。北の方へ渡る船って、なんか暗いねえ…。
♪上野発の夜行列車降りたときから -中略- 連絡船に乗り~ とかなっちゃう…

ちょっと話がずれた…。
それでその「粟島」観光のキャッチなんてね、「何にもないを楽しもう!」みたいなやつ。それでほんとに「何にもない」の。それがまた何とも言えないんだよね。船は島の東側に着くんだけど、真ん中の山を越えて西側に行くと携帯電話も全然通じないし…。一昨年まであった公衆電話(島の西側にはそれ一台だけだったんだよ)も去年から撤去されちゃってるし…。
(携帯電話通じないんだから撤去するなっちゅーの!)

海に沈む夕日はとっても美しいけど、やっぱりセンチメンタルになるね。真っ暗になった空を眺めると天の川がくっきり見えるよ。

次回につづく

**2003年8月19日(火)掲載**

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2012年5月 1日 (火)

むさしの村、行ってきました!

孫二人を連れて、加須にある「むさしの村」に行ってきました。
前半の連休の最後の日ということもあって、東北道は渋滞なし。
普段よりは交通量は多いものの、
80キロ以下になることはありませんでした。
家を出たのはそんなに遅くなかったんですが、
いつものことながら、サービスエリアで時間を使い、
むさしの村に着いたのは、11時半。
初めて、第2駐車場に回されちゃいました。
すぐ近くなので、問題ないですけどね。
小学校5年と4年になった孫には、むさしの村はちょっと幼稚な感じかな???
着いたのが遅かったため、イチゴ狩りが出来なかったのと、
いつもならやってる野菜の収穫が、
さすがに人が多すぎて、作物が間に合わないとかで、ゴールデンウィーク中は中止。
やっぱり、そういうものがなくて、
乗り物だけだと飽きちゃうみたいです。
と言っても、二人とも、絶叫系のアトラクションはNGだから、
私からしたら、これでいんじゃないのって思うんですが、
さすがにプライドがあるんですかねえ(笑)

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