【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第293回「i=愛のあるメール」
DoCoMo「iのあるメール大賞」の第6回受賞作品が20日付の新聞紙上に載りました。
仕事柄、広告には結構敏感に反応する方だと思うのですが、全体のイメージばかりに気をとられているせいか、こんな内容のコンテストあったっけなあ?と、この「iのあるメール大賞」のことはまったく記憶にありませんでした。受賞作品の内容から言って、もちろん「i」=「愛」ですよね?こんなことを言っているようじゃ、どうしようもないですね。
「今年も消えることのない20,039通もの感動が集まりました。」という文面や審査員を務める秋元康氏の「回を重ねるごとに、この『iのあるメール大賞』の認知度が高まり、今まで、こういうコンテストに応募したことのない方の作品も集まったので、審査をしながら、とても新鮮な感動を覚えました。」というコメントを見ると、結構定着しかかっているんですかねえ?
まあ、それはさておき、今回私がこの「iのあるメール大賞」の広告に引っかかったのは、受賞作品の内容でした。このコンテストに応募した人には、それぞれ感動があり、その感動を伝えるためにメールを使ったということはよくわかります。生活のスタイルも人それぞれだし、何に感動するかも人それぞれです。夫と妻の関係、親と子どもの関係もまったく人それぞれ。どういう関係が良くて、どういう関係が悪いなんていうことも軽々には言えません。ただ、何度か連載の中でも言ってきたように、うちのカウンセリング研究所にカウンセリングや教育相談に訪れるクライエントさんの多くは、幼児期から成長過程において親子の距離が近すぎて、結果として成人後の自立を妨げ、社会参加がうまくできなかったり、職場の中での人間関係がうまくいかなかったり、あるいは恋愛・結婚という中で、相手との距離がうまく取れなかったりというものです。
今回の受賞作を見ても、親子間のメールはどうもその距離感に違和感があります。もちろん、応募者にはそれぞれの関係があり、それぞれの感動があるわけですから、それはそれでいいのですが、「距離が近すぎる」と感じるものが目立ち、受賞作全てが、同じ距離感であることがとても気になりました。おそらく、応募作品の中には違った距離感のものも相応に含まれているとは思いますが、そういったものが表に出てこないということは、社会一般で考えられている「いい親子関係」(これこそがいい親子関係という)という概念における親子の距離感がすでに近すぎるということに他なりません。
(DoCoMoのホームページに受賞作が掲載されています。携帯電話で「メール大賞」で検索するか、ドコモのケータイから「iMenu→お知らせ→「第6回iのあるメール大賞」)
R25.jp(http://r25.jp/magazine/ranking_review/10004000/1112007062107.html)というフリーマガジンで、「メール人格」について取り上げられていたことがありました。メールでは、「リアル人格」(本来の自分が持っている人格)とは違う「メール人格」が出やすいというもので、例えば送られてきたメールが、本来の相手のキャラと違って、妙に明るかったり、暗くて怖かったりとリアル人格とメール人格とではギャップがあるのではないかというもので、メールを受け取る側もメールに表現されている内容以上に深読みしてしまい、勝手に先入観を持ってしまったりするとも述べています。確かに自分のことを考えても思い当たる節があります。
そういう「メール人格」が、面と向かってでは言いにくい親子の会話や普通だったら気軽に話が出来ないような人間関係でも、コミュニケーションを取らせている。本来、距離が遠い関係であったり、上下の関係であったりしたものの距離をぐっと近づけ、これまでとは違った人間関係を生み出してしまった。それはメールのいいところでもあるけれど、悪いところでもあって、人間関係から「厳しさ」という1つの要素を奪い取ってしまったように感じます。
「iのあるメール大賞」はDoCoMoの宣伝。「愛のある」メールももちろん受け手に感動を与えるものではありますが、リアルタイムの面と向かったリアルな感動をもっと大切にして、緊張感のある人間関係を築きたいものですね。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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