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2022年3月21日 (月)

【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第255回「代理出産」

最近の出産医療の現場にはとても強い懸念を持っています。
大きく取り上げられるようになったのは、やはり高田延彦、向井亜紀夫妻の代理出産の件からだと思います。
つい先日も、最高裁判決がありました。
「タレントの向井亜紀さん(42)夫妻が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(3)について、夫妻を両親とする出生届けを東京都品川区が受理しなかったことの是非が問われた裁判で、最高裁第2小法廷は23日、受理を区に命じた東京高裁決定を破棄し、出生届受理は認められないとする決定をした。
 古田佑紀裁判長は「現行の民法では、出生した子の母は懐胎・出産した女性と解さざるを得ず、代理出産で卵子を提供した女性との間に母子関係は認められない」とする初判断を示した。向井さん夫妻側の敗訴が確定した。(3月24日 読売新聞)

もう少し最高裁判決を詳しく見てみると、
「実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのような者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にいう公の秩序に反するといわなければならない。」
と述べています。
最高裁判所としては、「単に私人間の問題にとどまらず,公益に深くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものである」ということが大変重要なわけで、大変良識的な判決であったと思います。
私のように子どもがいたり、孫がいたりするような者には、不妊の問題を語るのは大変難しいのですが、生殖医療の問題も含め、強く懸念しているのは、代理出産や生殖医療が、大きくお金と関わっていること、子どもができるということばかりが前面に出て、危険を伴うことだという報道が非常に少ないこと、子どもができないということがまるで犯罪被害者や交通事故の被害者のように「かわいそう」といった悲劇のヒロインに祭り上げられている(今は「かわいそうな女性」となっていますが、これが行き過ぎると「子どもを産めない女は女ではない」となりかねないと心配しています。1月の「女性は産む機械」という柳沢発言などとも重なって…)ことなどです。
最近の生殖医療の報道を見ていると、産む側あるいは親になる側の権利というか選択というか、そういうことを大きく報じ、「かわいそうだから救ってあげよう」という雰囲気を必要以上に演出しているように感じます。もちろん報道にだけ言えることではなく、世論の方向もそちらに傾きかけている。けれども、子どもが生まれ育つということの中心は、子どもであって、親の満足ではないはず。どうもそこの根幹部分が抜け落ちて、まるでペットを飼うとか、ぬいぐるみや人形をかわいがるというような感覚で、子どものことが語られているようにさえ感じます。
昨日(15日)、「体外受精による妊娠は妊娠異常が多い」という報道がありました。産婦人科学会でもさまざまな意見がある中、何が正確で、何が公平な発表・報道なのかということも、われわれには判断しにくい部分はありますが、単純に感情に惑わされることなく、子育ての本質を忘れないようにしたいものだと思います。
やはり、出産・子育ての主役は親ではなく、あくまで子どもなのですから。

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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