【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第235回「揺らぐ教師への信頼」
今回の未履修問題は、教育界の閉鎖性や独断性を強く示したものと思います。学校というところはかなりモラルが欠如したところに成り下がっている。かなり厳しい校則を設けて、生徒に守らせているにもかかわらず、教師はというと社会のルールを守らない。そういう教育界のいい加減さが、今回の事件の根底にあると思います。根本的な解決には教育課程の見直しや入試改革が必要なことはいうまでもありませんが、制度に問題があるとしても、だからといってそれを守らなくてもいいということにはならない。守れないようなルールなら、守らないのではなく、ルールを変えるのが筋。それを「こんなことを守るのは無理」とか「この程度のことはどこでもやっている」とばかりに、ねじ曲げてしまう教育関係者の多いこと。
例えば、マラソン大会で外に出て、半日で終わって生徒と教員を帰して教頭だけが学校に戻る。教員は勤務時間いっぱい勤務したことにして、「何か(事件、事故のようなことが)あったら、時間休を取ったことにしておきますから」とあとは教頭が処理をする。生徒に対する暴力が発覚して、教育委員会から処分を受けるような場合でも、部活動等である程度実績を残している教員なら、別室に呼んで「まあ、一応呼ばないわけにもいかないので」とあとは雑談をして終わりにする。こんなことは、法の精神を逸脱して、完全にルールに反していますが、教育の現場ではけっこう常態化している。そんな体質で教育行政が回っているわけだから、いじめなんて発見できるわけがない。
「教育に携わっている」のだから、なおさらもう少しまともな流れにしないと…。
ある校長先生は、「校長になったら校長室で新聞を読んでるくらいしかやることがなくなっちゃってね。隅から隅まで新聞読んでるよ」と言う。何があっても校長が最終責任を負わされるのだから、そういうことがあってもいいとも思うけれど、「何言っても教員はいうこときかないから、何もしない方がいいんだよ」となると、ちょっと首をかしげたくなる。教員は忙しい忙しいと言うけれど、ある教員の奥さんが「うちの亭主って教員でしょ。ヒマだからさあ、夏休みになったとたん、ずっと家にいて困っちゃう」と愚痴とも、自慢とも取れるようなことを言う。
確かにわが家も、妻が教員をしているころには、海・山・山とか海・海・山とか、夏休みには2泊3日や3泊4日の旅行に3回くらい出かけることはあったし、冬になれば必ず子どもを連れてスキーにも行ってた。妻は現職中でも子どもたちと一緒に、ドイツにいる息子のところに40日間の旅行に2回も出かけることができた。妻も子どもも若干の休みは取りましたけれど、そんなことができたのは教員だったからです。今でも教員をしている従姉妹は毎年フランスへ長期(1ヶ月くらいの)の旅行に出かけている。ずいぶん恵まれているなあと思うんです。
妻が教員という恵まれた条件の中だったから、今の私の生活もあるんだなあとつくづく感謝しています。もし教員じゃなかったら、今のようなわが家を築けていたかというと、たぶん無理だったんだろうなあと…。
ただ、その代わりと言っては何ですが、夜中の1時ごろに「息子が暴れていて、2階の部屋で教科書や物を投げつけるんです」という電話をもらい、夜中ということもあったので、私が運転して家庭訪問したこともありました。不登校のお子さんや謹慎になったお子さんのお宅を、夜訪ねたことも1度や2度ではありません。妻が学年主任だったときには、学年の会議が夜11時くらいまで終わらず、私がたくさんおにぎりを作ってバイクで差し入れに行ったこともありました(途中で警察の取り締まりに止められて、前のかごに入っている袋を「これは何ですか?」と聞かれたので「おにぎりです」と事情を説明しながら袋を開けたら海苔の匂いがしたので、「失礼しました」と敬礼をされたんです。学校に着いたときにはもう会議が終わっていて、先生方が門から出ていくところでした。結局そのおにぎりは家まで持ち帰り、私が食べちゃったんですが)。
どうして教員は、そういう実態をきちんと開けないのかなあと思います。教員の大変さもわかります。とは言え、教員は、大変さは主張しますが、楽をしている部分は公表しない。時間外勤務のことは主張しても、「勤務を要する日」に休んでいることは言わない。東京都は、かなり教員に対する締め付けが厳しくなりました。私は、それには反対です。人と人とが関わる仕事に、単純な管理で対応していいのかという疑問をいつも感じています。ゆとりがない勤務の中からは生徒に対する優しさなどというものが生まれてくるわけがないと思うから。
ただ、厳しくなるのには理由がないわけではなくて、都立(高校)の場合などは、通常の休みの他にも週に1日研修日といって実質休みの日があった。何が研修かなんていうことは微妙な問題だから、研修の内容を書類で出すにしたとしても適当に書くこともできれば、なんでも通ってしまうということもある。極端に言えばパチンコ屋に行くんだって生徒指導だし、映画に行くんだって研修になってしまう。都知事が石原氏になってから、そういうところをねらい打ちされているわけです。普通の人の感覚からすれば、ただでさえ休みが多い教員に、公には勤務していることになっている裏の休みがあるわけだから、当然風当たりは強くなる。研修日という言葉を使っていたこと自体、教員にも「休み」とすることには抵抗があったわけで、「休み過ぎ」の批判を受けるという意識があったのだと思います。他より優遇されるのであれば、当然自分たちを自分たち自身で律しなくては。
「ドリームエリア」という民間会社の調査で、子どもに関する悩みの相談相手を、児童・生徒の保護者らに聞いたところ、「学校の先生」と答えたのはわずか1.1%、「相談できる人がいない」の1.5%よりも少ないのだそうです。トップは「配偶者」の約54%。以下「友人」(約26%)「両親」(約10%)の順。
「学校の先生」は、選択肢の中で「インターネット掲示板」「公的機関の相談窓口」に次いで低く、「相談しない」(2.9%)や「相談できる人がいない」(1.5%)よりも少ないとか。
もちろん、最近の教員バッシングが影響しているとも考えられますが、まあわかる気もします。何とか早く、学校への信頼を回復しなくては…。
ここのところ教員の話ばかりしているので、次回は親の話。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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