【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第210回「お弁当 後編」
朝起きてきた翔(かける)は、妻に言いました。
「今日はお弁当いいや」
「なんで持って行かないの?」
「…」
「ご飯も今炊いたんだから、持って行けばいいじゃない」
「いいよ」
「なんで?」
「だって、おふくろの作った弁当って、あれ弁当じゃないよ」
「はぁ?」
「だってさあ、“そのものだけ”しか入ってないじゃん! おれが好きって言うとそればっかりずっと続くし…」
「おまえの好きなもを入れてやろうとしてるんじゃないか!」
「そりゃ、わかるよ。だけど、いなり寿司がうまかったって言ったからって、一週間もいなり寿司が続いたら、いい加減やんなるよ。しかもだよ、弁当箱のふた開けたら、いなり寿司が8個、ドンドンドンって入ってるだけだろっ。あんなの弁当って言えるかよ!」
「じゃあ、どういうのが弁当って言うんだよ!?」
「弁当っていうのはさあ、ちゃんと何種類かのおかずがきれいな仕切りとかケースで仕切ってあってさあ、ふた開けたときに“わーっ、美味しそう!”って思えるようなのが弁当。そりゃあ、毎日そうしてくれとは言わないよ。だけどさぁ、昨日はいなり寿司だけドンドンドン、今日は弁当箱いっぱいカツ丼が詰まってて、あとは何も無しって言うんじゃ、みっともなくて、友達にも見せられないよ。それに何だよ、あの仕切り。ただのアルミホイルをちぎっただけじゃん。あれって、汁が周りに流れて、全部同じ味になっちゃうんだよ。なんで汁が出るようなものをあんな仕切りで入れるかねぇ…。もっときれいな仕切りとかしっかりしたケースとか売ってんじゃん!」
「おまえが贅沢なんだよ。好きなものがいっぱい入ってて何が悪い!? あたしが子どものころなんて、ご飯だけでおかずが何も入ってないなんていうのはましな方。中にはふたを開けても中が空、水だけ飲んでおなかをふくらませた子だっていたんだよ。それでも、みんなにお弁当を持ってきてないことがわからないように、空の弁当箱を持ってきてたんだ」
「何言ってんだよ! それは次元が違うだろ!」
「わかった。じゃあ、もう弁当は作らないからな!」
「いいよっ、食堂で食うからぁ!」
この「弁当いらない事件」のあと約半年間、翔は妻の作ったお弁当を持っていきませんでした。半年くらい経ったある日、翔は私に、お弁当のことについて話しました。
「お母さん、“弁当作って”って言ったら、作ってくれるかなあ?」
「う~ん、どうかなあ…。基本的には作りたいんだから、作ってくれるんじゃないの」
妻と翔がどのように和解をしたのか、私は知りませんが、なんとか和解が成立したらしく、その後、翔はおにぎりを持って行くようになりました。けれども、弁当箱に入った弁当を持っていかないところから察するに、妻の作った弁当が“弁当ではない”と言ったことに対して全面的に謝罪をしたというよりは、お互いの妥協点を探って、適当なところで和解をしたということなのでしょう。
孫の蓮(れん)の幼稚園もゴールデンウィーク明けからお弁当が始まりました。娘の麻耶(まや)は、
「入園するときは、“毎日お弁当といっても、負担にならないように、できる範囲でいいんです”っていう幼稚園の話をそのまま聞いてさぁ、食パンにジャムとバターを塗ったやつとか、肉まん半分とかね、そんなことでもいいのかなって思ってたんだけど、やっぱりそうはいかないよね。去年はお母さんにもずいぶんやってもらっちゃったけど、今年はあたしも一生懸命作ろうと思うんだ。もうちょっとすると沙羅(さら)もお弁当が始まって、二人分になるしね」
と話しました。そして、なにやらいろいろな道具を買い込んできて、でんぶでご飯の上にアンパンマンの顔を描いたり、ウインナーをカニのように切ってみたり、いろいろ工夫をしては、蓮が喜びそうなお弁当を作っています。モミの木の形に切られたハムを持って、蓮が私のところに飛んできました。
「じいちゃん、これ何だかわかる?」
「う~ん、何だろうなあ?」
「これはねえ、ハムでしたぁ!」
なんだよ、形のことじゃなくて、素材のことかぁ…。てっきり形のことかと思ったぁ。
お弁当箱にきれいに飾り付けられたお弁当を見て、妻が言いました。
「ああ、これがお弁当かぁ。これがお弁当なら、私の作ってたのは、確かにお弁当じゃなかったかもなあ…」
かくして、「弁当いらない事件」は、決着したのでした。
まだお弁当の始まらない沙羅は、空のお弁当箱を幼稚園のカバンに詰めては、
「沙羅ちゃん、幼稚園でお弁当食べるぅ!」
と大騒ぎ。
「沙羅ちゃんも、もうすぐお弁当が始まるねぇ! 楽しみだねぇ!」
「うーん!」
〈了〉
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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