【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第205回「命の価値」
「ケイちゃん、こんばんは!」
「かっくんは?」
「今日は来てないんだよ」
ケイちゃんは、その答えに満足できなかったらしく、
「かっくんは?」
と再び聞きました。
「来てないけど、元気だよ。今日はおうちでお留守番してるよ。ケイちゃんと一緒に遊べなくて、ごめんね」
ダウン症のケイちゃんは複雑な表情を見せながらも、ニッコリと笑いました。ケイちゃんは、うちの翔(かける)を「かっくん」と呼びます。
ケイちゃんは、私と妻が月に2回通っていた大田堯氏(元教育学会会長、元都留文科大学学長、東大名誉教授)のご自宅で開かれるサークルに、お母さんと一緒にたびたび来ていました。サークルは、午後6時から8時まで。誰でも参加でき、大田先生のお話を聞いたり、参加者同士の情報交換をしたり…。今の私にとって、子育て・教育の原点となっているサークルです。いつも1階の書斎で開かれていて、サークルの開かれている間、ケイちゃんやかっくんは、お亡くなりになられた大田先生の奥様が2階で見てくださっていたのです。
ケイちゃんは、年下の翔の面倒をよく見てくれていました。幼い翔にも、ケイちゃんの状況は飲み込めていましたが、翔にとってケイちゃんはいいお友達。会えば必ず楽しそうに遊んでいます。ケイちゃんと私たちとは、あまり会話が成立するとは言えないのですが、翔と私たちの関係はちゃんと理解していて、大田先生のお宅はもちろん、他の場所で会ったときにも、私と妻には、必ず、
「かっくんは?」
と翔のことを尋ねます。ケイちゃんにとっても翔の存在は、いいお友達だったのかもしれません。
先日、朝日新聞の夕刊に
『「健常者並み」勝ち取る 障害ある息子交通死、逸失利益求め両親提訴 』
という記事が載りました。ちょっと長くなりますが、どうしても状況を皆さんに伝えたいので、お読みになった方もいらっしゃるかとは思うのですが、ほぼ全文(一部省略しています)をご紹介します。
階上町の田代文雄さん(47)、祐子さん(46)夫妻は、交通事故で亡くなった次男の尚己(なおき)君(当時8)への「死後の差別」と戦ってきた。損害賠償を求めた民事訴訟で、死ななければ将来得られたはずの逸失利益を、ダウン症の障害を理由に「発生しない」と反論されたからだ。2月に和解が成立するまで、息子の尊厳を守る闘いが続いた。
加害者に損害賠償を求める民事訴訟を地裁八戸支部に起こしたのは事故2年後の命日。他の事故遺族から「もっとつらくなる」と止められ、弁護士には「障害をつかれますよ」と助言されたが踏み切った。
求めた総額約5700万円のうち、逸失利益は3156万円。18歳から67歳まで働けたと推定し、男性の全国平均年収約565万円から生活費5割を引いて計算式にあてはめた。
対する被告側の主張は「逸失利益は発生しない」だった。
ダウン症は、ほかの病気になりやすいとする説や、知能の遅れが年とともに進み平均寿命も健常者より10~20年短いという説を提示。その上で、尚己君の通った病院や通所施設などからIQ判定や保育記録を取り寄せ、「健常者と同等の就労ができ、収入を得ることができる可能性は認めがたい」と主張した。
「尚己を否定され、悔しかった」と祐子さん。地域の子と同じ保育園、小学校に通学し、成長を促す発達の訓練にも通わせていた。成長を記録したビデオを法廷に提出した。保育園で縫った布袋や編んだ縄跳びなども示し、健常児と比べて見劣りしないと訴えた。
ダウン症を持ちながら活躍する人たちを探した。ピアニストや画家、俳優、飲食店従業員など国内外49人分の活動記録を提出した。「色々な可能性があったと感じ、つらい作業でした」
昨年6月、裁判官から和解案が示された。青森県の健常者の平均給与で計算し、労働可能な年限も67歳。計1800万円弱を認める内容だった。和解は今年2月9日、成立した。
原告側の西村武彦弁護士(札幌弁護士会)は「うまく能力を伸ばせれば、将来の可能性があると裁判官がみたのだろう」。被告側は「ダウン症の未就労児の将来をどうみるか、先例は少ない。客観的データに基づき裁判官の見解を求めるには、立場上、障害に踏み込まざるをえない」と話す。
私も法律事務所の勤務経験があるので、司法の考え方は理解しています。けれども、こういう状況を見聞きすると、「人の平等」をうたった憲法は、どう生かされているんだろうと憤ります。加害者も平等であるという論理に基づくのだろうけれど、人そのものの価値が差別されていいのだろうかと、どうしても疑問に思います。翔もかけがえのない命、ケイちゃんもかけがえのない命。二人の命の重さは何ら変わりません。そして二人は「お友達」なのです。
今回の和解が前例となることを祈ります。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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