【子育てはお好き? -専業主夫の子育て談義-】第224回「初めての富士登山 後編」
翌々日のお昼過ぎ、娘の麻耶(まや)から、携帯電話に画像が添付されたメールが送られてきました。
[今、6合目にいます]
というメッセージと一緒に送られてきた写真は、孫の蓮(れん)と沙羅(さら)が携帯電話のカメラの方を向いて、ニコニコ笑っているものでした。
どうもあまり天気はよくないらしく、二人の後ろの方には、霧らしきものが見えます。けれども蓮も沙羅もまったく天気など気にしていない様子で、とにかく嬉しそうです。それまで写真でしか見たことのなかった富士山が“足の下にある”という実感があるらしく、ただ単純にニコニコしているというより、幼いながらも“何か達成感のようなものを感じている”、そんな表情をしています。
[蓮も沙羅も楽しそうだね。雲は取れそうか!?]
と返事を送ると、
[取れないって(笑)]
と返ってきました。
[それは残念。どんな雲が来るか楽しみだったんだけどなあ…]
[今、取ろうとしてるけど取れないって(笑)]
[あんまり無理をしなくていいよって言っといて。蓮くんのおなかにいっぱいためといてって]
しばらくすると、
[また困ってるよ(笑)]
とメールがきました。
富士山の6合目で雲と格闘している蓮の姿がとてもリアルに目に浮かんできて、思わず吹き出しそうになっている自分を感じて、さらにまたおかしさがこみ上げてきました。
そこまで私とメールのやり取りをした麻耶は、今度は妻に、
[まったくじいさん、変なこと言うんだから困っちゃうよ(笑)。ウチって、いつからそんな非科学的なこと、子どもに教えるようになったんだよ!? “雲って何?”って蓮に聞かれたって私にはうまく答えられないんだから、そういうことを科学的にちゃんと教えてやってくれっちゅーの! よけいなこと言うから、大変なことになっちゃうじゃないか! 今、必死で息吸い込んで、“口開けると雲が出ちゃう”って困ってるよ(笑)]
とメールが送られてきました。
蓮とのほんの些細な会話が、どうやら大変なことを巻き起こしちゃったみたいです。
3人が富士山から帰ってくる日は、昨年亡くなった義父の新盆の準備に、熊谷の妻の実家に行かなくてはならないので、3人を家で迎えてやることができませんでした。
麻耶から、“家に着いた”というメールがきました。
[今、着いたよ。蓮が口を開けると、雲が出ちゃうって言って、息を止めて真っ赤な顔になってるんだけど…(笑)]
家に着いてから、息を止めたってなんにもならないのにね。富士山から家まで、どうやって息止めてたんだろ?
翌日、3人も熊谷にやってきました。私の方にやってきた蓮はにやにやしています。
「じいちゃん! 雲さん出すからね!」
と言うと、“ふーっ!”と私の目の前に息を吹き出して見せました。
「あーっ! 雲さんだぁ!」
と私と妻が調子に乗って言うと、今度は、
「はぁーっ!」
と息を吹き出してにやにやしています。蓮は、雲が持ってこられないものだったことをちゃんと知っているのです。取れないものを取れると思っていた自分に対する照れと、取れないものを取ってこいと言った私に対する非難と、そして何よりも本物の雲の中に立ち、雲というものがどういうものなのかということを自分自身で悟った満足感が入り交じった複雑な表情、私には蓮の表情がそんな風に見えました。いつからこんな俳優さながらの“ごっこ”ができるようになったんでしょう。
新聞の一面に、血だらけの子どもがお父さんに抱えられているレバノンの写真が載りました。その写真をかなり長い間見ていた蓮は、なんの脈絡もなく突然、
「蓮くん、大人になったらお医者さんになって、この子を治してあげる!」
と言いました。世界のあちこちで戦争や紛争が起こり、多くの子どもたちが犠牲になっています。世界中の子どもたちが、みな幸せに、楽しく暮らせるよう、今に日本の平和を世界に広げたいなあ、つくづくそう感じました。
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、地域情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。
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