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2019年6月

2019年6月10日 (月)

第105回「イラクの人質事件」

こういうコーナーに政治的な話が不向きなことはよくわかっていますが、子どもを育てている親として、これだけ大きな問題に触れないわけにはいかないので、イラクの人質事件について、述べることにしました。

昨日(11日)未明、「24時間以内に無条件解放」の情報が流れてから、まもなく24時間が経とうとしています。昨夜、仕事から帰ってずっとTVのニュースに注目をしていましたが、午前2時(12日)を過ぎた時点でも未だに「解放」のニュースはなく、たった今、ネット上のニュースにアル・ジャジーラTVを通して犯人側から突きつけられた新たな3つの条件がUPされました。その内容は、

一、日本の外務副大臣がファルージャを訪問し、米軍が行った虐殺と集団墓地を視察する。

一、日本政府がイラク国民の大義に関する公式の立場を表明し、イラク国民に謝罪する。そして、日本の軍隊(自衛隊)をイラク領土から撤退させる。

一、日本政府に24時間与える。これは延長されない。1人目の人質は、この24時間が過ぎれば殺される。取引の余地はなく、残りの人質もその後12時間で死を宣告される。

というもの。たった今、午前3時のニュースでその内容の信憑性は低いとの政府の見解が示されましたが、何が根拠なのやら…。

今の状況で、日本政府が自衛隊を即時撤退させられない立場もわかります(私が政治家でもおそらく撤退させないだろうという程度に)が、「撤退させないことが当然」という政治家の雰囲気がとても嫌です。

自衛隊を派遣する段階で、「今回のような事態を想定していたのか」と問えば、おそらく政治家でなくとも、「あり得る」と考えていたのだろうと思います。その上で、今回のような事態に自衛隊の即時撤退が考えられないとすれば、初めから民間人に犠牲者が出ても仕方がない(もっと強い言い方をすれば、“大義名分のためには犠牲者が出ても助けない”)と考えていたことになって、政治の世界のやっていることには納得がいかない。ここでまた「私が政治家なら」と考えると、おそらく日本国民を守るためには初めから自衛隊は派遣しない。ではいったい、政府(小泉首相)は何を守ろうとしていたのか? “男”のメンツ?

ここで自衛隊派遣の是非を議論するつもりはないけれど、この連載の中で常々述べてきたように、私は世の中が競争原理を中心とした“男の論理”で回るのではなく、共生の原理を中心とした“女の論理”で回っていくことを是としているので、イラク問題だけでなく、イスラエルとパレスチナの問題や世界各地で起こっている戦闘を憂慮しています。

もし、自分の子どもが人質に取られたとしたら、政府の対応は許せない。「解放」のニュースが流れたときには、「自衛隊を撤退させないという選択が正しかった」という空気になりましたが、もともと派遣しなければこういう事態そのものがないわけだから、「撤退させないという選択が正しかった」というのはちょっと違う気がする。もし、無事解放されたとしたら、それは政府の力ではなくて、これまでイラクのために働いてきたまさに人質になっている3人のこれまでの行動が解放させたと言えるのではないか…。

「イラクに行ったのは自分の意思で行ったのだから本人の責任。自分の子どもが行きたいと言っても行かせない」という意見もあるようです。それも一理あると思うけれど、もし日本にも軍隊ができれば、そうとも言えなくなる。やっぱり、私たち親にできることは、「自分の子どもを守るにはどうしたらいいか」を真剣に考えること。世界中の人たちがそう考えたら、もっと平和になるんじゃないのかなあ???

午前4時のニュースでも進展無し。
この原稿がUPされるころには、解放されていることを祈ります。


**4月12日(月)掲載**

※イラクの人質事件は、2002年のイラク戦争以降にイラク武装勢力によりイラクに入国した日本人が誘拐され、人質として拘束された事件。ここでは2004年4月に3名が誘拐され、自衛隊の撤退などを求められた後、イラク・イスラム聖職者協会の仲介などにより解放された事件。

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第104回「発想の転換」

「大人の都合」と「子どもの都合」のことを何度となく述べてきましたけれど、どう考えてもやっぱり世の中は大人の都合で回ってるみたい。六本木ヒルズの回転ドアであんな事故が起こったと思ったら、今度は大阪府高槻市の回転式遊具で指を切断するという事故が1日に2件続けて起きてしまいました。もし、六本木ヒルズの事故が、ケガですんでいたら、おそらくこんなに大きな騒ぎにならず(これまでに何件もの事故が起きていたにもかかわらず葬り去られていたように)に、公にすらならないで終わっていただろうし、高槻市の事故にしても、もし指を切断してしまったのが一人だったら、おそらくこちらも公になることはなかったのではないかと思います。

六本木ヒルズの事故では、建物を所有している森ビルとドアを製造した三和シヤッターとの間で、主張にズレがあるみたいだけれど、どうも議論が責任論に終始している(企業にとっては当たり前のことだけれど)みたいで、子どもを育てていた私にしてみると、どっちが悪いかなんていうことよりは、まず先に子どもにとって危険な場所はないか、総点検してほしい。

昨日だったか、一昨日だったかの新聞に京王百貨店が数年前に暖房効率の関係から回転ドアを設置したけれど、多くの来店客が回転ドアを使わずに両サイドにある押し開きのドアを利用してしまうので、回転式ドアはやめて自動ドアに直したという記事が載っていました。まあ、新聞記事なので事実のすべてを正確に伝えているとは言い難いけれど、回転ドアを直した理由について、「回転ドアを利用せずに隣のドアを利用してしまう人が多い」ことと「回転ドアの回転速度が遅い(危険回避のためにゆっくりにしていたようではあるけれど)ため、人がドアの前に溜まってしまう」ことがあげられていて、今回の事故でもわかるように一番肝心な「危険だから」という発想がないことに、がっかりしました。

最近の報道を見ていると、回転式ドアを設置していないところは、「ウチは一カ所も設置していません」って堂々と胸を張ったりして、なんとなく自慢げにインタビューに答えていたりするけれど、それは本当に危険を認識して設置していないわけじゃなくて、どっちがお客の流れがスムーズで、短時間に大勢の人が入れるかといった単に経済効率を優先した結果がそうなっているだけなのに…。そんな発想で物事を考えていると、また事故に繋がるんじゃないのかな?

大切なのは、回転ドアを設置しているか設置していないかではなくて、「どうして設置していないのか」なんだから。

高槻市の事故についても同じようなことが言えると思う。現在問題になっているのは、「(1)ボルトはいつ、なぜ外れたのか(2)遊具の管理はどうなっていたのか(3)最初の事故後、どうして遊具の使用を禁止しなかったのか-などの解明が課題だ」そうだ。確かに大切なことだとは思うけれど、それだけで終わらないで、もっと子どもの行動を理解して、どんなことになっても危険のない遊具を作ってもらいたいよね。誰が考えたってボルトは抜けることがあるし、抜かれることもある。
「やりたい放題」ってオモチャがある(今もある?私が育てていたころにあった、穴があったり、ボタンがあったり、受話器がついていたり、とにかく子どもがやりたいことを網羅したようなオモチャ)ように、子どもは穴があれば指を突っ込むし、ティッシュペーパーのようにちょっとでも出ているものがあれば、必ず引っ張る。子どもの“遊具”を作っててそんなこともわかんないのかよぉ!って感じ。

もっと根本的な部分の発想を変えなきゃね。私が考えるに、たぶん回転ドアや遊具を作っているのは、理工系を出たエンジニアでしょ? こんな言い方しちゃ悪いけど、そういう人たちに子どもの心理なんてわかるわけがない。もっと設計段階から、子どもを育てた主婦にでも関わってもらった方がいいんじゃないの。そういう発想が大事だと思うけどね。

そうそう、もう一つ。
台形の面積を求める公式が、小学校5年生の教科書に復活するんだってね。それについての報道をテレビで見たんだけど、誰が出てきても議論が陳腐なの。とにかく公式を覚えさせることが必要か必要じゃないかの議論に終始してる。まったくあきれるんだから。台形の面積を教えるっていうのは、公式を知ってるか知らないかが重要なんじゃなくて、一つの台形の面積を求めるのに上下を逆さまにくっつけて、いったん2つの台形にするっていう発想を教えることが大切なのに…。公式をただ単に覚え込ませるんじゃなくて、そういう発想の柔軟性を教えてくれたら、きっと子どもに対する事故も減るんじゃないのかなあ?
ちょっと飛躍しすぎ???


**4月5日(月)掲載**

※死者の6歳男児は、3月22日から母親(38歳)とともに東京都に滞在していて26日母親と2人で六本木ヒルズに観光のために立ち寄り森タワーへ入ろうとして2階正面入口の自動回転ドアに小走りで進入し同ドアとドアの枠に頭を挟まれた。同男児が挟まれたのを後から来た母親が気づき,近くにいた人とドアを強く引いて逆回転させ助け出したが既に意識はなかった児童は病院へ運ばれたが2時問後に死亡した。(http://toolbiru.web.fc2.com/  「超高層ビル情報」参考)

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第103回「悪でも××になれる?」

先週、妻が勤務していた高校の職員のOB会があって、30年程前に同僚であった先生方と妻は会食をしてきました。ちょうどそのころは私が在学中で、帰ってきた妻から聞く先生方の名前は、もちろん私も知っています。というより、妻と私にとっては、「あのころはずいぶんと迷惑をかけたなあ」という感じ。

「××先生と××先生が来てたよ」
「ああああ。××先生とは数学の授業のやり方でぶつかっちゃって、白紙で答案出したんだよね。敵も然る者でさ、答案を返すときになったら、私の答案用紙で飛行機折って“零戦が飛ぶ”って飛ばして返すんだからね」
「そうそう、そんなことあったんだよね」

「いい人なんだけどさ、担任だったでしょ。だから、よく呼び出されてなんだかんだ言われたよ。“大澤(私の旧姓)、しっかり勉強してるか?”とか“あんまり音楽ばっかり夢中になってないで、いろいろなことに目を向けなくちゃダメだぞ”とかね」
「そんな言い方っておかしいよね。そういうことで言えば、サッカー部の子たちなんか、みんなサッカーにばっかり夢中になって、勉強なんか全然してなかったもんね。“サッカーにばっかり夢中にならないで、他のことにも目を向けろよ”なんて言ったら笑われちゃう」
「ハハハッ、まったく! 本当は、“あんまり大関先生と親しくなるなよ”って言いたかったんだよね。そんなストレートには言えないもんね」

「一応直接お世話になった先生方には謝らなきゃと思って、“当時は大変ご迷惑をおかけして…”って言ったんだよね。そうしたらなんて返ってきたと思う?」
「???」
「“音楽室は火事出したもんな。あのときはオレも行ったんだ”とかね、“そうそう、あのときの緊急放送は私、私!”とか言うんだよね。“違う、違う! そんなこと謝ってるんじゃなーい!”って叫び出したいくらいだったよ」
「そんなことまで覚えてるんだあ!?」
「そうなんだよねえ。それだけじゃなくて、××先生なんて“大関先生はいろいろご活躍でテレビなんかにも出てらっしゃったでしょ。ウチの学校のこと、とっても有名にしてくださって私も嬉しいんです”だって。“はあっ?”って感じだったよ」

「どうなっちゃってるんだろっ? 教師と生徒が恋愛するなんて褒められたことじゃないのにね。暴走族やってたような奴もいたし、いかにも不良なんて感じの奴もいたけれど、教師を引っかけたっていう言い方すればさあ、私もかなり不良だよねえ。“悪でも主夫になれる!”ってやつで、そこまでやったら評価の対象かね?」
「“悪でも××になれる”っていうのは、××の部分がもっと社会的に身分が高いって言われるようなものじゃないとだめだよ」
「そりゃ、そうだね。主夫じゃあね。弁護士とか医者とか俳優とか…」
「そうそう。今流行ってるんだよね、そういうの。昔は暴走族だった弁護士とか俳優とか。ほらっ、『ジェネジャン』(日テレの番組)で一緒だった宇梶さんとか」
「ああああ。でも“悪でも××…”って考えるのは危ないよ。“あの弁護士さん、昔は悪だったんだって”って言うんならいいけど、“悪でも××…”って言うと明らかに職業に貴賤をつけてることになるし、だんだんエスカレートすると“悪じゃないと××になれない”なんて勝手に曲げて解釈する子も出てくるかもよ」
「そうかもね」
「誰が考えたって、何になるにしても本当は悪じゃない方がなりやすいんだけどね。それがどこかに飛んじゃうのはちょっと違うよね」
「うんうん、そうだね。そうするとやっぱり、ウチの場合は“悪でも主夫になれる”っていう部分を評価してもらったんじゃないわけ?」
「なわけないでしょ! 主夫はあこがれの職業じゃないの! そりゃあね、高校のころはずいぶんいろいろな教員と喧嘩したよ。だけど、××先生にはいろいろお世話になったの。だから、向こうもあんまり悪く思ってないんじゃないの?!」
「そんなこと言うけどね、今や主夫はあこがれの職業かもよ?! ××さんも××さんも、退職したら自慢そうに“今は主夫してます”って言ってたもん!」
「そんなもんかねえ…」

どうも最近、個性重視に偏ってるっていうか、“昔は××だったけど、××になりました”みたいな報道や出版が多いような気がします。それはそれで確かにすごいことだと思うけれど、報道したり出版したりする側は、もっと気を遣わないといけないんじゃないかなあ。“悪”だったことはいいことではないのに、うっかりすると“悪”だったことがいいことにすり替えられちゃうことがある。だいたい“××になれる”と言えば、必ずその職業の部分は一般に地位の高いと言われるような職業がくるに決まってる。まさか“悪でもホームレスになれる”なんて言うわけないんだから。新聞なんかを見てるとそこの部分にはずいぶんと気を遣った記事になってることが多いけれど、TVや雑誌は扱いがとっても乱暴。職業についての貴賤じゃなくて、本当に自分は何をしたいのかをじっくりと見極める力を持ったような子どもに育てたいですね。


**3月30日(火)掲載**

 

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

 

 

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第102回 「仕事モードと子育てモード」

ペットショップを始めて早4ヶ月。
最近、子犬の仕入れに市場に行ったり、ブリーダーを訪ねたり、店内の子犬の世話をしたりと初めてのことばかり。次から次へ未経験ゾーンへ踏み込まなきゃならないので、面白いことは面白いけれど、けっこう忙しい。

朝8時過ぎに家を出ると帰りはだいたい夜の10時過ぎ。バタバタしているときはお昼を食べ損なっちゃうこともしばしばで、しょっちゅう「ああ、腹減ったあ」状態。うっかり朝食を食べ損なうと夜の11時頃まで何も食べてなくて、「あれっ、今日何か食べたっけ?」なんていうこともあったりして…。

自宅に帰ってきてから、広告の原稿考えたり、PCを使って事務処理をしたりで、寝るのはほぼ毎日午前2時頃。こんなんでよく身体が保ってるなあって感じだけれど、最近わかったのは、“大変なのは睡眠時間が短いことはもちろんだけれど、常に緊張していて緊張がほぐれる瞬間がないっていうこと”だっていうこと。

従業員も管理しなくちゃならないし、お客様にも対応しなくちゃならない。人に会うこともずいぶん増えたけれど、すべて仕事モード。顔の筋肉が緩んでない。あんまり仕事にかかわってる時間が長いので、食事をしてるときも、お風呂に入ってるときも、トイレに入ってるときも、もしかすると寝てるときも仕事顔。全然自分では気づいてなかったんだけれど、ちょっと前に、中学校のPTA会長さん(私が小学校で会長をやったときに副会長をやってもらってた女性)から携帯に電話が入って、
「大関さん、元気?」
なんて言われた途端、
「あれっ? なんか変な感じ。すごく違和感ある」って思っちゃった。それは何でかっていうと、自分がこれまで過ごしてきたポジションと、今生きているポジションがあまりにも違うので、自分の気持ちのモードが全然違うから。今が「仕事モード」なら以前は「子育てモード」。どっちにもそれぞれよさはあるけれど、人間的なのはやっぱり「子育てモード」かな???

仕事ってある意味、常に利害が相反する人と接してるわけで、相手に気を許せないので、どうしても緊張がほぐれないけれど、子育てっていうのは逆に子ども同士、親同士が敵対関係にあるわけじゃないから、あまり緊張しないで付き合えるんだよね、きっと。もちろんそういう中にも緊張関係が全然ないわけではない(何年か前にあった音羽の事件のようなのもあるので競争の論理を強く意識しすぎると敵対関係になることもあるけれど)けれど、やっぱり一緒に子育てをしてきた仲間って悩みを共有できるっていうか、ホッとできるっていうか…。

10日ほど前、一緒に子育てをしてきた(翔の公園デビューからずっと)翔の同級生のお母さん二人が、私の仕事場にやってきました。二人ともウチと同じマンションに住んでいたんだけれど、一人は昨年の11月に近くの戸建てに引っ越してしまい、もう一人は同じマンションに住んではいるんだけれど、私がほとんど家にいないので、最近まったく顔を合わせる機会がなく、ほんとに久しぶりっていう感じでした。

話をしていると、「ああ、やっぱり違和感感じる」と思いながらも、4時間も話をしちゃって、「ありゃ、こんなに長い時間いったい何話してたんだろう?」ていう感じでした。お互いに相手の子どもの成長を喜べるような関係っていいなあって感じながら、「ガハハッ、やっぱり私は主夫の方が性に合ってるのかなあ?」なんて思ったりして…。


**3月22日(月)掲載**

※音羽の事件
1999年11月22日、東京都文京区音羽で2歳の幼女が殺害され遺棄された殺人・死体遺棄事件。
被疑者逮捕直後、幼稚園・小学校への入学試験(お受験)にまつわる受験戦争が犯行動機とされ、「お受験」が大きくクローズアップされたことから、「お受験殺人事件」「音羽お受験殺人事件」と呼ばれる。発生地名から単に「音羽事件」とも。


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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第101回 「OB会」

5年ぶり(?)に原山中学校(さいたま市立)バレーボール部のOB・OG会がありました。集まったのは15期の卒業生から27期の卒業生まで。何人くらいいたのかなあ? 残念ながら一人の参加もない期もあったけれど、一番人数の多かった期で18人いたから、たぶん100人(?)くらいはいたのかなあ? 24期の私なんかは下の方。25期と26期が0人、27期が2人だったから、要するに後輩は2人しかいなかったわけ。私が中学を卒業してから31年経ってるから、一番上の先輩は卒業から40年経ってる55歳。普通の同窓会なら珍しくないけれど、中学校の部活動のOB・OG会がここまで続いていて、しかもこれだけ集まるっていうのはあんまりないんじゃない? いやいや、私も今回の会の参加者の多さには、ビックリしました。

会の中では全員が一言ずつ挨拶をしたのだけれど、先輩の一人が、「今までずっと前だけ見て生きてきたのでこの会に参加しなかったんですけど、そろそろ前がなくなってきたので今度は後ろを見ようかなと思い、今日は参加しました」って言ったのが、妙にわかったりして、心の中で笑っちゃいました。

この会は当時顧問だった設楽一元先生にお世話になった生徒の集まりで、設楽先生が原山中学校に勤務しておられたときには、毎年行われていました。設楽先生が原山中学校から移動になり、さらに52歳でお亡くなりになってからは間遠になり、今回は5年ぶりで、設楽先生の奥様をお呼びしての会でした。

設楽先生にご指導をいただいていた原山中バレー部は、どの期を取っても大変強いチームでした。県大会で優勝するのも珍しくなく、年間3回ある大きな県の大会で3連覇した期もいくつかあります。私たちは、県大会に3回とも出場させてもらいましたが、残念ながら最後の大会で3位になったのが最高で、優勝はできませんでした。

私がいたころの原山中学校は運動部がとても盛んで、現ガンバ大阪の西野監督が2年上にいて、同級生でときどきTVの解説に登場する加藤好男君がいたサッカー部をはじめ、卓球部、女子バスケット部、男子テニス部、剣道部などが県大会の常連だったと記憶しています。

現在、私の会社の代理人をお願いしているのが、バレー部の1年先輩の大倉弁護士で、今回のOB会の幹事。私と妻が仕事のことで伺っても最後に必ず、
「直ちゃん(わたしのこと)、OB会出てよね」
その言葉をもう何回聞いたことか…。妻も、
「大倉先生はウチの会社の仕事よりOB会の方が大事みたいね」
と笑っちゃってます。

翔(かける)が高校でゴルフ部に入部してからまもなく1年。そろそろ、ゴルフのスコアが伸びてもいい時期なのにいっこうにその気配も無し。中学校ではサッカー部のベンチ組で、試合に出たのは中学校生活最後の試合のほんの5分だけ。
「やっぱり、勝ち方を知らないっていうか、最後の踏ん張りがきかないっていうか、いつになったら芽が出るんだろうね。やっぱり子どもが育っていく過程の中で、一度は何かに立ち向かっていく厳しさみたいなものを経験させたいよね。それが運動の世界じゃなくてもいいけど、何かに打ち込んで目標を達成する。しかもそれが一人じゃなくて共同作業なんだからね。そういう体験てなかなかできないもんね。そんな昔のバレー部のOB会にそれだけたくさんの人が集まるっていうのは、やっぱり何かそういうものを共有してたっていう親近感なんだろうね」
と妻は言います。まったくその通りだと思うけれど、勝ちにこだわった部活動の危うさもたくさん見てきているので、
「まあ、翔は翔でいいんじゃないの。でもこのままだと、どうにも芽が出ないで終わっちゃうかもね。一発気合いでも入れ直すか!」

強い部活動がいいのか、それとも和気あいあいと楽しい部活動がいいのか、一長一短あるけれど、どこかで何かに真剣に取り組むっていう姿勢だけは、つけさせてやりたいよね。「優勝賞金もらったら、みんなにわけてやるからね」と言っている翔の優勝はいつのことやら…。まあ、ゆっくり待ってることにしよう!


**3月15日(月)掲載**


※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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