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2019年2月10日 (日)

第66回 「名前」

「名前ランキング1987 男の子のトップは“翔”」
なんていう記事が新聞に載りました。
「うそー!?」
「ホントだよ。一番多いんだって」
「なんで? あんなに考えてつけたのに?」
「世の中、みんな考えることは同じっていうことだよ」
「あぁぁ…。でも待てよ…。これはさあ“ショウ”でしょ? ウチは“カケル”じゃん! だから同じなわけじゃないよ」
「そんなの、大差ないでしょ!? それより、“ショウ”って読まれちゃうんじゃないの?」
「ん~~~。そういうことも考えられる…」

-それから2年後 幼稚園-
「“オオゼキ ショウ”君!」
「あぁ~、呼ばれた…」

-さらに3年後 小学校-
「“オオゼキ ショウ”君!」
「あぁ~~~、またやったぁ…。あいつ、まともに名前呼ばれたことないじゃん」

この「翔」という名前が決まるまでにはいろいろないきさつがありました。16年前、出生届を支所に出しに行った窓口で、「入籍がまだのようなので、“私生児”という扱いになりますが、それで受理してよろしいですか?」

この“私生児”という言葉は正式には使われなくなっていますけれど、窓口でそう言われたときは、さすがに「ああ、籍が入ってないって、そういうことか…」と実感しました。私と妻はそれまで5年間生活していましたが、入籍していませんでした。私と妻にとって入籍してないっていうことが、それほど重大なことかっていうと、それはそうでもなくて、入籍しないっていうことにこだわっているわけでもない。ただ、妻にしてみれば、自分も長女、私も長男で、16歳も歳が違う上、子連れ再婚なんていう状況で、しかもそれまでの生活から私が名前(姓)を変えようしていることはわかっていましたから、「大澤家」(私の実家)に対して申し訳ないっていう気持ちがあったようで、妻はガンとして入籍しようとはしませんでした。
「ん~~~、ちょっと考えさせてください」、いったん帰ってくるしかありませんでした。

「翔」という名前の他にもいくつか候補はありました。私が陶芸をやっていた関係で「炎」とか妻の父が推す「仁」とか…。結局「翔」という名前に決まったのですが、義父は「翔」は「欠ける」と音が同じでよくないとかなり強い調子で反対していました。そんな中での支所でのやり取りは私と妻との心を揺さぶりました。入籍するという決心はほぼついてはいたものの、「翔」という名前もふりだしに近い形に戻ってしまいました。4月13日に翔が生まれて14日が過ぎてもまだ、出生届が出せませんでした。

5月1日、朝日新聞朝刊。
「朝日新聞」という一面の題字の下に「若葉風翔る 三和銀行」という広告が載りました。「うーん、“風”も“翔る”んだねぇ!? やっぱり“翔”にしようよ」。
たった1行の三和銀行の広告は、「翔」という名前と妻と私の入籍という我が家にとってとても大きな仕事をしてくれました。

「どっちを下にして出しますか? 出生届が下ならいったん私生児として受理して、その後婚姻ということになりますし、婚姻届が下ならお二人の嫡出として受理することになりますけど」
「わかりました。それなら婚姻届を下にしてください」
妻と私が知り合って15年。3人目の子どもが生まれたこのとき、初めて正式に婚姻届を出しました。

一昨年生まれた孫は、娘が「蓮」(レン)という名前を付けました。「どこからこんな名前さがしてきたの? 埼玉の人は蓮田の“ハス”って思うんじゃないの???」
ところが年が明けて「名前ランキング2002」が発表になると、2位が「翔」で4位が「蓮」に。結局ウチって“ポピュリスト”なのかなあ?

「それ、ちょっと曲がってるよ。ほら、もっとまっすぐ貼って! もー、何やってんだよ!」
わが家の壁には「命名 沙羅」の文字が…。
「なんだか麻耶(まや)の子どもの名前って、宗教じみてないか? “蓮”の次は“沙羅”?」来年発表される「名前ランキング2004」のベストテンには、きっと「沙羅」の文字があることでしょう!

**2003年6月23日(月)掲載**

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