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2019年2月10日 (日)

第63回 「スポーツと教育」

昨年のワールドカップ日韓共同開催やJリーグの隆盛によって注目を集めているサッカー。たしか3月4日からだと思いますが、朝日新聞の火曜日の朝刊に『井原正巳の世界』というコラムが連載されています。4月22日のコラムの中で「DFにとって反則は必要なプレーだ。反則の多いチームの方が勝つ確率が高いとも言われる。1点を取られる場面、警告を覚悟して反則で止めるプロフェッショナルファウル。よくその良しあしが議論になるが、それも選択肢だと思う。」と井原氏が述べたところ、多くの反響がありました。反則をしないDFを望む人、反則が必要なときもあると容認する人…、その後5月13日の連載まで反則の是非についての議論が続きます。

ちょうど例の「おやじ子育て大学」と時を同じくしていたので、私は「子育てにおける男の感覚」という意味で、興味深くその議論を見ていました。
私はどちらかと言えば「反則容認派」です。というか「当然」と考えています。私が育ったころの浦和はまさにサッカーの町でした。今ほどサッカー熱が高かったとは思いませんが、とにかく全国で浦和という町は抜きん出ていました。中学の2年先輩に現在ガンバ大阪の監督をしている西野朗さんがいました。よくNHKの解説をしている加藤好男君は中学のクラスメイト、田島幸三君は高校のクラスメイトです。そういった中で育ってきていますから、スポーツという世界が勝たねばならない世界であることをよく知っています。特にプロならなおさらのこと。反則をしないで負けるより、反則をしても勝った方がいいに決まっている。

私も中学に入学しての数ヶ月間、サッカー部に所属していました。そこで先輩からだったか、先生からだったか指導されたのは、「試合が始まったらまず敵のストライカーを蹴飛ばしてこい」ということでした。「まず怯ませる」、これは戦術としてはなかなかいい戦術です。それが勝負です。誰も「参加することに意義がある」なんて思ってやっている人はいませんから、当然です。

スポーツの世界で「フェアプレー」っていうのが高く評価されることがありますが、よく考えてみるとちょっと変ですよね。「フェア」でないことが前提にあるから「フェアプレー」が評価されてる。私はスポーツはそういうものだと思います。特にプロスポーツの世界は…。それが嫌なら、スポーツをやめればいい。

ここで問題になるのは、教育とスポーツの関係だと思います。前述したようにスポーツの指導者が勝つことを教えるのは当然だと思いますが、教師の役割はちょっと違います。よく、スポーツをやることで礼儀が身につくとかモラルが身につくというような言い方をする人がいますが、これは明らかに嘘です(百歩譲って私の知る限りではとしましょうか)。
ここで言う「礼儀」とか「モラル」は、あくまでも指導者への服従という意味しか持っていません。簡単なことでいえば、私が高校の時、放課後掃除をするよう決められていましたが、サッカー部で掃除をしている人は皆無でしたし、ある学校の野球部では万引きをした生徒が処分をされませんでした(明らかに犯罪ですが表に出たら野球部が出場できなくなるからです)。

スポーツの世界の論理を単純に学校教育に持ち込めば、学校のモラルは崩壊します。5月13日の記事の中でセルジオ越後氏は、
「ルールを、ただ守るためにあるとみるか、自分が得するためにあるとみるか。例えばぼくは赤信号を「道路を渡っちゃいけない」でなく、「車にひかれちゃいけない」と考えている。交通違反にいろいろあるように、スポーツの反則にもランクがある。ルールの幅をどう考えるかです。絶対許されないのは、選手生命を絶つようなけがを負わせるものだ」
と言っています。大変わかりやすい話ですが、学校では赤信号を無視してもいいとは教えられませんよね。

子育てや教育には自分だけが得をするといった考えがあってはいけない。また、そんなことはあり得ないんです。「ルールの隙をついて自分が得をする」と考えるのではなくて、「ルールがなくても皆が幸福な生活を送れる」と考える方がより健全な子育てや教育なんだと思います。

スポーツの世界って男的。それもいいけど、あんまり子育てや教育の中にははびこってほしくないですね。


**6月2日(月)掲載**
※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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