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2019年2月 7日 (木)

第42回 「わが家の近くの公園」

娘の麻耶(まや)から電話がかかってきました。
「ねえ、あとどれくらいでこられる?」
「もう、出ようとしてたとこだから10分くらいかな?」
「あ、そう。それくらいだったら、ここにいようかな」
「???」
「またいるんだよ、あの人」
「ああ、そうかあ。周りには誰かいるの?」
「うん。ゲートボールやってる人とかいるよ。だから、10分くらいならいようかなあと思って…。蓮(れん)もよく遊んでるし…」
「わかった。じゃあ、急いでいくよ」
「うん。それまで、少し離れたところにいるよ」

この日は、孫の蓮(麻耶の息子で1歳4ヶ月)をつれて私の実家に行くことになっていたのですが、私と妻が支度をしている間、麻耶が近くの公園まで蓮を遊ばせに連れて行って、私たちが車で蓮を拾うことにしたのです。

ところが、その公園には挙動不審な青年がよくきていて、この日もその青年がいるというのです。麻耶や妻の話ではもう何度も会っていて、これといって攻撃的であったりするわけではないというのですが、滑り台の上でうずくまったまま動かなかったり、ブランコにずっと腰掛けていたり…

ゲートボールをやっているおじいさんやおばあさんは、わりとよく知っているらしく、
「ほーら、赤ちゃんが滑り台やろうとしてるんだから、降りてやんな」とか、
「そこにいたらブランコ乗れないんだから、ちょっとそっちへよけてやんなよ」
と声をかけてくれるのだそうです。

「ほら、あの人だよ」
「ああ、なるほど。あれじゃあ、ちょっと用心するよね」
私はその時初めてその青年を見ました。
危害を加えるようなことはないのでしょうが、かなり体格はいいし、何かあった場合には麻耶や妻ではとても蓮を守りきれるとは思えません。それで麻耶も用心しているのです。
「今さあ、ちょっうどパトカーが回ってきたから、よく巡回してくれるように頼んでおいたんだ」
と麻耶が言いました。

少し前に、確か宮城県だったと思うのですが、精神病患者の「閉鎖病棟」を段階的に減らして、将来はゼロにするという記事を読みました。日本の精神医療はとても遅れていて、閉鎖病棟に入院中の患者数は、先進国の中では抜きん出ているうえ、環境も劣悪なんだそうです。日本では精神病患者がなにか事件を起こすたびに、「地域社会での共生」という世界的な流れにさからって、ますます地域社会からの隔離という意識が広がっているような気さえします。そんな中で、この宮城県の決断は画期的なものだと思いました。

私はもちろん「地域社会での共生」ということを強く支持しますが、子どもを育てている親にとって、「何かあったら」という不安はそう簡単に消すことはできないということも事実です。

どんどん隣との距離が遠くなっていく現代において、そこにいる人間が何者であるかを知ることはとても難しいことです。私が子どものころには、精神病患者の人たちが近所に何人かはいました。けれども、そういった人たちが「どこの誰で、どういう性格の人である」ということを周りはみんな知っていたのもので、そこにはある意味で安心感がありました。

コミュニケーション手段がどんどんパーソナル化して、いつでもどこでも友達と会話ができるようになってきましたが、それがかえって近くを見えなくしているような気がします。子育てはやはり手で触れられる距離での人間関係が重要なのではないか…。子どもは自分の足で歩けるところで育った方がいいのではないか…
そう考えると、私たち親ももっと地域のことを知らなくてはいけないのだなあと痛感しています。

**12月24日(火)掲載**

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