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2019年2月 6日 (水)

第37回 「門前の小僧…」

そういえば、翔(かける)がまだ幼稚園に入園する前、初めて間もない陶芸教室によく連れて行っていました。今考えると、生徒さんたちには大変失礼なことをしていたなあと思うのですが、陶芸教室の先生が自分の子どもを教室に連れてくるなんて、なんとまあ家族的で暖かい雰囲気の陶芸教室なんだろうなんて勝手に考えていた気もします。そのころは、まだ生徒さんの数も30名ほどで、確かにそんな雰囲気もありました。

6年ほど前、それまで借りていた20坪ほどのビルから、駅前の40坪ほどのビルに移りました。家賃も一気に倍。それはそれは大変な決断でした。場所も格段によくなり、広さも倍になりましたから、生徒さんの数も100人に。主婦と定年後の男性という生徒層から、OLやサラリーマンへも層が広がりました。

そこで私は、「家族出入り禁止令」(そんな大げさなもんじゃないけれど)を出し、教室に子どもを連れて行くことをやめました。それはもちろん、会費を頂戴している教室の質を、落とさないためでした。

教室に出入りしているころの翔は、生徒さんたちにとてもかわいがられていました。もちろん「先生の子ども」ということもあったのでしょうが、邪魔にすることもなく粘土を使わせたり、電動ろくろに座らせたりしてくれました。
私は一度も粘土の扱い方を教えたことがないのに、いつの間にか見よう見まねで覚えたらしく、電動ろくろを使って「茶碗らしきもの」を作り出しました。あるときは、右手に持った粘土を左の手のひらに押し当てて、キノコにそっくりな形のものを作り、「きのこ!」と言って私に見せました。あまりのでき映えに私もうなりました。

そのころ真(まこと)は中学校で、美術の時間に陶芸をやりました。コーヒーカップを2個作ったのですが、まったく美術のダメだった真でしたが、そのコーヒーカップは県の美術展までいきました。
まさに「門前の小僧…」ですよね。

ほんのちょっと話はずれるんだけれど、子どもっていうのはいろいろなことに興味があって、大人が余計なことを言わなくても(というよりは、言わない方が)、いろんなことをやってくれますよね。例えば「書」にしても「絵」にしても、筆の持ち方がどうだこうだ、構図がどうだこうだ言わずに、ただ単純に道具を与えてやれば、一生懸命「書」や「絵」を書(描)くのに、学校の先生なんかはそこのところを勘違いしてる人が多いんじゃないのかな? 先生って妙に 教えるっていうことが重要だと思ってる人が多い。本当に大切なことは 興味を持たせることなのにね。

やっぱり昔の人はうまく言ったもんで「門前の小僧 習わぬ 経を読む」なんだよね。
私たち親も、そこのところを間違わないようにしないとね。

**11月19日(火)掲載**

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