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2019年2月 6日 (水)

第27回 「叔父」

 あまり明るい話題ではないが、叔父(父の弟)が間もなく息を引き取ろうとしている。叔父は、10人兄弟(男6人、女4人)の8番目で、7番目の叔父と双子だった。3番目か4番目(何度か話を聞いたが私の生まれる前のことなので詳しいことはわからない)の叔母は、10歳くらいの時に赤痢(?)で亡くなったらしい。7番目の叔父は、36歳の時、夜寝ていて突然に亡くなった。そして、8番目の叔父は今こうしているときにも息を引き取るかもしれない。癌である。3時間ほど前、叔父を見舞い帰ってきた。

 私の父は長男で、実家にとっては私が初孫。しばらくの間、叔父、叔母とも同じ家に暮らしていた。8番目の叔父は、妻と同じ年(昭和16年)の生まれで、私とは16違い。とてもよく遊んでもらった。叔父の友人たちにもかわいがってもらった。いまだに、叔父の友人のあだ名を覚えている。

 叔父は秋葉原デパートに勤めていた。叔父のところで生まれて初めてスーツを作ってもらった。チゲ鍋と回鍋肉(もう20年以上も前のことで、そのころはまだ豚肉とキャベツのミソ炒めとメニューには書いてあったのだが)も生まれて初めて食べさせてもらった。すごくおいしかった。そして、秋葉原の電気街も案内してもらった。

 一度目に病院を見舞ったとき、叔父は目に涙をいっぱいためて「元気になったら箱根と鬼怒川にみんなで旅行しよう」と言った。叔父も、周りにいた叔父の家族も、そして私も妻も、二度と旅行に行けないことを知っていた。二度目に見舞ったときは、食堂まで歩いてきてそこで話をした。しばらくして一度退院したが、再び救急車で入院した。三度目は、翔(かける)も連れて行った。今度は、鼻から管を通し、ずっと眠っていた。

 そして今日。朝から呼吸が乱れ、血圧が下がっていたらしい。「お昼くらいまで」と言われたようだが、日付が変わって夜中の1時になったが、まだ何も連絡がない。

 つい先日、叔父の病状のことから、私の幼少の頃の話になった。そこで気付いたことが一つあった。私は、どの叔父にも、どの叔母にも一度も怒られたことがなかったのである。そういえば、お説教をされたこともないということになった。楽しく遊んでもらった記憶だけがあるのである。そのことが、私の子育てに大きく影響を与えているのは、紛れもない事実なのだ。

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