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2019年2月 9日 (土)

第61回「おやじ子育て大学 その3」

「銭湯」っていえば、最近本当に増えていますよね。20年あまり前にいろいろな事情でちょっとだけ水商売をやってたことがあって、その時借りてたビルが「埼浴会館」。このビルは「埼玉県公衆浴場組合」(確かそうだと思うんだけど)っていう団体が持ってるビルだったんです。まあ、柔らかくいえば埼玉県の銭湯を経営している方々の組合です。当時の理事長さんには、とってもお世話になりました。何度か話をさせていただきましたけれど、これからの銭湯は従来の銭湯とは違い、複合型の銭湯(サウナ有り、食堂有り、マッサージ有りのような)でないと生き残れないとおっしゃっていました。経営者はみんなわかっているんだけれど、それには相当の資金がいるから簡単にはいかず、廃業せざるを得ないんだとも…。

私の行ってたころの銭湯っていくらくらいだったかすっかり忘れちゃった(というより母が払っていたので知らないのかも? 確か大人1×0円だったような気がする)けれど、まあそんなにすごーく儲かるっていうような仕事じゃないから、同じ公衆浴場とはいえ改築してまったく違った内容にするのは難しかったんだろうという想像はつきます。今流行りの「××の湯」っていうやつはかなり大規模だからそれなりに大資本じゃないとね。銭湯を経営している側が「番台に座ってるスケベなおじさん」(変な言い方してすみません。昔よく社会全体の中に親近感を込めてそんな言い方が蔓延してたので)から、顔も名前も知ることのない会社の社長になってしまった。

私の実家のある「原山」という地域は、旧越谷街道沿いに現在ドンキホーテがある花月の交差点までずっと商店街がつながっていました。そこに長崎屋ができたことで状況は一変しました。昔あった肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん、駄菓子屋さんは一件もなくなり、閑散とした通りに…。実家は長崎屋からそれほど遠くない距離なので、徒歩で買い物に行けない距離ではないけれど、長崎屋に来る買い物客はほとんどが自転車か車。日曜日には駐車場に入る車が狭い越谷街道で渋滞することも…。肉屋のおじさんや魚屋のおじさん、八百屋のおじさんたちと話をすることはなくなり、お金を払うのにもいっさい口をきく必要もなくなり、ときには買い物から帰るまで一度も口を開かなくてすんでしまうなんていうこともあります。

そんな中で子どもたちは育っています。これは父親のせいでも、母親のせいでもない。地域とのコミュニケーションなどというものは、銭湯どころでなく地域のどこを探してもない。

最近の社会情勢を受けて、数年前から緊急時の子どもの避難場所として、「子ども110番の家」(地域によって呼び方が違うとは思いますが)というのを地域のお店あるいは角の目立つ家などにお願いしています。幸い私の住んでいる地域ではほとんど利用されたという例はありませんが、そういうことをお願いしなくてはならないほど、地域との関わりが希薄ということはいえます。

けれどもこれは、誰のせいでもない。社会情勢がそうなったということです。それを父親母親に社会との関わりを持つよう促しても無理です。そういった社会情勢の中での人と人とのコミュニケーションの取り方を子育てという観点に限らず、大人も子どもも考えていく必要があるんじゃないでしょうか。

なんだか、まだ終わらないなあ…。父親の子育て観が言えないうちにこんなに長くなっちゃったので、「おやじ子育て大学」にこだわらずに、次回述べたいと思います。

**2003年5月19日(月)掲載**

※カテゴリー「子育てはお好き? ー専業主夫の子育て談義ー」は、2002年より2012年までの10年間、タウン情報サイト「マイタウンさいたま」(さいたま商工会議所運営)に掲載されたものですが、「もう読めないんですか?」という読者のご要望にお応えして、転載したものです。

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