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2017年5月

2017年5月21日 (日)

脱原発派勝利なるか?!

21日、スイスで脱原発の賛否を問う国民投票が行われます。

スイスでは、東日本大震災での福島第一原発事故を受け、脱原発への動きが鮮明になっていました。

原発の新設を禁止し、再生可能エネルギーを推進する改正エネルギー法への賛否を問うもので、事前の世論調査では賛成が優位と伝えられています。
2011年に原発新設の凍結と5基の既存原発の順次停止という段階的な脱原発方針を決定して、この方針に基づく改正エネルギー法が昨年9月に議会で承認されましたが、その後反対派が署名を集め、国民投票にかけられることになりました。
もし賛成派が事前の世論調査の通り勝利すれば、改正エネルギー法が2018年から施行されることになります。

スイスといえば、皆さんも直接民主主義の国と習ったことがあると思いますが、脱原発もさることながら、国の大きな方向性を決めるプロセスがしっかりしていることに感心します。スイスだけでなく、イギリスのEU離脱もしかり。さすがヨーロッパの国々だなあ、と。

それに比べて日本は…

政治の仕組みの違いはあるにせよ、原発政策、共謀罪の衆院委員会通過を見ていると悲しくなります。国民の意見が反映されにくい小選挙区制を取っているので、やむを得ない部分はあるのでしょう。とはいえ、問題は政治家が有権者の代表という意識を少しでも持っていれば、まったく違う方向の議論になっているはずです。政府に都合の悪い情報は出さず、都合のいい情報ばかりを国民に出すことにより、世論を操作する。世論がどうあれ、国民に内容を悟られる前に法案を成立させてしまう。そして国民は政治に不信感を持ちながらもそれを受け入れる。こんなことが続けば、独裁を許し、必ず国は危険な方向に進んでしまうでしょう。

経済的には先進国になったとはいえ、政治的にはとても民主国家とはいえない状況ですね。

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2017年5月17日 (水)

マクロン大統領の背広5万円

仏大統領の背広5万円=「庶民派」アピール

この記事によると「マクロン氏は政界入り前に投資銀行に勤務して巨額の報酬を得たことがある」んだそうです。

私は投資に失敗して巨額の損失(ちょっと大げさ)を出したことがあるんですよ(>_<)

正反対(T_T)

着ているスーツは5〜10万円くらいだから同じくらいだけどね(笑)

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2017年5月12日 (金)

第26回 「夏休みのしゅ・く・だ・い」

 今年もあつい、あつ~い夏休みが終わりました。地球温暖化の影響があるんですかねえ?私なんかが子どもの頃は「暑い」っていっても、だいたい30℃ちょっと。33℃あるとビックリなんていう感じだったんですけど、違ったかなあ? 最近は35℃は当たり前。38~9℃なんていう日まで登場しちゃってとてもじゃないけど、外になんていられない時がありますよね。私の会社は南浦和の駅前なので、”土”なんてもちろんなくてアスファルトだらけ。そのうえ、タクシーはアイドリングしながら止まってるし、エアコンの室外機はたくさんあるし、天気予報の温度とはまた違った温度になってるんじゃないのかなあ? 暑いって感じる日は、だいたいサウナに入ってるのと同じくらいな感じがするから、体感温度は、50℃とか60℃とかそんな感じかな・・・。

 そういえば、ようやく文部科学省は公立の学校にエアコンを入れる方針にしたみたいですね。全校に普及するのはいつのことやらわからないけど、こんな状況になってるんだから、早くなんとかしてあげたいですね。

 最近、8月じゃなくて5月とか6月にけっこう暑い日があるでしょ? 私の持論では、「季節がだんだん前にずれてきている」って思ってるんですけど、違う? 桜の花も入学式じゃなくて、卒業式に咲いちゃうし、台風も7月に来ちゃったりして・・・。そのうち、「ウインタースポーツは8月」なーんてなっちゃったりしてね。テヘッ!

 アスファルトの上を歩ってるときって、アスファルトに近い方がずっと暑いから、子どもをベビーカーに乗せて、外へ出るときは気をつけてくださいね。子どもの乗ってるところの温度は大人が感じてるよりも、10数度は高いらしいですよ。

 さて、夏休みといえば、なんといっても「しゅ・く・だ・い」。

 最近の傾向として、昔に比べると量が減ってるとは思うんだけど、どんなに少なくなっても、やっぱり子どもたちにとっては「やらなきゃならない」っていうことでプレッシャーだよね。

 わが家の息子も例外じゃなくて、最後の最後まで宿題が残ってたわけ。とはいっても、出てた宿題って、原稿用紙5枚の読書感想文だけですよ。

 40日以上もあったのにいったいなんちゅうことだ!受験生だけど、塾にも行ってないから充分時間はあったはずなのに・・・。

 夏休み最後(というより本当は2学期最初の日が日曜日だったんだけどね)の日、中学三年生は、北辰テスト(埼玉県で育った人はわかるよね。偏差値をはかるためにやってた業者テスト。今は学校ではやらなくて、校外模試っていう形でやってる)がありました。息子は王子の会場まで行ったんだけど、お昼ちょっと過ぎに終わって、友達とどこかでなんか食べてきたらしくて、帰ってきたのが午後4時前くらい。私と妻は、北本の病院に入院してる叔父を見舞うことになってたんだけど、なにせ翔(かける)が北辰テストを受けたのは初めてなので、翔も北本まで連れて行って、車の中で感想を聞くことに・・・。4時頃出たのに、結局夕飯も食べて、帰ってきたのは10時頃。

さあ大変! それから、読書感想文なんて無理だよね。だいたい本が読んでない!

「おい! なんなら書けるんだよ!」
「???」
「とにかく知ってるやつ! えぇーとっ? 『夕鶴』! ほらっ、鶴の恩返し。 ちょっとまずいかな? じゃあ、宮沢賢治だ! 『セロ弾きゴーシュ』とか『注文の多い料理店とか』・・・。『注文の多い料理店』で決まり決まり!」
と大騒ぎ。いざ書こうとすると、けっこうストーリーがぼけちゃってる。

「ダメだよ、やっぱり本がないと」

インターネットで調べたり、家中の本ていう本をぜーんぶ出して探したり・・・。それでもあるはずの本がない。私の会社まで行って本棚を探すことに。結局見つからなくて、それから本屋へ行きました。タハハッ、深夜0時のことだよ。やっとの思いで『注文の多い料理店』を見つけて、帰ってきたけど息子なんて寝ちゃうんだからね。本を読んだの『わ・た・し』。昨日、宿題の感想文を提出してきた息子は、

「あれさあ、学校から市、市から県とか行っちゃってさあ、賞金でももらっちゃったらどうする? 詐欺罪かなあ?」

(この前「行列のできる・・・」でお父さんの手伝った絵が賞金を取っちゃって、ハワイに行っちゃったら詐欺罪が成立するってやってたんですよね)まあ、適当に手を抜いておいたから、賞を取るようなことは無いけどね。ハハハッ!

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第25回 「きらり川口ジュニア議会」

 先週は「きらり川口ジュニア議会」あり、「日本PTA全国研究大会」ありで、なんだかとっても慌ただしい一週間でした。

 「きらり川口ジュニア議会」は、現在の市長になって、毎年行われています。これは、一日だけ子どもが市議会議員になって、市に対し質問や要望をするという模擬議会で、8月22日に行われました。今年で4回目になるそうですが、川口市議会の本会議場に市の幹部(市長を始め、教育長、その他市議会に出席している部長など全員)がずらりと並び、まさに市議会そのものといった感じで進められます。子どもたちは市立中学校と高校の代表で、各校2名、概ね生徒会の会長・副会長が代表として参加しているようです。議長は高校生が務めます。

 今年、翔(かける)が生徒会長をやらせてもらっている関係で、参加させてもらいました。

 保護者は傍聴できるのみ。これがまさに本物の市議会さながらで、市の幹部全員が動員されているわけですから当たり前のことですが、議会事務局まで動員されているので、傍聴席の最前列にはこっちを睨んでいる職員がいます(もちろんあんまり怖そうじゃなかったですけど)。傍聴席で見学している保護者は私語ダメ、拍手ダメ。本物の市議会なんて滅多に傍聴する機会がないので、ついつい市議会議員に扮した子どもたちが拍手をするとつられて拍手をしてしまいます。

 傍聴席に着席して、はじめの議員が質問をし、子どもたちが拍手をした途端、妻と私が拍手をしてしまい、いきなり(ちょっとだけ優しく?)睨まれてしまいました。

 妻曰く、「議会事務局の人もなんの変化もなくて、ただ傍聴席の方を監視しているだけじゃあ飽きてるんだから、たまには睨ませてあげていいんだよ」

 議会が進むにつれて、眠そうにしている議会事務局の人を見ると、なおさらその感が強くなって、「その通りだね」なんて、妙に納得がいってしまいました。(一生懸命、子どもたちのために傍聴席を監視してくれていた職員の方、ごめんなさい。でも実は、私も妻もちょっとだけ居眠りしてたんですよ)

 子どもたちの質問や要望に、市長を始め担当部長さんたちも丁寧に答えてくださっていました。もちろん質問の通告は事前に行われているのですが、質問をする子どもの中には非常に綿密な調査をしている子もいて、質問に答えようとする大人たちも顔を見合わせるほど、びっくりすることもありました。いつものことながら、子どもたちの感性や能力には驚かされます。

 午後1時から4時の3時間という時間はかなり長いものでしたが、子どもたちは初めての市議会に緊張感を持って臨んでいました。翔にとっては、とてもすばらしい体験をさせてもらったなあと思っています。

 ただ一つだけ、文句を言わせてもらうと、「市長さんの答弁、いつも子どもたちに対するお説教になっていましたよ」タハハッ!

 この市長さん、自分の子育てを通じて学校教育には腹を立てていて、つい自分で子どもたちに何かを伝えたくなっちゃうそうなんです。政治的な考えでは私と若干立場の違うところはあるけれど、父親としては手を結べるところがあるのかなあ???

 子どものためなら誰とでも手を結べる、それが子育てをしているものの強さですよね。そのうち、市長さんともお話ししてみようかな・・・。

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第24回 「遺言」

 日テレから出演の依頼がありました。朝のワイドショーらしいのですが、タレントの「アリとキリギリス」が天使になって家を訪れ、私を遺影として仏壇の中に押し込めて、家族に対し、私の「遺言書」を読むという設定なのだと言います。ご覧になったことがある方は、ここまでで「あーあ、あれね」とおわかりになる方もいると思うのですが、見たことのないものにとって、言葉で聞くテレビ番組の説明というのは、なかなかイメージの沸かないものです。もちろんFAXで企画書ももらって、電話で話を聞いたのですが、私にはまったくイメージが沸きませんでした。

 娘の麻耶(まや)に話したところ、「私、見たことあるよ」とのこと。どんな番組なのかとよく話を聞いてみましたが、いまいち感じがつかめません。出演依頼があったときは、一応番組の内容を吟味して選んでいるつもりの私としては、もう少し内容を理解してから引き受けたかったのですが、翔(かける)も「アリとキリギリス」に会ってみたいなんて言うので、「まっ、いいかっ!」っていうのりで、引き受けるという前提で話を進めることになりました。

 25日のVTR撮りの前に一度予備取材をしたいということなので、私と妻で制作会社のディレクターと会うことに。

 正式に出演を引き受けたわけではないので、引き受けるに当たりまず番組の内容の説明を改めて受けました。ディレクターは、2回分の ON AIR されたVTRを持ってきていて、まずそれを見ました。

 1本目のVTRは、父親が家族に父親名義の土地と家を遺産として残すという設定、2本目は会社を辞めて始めたコンビニの経営権を家族に譲るという設定です。それぞれそういう話の中で、それまで知らなかった父親の考えや気持ちが家族に明かされたり、あるいは突然娘の結婚の告白があったりと、なかなか感動の名場面といった作りになっています。

 ところがこれを見たとき、私の気持ちが引っかかってしまったのです。
 「私には譲るものがない!」

 「いいんですよ、物じゃなくても。子どもたちに伝えておきたいこと、後を託す手紙とか、そんなものでも」

 「それも含めて、何にもないんですよ」

 「??? 何かありません? 子どもたちにこんな風になってほしいとか、奥さんには子どもたちをこんな風に育ててほしいとか・・・。伝えておきたい気持ちでいいんです」

 「いや、やっぱり何にもない」

 こんなやりとりが20~30分くらい続いたでしょうか。私も一生懸命考えたのですが、いくら考えても出てきません。話をしながら、それまでずっと違和感を持っていたのですが、しばらくして私は、「遺言」という形自体に強い抵抗があることがわかりました。

 「男が妻や子どもに何かを残す」ということ自体、自分の生き方とまったく相容れないものを感じていたのです。

 2本のVTRを見るとそこには、家族VS 父親(戦っているという意味ではなくて、家族の中からはみ出している父親という意味で)という構図が見て取れました。残される妻と子どもたちの距離は近いのに、父親と家族にはそれなりの距離がある。それが「父親の威厳」と考える人もいるかもしれませんが、私にはそれまで家族と関わってこなかった父親の寂しい姿しか見ることができませんでした。

 「残すものがある」ということがそもそも関わりが薄ということで、私が「遺言」ということに強い抵抗を感じたのは、”今私の財産になっているものは、すでに家族全員の財産になっているからなんじゃないか”と感じました。

 結局、ディレクターとの話は4時間におよび、ディレクターは「お父さん、おもしろい人ですね」という言葉を残し、帰っていきました。

 「アリとキリギリス」に会いたかった翔は、時々お茶を入れながら、4時間話をじっと聞いていましたが、「アリとキリギリス」会えなくなってしまったことに、一言の文句も言いませんでした。

 やっぱり私は、「残す」「残される」の関係じゃなくて、妻とも子どもたちとも「一緒に作る」関係でいたいな!

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第23回 「大志」

 さて、話しを前々回に戻しましょう。

 前々回「競争の原理」と「共生の原理」のことを書きました(いつも思うんだけど、この「書く」っていう言葉にはちょっと抵抗があるんですよね。全然書いてないんだけど、「書きました」っていうのもねえ・・・。「打ちました」っていうのもなんとなく変だし、最初「述べました」にしたんだけど、それもかなり違和感があって、結局「書きました」。まあ一応そういうことで、統一しますのであしからず)。なんで「大関家」が「競争の原理」で「大沢家」が「共生の原理」なのかはちょっと端折っちゃったのでわかりにくいかもしれないけれど、もうこれを書き出したら延々と続いちゃうので、またそのうち本でも書くことがあったら、「その時にゆっくり」なんて思ってます。

 妻の妹は、妻によく助言(というより、私の生き方についてのコメントを出すといった方がいいかな???)をします。義妹は妻より13歳年下で、私とは3つ違い。私とほぼ同世代なので、同じような社会的規範の中で育ってきました。そういった意味では当然妻より私を理解しやすい位置にいるわけで、妻と私にちょっとしたいざこざがあると、一生懸命私の生き方について、妻にコメントしてくれるわけです。

 けれどもこれが私にいわせるとちょっと的はずれ。主夫をしていた私が会社を興して忙しくしていると、「ほら、本当は直隆さんも、主夫をしていたかったんじゃなくて、社長になって会社を大きくしたかったんだよ」
PTA会長を引き受けると、「ほおら、やっぱり議員になりたかったんだよ」
とくる。どうも私にとってはどれも的はずれで、ピンとこない。それどころか「何言ってんの?」っていう感じ。

 私にしてみたら、自分で会社を始めたのは、「サラリーマンよりは時間が自由になって子育てに都合がいいんじゃないか」、まあそんな程度の理由で会社を始めたわけだし、PTA会長を引き受けたことにしても「ウチの子どもがいじめられないように」なんていう、ごくごく主婦的な発想だったんだから、そんな妹のいうような「大志」があるわけじゃない。

 これが「大沢」なんだよね。

 カハハッ!

 私の生き方だと、どうも社会的に認められることもなく、結局一生何もできなくて死んでいくことになりですね。

 やっぱり「Boys,be ambitious!」ですよね。しっかり競争をする人には勝てないのかなあ???

 人生は「勝ち」「負け」じゃないと思うんだけど、人生でそれ以外の価値を見つけるのはとっても難しい。でもね、

<b>「Boys,be ambitious!
 Be ambitious not for money
 or for selfish aggrandizement, 
 not  for  that evanescent thing
 which men call fame.」</b>

って続くんだよね。

 私は「お金や名声のために生きてるんじゃなーい!」って正当化しちゃおうかな???

 「大関」はやりすぎるし、「大沢」はやる気がないってことかな???
どっちも問題だね。

 こんな親に育てられて、どの子もしっかり「大志」を持った大人になるといいけど・・・。

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2017年5月11日 (木)

自分たちのことを客観的に見たことはなかったけれど…

フランス大統領選挙に勝利したマカロン、ブリジット夫妻の報道は、少なからず自分たちの夫婦としての関係を振り返るいい機会になりました。

フランス大統領になる人と自分を比較するなんていうのは、とんでもないことだけれど、

ネット上にUPされている様々な情報、特に高校時代の様子などを見ると、似ているところがずいぶんあるんだなあと思います。

演劇部と音楽部、多少ジャンルの違いはあるものの、どことなく似ているし、ブリジットさんはフランス語の教師、私の妻は音楽も教えていましたけれど、元々は国語(日本語)の教師。

いろいろ考えることがあるんですよね。

妻と人生を一緒に送ろうと心に決めたのは、ずいぶん早い段階だったように思いますが、実際そう簡単にいくわけもなく、社会的にはもちろんですが、自分自身の気持ちが信じられなかったり、相手の気持ちが分からなかったり…

恋愛、結婚における普通の障害とはまったく違う次元の障害が存在するわけです。

はづきちのまったりティータイム というサイトに高校時代の二人の写真がありましたが、現在の状況に妙に納得がいきました。

マカロン氏について「イケメン」とか書いてあるので、ちょっと言いづらいですけど、どことなく雰囲気が似てるわけです。
もちろん、ブリジットさんの方にもそう感じるものがあるんです。

高校の教師と生徒という難しい関係には、国境を越えて共通の部分があるのかもしれないと感じています。

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2017年5月 8日 (月)

剣豪将軍義輝~星を継ぎし者たちへ~

久しぶりの息子(大関真)演出の舞台。


もっと歴史を深く知りたくなるシリーズ【剣豪将軍義輝~星を継ぎし者たちへ~】

このシリーズは、息子演出の舞台でも極めて大きな舞台で、人気のキャストが多数出演するので、これまで多く観てきた舞台とは全く客層が違うんですよ。

舞台そのものも楽しみですが、どんな人たちが観てくださるのか、それも楽しみな舞台です。

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2017年5月 5日 (金)

30年は進んでた?

先日のフランス大統領候補の記事に続いて、今日は「息子の同級生と再婚」も!今、圧倒的な姉さん女房がトレンドに!?」という記事を発見!

私にしてみると、「今ごろ?!」という感じ。

ただ、この中で気になるのは、

「年下男性の方が気を使わなくていい。楽かな」(初参加の32歳女性)
「楽しかった。カップル成立した。弟みたいで可愛い。頼られるのがいい」(30歳女性)
といった声が聞かれた。一方、男性たちからも
「大人の女性は甘えさせてくれるのが魅力。落ち着いていて聞き上手」

という本人たちの感想。
1990年代に「年の差夫婦」(もちろん女性が年上の)でさんざんテレビに出させてもらったけれど、1年くらいして出演したときのスタッフから「また年の差カップルの企画をやるんですけど、出演してもらえませんか?」という電話をもらったことがありました。

その前の1年というもの、あまりにも多く出演していたので、どこへ行ってもじろじろ見られ、中には「サインください」みたいな人までいたので、
「もう知らない人もいないし、うちじゃなくても以前の番組でご一緒だった50人の人たちはダメなんですか?」と答えると、
「それが、あの時のカップルで、まだカップルでいるのは大関さんだけなんですよ」と言われてビックリ!

あれから20年以上が経って、着実に考え方は変わってきていることを感じますが、「かわいい」、「甘えられる」では、いつまで続くことやら。

全員が別れてしまった番組の出演者の多くは「かわいい」「母性本能をくすぐられる」「ペットのよう」、「頼りになる」「何でも許してくれる」「甘えられる」と言っていました。

一時の恋愛ならそれで十分と思うけれど、もし夫婦で一生添い遂げる(ちょっと古いね。私にはそんな感覚ないんですけどね。結果としてそうなっていますが…)とか、一緒に子育てをするとかいうのなら、やはり年の差を感じさせない(正確に言うと、ジェンダーの男女格差を年齢や社会的身分で相殺する)平等感覚がないと長続きしないんじゃないかな…

今年で、私たちは60歳と76歳。
私が15歳の時に知り合って、その時点で妻には2人の子どもがいて、その後3人の子どもが誕生して今に至っているわけですけれど、年を取っていくことは免れないので、「かわいい」「ペットのよう」や「甘えられる」「頼りになる」はすっかり逆転の様相です。
私の感覚では、年上だから妻と一緒にいるのではなく、たまたま好きになった人が年上だったということで、決して年上だから好きなわけではない。もちろん年上だからこそ、ジェンダーの男女間格差を相殺できたわけですけれど、それは結果であって、好きになるということでは、私には年齢は関係ない。分かりやすく言うと「年が上でも、年が下でも年齢差を感じない」ということでしょうか…
大切なのは、「価値観の一致」や「平等感覚」ということになるのでしょう。

皆さん、幸せな未来が待っているといいのですが…

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2017年5月 3日 (水)

第22回 「怒!!」

 ちょっと予定を変更して・・・

 今回は、子育てにおける「競争」と「共生」について述べる予定だったんですけど、新潟の無認可保育所で1歳11ヶ月の女児が、ベッドの柵と木製の蓋の間に首を挟まれて亡くなった事件があったので、タイムリーにそのことを取り上げることにしました。
無認可保育所で女児死亡 木製のふたに首挟む? 新潟市 /新潟
 30日午後1時半ごろ、新潟市紫竹山1丁目の無認可保育所「小林乳児園」(小林セツ子園長)の2階寝室で、1歳11カ月の女児がベッドの柵(さく)と木製のふたの間に首を挟まれてぐったりしているのに保育士が気づき、病院に運んだが約2時間半後に死亡した。木製のふたは風呂ぶたのように柵の上にのせてあり、女児は自力でふたを押し上げ、柵の上から顔を出したところ、ふたの重みで首を挟まれたとみられる。新潟東署は安全管理に問題がなかったかどうか調べている。 (以上、7月31日付 朝日新聞朝刊 新潟版より抜粋)

 とっても腹が立っています。翌日の新聞には、この女児が以前にベッドから転落したことがあるので、転落防止用に木製の蓋がかぶせられていたこと、しかも保育士は全員が一階にいたことが報道されていました。

 これはいったいどういうことなのでしょう?(怒)

 新潟市児童福祉課長は、「就寝中でも目を離していいのはせいぜい10分。30分も見る人がいない状況はおかしい。明らかに違法といえる点はみられないが、目を離したことがすべての始まりではないか。保育士がいれば覆いはいらないはずだ」と会見で述べたそうですが、誰が考えても当たり前のことです。

 親が子どもから目を離すときは、ほんのちょっとでも危険がないよう配慮します。けれどもその配慮は、この連載のはじめのころにも何度か述べましたが、親の都合・大人の都合に支配されるべきではないのです。今回の事故は、まったく大人の都合を優先するやり方が事故を生んだと言えるのではないでしょうか。

 私はこういった保育所、幼稚園、学校が非常に多くあると考えています。というより、こういったほとんどの施設が、まさにこの通りのことをやっていると思います。たまたま命に関わるような事故につながっていないだけです。もし、この「小林乳児園」でこのような事故が起こらなかったら、それで良かったのか?

 それはもちろん「否」です。ベッドの上に蓋をされて寝かされている子どもがどのような心の傷を負うか・・・。1歳11ヶ月だからいいということになるでしょうか? 私は自分の子どもの寝ているベッドに蓋をして、その場を離れるなどということは到底できません。真夏の車の中に子どもを放置して、パチンコに熱中する親と程度の差こそあれ、方向は何ら変わっていませんよね。

 最近、子どもにロープをつけて、まるで犬の散歩のように子どもを連れているお母さんを見かけますが、ちょっと違うんじゃないのかな? 手をつなげば済むことじゃないですか? 一見、ロープの方が子どもの自由を認めているようにも見えるけれど、そこには親子の心のつながりなど微塵もありません。支配・被支配の関係はあっても、「母親に守られている」という安心感は持てないですよね。

 大切なのは、ただ事故に遭わないことではなくて、事故から必死に守ってくれている大人が存在していることを、子どもがしっかりと感じるとることだと思います。それがまさにしつけと言えるんじゃないですか? そういう中で子どもは「安心」を獲得していくものですよね。

**8月6日(火)掲載**

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第21回 「競争の原理」と「共生の原理」

 さて、前回お話しした「大関家」と「大沢家」の話。

 妻の育ってきた「大関家」は教育一家。父は身体をこわしてしまったので、若いうちに教壇を去ることになりましたが、父も母も教員。特に母の兄弟は、母も含め女3人、男1人の兄弟皆、教員生活を送ったことがあって、母と一番下の叔父は定年退職するまで教員をしていました。もちろん祖父も教員。2人の叔母の連れ合いも教員です。そして私の妻も教員、妻の妹も教員。まだまだいるけどこれくらいにして・・・。

 かたや私が育った「大沢家」はというと、これがよくわかんない。父の兄弟は男6人、女4人の10人だけれど、妹1人は子どもの頃に亡くなり、県南水道に勤めていた弟も36歳(だったと思うけど)で亡くなって、今は8人。

 父は浦和市役所で、その下の叔父は国鉄、その下は自分で小さな工場をやっていて、その下は・・・。っていう感じだから、強いていえば公務員志向っていうことも言えなくはないけれど、戦後の時代背景を考えれば、公務員がいいって特別に考えていたわけではなくて、もともと地元の人間だし、ただ普通に生きていたら結果的に公務員(県南水道も含めて)のような仕事に就くことになったっていうことだと思います。

 「大関」の父は、男がつくべき職業を、医者・弁護士・公務員・教員くらいのところに限定していて、他の職業につくことをかなり嫌って(とはいえ、私のように何の職業についているんだかわけのわからない婿を認めているんだから、必ずしもそうとは言い切れないところはあるのですが)いて、そのことを公然と孫たちに話したりします。

 「大沢」の父は、「何をやっていても食っていければいいんだ。世の中は義理と人情。人に迷惑をかけるんじゃない」というのが口癖で、職業にはあまりこだわりがないようです。ただ、「人」っていうのが誰かっていうと、どうも私との関係では父自身のことらしく、私と妻の恋愛中は、「そういう人(父自信のこと)に迷惑のかかるようなことをするんじゃない」とよく言われました。

 そんなわけですから、当然大関の方は「学問」が子育ての重要な要素になっていましたし、大沢の方はというと元来農家であったこともあり、「義理と人情」(まるで任侠の世界のようですけど)を基本にした、よく言えば「助け合い」、悪く言えば「もたれ合い」が子育ての重要な要素でした。

 言い換えれば、大関の方は「競争の原理」が生活の中心であり、大沢の方は「共生の原理」が生活の中心になっていたと言ってもいいのではないかと思います。

 「競争の原理」は自己主張が強く常に攻撃的で、それがうまく回転をしているときは獲得するものも多く、社会的にも成功する可能性が高くなります。けれども、ちょっと歯車が狂い出すと傲慢さばかりが鼻につき、社会的にも孤立して、疎外されたりすることにもつながります。

 それに対し「共生の原理」は相手を許容する範囲が広く、人の輪は広がりますが、自己をアピールする力が弱いうえ、意欲のなさにもつながります。

 どちらがいいとも言い難いですが、どうも我が家の子どもたちは、その両方の面を持っているようで、時には突然攻撃的になり、時には突然意欲がなくなり、どちらに転んでも中途半端で、成功する人間は出そうにありません。まあ、もっとも人間にとって何が成功かというのは非常に難しい問題で、最後になって本人の納得のいく人生が送れたかどうかで決まるのだと思いますが、子育て真っ最中の親の気持ちからすれば、社会的に認められる人間になってほしいと考えるのは、自然の摂理なんでしょうか。

 「社会的に認められる」っていうことがどういうことかっていうのも、難しい問題ですけどね。

 さらに つづく・・・。

**7月30日(火)掲載**

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第20回 「血」

 40代・50代になると問題になるのが親のこと。

 我が家も例外でなく、最近の話題の中心は親。

 90歳の義父と86歳の義母は、熊谷に二人きりで住んでいるので、退職をした妻は頻繁に熊谷へ。明治生まれの父はとても頑固で、母以外の人の世話になるのが嫌い。昨年母が圧迫骨折で入院したことがきっかけで、最近やっとヘルパーさんに週に数回きてもらって家事援助をしてもらうようになりました。

 父が若い頃に脊髄カリエスを患ってはいますが、最近は両親ともめっぽう元気で、何の手助けもなく二人で生活ができましたので、頻繁に実家に行く必要もありませんでした。ところがここへきて、急に体力がなくなったように感じます。そんなとき、ちょうど妻が退職を迎えたので、頻繁に熊谷へ足を運べるようになったのです。

 今までは、年に数回の旅行やお盆・お正月、あとは特別なことがないとあまり顔を合わせることがありませんでしたので、それほど両親の生き方を強く意識することはありませんでした。ところが、頻繁に顔を合わせるようになるとどうしてもやり方の違いや考え方の違いが気になり出し、両親の生き方を意識しないではいられなくなりました。

 それが両親の兄弟(叔父や叔母)の生き方、さらに祖父母やいとこの生き方とどんどん広がって・・・。そしてそこに、何か共通しているものがあることを強く感じるようになったのです。

 当たり前といえば、当たり前なのですが、これが「血」(なんかオカルト映画みたいですね)なのか「環境」なのか、はっきりとしたことは、まだ私の中で整理がついていませんが、まったく違った環境の中で育った妻の父方のいとこなどを見ていても、相当共通するものを持っているので「やっぱり血なのかなあ?」などと思います。

 それが私たちの中にも生きているとしたら、ある部分でそれを修正しつつ子育てをして行かなくてはならないのかなあ???

 幸いなこと(?)に子どもたちは妻の遺伝子と私の遺伝子を持っているので、欠点はある程度うすまっているのでしょう。でもその分、長所もうすまってしまっているのですけれど・・・。

 今回は前書き。中身に触れてしまうと長くなってしまうので・・・。

 妻の両親、私の両親、そして大関家(妻の実家)、大沢家(私の実家)を考察することによって私たちの生き方、子育てのやり方・考え方を考察することにしてみたいと思います。

 全3回くらいになるかなあ???

**7月23日(火)掲載**

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第19回 「学校に行けない…」

 さしたる理由があるとは思えないけれど、昔「登校拒否」って言っていた「子どもが学校へ行かなくなっちゃう状態」を、最近は「不登校」って言うことが多くなりました。どうもこういうことを勉強するのが苦手なので、なぜ「不登校」っていう言葉に置き換えられつつあるのかよく知らないんですけれど、私は「登校拒否」の方が好きです。なぜかというと「不登校」っていうのが”その状態をただ客観的に表現している言葉”なのに対して、「登校拒否」は”子どもの意志に重きを置いて表現している言葉”だからです。

 でも、私も最近は「不登校」っていう言葉を使うことが多くなっているんですけどね。やっぱり「拒否」っていう言葉の響きがきつすぎるのかなあ??? 何となくですけど、学校へ行かなくなってしまった責任を「親」にかぶせる言い方が「不登校」、学校にかぶせる言い方が「登校拒否」、そんな感じがしないでもないですね。好き嫌いは別として、とりあえずここでは少しソフトな感じで「不登校」っていうことにしておこうかな・・・。

 私も中学一年の時に不登校になったことがあるんですよね。夏休みが終わって二学期が始まったら学校に行けなくなっちゃって、ちょうど一ヶ月くらい休みました。今から30年以上前で当時は今のように「不登校全盛」の時代じゃなかったので、どこか具合が悪いんじゃないかってあっちこっちの医者にかけられて、なんかわけのわかんない病名をつけられたりして・・・。

 振り返って考えてみると私の場合は中学のサッカー部の「水」が合わなかったのが原因だったんじゃないかなあ??? 今でもあのころのサッカー部のことを思い出すと、なんとなく自分の生き方や考え方とはしっくりこないものがあって・・・。結局学年主任だったバレー部の顧問の先生に勧められてバレー部に移ってからは、学校に行けるようになったんです。

 不登校の原因はいろいろあると思いますけど、親や周囲の期待が大きくてその重圧に耐えられなくなっちゃうパターンと、自分の出番が見当たらなくて居場所を見つけられなくなっちゃうパターンがほとんどなんじゃないかなあ。無理やり分類すれば、前者が「登校拒否」、後者が「不登校」なんていう分類もできるかも・・・。もちろん、その複合型なんていうのもあるけどね。

 どうも我が家の子どもたちは、程度の差こそあれ必ず一度は「不登校」になるらしくて、私の中では「不登校」は「一種の成長過程」なんていう意識がすっかり定着しています。思春期に親離れをしようとする子どもにとって、学校のような時間に追われている生活ではなくて、しばらくじっと考える時間が必要なのかなあ、なんて思います。それがいつどんな理由でやってくるのかがまだ私には解明できていないので、つまらない(かなり重大なことの時もあるけれど)ことがきっかけで、学校に行くことができなくなってしまうと、やっぱり動揺しますよね。

 まさに先週まで、中学3年の翔(かける)が学校に行けなくて、やっと昨日(7月15日)から学校に行けるようになりました。また今日はわからないけれど、たぶん大丈夫じゃないかなあ??? これは親の勘!
 
 中耳炎が引き金で、確かにかなり具合も悪かったので、単純に不登校っていうわけではないのだけれど、やはりそんなときでも学校の中での自分の出番が発見できないと、なかなか登校するきっかけをつかめないみたいです。翔の場合、たまたま生徒会長をやっていて「ジュニア議会」(たぶん市か市教委の主催でやっている模擬議会。中学生の生徒会役員が出席するらしい)が夏休みにあったり、文化祭で音楽の先生と琴の合奏をしたり、中学校生活最後の公式戦(サッカー部の補欠だけれど)があったりと出番がたくさんあったので、なんとか行けるようになりましたけど。

 ちょっと前まで、「不登校」には登校刺激を与えずに待つというのが定番だったけれど、思いの外それは「ひきこもり」を生んでしまって、最近では「ある程度の登校刺激も必要」と考えられるようになってきているようですが、今回の翔の不登校で考えたのは、「出番」ということでした。たまたま「出番」のアイテムをたくさん持っていたことが、翔の登校のきっかけになったように思います。「一種の成長過程」という思いはありながら、やっぱり登校できるようになるとホッとしますよね。

 「今の学校なんて行けない子の方がいい子」なんていう言い方をする人がよくいますけれど、そうでしょうか? 私も行けないことがそんなに悪いことだとは思わないけれど、やっぱり行けないっていうことは人との交わり方が未成熟だっていうことなんじゃないかなあ???

 声をかけるとベッドで布団にもぐってしまう翔を見ているより、ニコニコと通学する翔を見ている方が親としては嬉しいですよね。

**7月16日(火)掲載**

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第18回 「人生経験4分の3!」

 行きつけのお寿司屋の店長に、
「子どもが幼稚園に行きたがらないんですけど、いいんですかねえ?」
と聞かれました。
「いくつですか?」って聞いたら、
「4歳です」っていう答え。
よく聞いてみるとまだ正式に入園しているわけじゃなくて、来年の4月に2年保育で入園するとのことでした。

 最近は「慣らし保育」みたいな言い方の通園をやっているところが結構あって、まだ正式には入園していない子どもたちを週一回だけお母さんと一緒に来させるとか、夏休み中に次年度入園の子どもたちを集めて行事をするとか、どこの幼稚園もあの手この手で園児集めに躍起になっているみたいです。ここで間違っちゃいけないのは、これはあくまで経営上園児を集めなくてはならない幼稚園が、他の幼稚園に子どもを取られないようにツバを付けてるのであって、本来子どもの教育のためにやっているのではないっていうこと。(こんなこというと幼稚園を経営している人に怒られちゃうかな?)

 だから、幼稚園にしてみれば早ければ早いほどいいわけで、子どもの発達段階とは無関係。個体差はあるにしても、当然社会性の育っていない子どもたちも「幼稚園という商売」のターゲットになっているわけで、そんな中で「幼稚園に行きたくない」なんていうことが起こるのは当たり前です。

 店長には、
「心配することないですよ。ウチの居心地がいいんですよ、きっと」って言っておきました。おじいちゃん、おばあちゃんが一緒に住んでいるそうなので、きっととってもかわいがってもらっているんでしょうね。

 ちょっと前のことになりますけど、ウチと同じマンションのお子さんで、3年保育に入園した女の子がいました。2ヶ月くらいは通ったかなあ??? 毎朝送迎バスに乗るのを嫌がって、お母さんは相当苦労していました。無理やり乗せてみたり、時には子どもに負けて休ませてみたり・・・。どっちにしても、子どももお母さんもすごいエネルギーを消耗するわけで、日増しに子どもを見るお母さんの表情がきつくなっていくのがわかりました。結局夏休みまでは持たずに、幼稚園をやめることに。

 でも、その決断は正しい決断だったんじゃないかなあ? 翌年同じ幼稚園に2年保育で入園して、元気いっぱい通っていましたから。

 いろいろなところで行われている幼児教育もそうだけど、大切なのは子どもの発達段階にふさわしいかどうかだと思います。子どもを受け入れる側は、少しでも早く子どもを手に入れようとして、なんとかかんとかうまいこと言って誘ってくるけれど、そこでお母さんやお父さんがきちっとした判断をすることが大事ですよね。

 学校に上がった時、4月生まれの子と3月生まれの子を比較することがよくあるけれど、3年保育で入園する子って入園してすぐに4歳になる子と入園直前に3歳になった子までいるんだから、同じような規範の中で生活するなんてとても無理ですよね。人生経験が4分の1も違うわけでしょ。率でいったら80歳のおばあさんと60歳のおばあさん(これは妻に怒られちゃうよ。去年60歳になったけど確かに妻を見てるとおばあさんにはほど遠いもんね)と同じですもん。当然やれることも違うわけですよね。

 やっぱり、自分の子には何があってるのかしっかり考えないと・・・。
 焦らない、焦らない! だね。

**7月9日(火)掲載**

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第17回 「次はどこ潰す?」

 前回、「ソニーと任天堂とセガ」だったので、今回はどこにしようかなあ?なんて考えてたら、思い出しました。

 もうとっくに二十歳を過ぎた息子と娘が小学校に通っていたときのこと。

 私の住んでいる地域ではこのころのPTAってとっても強くって、学校に対してもかなりの影響力を持っていましたし、最近とは違って充分に圧力団体(悪い意味ではなくて)していました。PTAの総会はもちろん、役員会にも先生方がけっこう出席してくださって・・・。時には「親と教師の考え方の違い」みたいなものがあからさまになって、ぎすぎすすることもなくはないのですが、それがまた話し合いのきっかけになったりもして、今考えてみる、とまさに「P・T・A」だったんだなあと思います。

 小学校のPTAといえばどこのPTAも同じように、子どもを対象にした行事が多くあると思います。私の持論としては、子どもに直接関わるような行事はあくまで先生を通して行って、PTAとして保護者単独ではやるべきでないと考えているのですが、ウチのPTAも「親子レクリエーション」なんていう行事をどこの学年もやっていました。というより、その「親子レク」をやるのがPTAの役割だって考えている人が多かったように思います。まあ、今はその辺の是非がテーマじゃないのでそれについてはまた後に譲るとして・・・。

 その「親子レク」で何をやるかという議論をすると必ず出てくるのが、「今の子どもたちは・・・」という言葉でした。

 今の子どもたちは「ナイフで鉛筆が削れない」「リンゴの皮がむけない」「風呂敷が縛れない」「蝶々結びができない」etc.

 そこで「親子レク」に登場しそうになったのが、そのものズバリ!
「リンゴの皮むき大会」と「鉛筆削り大会」でした。実際に私の子どもより何歳か上の学年ではやっていたようですが、私の学年ではやりませんでした。

 でも確か、学校から「ボンナイフ持って来い」なんて言われて、子どもは削った鉛筆を持って帰ってきたことがあったし、「パパはリンゴの皮を切らないで最後まで剥ける?」なんて言われて、家で最後まで切らずにリンゴの皮を剥いて見せてやったこともあったし、さらに「風呂敷を持って来い」とか「紐で縛るエプロンを持って来い」なんていうこともあったから、学校では不器用になった子どもたちを器用にするプロジェクトが組まれていたみたいです。

 昔に戻ることなんてできないんだから、これってナンセンスでしょ?
もしかするとこれを読んでくださっている方たちは、ナイフで鉛筆が削れない人とか風呂敷なんて使ったこと、いや見たこともないなんていう人の方が圧倒的に多いんじゃないの?

 もし、ナイフで鉛筆が削れる方が器用で、削れた方がいいとすれば、電動鉛筆削りなんていうものを作ってる会社(これどこ? 三菱鉛筆? トンボ? コクヨ?)も「ソニーと任天堂とセガ」同様、潰しちゃえばいいよね。でも、今の子どもたちは手先が不器用だなんて嘘ですよね。あのTVゲームを操る指の動きを見ていると、相当器用を自負している私でさえも、唖然とするくらい今の子どもたちは器用に操りますもんね。

 そうそう、そういえば学校で給食の時に使っているエプロン。あれって昔は後ろで蝶々結びで縛ってましたけど、いつからマジックテープになっちゃったんですかねえ? 

**7月2日(火)掲載**

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「彼女の生理で困った」動画広告が炎上→削除 なんだこりゃ!

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170502-00000052-it_nlab-sci

この記事を見て愕然。

何十年前の意識だ?

日本の国の男女差別に対する意識の低さを露呈してるね。

ずいぶん世の中が変わってきたとは言え、まだまだ男女の問題に対する意識は昔の部分のままがある。

性犯罪が増えることで「性」が閉鎖的な方向に向かっていることもあって、男性に対する「女性の性」の教育は、ほとんど行われないまま来ているし、動物的な「性」は教えても、それによって生じる「気持ち」の部分はかなりおろそかにされているように思う。

もっと「性」に対する意識を根本的に変える必要があるだろうね。

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