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2016年2月14日 (日)

第13回 「あっ、コップの水が!」

 腎臓病で入院をしていた麻耶(まや)は、退院後も数年間通院をしました。2週間おきが1ヶ月おきになり、そして3ヶ月おき、6ヶ月おきと徐々に通院の間隔も空いていきました。

 退院後2年が過ぎたころ。麻耶は小学校5年生、翔は3歳になっていました。  尿検査、血液検査の結果から少しずつではありますが、病状も良くなっていることがうかがえました。通院のときにはいつも翔(かける)が一緒です。再入院の心配もほとんどなくなり、南浦和から虎ノ門への通院は麻耶にとっても翔にとっても、「都会へ出る」という一つの楽しみになっていました。

 入院中からほぼ毎日のように採血されていた麻耶は、腕から血を採られることにすっかり慣れてしまっていて、恐怖心がないどころか採血室を出た途端、にっこりしながら、 「今日のお姉さんはけっこう上手だったよ」などといつも採血をしてくれた人の評価をしたりしていました。

 通院の楽しみの一つに、病院のレストランでの食事があります。ながーい待ち時間とほんのわずかな診察のあと、採血をして、そして薬ができるのを待つ間、必ず3人でレストランに寄りました。  この日もいつものようにレストランへ。

 もちろんそれほど洒落たメニューがあるわけではありませんが、それぞれ食事とデザートを注文して、注文したものがくる間、水を飲みながら話をしていました。まだ3歳の翔にとって、病院(それも電車と地下鉄を乗り継いで1時間以上かかるような大病院)は、とても興奮するところです。ひとりできちっとレストランの椅子に座っていますが、気持ちが高ぶっているのがわかります。

 滅多にないこと(私はこのとき以外一度も記憶がない)なのですが、夢中になって話をしていた翔の手がコップに引っかかって、水をこぼしてしまいました。

 私と麻耶はすぐにおしぼりで水がそれ以上広がらないように押さえると、不安そうにこっちを見ている翔に、にっこりと微笑みかけました。

 病院のレストランというのは一種独特な雰囲気があります。外来の診察を終えた人、点滴をつけたままお茶を飲んでいる人、身内の手術が終わるのを待つ人・・・、どの人を見てもそれなりにどこか暗い部分をを持っています。

 翔がコップを倒した瞬間、氷の音とコップがテーブルを打つ音でレストラン中の人たちが、一斉に私たちのテーブルを注目しました。ただでさえ静かなレストランが、さらにシーンとなり、全然大げさでなく、一瞬そこにいる人たちの動作が凍りついたのがわかります。そして、次の瞬間、私が翔に微笑みかけているのを見た”観客”たちは、それまで力んであげていた肩を一斉におろすのでした。 そこに居合わせた誰もが、私が翔を怒鳴りつけることを想像した瞬間だったのです。

 子どもはよく失敗をします。けれども、それを認めようという気持ちをほとんどの大人は持っています。そして、誰かが子どもの失敗を認めた時、それを見ていた大人たちはとても暖かい気持ちになります。 「ああ、怒らなくてよかった!」 ほんの一瞬、暗い病院のレストランの中が”ポッ”と明るくなったことを、私はとても幸せに感じました。

 「やっぱり子どもの失敗を怒るのはやめよう」、その時そう思ったはずの私でしたが、すっかりそんな体験は忘れて・・・  やっぱり子どもの失敗を怒るのはやめよう!!

**2002年5月28日(火)掲載**


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