« 第6回「虎ノ門病院の子どもたち」 | トップページ | 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 »

2016年1月13日 (水)

第7回 「虎ノ門病院の子どもたち その2」

 急性腎炎かと思われた麻耶(まや)の腎臓病は思いのほか重く、1ヶ月が経ってもいっこうに快方に向かいませんでした。水分と塩分が制限されているため、食事は惨めなものでした。何の味付けもないただ茹でただけのもやしや椎茸、人参などが小さなビニール袋に入った減塩しょうゆと一緒にお皿にのっています。とても小学校二年生の子どもが食べられるものではありません。湯沸かし室にご飯を持っていき、おにぎりにして、ほんのわずかな減塩しょうゆをつけてはそこにあるガス台で焼きおにぎりを作って食べさせていました。

 11月15日、麻耶は病院で誕生日を迎えました。無塩のケーキでお祝いをすることになり、知り合いのケーキ屋さんに無塩のケーキを頼みました。
「スポンジは無塩バターを使っているし、生クリームにも塩は使わないからデコレーションケーキは無塩だよ」
とケーキ屋さんのご主人に言われ、デコレーションケーキが無塩だということをこの時初めて知りました。

 5名の先生方は、「まだ急性腎炎の可能性も捨てきれないのでこのまま様子を見る」という意見と「急性腎炎の可能性はほぼ消えたので小児腎臓に詳しい先生のいる虎ノ門病院に転院させる」という意見に分かれました。このまま様子を見た時のリスクを考え、結局虎ノ門病院に転院することになりました。

 虎ノ門病院は、東大病院分院に比べると建物も新しく近代的でした。子どもに対する看護という点でも、行き届いていることが多く、入院するとすぐ栄養士さんが子どもの好きな食べ物を聞きにきます。麻耶はラーメンを出してもらうことになりました。これまで、茹でただけの野菜が中心でしたから、麻耶にとってはとてもうれしいことでした。無塩のパンが出たこともありました。おやつにプリンが出たり、クッキーが出たりもしました。

 今も変わらないのでしょうか? 当時、虎ノ門病院の小児病棟は他の病棟とガラスの扉で仕切られていて、子どもたちはその扉の外には出られませんでした。扉のすぐ近くにはプレイルームがあり、安静度が低く自分の病室から外に出られる子どもたちはよくプレイルームで遊んでいます。残念ながら、麻耶はベッドの上だけの生活でしたから、ほぼ退院までプレイルームで遊ぶことはできませんでしたが。

 面会は午後3時から6時までです。これは非常に厳格に守られていて、親といえども午後3時を過ぎないと一般病棟と小児病棟を仕切る扉の中には入れません。そして午後6時を過ぎると小児病棟から外へ出なくてはならないのです。

 地下鉄銀座線虎ノ門駅を出ると、すぐ近くに霞ヶ関ビルがあります。日本で最初にできた高層ビルで、私が子どもの頃には「36階の男」というテレビドラマができるくらいに有名なビルでした。その高層ビルのためでしょうか、虎ノ門駅から病院までの道は毎日強い北風がビルの間を吹き抜けていました。麻耶は検査が進むにつれ、しだいに重い慢性腎炎であることがわかってきました。
「なんでこんなことになってしまったんだろう? 風邪をひいたと思ったときにもっと違った対処をしていればこんなことにはならなかったのではないか?」
常にそういう思いがつきまといます。どんなにコートの襟を立てて歩いても、容赦なく北風は身体の芯を冷やしました。

 午後3時ほんのちょっと前に、小児病棟の扉の前に着くと、扉の内側から何人もの子どもたちがガラス越しに母親を探しています。母親を見つけた子どもは、にっこり笑って手を振っています。まだ母親が来ていない子どもたちはとても寂しそうです。

 午後6時になると面会時間は終わります。病室から出ることを許可されていない子どもたちは、それぞれの病室の入り口でお母さんとお別れです。病室から出ることを許された子どもたちは、ガラスの扉までお母さんを送ってきます。つらさをこらえ、お母さんが扉の外へ出た瞬間、まだぎこちない歩き方をしている小さな子どもたちは、一斉にガラスの扉にほっぺたを押しつけ、大粒の涙をこぼしながら大きな声で泣くのです。子どもたちの方を一度振り返ったお母さんは、意を決して廊下の角を右に折れ、子どもたちの視界から消えていきます。そして、子どもたちの視界から消えた瞬間、お母さんたちの頬にも大粒の涙が伝うのです。

 この光景は一日も欠かさず、毎日繰り返されました。

つづく 

**2002年4月22日(月)掲載**                                                                                                     

|

« 第6回「虎ノ門病院の子どもたち」 | トップページ | 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/142332/63061341

この記事へのトラックバック一覧です: 第7回 「虎ノ門病院の子どもたち その2」:

« 第6回「虎ノ門病院の子どもたち」 | トップページ | 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 »