« 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 | トップページ | 第10回「お父さん! ゆっくりデザート食べてる時じゃないよ!」 »

2016年1月13日 (水)

第9回 「5月5日は端午の節句!」

 こどもの日が近づくとついつい口ずさんじゃうのが、
♪はしらのきーずは おととしのー
          5月5日のせいくらべー♪ だね。
そんなこと言うのは私の世代までかなあ???
♪やねよりたかい こいのぼりー♪
なんていう人もいる?
 そういえば、
♪いーらーかーのなーみーと くーもーの なみー♪
っていうの、最近聞かないけどなくなっちゃったのかなあ???
「いらか」なんてなんだかわかんないもんね。「甍」って書くんだけど、私もよくわかんなくて、今広辞苑引いちゃったよ。「瓦葺きの屋根」っていうことだって書いてあるから、要するに「瓦屋根の家がたくさん並んでる」のが、「いらかのなみ」っていうわけだね。ひとつ勉強になった! でも、もしかしてこの歌のメロディー知らない???

 鯉のぼりを立ててる家も少なくなったよね。だいたい庭がないもんね。わが家は10階建てのマンションだから、「屋根より高い」なんて無理だし・・・。

 5月4日、妻と娘の麻耶(まや)、そして初孫の蓮(れん)をつれて、鯉のぼりを買いに岩槻の人形店まで行きました。明日が端午の節句ということもあって、もうどこの店にもほとんど客はいませんでした。五月人形や鎧・兜には、すでにかなり割引になった値札がついていましたが、さらにそこから3、4割値引きをしてくれるという店もありました。

 何軒目かのお店のおばさんが、最近伝統的な行事をする家がどんどん減ってきて、そういう流れの中で、鎧・兜や鯉のぼりも飾る家が少なくなったという話をしていました。

 端午の節句は、病気や厄災を払う日として7世紀初頭にはすでに宮中の正式な行事として位置づけられていたそうです。鯉のぼりはというと、諸説あるようですが、端午の節句に武家の間で行われていた幟を立てたり、鎧を飾ったりといったことが、江戸中期に「登竜門」の故事(鯉は竜門の急流を登れば竜になって天に昇る)になぞらえ、わが子も健康で立派に育ってほしいという願いを込めて、庶民の間に広がっていったようです。

 私も、鯉のぼりについていろいろと考えたんですけれど、もしわが子が健康で立派に育つということだけを願っているのなら、そんなに高く上げる必要もなかったんじゃないかって思ったんです。鯉のぼりを高く、しかもたくさん上げることで、男の子が生まれたぞっていうこととか、その家の権威とかを周囲に示すようになったんだと思うんですけど、ひょっとするとそれだけじゃなくて、男の子が生まれたっていうことを周囲に知らしめることで、逆に社会に対してもしっかりと男の子を育てるぞっていう宣言をしていたんじゃないかなって思ったんですよ。

 最近、子どもの虐待がしばしば報道されますけれど、やっぱりある部分では「子どもが生まれた」っていう宣言を社会に対してする必要があるんじゃないかなって思います。もちろんみんな鯉のぼりを上げたり、ひな人形を飾れっていうわけじゃないですよ。どんな形だっていいんです。個々の親の中に存在する意識の問題で言っているんですから。

 子どもってもちろん自分の子どもだけれど、でも別人格で、本当は社会の大切な財産なんですよね。だから私たち親は、子どもに対してはもちろん、社会に対しても大きな責任を背負っているんだと思います。

 何軒かの店をまわり、鯉の長さが1mのベランダに飾れる鯉のぼりを買いました。6万円だか7万円の兜を2万5千円にしてくれるっていうお店もあったんだけれど、もともと鯉のぼりを買いに来たんだし、娘は手に持てる大きさの千円の鯉のぼりでいいって言うし、結局、財布の中を覗いて5千円の鯉のぼりになっちゃいました。それでも、もとは1万数千円だったらしいですけどね。消費税もまけてもらっちゃった! 

**2002年5月7日(火)掲載**

|

« 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 | トップページ | 第10回「お父さん! ゆっくりデザート食べてる時じゃないよ!」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第9回 「5月5日は端午の節句!」:

« 第8回 「虎ノ門病院の子どもたち その3」 | トップページ | 第10回「お父さん! ゆっくりデザート食べてる時じゃないよ!」 »