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2007年4月10日 (火)

人の心に寄り添う

湯西川温泉まで行ってきました!

宿泊するのは、これで2度目です。

夏になると、魚(ニジマス)のつかみ取りをやっているので、

子どもを連れて何回か訪れているのですが、

宿泊は、去年の秋に1回、そして今回で2回目です。

去年は、「本家伴久萬久旅館」に泊まりました。

そして今回は、「平の高房」です。

「本家伴久萬久旅館」には、まあまあ満足。

また行ってもいいかなと思ったんですが、今回はがっかり。

けっこう期待していったんだけどなあ…。

何ががっかりかっていうと、

露天風呂のロケーションと食事のときの女将の説明などなど。

湯西川といえば、露天風呂は「川沿い」と思っていたのが、大間違い。

今回は、あまり丁寧に宿選びをしなかったので、自分の責任なんだけど、

露天風呂の塀の向こうは道路。

貸し切り露天も男女別の露天も全く同様。

もちろん、電柱はあるし、電線も見えるし、全く風情がない。

湯西川でも一番奥なのに…。

ちょっと石の上に上がると、車が走っていくのが見えちゃう。

けっこう雪が降るせいだと思うんだけど、露天風呂の上半分にかかっている屋根は、プラスチックの波の板。(あれなんて言うんだろう?亜鉛板じゃないから、トタンとは言わないんだろうけど、プラスチックでできたトタン板みたいなやつ)

はあ、もう興ざめ。

それだけじゃない。

夕食のときの女将の料理の説明ときたら、まるで指示・命令といった感じ。

囲炉裏焼きなんだけど、「団子は醤油をつけて、焼いてください」

と説明したかと思うと全員が醤油をつけて囲炉裏に差すのを待ってるんだよね。

とにかく「××してください」と命令をしては、全員がやるまで待つ。

それの繰り返しって言う感じかな。

妻は、血圧が高めなので、あんまり醤油はつけたくないんだけど、仕方なく醤油をつけて囲炉裏に差してたけど、全くそれぞれの事情を認めない。

しかも、小さい鍋があって、最初に固形燃料に火をつけろっていうから、つけといたら、女将の説明が長くて、説明が終わったころには冷めた。

それだけじゃなくて、私はアルコールを飲まないので、

「すぐにご飯を持ってきてください」

と頼んだら、返ってきた答えは、

「今、厨房がバタバタしてるので、もう少し待ってください」

はぁ? ご飯は普通頼めばすぐ出てくるもんだろっ!っつうの!

女将は、元教員なんだそうだけど、旅館をやっているのに、教員臭さが全く抜けてない。

教員と旅館は、職業でいえば対極にあるようなものだから、なかなか難しいのはわかるけど、やはり客商売は、お客のニーズを考えないと…。

どう考えても、食事の場面の主役がお客ではなく、女将になってる。

お金を払って、女将のパフォーマンスを無理矢理見せられてるって感じかな。

建物も階段が多く、部屋まで行くのに何段階段を昇ったことか。

だいたい4階に行くくらいの階段があったと思う。

それを食事のたび、お風呂のたびに、昇るんだから、けっこう大変。

壁が薄いらしく、隣の部屋のドアの開け閉めはもちろん、テレビの音まで聞こえてくる。

「静けさを買いに行った」つもりなのに、夜は、暖房の音がうるさくて、目をつぶるとまるで頭の上を戦闘機が飛んでいるよう。

けっこう格の高い旅館に泊まったつもりだったんだけどなあ…。

ロケーションはなかなか自由にはならないことだけれど、

ロケーションがあまりよくないのなら、それなりにやりようはあるはず。

大切なのは、お客一人ひとりが何を求めてきているのかっていうこと。

「湯西川」という土地柄を考えれば、ほとんどの人が都会の喧噪を離れて、

「静」を求めにきているはず。

人の心にしっかりと寄り添わないと、結果として旅館業は失敗ということになっちゃうよね。

「持ちつ持たれつ」ということなしに、商売は成り立たないと思うんだけどなあ。

自分の自己表現の場なだけではねえ…。

とっても身体の温まるいいお湯だっただけに、もったいない。

もちろんすべてのお風呂が源泉掛け流しでしたよ。

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