民生用しか使ったことのない人間には…

いろいろと事情があって、業務用のビデオカメラを買うことになりました。

ネットで値段を調べて、注文すれば、どんなものでも1~2日くらいで商品が手元に届いてしまう便利な時代。

最近ではオークションで中古を買うこともあれば、最安値を調べてショップで買うこともあります。

そんな手軽さで、ソニーの業務用のビデオカメラを注文したところまではよかったんですが、今日品物が届いてあけてみると、当然のことながら「動作確認をしてください」みたいなことが書いてある。

付属品が揃っているか調べて、さあ電源を入れてみようと思ったら、

「あれっ? 電源コードがない! えっ、バッテリーは? チャージャーは?」

大きな箱の中を隅から隅まで見ても、それらしいものは入ってないし、取説の付属品にも書いてない。

「えーっ! もしかして、別売り? いくらなんでもビデオカメラ売るのに、電源コードもバッテリーもチャージャーもついてないの?」

すぐにショップに電話をかけて、

「民生用しか使ったことないので、よくわからないんですけど、バッテリーもチャージャーも入ってないんです。業務用って入ってないんですかねえ?」

と尋ねると、とても丁寧に対応してくれたのですが、

「はあ、そうですかぁ。こちらは、ネットに載せている情報がすべてで、中身については、バッテリーとチャージャーがついているか、ついていないかわからないんです。取扱説明書に書いてないっていうことは、おそらくついてないんだと思います。こちらでお調べしましょうか。メーカーのサポートに聞いていただくのが一番間違いないと思うんですが…。」

「そうですよね。こっちで聞いてみます」

というわけで、メーカーに問い合わせると別売りとのこと。

ショック!

こんな基本的なことがわかってなかったなんて…。トホホッ…。

果たしてこんなんで、カメラ回せるんですかねえ。

すっかり自信喪失です。

カメラはあるのに、バッテリーがないから回せない。初動の確認もできない。

今日はお手上げです。

バッテリーとチャージャーをバラで買うべきか、キットで買うべきか、だいたいどれを買えばいいのかも怪しいところで、ネットをあちこち見ては、明日配送できるところを何とか探し出して、(この間1時間半)やっと注文しました。

あああ、なんたること…。

動かないカメラを見て、怨み節…。

ネット上でバッテリーとチャージャーを捜していたら、なんのことはないバッテリーとチャージャーのキット付で売ってる同型機種もあったんですね。

人間なんて、一旦これって決めてしまうと、他のものが目に入らなくなっちゃうんですね。

それが人間の特徴ってとこですかねえ。

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まだやってるんでしょうか? 「内閣府認証カウンセラー」

ここのところ、、カウンセラー資格ブームなのか、キーワードに「内閣府認証カウンセラー」という言葉を入れて、私のブログにきてくれる人がまた増えているように感じます。

以前にも述べましたけど、「内閣府認証カウンセラー」なんていうものはありません。

内閣府が認証しているのは、「特定非営利活動法人(NPO法人)」の法人の認定です。

しかも、特別な不備がなければ、必ず認証されます。

事務所が1つの都道府県内にある場合は「県」の認証、2つ以上の都道府県にまたがる場合は「内閣府」の認証です。

ただそれだけのことです。

こんなに検索ワードに「内閣府認証カウンセラー」なるものが多いということは、ずいぶんとそういう宣伝がされているということですよね。

明らかに、事実を誤認させるための宣伝と思われます。

考えようですが、逆に「内閣府認証」なんていうことを前面に出しているところほど、「怪しい」ということでしょうね。

あえて、それを狙っているなんて、カウンセラーを養成しているところとは思えない愚行です。

もし、カウンセラーの資格を目指し、どこかスクールをお探しでしたら、「内閣府認証」が前面に出ているところは、信用できないところだと思って、別なところを探した方がいいと思いますよ。

ほとんど詐欺に近い行為です!

気をつけてくださいね。

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「言ってはいけないその一言」が大人気!

浦和カウンセリング研究所監修の「言ってはいけないその一言」がさいたま市の地域ブログ「たまログ」で、大人気。

「言ってはいけないその一言」は、親が子どもについつい言ってしまう不適切な言葉を集め、なぜ言ってはいけないのかをカウンセリング、教育相談の立場から分析したものです。

先日、パルコ10階のコムナーレで開催した「言ってはいけないその一言」の特別講座も大好評で、7月にも続編を開催する予定です。

まずトップページを開いて、右側の上から4番目のバナー「言ってはいけないその一言」をクリックしてください。

なぜ今、「言ってはいけないその一言」が人気なのかと言えば、やはり子育てに迷っている親御さんが多いということ、荒れる子ども、荒れる若者の話題が多い昨今、いい子ども、いい大人を育てたいという親の切実な願いがあるからだと思います。

Q&A形式で、読みやすくなっていますので、ぜひ読んでみてください。

現在、出版に向けて準備中。

何とか本になるといいんですけど…。

「親子編」に加え、「教師と生徒編」、「夫と妻編」「嫁姑編」「男と女編」「上司と部下編」など様々な角度に広げていく予定ですので、こうご期待!

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運動会無事終了!

延期になった孫の運動会も無事終了!

「40m走は、絶対1番になるからね!だって、2番になったことないもん」

と言って出かけていった孫の蓮ですが、6人のスタートが合わずフライング気味に出てしまって、スタートラインに戻ろうと後ろに体重がかかったところで、ピストルが鳴ってしまったので、ちょー出遅れ。

まあ、なんとか切り返して2着にはなったものの、「絶対1番」は残念ながらなりませんでした。

うちに帰ったときには、ベットに入っていた蓮でしたが、

「1番取れなかったね、スタート遅れちゃったもんね」

というと、

「うん。でも2番になったでしょ」

とケロッとした様子。

1番にならなかったことを気にしているのかと思ったら、まったくそんな様子はなく、

「1番後ろから出たのにみんな抜いたんだよ。あと一人だったんだけどなあ」

と本気で順位を気にしていない様子。

どうやら競争の意味がわかってないみたい。

まあ、優しい、いい子に育っているということにしておこう!

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雨でがっかりの日曜日…

今年は9月に大型連休が入るため、5月に運動会をやる小学校が多いよう。

孫の通う小学校も今日が運動会だったんですが、残念ながら雨。

火曜日に延期になりました。

子どもっていうのは、遠足や運動会のような大きなイベントを期待に胸をふくらませながら待つものです。

去年は、自分の身体の半分もあるような大きなてるてる坊主を作って運動会の日を待ちました。

それが功を奏したのか、明け方まで降っていた雨も上がり、15分遅れでなんとか運動会をやれたのですが、今年は残念ながら延期。

今朝、出かけた後の部屋を見たら、てるてる坊主を作ったらしいティッシュの残骸がたくさんあったので、今年もどこかに大きなてるてる坊主がぶら下げてあるのかもしれません。

今年は、てるてる坊主の威力も効かなかったようですね。

6月2日の火曜日に延期ということだそうです。

子どもの行動っておもしろいもので、ベランダから庭を眺めて、雨を確認したにもかかわらず、1分もしないうちに、

「もう止んだかもしれない」

と玄関から外を見に行く。

大人の感覚では、あり得ない行動ですが、子どもの心の中の期待がどれだけ大きいかということなんですよね。

昨夜は宿題が出ていました。

どうやら今日の雨を予想して、宿題を出したのかなあと思えるような対応です。

運動会の日の前くらい、しっかりと子どもの心に「期待」をふくらませてやった方が、情緒の豊かな優しい人間になると思うのですが…

どう考えても子どもの心を大事にしない教育のやり方だなあとがっかりしました。

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名古屋市長の年収800万円は妥当?

名古屋市の河村たかし市長が、今日支払われるはずだった4月分と5月分の給与の受け取りを拒否したとか。

4月分が3日分で20万4045円、5月分が149万6340円。

計170万385円だそうです。

市長選の公約で、市長の給与を年800万円にすることを掲げていたので、6月議会に改正条例案を提出するまでの暫定措置ということだろうと思いますが、果たして正しい行為でしょうか。

市長の給与が800万円というのにも、ちょっと違和感があります。

今ももちろんですが、選挙当時は今よりさらに公務員の給与の問題に敏感な時期だったように思います。

そんな中で、当選のための単なるスタンドプレイに思えてなりません。

もちろん、市民にとって高い市長の給与には、抵抗があるのは当然として、それでも名古屋市長ともなれば、相当な激務。

その激務に対する正当な評価というのは、とても大切なことで、市長の仕事に対して、正当な評価がなされなければ、その影響は少なくありません。

ごくごく普通に考えて、市長の給与が800万円だったら、末端の窓口業務をやっている公務員の給与はいくらになるんですか?

仕事量や責任から考えたら、どんなに多めに考えても200~300万円くらい?

それでも高いくらいじゃないかなあ???

そういうことでいいんですか!

それは、民間も含め、最終的に人の労働価値を低めることにもつながります。

少し違った考え方をすれば、800万円の働きしかしない市長でいいんですか?という見方だってできます。

人間らしい社会というのは、人の価値というものを正当に評価する社会だと思うのですが、違いますかねえ。

「自分はこれでいいから」なんていうスタンドプレイをするのではなく、正当な給与をもらってしっかり市民生活を守ることだと思います。

次の市長はどうするんですかねえ?

もし、元の金額に戻したらひどい市長になるんでしょうか。

なんかどこか違う気がします。

ちなみに、高校のごく普通の教員だった妻の年収だって、退職時には約1,100万円でしたよ。

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小学校は誰のもの?

さっき、野球をしようと孫の蓮と小学校に行ったら、校庭をグラウンドゴルフの大会で、中高年の人たちが使っていました。

私がPTA会長をしているころには、大人の校庭使用について校長に再三申し入れ、子どもの利用できる時間や場所も確保してほしいと言い続けてきました。

日曜日に子どもと校庭でキャッチボールをしようとしたら、大人のソフトボールクラブが校庭を使用していて、「学校は子どもとの時間を作れと言っているのに、これでは子どもと触れあう場所がないじゃないか」と怒っているお父さん会ったこともありました。

もちろん近所の公園は、「ボール遊び禁止」なのです。

大人のスポーツ熱も昔に比べると格段に上がり、スポーツをする場所の確保は大きな問題です。

校庭を開放していても、利用する子どもはほんのわずか。

大人に貸した方が、有効利用できるという発想もわからなくはありません。

けれども、今日はさすがに腹が立ちました。

蓮と沙羅を連れて校門を入ると蓮が、

「今日は大人の野球の人たち使ってないみたいだよ」と言いました。

いつも大人が使っていないか気にしているのです。

校庭に回ると、カラーコーンやフラッグのようなものが立ててあり、けっこう多くの大人たちが、大会が始まるの待っているよう。

「蓮くん、ダメだよ、今日は。はじの方でキャッチボールしようか」

私がそう言って、なんの大会を使用としているのか、受付の人に尋ねたところ、二人いた女性は、ニコニコしながら、「グラウンドゴルフです」と応えてくれて、別にどうということもなかったのですが、私がそれを受けて蓮に、

「今日は使えないんだって。野球はできないから、あっちでキャッチボールだけしよっ」

と校庭の隅の方を指さしながら言うと、二人の女性の隣に座っていた役員らしき男性が、

「そっちも使うよ」と言うではありませんか。

私が連れていたのは、小学校1年生の沙羅と2年生の蓮。

しかも1年生の沙羅は、小柄で幼稚園の年中くらいにしか見えません。

そんな子どもと0キャッチボールをするのに、ほんの10畳ほどの場所があればいいだけなのに、「そっちも使うよ」っていうのは、いったい何なんだよ。

そこにもコーンが立ってるんだから、使うのはわかってるっていうのに、そりゃあないだろっ!

本来子どもが使って当たり前の場所。

おそらく、その男性は校庭の開放の恩恵を受けていた世代だと思います。

大人のために子どもを閉め出しておいて、「ごめんね」の一言が言えない大人。

いったい日本の教育はどこへ行くんでしょう?

地域を上げての教育を大切にしようとしているには、あまりにもお粗末な出来事。

蓮と沙羅がいたので、そこで喧嘩はしなかったけれど、子どもたちがいなければ怒鳴りつけるところでした。

子どもは国の宝。

親だから、教師だからということではなく、大人だったら、日本の未来のためにもっと子どもを大切に育ててもらいたいものです。

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竹の子の値段

さっき浦和パルコの地下の食品売り場(大丸です)へ行ってきました。

肉や魚やいろいろと半額のものだけ(ごく一部半額でないものも混ざっています。牛乳とかお豆腐とか)買って、全部で2000円。

だいぶ得した気分です。

で、驚いたのは、竹の子の値段。

4日の日に竹の子掘りをしたときの竹の子の値段は、1㎏ 700円。

しかも掘らせてもらい賃も込み込みです。

1㎏って結構大きいですよ。

大丸で売ってた竹の子も、「埼玉県産」って書いてあったんですけど、私が見たところ300gくらいかなあ???

確かに掘りたてっぽくて、美味しそうだったけど、なんと1本 500円。

ヒェー!

びっくりしたー!

これじゃあ、4日の掘った竹の子は1本 2000円くらいしそう。

竹の子なんてバカにしていたけど、貴重な竹の子だったんですね。

まあ、確かにとっても美味しい竹の子でしたけどね。

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神泉村

埼玉県北西部、児玉(こだま)郡にあった旧村名(神泉村(むら))。2006年(平成18)1月児玉郡神川(かみかわ)町に合併し、神川町の南部を占める。旧村域の西は神流(かんな)川、神流湖を隔てて、群馬県藤岡(ふじおか)市と対する。旧村域全体が山地で、面積の90%が傾斜地である。産業としては、林業のほかコンニャクイモ栽培が行われる。全域が上武(じょうぶ)県立自然公園に属し、国指定名勝天然記念物の三波(さんば)石峡、県指定史跡阿久原牧(あぐはらまき)跡、下久保ダム、神流湖、城峰(じょうみね)公園、釣り堀「フィッシングパーク」など文化財や観光資源が多く、首都圏自然歩道も整備され、観光地として発展しつつある。また、有氏(ありうじ)神社の裸(はだか)祭(盤台(ばんだい)行事)は県の無形民俗文化財。旧神泉村の人口は1243(2005年国勢調査)。 (Yahoo!百科事典)

久しぶりに神泉村(現神川町)に行ってきました。

ここは、25年ほど前、今の陶芸教室を始める前、山ごもりをして陶芸をして生活しようかと考えたときに、過疎で廃屋になった家を譲り受け、住んでみようかと妻と一緒に見に行った村です。

今もそれほど変わったとは言えませんが、それでもそう遠くない秩父の街の周辺には日帰り温泉ができたり、冬桜が有名になったりで、昔に比べればかなり賑やかになった気がします。

児玉方面から向かう途中にある道の駅「上州おにし」(おにし=鬼石と書きます。ここは群馬県になります)で、お昼を食べようと思ったらいっぱいで、席がありませんでした(もっとも座席数が少ないせいもありますが)。

今回の目的地は、神川町営「矢納フィッシングパーク」

ずいぶん久しぶりです。

おそらく15年ぶりくらいでしょうか。

それほど険しい山奥というわけではありませんが、その奥には何もないので、ゴールデンウィークといっても、道が混むわけでもありません。

まあ、そのフィッシングパークだけは、ちょっと親子連れで賑わっていますが、しれたもんです。

一人1000円で、ニジマス釣り(竿代込み、ニジマス4匹まで。えさ代は2人で200円くらいが別途かかります)ができて、その場で焼いてくれて(ニジマス1匹につき110円)、食べられます。

夏にはニジマスのつかみ取りもできて、けっこう穴場です。

ゴールデンウィークみたいなときには、高速道路も使わずに行けるので(ちょっと時間はかかりますが)、子どもを遊ばせるのにはもってこいですね。

その帰り、竹の子掘りとイチゴ狩りもして来ちゃいました。

Takenoko

これも予定の行動。

あらかじめ、ネットで調べてナビに登録しておいたこともあり、迷わず行けて、しかも竹の子掘りもイチゴ狩りも我が家だけ。

そこの農園のお孫さんとうちの孫が同い年ということもあり、一緒に竹の子を掘ったり、イチゴを食べたり…。

料金も、とっても安くしてもらっちゃって、なんだかお得なゴールデンウィークになりました。

どこか日帰りの温泉施設に寄ってくる予定でしたが、関越道がすごい渋滞で、それだけはパス。

初めから高速を使わなければ良かったなあとちょっとだけ後悔しましたけれど、温泉は次回のお楽しみということで。

早速、竹の子ご飯を炊いて、食べました。

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教師の体罰

熊本の体罰賠償訴訟の最高裁判決がありました。

結果は原告(児童)側の逆転敗訴。

この事件では「休み時間に女子児童をけった男児らを注意。男児が教員の尻もけったため、胸元をつかんで壁に押しつけ、もう、すんなよと怒った」ことが体罰に当たるかどうかが争われていました。

一、二審は体罰を認定しましたが、最高裁は「教育的範囲を逸脱しておらず、体罰に当たらない」として、一、二審を破棄。

原告の逆転敗訴となったわけです。

報道されている範囲でしか状況を把握していませんが、その範囲で言えば妥当なのかなあとも思います。

この事例では、その後児童がPTSDを発症したということで、損害賠償を請求していたわけですが、それほどの体罰であったのか、疑問が残るところでもありました。

その事件以前に、その児童に対してどんな教育がなされていたかということを無視すればということですが。

今回の判決が出たことで、「この程度までは体罰ではないんだ」という教師の判断により、体罰が増えることになりはしないかと大変心配です。

学校教育法11条は「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは文科相の定めるところにより、児童らに懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と規定しています。

基本的には体罰は、認められないわけで、どこまでが体罰でなく、どこからが体罰かという問題です。

孫の小学校では、教師の怒鳴り声が絶えません。

私が子どもを通わせていたころには、そんなことってあったかなあと今の状況を大変憂えています。

先生方からすると、「落ち着きのない児童、座っていられない児童が増えた」「怒鳴らないと言うことを聞かない」ということのようですが、それを繰り返せば子どもが萎縮し、創造性の欠如を招き、スケールの小さい子どもになるか、我慢しきれない子どもは、弱いものをいじめたり、教師に暴力をふるったりします。

「怒鳴る」というのは、身体に直接の害を与えるわけではありませんが、メンタルなことでいえば、肉体的な怪我よりももっと大きなダメージを与えることもあります。

大切なのは、何が体罰かということよりも、子どもにどんなダメージを与えたのかという議論だろうと思います。

事件が起こったときにその事件について、体罰か体罰でないかを論じるのではなく、日常的にどんな教育、どんな子育てが行われているのかを、学校も保護者も、双方が検証し、誰のための教育かを見直す必要があるのではないかと感じました。

これを契機に公然と体罰が増えませんように…。

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